第18話 渋谷事変・了
ヒカリを渋谷ダンジョンの受付で協会に引き渡す。足の怪我はすぐに病院に直行するほどのものでも無かったので、応急処置をされた後に渋谷支部でお説教をされるのだろう。
柚子缶も救援費用を請求することになるが、今回の場合は大した金額にはならない見込みだ。
受付で救援完了の手続きと、救援費用の請求処理まで行った柚子缶の4人はそのまま探索を切り上げ事務所に戻った。一層に着いてすぐのイヨの発言以降、なんとなく気不味い空気が漂っている。事務所についてテーブルについた4人はお互いに顔を見合わせる。
「さて、反省会というか高原の釈明会見かな?」
マフユが口火を切ってくれたがイヨは少し考えて首を振った。
「別に釈明する事ってなくない?」
「私は高原の気持ちが分かるけど、ユズキちゃんは不安そうだしカンナちゃんはキョトンとしてるよ」
「そう、そこ! なんでカンナさんが怒らないの?」
「え、私!?」
急なパスに慌てるカンナ。
「だってあのヒカリ嬢って明らかにユズキさん狙ってるじゃん。私はユズ×カン推しだからそこに割って入ってくような輩は敵認定なんだけど」
「ちょっと待って、前にも話したけどヒカリとはそんなのじゃ無くてただの幼馴染で……、」
「かぁーっ! 出たよ、「ただの幼馴染」。古今東西どれだけの人間がその言葉に振り回されたことか! ユズキさんもその気が無いなら毅然とした態度で突き放さないと、カンナさんがどんな表情で2人を見てたか気付いてなかったの?」
「え、私どんな顔してた……?」
思わず向かいに座るマフユに問いかけるカンナ。マフユは頬に手を当ててうーんと考える仕草をしつつ答える。
「まあ面白くなさそうではあったかな。カンナちゃん、表情豊かだから。心の中のモヤモヤが顔に出てたよ」
マフユにも指摘されて思わず手で顔を覆うカンナ。確かにヒカリとユズキが何か話しているのを見て、胸がモヤモヤする気持ちになったのは本当だ。だけどまずはヒカリを無事に地上まで送り届けなければならないと自分に言い聞かせつつ表情に出さないようにしていたつもりだったのにっ……!
一方ユズキはユズキで大きなショックを受けていた。自分の態度がカンナを傷つけてしまった事に対してもだが、何よりイヨとマフユはカンナの感情に気付いていたというのに、自分は2人に指摘されるまで全く気付いていなかったという事実がユズキを打ちのめした。
「あ、あの……、ごめんなさい……」
「謝る相手、私じゃねぇだろ?」
「高原、言い方」
フンッ! と鼻息を荒くして腕を組むイヨに言われて、ユズキはカンナの方を見る。
「カンナ……。私、カンナがどんな想いでいるか気付けてなくって。本当にごめんね」
「あ、うん。でもヒカリさん怪我してたから、仕方無いし……」
頭を下げるユズキに、遠慮がちに答えるカンナ。しかしお姉さん2人はそんなカンナにも叱咤する。
「カンナちゃん、それは違うよ。嫌な事は嫌だって言わないと。ユズキちゃんにおんぶさせるのが嫌だったなら私が氷で担架を作っても良かったんだから」
「そうだよ! それはそれ、これはこれ! きちんと自己主張しないとぽっと出の幼馴染にユズキさん取られちゃうからね!?」
「は、はい……」
氷の担架は考えもしなかった。それを使えばヒカリの身体は多少冷えたかもしれないが、安全に運ぶことも出来ただろう。
「それで、カンナちゃんはユズキちゃんに言いたいことはないの?」
「え、えーっと……、ユズキ、浮気はダメだからね?」
するとは思っていないが、出てきたのはありきたりな忠告だけであった。心の中のモヤモヤを咄嗟に上手く言語化するのは大人であっても難しい。
「もちろん!」
「ユズキさん、浮気しないのは大前提でカンナさんが不安になるようなスキンシップもNGだからね。そういう意味では今日のヒカリ嬢との距離感はアウトだから」
ピシッと背筋を伸ばしたユズキに、イヨが釘を刺す。
「そう、だね。うん、分かった。ヒカリは誰に対してもあんな感じだから私を狙ってるなんて無いとは思うけど、でも確かにカンナ……みんなからしたら距離感が近かったと思うし、今後は気を付ける」
「あのさ、ユズキ……。あの子、このパーティに入れないよね?」
こんな聞き方をする私って嫌な子だな。カンナはそう思いつつも聞かずには居られなかった。
「当然よ。実力云々以前に、メンバーと相性が悪い人を加えたりしないわ」
ユズキは大きく頷いた。カンナが嫌がる事をするつもりは微塵もない。
「大丈夫だよ、カンナちゃん。少なくとも私と高原は反対するから。どう転んでも反対多数だ」
