第19話 カンナの誕生日(前編)
ユズキは事務所でパソコンを操作している。一通りメールをチェックした後にイヨから受け取った配信用の動画の出来上がりをチェックしてチャンネルにアップロード、さらにパーティの収支の管理だったり探索計画の見直しをしたりとなにかと忙しい。
今日も一通りの作業が終わったので改めてメールボックスを開く。
「勧誘、一気に増えたなぁ……。何が理由なんだろう」
今日も1社から柚子缶を迎え入れたいという勧誘のメールが来ていた。これでもう10社になる。先日はSNSのダイレクトメッセージにも勧誘が来ていた。
「ん? また勧誘?」
向かいでパソコンを弄っていたイヨが顔を上げた。彼女は今度は個人の趣味で柚子缶の切り抜き動画を作っている。仕事として作るのとは違うノリで作れるのでこれはこれで辞められないらしい。
「そう。ここもそこそこ大手ね。そろそろダンジョン事業に手を出している企業で有名なところは粗方勧誘して来たんじゃないかな」
「まあ柚子缶の場合は『広域化』と『一点集中』っていうユニークスキル持ちが2人もいるからね。登録者数10万人超えた辺りで来なかったのが不思議なくらいだよ」
「妖精譚にもこんな風に勧誘来てたの?」
イヨは隣で本を読んでいたマフユに視線を向ける。マフユは小さく首を振った。
「一度だけ来たことがあったかな? ハルヒさんが「断っといたよー!」ってドヤ顔で言って来た記憶がある。でも妖精譚って結局のところ汎用スキルしか無かったし、身内で固めた4人組だったからね。そういうパーティは勧誘自体されにくいんだよ」
「そうなの? 十分な実績は有ったのに」
「そうは言っても中級クラスのダンジョンを面白おかしく探索してただけだからね。その程度の実力なら企業内にはゴロゴロいるだろうし、扱いにくい個人探索者を雇うよりは自分達でイチから育てた探索者の方が良いんだよ」
「結局強力なユニークスキルが目当てなところがほとんどって事でしょ、ほら」
そう言ってイヨが勧誘メールのひとつを開く。そこにはユズキとカンナを名指しで指名して話をしたい旨が書かれていた。つまり汎用スキル持ちのイヨとマフユには端から用は無いと言って来ているのである。
「失礼極まりない話よね。私達は4人で柚子缶だっていうのに。10社の内、イヨとマフユを除外していないのは2社だけ……残りは私とカンナ、もしくはカンナだけじゃない」
「その2社もあえて名指ししてないだけで、話を聞いたら私達は呼んでないって言う可能性があるわけで」
明らかに不機嫌を隠さないユズキと、大して気にした様子のないイヨとマフユ。
「有用なユニークスキルっていうのはそれだけ貴重なんだよ」
「それも面白くないのよね。結局彼らが欲しいのは私とカンナじゃなくて、『一点集中』と『広域化』って事でしょ? 別にスキルだけじゃなくて私自身を評価して欲しい、なんて言うつもりもないけれどそれでも明らかにスキル目当てな態度を隠すつもりも無い勧誘は気分が悪いじゃ無い」
「……ふふっ」
「あ、いま面倒臭いヤツだなって思ったでしょ」
「いやいや、ユズキちゃんの気持ちも分かるなって」
「いいわよ、自覚はあるんだから」
1人で怒って1人で拗ねるユズキを見てやっぱり笑ってしまうマフユであった。
そもそも企業側は基本的に個人探索者を「企業に所属したくてもなれなかった者たち」と認識しているため、ヘッドハンティングも「来てもらう」のではなく「雇ってあげる」という立場で考えがちだ。そのため目をつけたな人材に対してのみ勧誘をして、パーティメンバーに対しては特にフォローをしないというのが通例である。そして残念ながら勧誘された個人探索者の多くは企業に就職してしまう。大抵はパーティの主力、支柱となっている者がスカウトされるため、当然残されたパーティメンバーはこれまで通りの活動が出来なくなり……と企業に対する恨みを募らせる。これも企業と個人探索者の溝を深めている大きな理由の一つである。
「ちなみにこれって『広域化』の可能性にどこまで気が付いてると思う?」
ユズキが訊ねると、イヨはうーんと考えた。
「……たぶん、動画で明かしてる範囲までじゃないかな? スキル習得まで辿り着いてる企業は無いと思うよ」
「その心は?」
