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第16話 渋谷事変

 連休明けは少し鈍った体を動かすという意味で久しぶりに渋谷ダンジョンを探索することにした柚子缶。


 彼女達にとっては浅層に生息するゴブリンやワイルドウルフなどもはや敵では無い。勘を取り戻すにしても五層あたりのモンスターが適切だろうとずんずん進んでいく。ほどなくして三層に足を踏み入れた。ここワイルドウルフの上位種であるシルバーウルフの縄張りになるが、彼らはワイルドウルフとは比べ物にならないほど強い。そうは言っても今の柚子缶なら対処に苦慮する相手でも無いのだが。


「ここも素通りで四層に向かおうか。」


 ユズキが振り返って全員に確認する。


「待って、救援要請出てるってコメントが来てる」


 イヨがユズキにストップをかけた。三層に到着したところで配信が正常に出来ているか専用の端末で確認していたのだが、視聴者から現在進行形で渋谷ダンジョン三層にて救援要請が出ているというコメントが届いておりそれが目に留まったのだ。


「え、本当?」


「うん。何人も言ってくれてるからイタズラってわけでもなさそう。確認する?」


「そうね」


 ユズキはリュックのサイドポケットから救援要請発着信用の特別端末を取り出すと、そのままコールする。


「すみません、今渋谷ダンジョンで配信中なんですが、視聴者さんからのコメントで、三層に救援要請が出ているって聞いて確認のためにコールしました。……はい、はい。……では渋谷ダンジョン三層で救援が出ているで間違いは無いと言う事ですね。分かりました、じゃあこれから救援に向かいます。パーティ名は「柚子缶」です。1時間くらい前に渋谷ダンジョンで受付してます。……はい、救援対象は女性1名。了解しました」


 ユズキは電話を切ると、3人に向き直った。


「協会にも確認したけど、間違いないみたいよ。この層で15分前に救援要請がでてる。対象は新人の女性探索者が1人。座標はG-27……ここからだと四層への階段とは逆方面ね」


「救援に行くんだよね?」


 救援要請に応じるか否かは基本的には探索者の自由である。柚子缶が行かなければ渋谷支部の協会所属探索者がチームを組んで救援に向かうだろう。しかしユズキが電話で聞いた限りではまだ救援チームの準備が完了していないとのことだった。


「ここからなら15分くらいで到着するし、だったら私達が行くべきかなって」


「この層なら、私達ならほとんど危険も無いしね」


 流石に部外者である救援対象を配信に映すわけにもいかないため急遽ここで配信は終了する。


「無事に救援出来たらSNSで報告するね。じゃあお疲れさまです!」


 カメラに向かって挨拶をしたカンナが配信を切る。きちんと配信停止になっている事をイヨが確認してOKを出した。


「じゃあ急いで向かおうか」


「勿論モンスターの奇襲には気を付けつつ、ね」


 足早に救援対象の元へ向かう一行。


「そういえば、勝手に救援受けてごめんね」


「まあ、あの場面で受けないって選択肢も無いしねぇ」


 謝るユズキにイヨが笑って答える。柚子缶が向かう事で協会がチームを組んで救援に向かうより1時間以上は早く到着できる……つまり、救援対象の生存確率が大きく上がるというわけだ。この状況で「ふーん大変だね」なんて言って自分達の探索を続けたら、視聴者は柚子缶の事をなんて自分勝手なパーティだろうと思うだろうし、万が一協会のチームが間に合わなかったなんて事になったら炎上必至である。


 心情的にも、今後の柚子缶の評判という実利のためにもこの場面では向かわざるを得ないのである。


「でもちょっと気になったんだけどさ……ユズキちゃん、新人の女性探索者がひとりって言ったじゃない? それってなんか変だよね。普通新人で三層までくるかな。ここが二層なら、一層でゴブリンを狩った探索者が勇み足で降りてきちゃったってのもまあ分からないでも無いんだけど」