「マフユさんも?」
「うん。私もああいう子は苦手だし」
イヨが明確に敵意を剥き出していたが、マフユだってヒカリに良い感情は持っていなかった……イヨが大人しくしていたらマフユがヒカリに拒絶の意思を示したであろう程度には。
「まあ今日は運悪く救援する羽目になったけど、もうダンジョン内で会うことも無いでしょう。ユズキさん、プライベートで幼馴染に会うのは止めないけど、くれぐれもカンナさんを不安にさせるような事するなよ?」
「ええ、そうね。もともとヒカリの事なんてこの間再会するまで忘れてたくらいだし。たまたまが二度続いただけだし、もう会う事も無いでしょう」
ユズキにとってヒカリの立ち位置は北の誓いと同じで、たまたま会えば挨拶や立ち話に応じる程度はするだろうがそれ以上の交流を持つつもりは無い。このままフェードアウトしていくだけだと思っている。
だというのに。
ピロリンとユズキのスマホが鳴った。そこに表示されたメッセージを見ると、ユズキは大きくため息を吐いた。
― 救援ってあんなに高いの!? しかもほとんどユズキ達のパーティに入る事になるんでしょ!? お願い、少しまけて〜汗汗 ヒカリ
「私もあの子、ちょっとダメかも。……こんな常識ない子だったかしら」
そう言ってスマホを残りの3人に見せつつユズキもヒカリに対して嫌悪感を露わにした。
「まあ、ユズキちゃんの幼馴染が要注意人物ということが分かったという事で」
「ユズキって幼馴染に縁がないね」
「そんなこと言わないで、悲しくなるから……。みんな探索者になる前は仲良かったのよ」
「やっぱ金が絡むと友情って壊れるんだワ。間違いないね。でもほら、ここにかわいい恋人と頼りになるお姉さんがいるから元気だしな?」
ガックリと肩を落とすユズキを慰めるイヨ。さっきはガッツリ叱ったけれど、落ち込んだら慰めてくれる。頼りになるお姉さんだと思った。
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「ユズキ、既読がつかないなぁ……」
ヒカリの足の怪我は大した事なく、しばらく湿布で冷やしたあとテーピングで固定をすればゆっくり歩くことができる程度には回復した。ダンジョン内で無理をしなかった事も幸いしたようだ。
治療の後、協会で無理な探索についてこってり絞られた後に救援したパーティに対して救援費用を支払う必要があると聞いてビックリした。
「こんな大金、払えないよぉ」
今回の請求額は救援要請を受けてから、ダンジョンを脱出するまでに柚子缶が討伐したシルバーウルフ……その数およそ100体弱。その魔石を売却した時とほぼ同額として申請した。シルバーウルフの魔石の買取額はひとつ3000円、掛ける100で30万円というわけだ。
これは柚子缶が請求するべき額(※)のほぼ下限値で、仮に協会所属の探索者による救援部隊が彼女を救出していた場合はこの2〜3倍は請求されてもおかしくは無い。それでも学生のヒカリにとっては半年分のバイト代が消し飛ぶぐらいの額ということになるのだが。
(※第1章21話)
「協会員さんの説明によればそれでもかなりの良心的価格らしいけど……」
とはいえこれだけの額をポンと出せるほどの貯金があるわけじゃ無い。ヒカリは肩を落としつつ姉夫婦の家に帰った。
「ただいまー」
「ヒカリ、おかえり。遅かったわね」
「うん、ダンジョンでちょっとね」
「は? あなたダンジョンなんかに行ったの?」
「うん。そこでちょっとしたトラブルがあったけど、ユズキが助けてくれたんだよ」
「……またユズキちゃん?」
「詳しくは夕ご飯を食べながら話すからさ、シャワー浴びて来ていいかな? 汗かいてて気持ち悪くって」
そそくさと部屋に入り、部屋着を持って風呂場に向かう。途中でリビングを通る際に義兄がソファに座って新聞を読んでいた。
「ヒカリちゃん、おかえり」
「あ、お義兄さん。今日はお休みだったんですね」
「はは、流石に土日まで仕事は無いよ」
平日は夜遅くまで仕事をしていると聞いていたが、土日はオフのようだ。しかし休日だというのにヒカリの父親のように昼近くまで眠っているような事もなく、きちんとした服に着替えている。
(お姉ちゃん、良い人と結婚したよなぁ……。)
もともと会社の先輩後輩だったらしいが、出世頭の彼に見初められたとの話である。彼も姉も一流企業に勤めておりそんな2人がこの若さで都心にマンションを買えている事も、ヒカリからしたらまさに「成功者」を体現しているようで羨望の対象である。
(私も就活頑張らないと!)