「端的に言えば必死さが足りない。任意のスキルを覚える事が出来る事に気付いていれば、こんな悠長にメールを送って来たりしないよ。私たちの生活範囲を調べて待ち伏せて会おうとするだろうし、もっと直接的な手段に出て来てもおかしく無い。今の勧誘は「動画を見る限り使えそうなスキルを持ってるから誘ってやろう」って雰囲気だもん」
「だよね。私も同意見。だから今のところ過剰に対応せずに「興味がありません」で返しておいて問題無いとは思ってるんだけど……」
「うん、それで良いと思う。協会とパートナーシップさえ結べちゃえば、企業は基本的に手を出せなくなるはずだし。そういう意味では想定内の展開ではあるかな」
「そうよね……」
「ユズキちゃん、何か気になることでもあるの?」
「うーん、今のところ大丈夫だと思うけど、これだけ注目されてるともしかして気付く人も出て来ちゃうかなって心配になってきて」
「そこはもう気付かれないことを祈るしか無いね。もしもの時のために色々と手は打ってあるけど、結局できる事をやるしかないわけで。……あんまり神経質になっても疲れちゃうよ」
「そうなんだけどね」
自分としてもマフユくらいどんと構えていられたらいいとは思いつつ、どうしても不安は無くせないユズキ。これはもう性格上どうしようも無い。
「ところでユズキさん、そろそろ行かなくて平気?」
「あ、もうこんな時間! 準備して行かないと!」
イヨに時間を指摘され、ユズキは慌ててパソコンを閉じて立ち上がった。
「じゃあ今日はここまでで。私達は帰るね」
「デート、楽しんできてね」
「ありがとう! じゃあまた明日ね!」
バタバタと準備を始めるユズキに手を振って事務所をでるイヨとマフユ。
一方ユズキは急いでシャワーを浴びる。念のため、あくまで念のために、かわいいおニューの下着をつけて今日のために準備した服に袖を通す。髪を乾かしながら鏡の向こうにいる自分に問いかける。
「変じゃないよね……?」
バッグに財布とスマホを入れると忘れ物がないか指差し点検。
「っと、いけない。これを忘れちゃ台無しね」
紙袋に入ったプレゼント……先日のデート買ったペアリングを持つとユズキも事務所を後にした。
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「カンナ、誕生日おめでとう。はいこれ、プレゼントね」
「ミサキ、ありがと!」
カンナが登校するとミサキが直ぐにやって来てプレゼントを渡してくれる。
「開けて良い?」
「もちろん」
包みを開けるとスマホ用のポーチが入っていた。最近流行りのショルダーにできるタイプだ。
「すごい、大人っぽいデザインだね!」
「カンナ、スマホを鞄にそのまま入れてるからね。こういうのも悪く無いかなって」
「ちょっとこういうの気になってたんだよね、ありがとう! ここは定期入れになってるんだ? さっそく入れちゃおう」
定期入れの中身を早速ポーチに入れ替えると、そのままスマホも入れて肩にかけてみるカンナ。
「どうかな? 大人のオンナって、感じする?」
「うん、似合ってる」
制服を着ているので大人っぽさは感じられないが。
「ありがとう、大事にするね!」
ニッコリ笑うカンナに、ミサキは心の中でガッツポーズ。肌身離さず持って貰える物をと考えた時に、アクセサリーは重すぎる、財布は最近買い替えていたのを知っている、服は……帽子にハマっていることは知っているがこれは全体のコーディネートがあるので外すと箪笥の肥やしになりかねない。など色々と考えた末にスマホポーチを思いついたのだ。
(恋人がいる片想いの相手に、常に自分があげた物を持ってて欲しいなんて我ながら重いんだけど。)
さておき、喜んでもらえたようで良かった。1万円ほどの出費はお小遣い制でバイドしていないミサキにとっては正直痛かったが、このプライスレスな笑顔を自分に向けてくれただけで、贈って良かったと思えた。
「今日は誕生日パーティ?」
「うん、私の家でお母さんとユズキと3人でやるよ。ミサキも来る?」
「家族水入らずのところに割り込むなんて出来ないから遠慮しておくわ」
目の前でユズキといちゃつかれたら――それもカンナママ公認で――さすがに精神が保たないだろうし。
「か、家族だなんて、まだ、そういう話は早いかな……」