 小走りで移動しつつ、マフユが疑問を口にする。


「言われてみれば確かに。二層のワイルドウルフの群れは討伐できたって事なのかな?」


 カンナが頷きつつ、理由を想像して口にする。


「新人がひとりで三層までずんずん進んで行くなんてちょっと考え辛くない? 私達だってソロだったら三層はちょっと怖いし。よほど強力なスキルを持ってるって事かなぁ」


「マフユの疑問も最もだけど、今は現場に急ぎましょう。話を聞けば理由もわかるだろうし」


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「そろそろかな」


「もう少し先かしら。そこの茂みの向こう側に群がいるから先に駆除しておきましょう」


 各々剣を片手にシルバーウルフを倒していく。数が多いので背後だけは取られないように、背中合わせのフォーメーションを組んで正面の敵を倒していく。


「うーん、数が多いね。……カンナちゃん、よろしく」


「はい!」


「「せーのっ!」」


 マフユが『氷魔法』を使うタイミングに合わせてカンナが『広域化』で一気に周辺一帯に広げる。4人から半径25m程度の範囲に一気に氷の壁が出現し、そこに居た30匹ほどのシルバーウルフ達は一瞬で氷漬けとなった。


「よし」


 狙い通りの成果に対して嬉しそうに笑いつつグッとガッツポーズをするマフユ。


「これって『上級氷魔法』?」


「ただの『氷魔法』だよ。私は高さ2m×直径50cmくらいの氷柱を目の前に作るだけで良くてあとはカンナちゃんが半径25mまで広げてくれるの」


 そう言ってよしよしとカンナの頭を撫でるマフユ。


「『氷魔法』……に限らず魔法スキルは範囲をギリギリまで絞る事で威力を強化出来るから『広域化』との相性が良すぎるね。私のスキルを広域化するだけじゃなくて、カンナちゃん自身が魔法スキルを使えるようになると便利なんだけど」


「まだ出来ないんだよねぇ」


 カンナは苦笑いする。


「さて、あとはこの氷漬けのシルバーウルフ達にとどめを刺していくだけかな? 流石にこの規模の氷の壁に囲まれると寒いね。フユちゃん先輩は寒く無いんだっけ?」


「寒いことは寒いけど、我慢出来る範囲かなぁ。でも高原が震えてて可哀想だしさっさと氷は消そうか。シルバーウルフを達は多分全部即死してると思うけど念のため首を刎ねておこう」


 マフユがスキルを解除すると、氷の壁は跡形もなく消え去る。そのまま凍死したシルバーウルフ達の首を刎ね終えたらついに要救助者がいるとされるポイントに到着だ。


「ここだよね?」


「うん、居ないね」


「どこかに身を隠してるのかも。ちょっと声かけてみようか。周りにシルバーウルフは居ないよね?」


 4人は辺りを見回すがシルバーウルフも救援対象の探索者も見つからなかった。そこで向こうから出てきてもらうことにする。


「聞こえますか!? 協会からの救援に来ました!」


 ユズキが声を上げると、崖に出来た小さな穴から、1人の女性が這い出してくる。


「ユズキ、あそこ!」


「うん。……大丈夫ですか?」


 ぱっと見でファッション性が先行して防御力に不安がありそうな戦闘服と、これまた安物のナイフを片手に持っている。まさにザ・初心者といった風貌だ。とりあえず出血を伴うような大きな怪我は無さそうでユズキは安心する。


「怪我は無い? 動ける?」


 ユズキは駆け寄って身を屈め、優しく声をかけた。


「は、はい。大丈……夫」


 そう言って顔を上げる探索者を見て、ユズキはハッと息飲んだ。


「……ヒカリ?」


「……やっぱりユズキ! 嬉しい、助けに来てくれたのね!」


 ヒカリはパァッと顔を明るくしてそのままユズキに抱きついた。しゃがんだ体勢で抱きつかれてしまったため、バランスを崩して尻餅をついてしまうユズキ。ヒカリの怪我の有無も分かっていないので、無理矢理振り解く事もできず、周りから見たら押し倒されているような姿勢でなされるがままになってしまった。

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