シャワーを浴びながら改めて決意するヒカリだが、救援費用の事を考えると憂鬱になる。姉夫婦に相談してみようかな……。
夕ご飯は姉の手料理であった。
「お姉ちゃん、こんな美味しい料理を作れたんだね」
「そりゃあ主婦だからね。それで、今日は何があったのよ?」
「えっとね、今日は渋谷ダンジョンに行ったんだけど……」
ヒカリは今日の出来事を掻い摘んで話す。ガクチカのために渋谷ダンジョンに行った事、調子に乗って三層まで行って戻れなくなり救援要請した事、そこにユズキ達のパーティが駆けつけて助けてくれた事、そして30万円の救援費用を請求されている事。
「30万円!? あんたバカじゃないの!?」
「わ、私もそんなに請求されるなんて思わなかったんだってば!」
精々その1割、3万円程度だろうと思っていた。
「はぁ……そんなに貯金、あるの?」
「実は無いんだよね。出せても10万円くらいかなぁ。救援費用って結局助けてくれたパーティに支払う事になるらしいから、ユズキのパーティに払わないと行けないらしいんだけど……私ってユズキと友達だし、なんとかまけてもらえないか相談してるところ」
「まあそこは顔見知りだしラッキーだって事か」
「いや、それは辞めた方がいい」
口を挟んできたのはこれまで黙って話を聞いていた義兄であった。
「なんで?」
「救援に関しては助けた側も適正な金額を請求しなければならないというルールがあるはずだ。だからヒカリちゃんが10万円にしてくれと言ってもお友達に迷惑がかかっちゃうんだよ。よほど法外な金額を請求されたのではなければ言われた額を素直に払わないと、最悪差し押さえもあるはずだ。請求書はある? 多分費用の算出根拠を書いてある筈だけど」
「バッグに入ってる、持ってくるね」
協会から預かった封筒を義兄に渡す。彼は一通り資料をチェックした。
「……うん、これはこれ以上の値下げ交渉は無理だと思う。というよりも初めからかなりのお友達価格での請求になっているよ」
「そうなの? 見てわかるもの?」
姉が横から資料を覗き込む。義兄は手に持っていた紙をテーブルに置いて説明してくれる。
「これって彼女達がヒカリちゃんを助けた時に探索を続けていたら得られたであろう成果にプラスして、手間賃や危険度に応じた手当てなんかを乗せて請求するのが一般的なんだけどね。見てごらん、要求されているのは彼女達が救援活動中に得られたであろう魔石の買取価格分だけだ。
シルバーウルフが96体とワイルドウルフ60体……端数を切り捨てて30万円ってなってるね。
普通はここに爪や牙、毛皮なんかの素材代も足されるし、手間賃と危険手当も込みで2倍以上は軽く請求される。なんなら100万円ぐらい要求されても文句は言えないんだよ。助けて貰えなかったら死んでたかも知れないんだろう?」
ヒカリは俯く。そうは言っても30万円は払えないのだ。
「しかしヒカリちゃんのお友達ってあの柚子缶だったのか……」
「あなた、知ってるの?」
「仕事でちょっとね。探索者相手にしている人間なら名前は聞いたことある筈だよ。何億円も稼いでいるような有名プレーヤーだからね」
「億!?」
そんなに稼いでるなら尚更、自分から30万円も取らなくていいじゃないかとヒカリは不満に思う。ユズキ達にとっては端金かも知れないが、自分にとっては誰かから借りなければ用意できないほどの大金なのだから。
「まあ相手を怒らせる前に素直に払った方が良いね」
「どうしよう……お父さんとお母さんにお金借りられるかな」
フム、と義兄が顎に手を当てた。
「良かったら僕が建て替えよう」
「いいの!?」
「ちょっと! 何言ってるのよ!?」
目を輝かせて食いつくヒカリと咎めるヒカリの姉。
「ああ、構わない。その代わり、ヒカリちゃんにひとつ頼みたいことがあるんだ」
義兄はニヤリと笑った。
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