カンナはカンナで「家族」というワードから勝手に結婚を意識して顔を紅くしている。
(はぁ……この様子じゃ「いつか2人が別れたら寄り添って振り向かせて掻っ攫う作戦」は失敗の予感しかしないんだけど。)
ミサキはカンナに笑顔を向けつつも、自分の恋が終わる予感を感じていた。このまま報われない恋に焦がれ続けるより、いっそのことカンナに想いを伝えてきちんと玉砕してから新しい恋に向かった方が良いのでは無いか……心の中の冷静な部分がそう告げる。
(だけど、そんな風に損得で動けないのが恋の難しいところなんだよなぁ。)
あれこれと考えながらポーチにカード類を移すカンナを見て、ミサキはもうしばらくは今の関係を維持したいな、と結論付けた。
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予約したケーキ店に向かったユズキ。カンナは学校が、カンナママは仕事があるため、受け取りは一番時間に融通の利くユズキが行く事になっていた。
ケーキ店は事務所兼自宅から徒歩5分ほど。駐車場も無いし、歩いて取りに行ってから車を取りに戻れば良いか。そう考えたユズキはタワマンの正面玄関から外に出る。
「あ、ユズキだ。やっほー」
マンションの前に居たのはヒカリだった。会うのは先日の救援騒動以来だ。ちなみに救援費用は翌日にきっちり30万円振り込まれていた。
「すごい綺麗までマンションだねー、ここに住んでるの?」
「……なんでここにいるの?」
「たまたまだよ。ほら、リクルートスーツでしょ? 今日も会社の面接に行ってきたんだ。その帰りに渋谷を散策してて、おっきなマンションがあるなって眺めてたの」
有料駐車場を使う事になってでも車で出れば良かったとユズキは後悔する。既にユズキにとってヒカリは、あまり会いたい相手では無かった。
「この辺りの会社だったの?」
「ううん、会社は品川だったよ。前にお姉ちゃんのマンションに泊めてもらってるって言ったでしょ、それが渋谷なんだ」
「このマンション?」
ユズキは自分が出て来たマンションを指差す。
「違う違う、もっと質素だし駅からも遠いよ。それでもオシャレだったけどね。でもここには敵わないだろうなぁ。……ユズキはこんなところに住めるなんて、すごく稼いでるんだね」
「パーティの事務所があるだけよ」
自宅も兼ねていると言って、入ってみたいなどと言われても面倒だ。
「それでもすごいよ! そういえば柚子缶の動画見たよ。大人気だし強いモンスターも狩ってるし、ユズキって凄いんだね」
「……ありがとう」
「動画を見てて思ったんだけどさ。もしも3年前のあの時、みんなと……ユズキと一緒に探索者になっていれば、私もいま柚子缶の一員になれたかな?」
ヒカリは何が言いたいんだろう? ヒカリの加入はイヨがきっぱりと断ったし、ユズキ1人の時に直談判したところで受け入れるつもりも無い。
「私、忙しいから。じゃあね」
このままさり気なく同行されてケーキ店まで来られても面倒だ。駐車料金を払う事を覚悟して車で行く事にしたユズキは踵を返してタワマンの中に入ろうとする。
「あの、ユズキ! お願いがあるんだけど!」
パシッとユズキの手を掴んだヒカリ。
「……何?」
ユズキは手を振り払いつつヒカリに向き直る。
「私のお義兄さん……お姉ちゃんの旦那さんに会って貰えないかな?」
「嫌だけど。意味わからないし」
「そんな事言わないでよぉ……。ユズキ達も悪いんだよ、あんな金額請求するから。そのお金を立て替えてもらう条件が、ユズキ達をお義兄さんに紹介する事だったんだもん。このままじゃ私、夜のお店で働かないといけなくなっちゃうんだから……」
メソメソと泣き出すヒカリ。全く事情は飲み込めないし、知ったことでは無い。無いのだが……。
「……私急いでるから。詳しい話は後でメッセージ送っておいて」
なんだかんだでどうしても突き放しきる事は出来ずに、話は聞いてやるという姿勢をとってしまったのであった。
(イヨにはまた甘いって怒られるんだろうなあ。我ながら甘い対応してると思うし。)
それでも、かつての親友が目の前で泣いているのにそれを無視できるほど冷酷にも慣れないのであった。
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