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第13話 柚子缶の休日と最初の勧誘

「あ、イヨさん。それロンです。8000点で。」


「私もロン。6400点。」


「ふぇっ!?」


 ゴールデンウィークも後半、たっぷりオフを堪能した柚子缶のメンバーはついにイヨが用意した牌を使って麻雀に興じていた。


 昨日一通り役とルールを教えてもらって流れを覚えたので、今日からさっそく少し握ってみようという事になり昼間からイヨとマフユの部屋でジャラジャラとやっているのであった。


「カンナさんもユズキさんも初心者とは思えない打ち回しなんだけど、実は経験者じゃないよね……?」


 ダブルロンに振り込んだイヨが恐る恐る訊ねるが、2人はたまたまだよと笑う。


「でも実際、カンナちゃんは全然振り込まないよね。例えば今のあがりも白の単騎待ちにしなければ三面待ちに出来るのにしてないじゃん? 結果的にそれでユズキちゃんへの振り込みを回避してるわけで。」


「さてはカンナさん、『広域化』でみんなの視界を盗み見てるね!?」


「そんな事してないし、そもそも『広域化』ではそんなこと出来ないよ! 大体ここはダンジョンじゃ無いからスキルも使えないし。」


 スキルを使ってイカサマしたわけでも、別に第六感が鋭いわけでも、ましてや麻雀の才能があって待ちを読み切ったわけでも無い。ただの偶然の産物なのだが、強いて言うなら「運の良さ」でここまで順調に勝ちを積み上げているカンナであった。


「高原、親なんだから馬鹿な事言ってないでさっさとサイコロ振って。」


 ちぇー、と言いながらサイコロを振ったイヨ。順番に牌をとりながら柚子缶は雑談に花を咲かせる。


「ゴールデンウィークも明日までかー。明日は久しぶりに渋谷ダンジョンの一層で身体を動かすって事でいいんだよね?」


「うん。みんなしっかりリフレッシュしたと思うし軽くリハビリ兼ねてね。午後から2時間くらいトレーニングして夕方から家で打ち上げしよう。」


「今回は私がお料理を振る舞うよ。」


「カンナちゃんの手料理、楽しみ。いつもユズキちゃんにばっかり作ってあげてて、私達ほとんど食べた事ないしね。」


「あれ、そうだったっけ? じゃあ明日は期待してて。」


 連休中はデートも楽しんだり、カンナママも誘って1泊2日で熱海に旅行に行ったりと充実したオフを楽しんだ。

 あと何日かは朝から晩までユズキの家でゆっくりと過ごし、そういう日は一緒にご飯を作ったりして仲を深めたカンナとユズキであった。そんな感じで最近カンナはユズキの家で料理する機会も増え、キッチンはすっかり使いやすくなっている。

 カンナの趣味が料理だと聞いてイヨとマフユも食べてみたいと前に言っていた事を思い出し、この機会に振る舞おうかという流れで打ち上げの開催が決まったのである。


「イヨさんとマフユさんはオフの間何してたの?」


「前半はフユちゃん先輩と帰省してた。お土産買って来てるから後で食べようよ。……あとはハルちゃん達にも会ってきたよ。リーチで。」


「お姉たち、今さら一般企業に就職する気も起きないって言って今は花嫁修行に明け暮れてたわ。あ、ユズキちゃんごめん、それロン。3900」


「あぅ……。」


「フユちゃん先輩、私の親リーをノータイムで流さないで!」


 話しながらもしっかり盤面は見ている4人である。マフユはユズキから点棒を受け取りつつ話を続ける。


「アキちゃんにも会ってきたよ。挙式と入籍は11月を予定してるって。2人にも連絡いってるよね?」


「うん。柚子缶のアドレスにメールが来てた。でも本当に私達も披露宴に出席していいの?」


「あの子から誘ってくれるんだから嫌じゃなければ出てあげてほしいな。」


「嫌だなんて、全然そんな事ないけど!」


「私は結婚式に出るって初めてだからちょっと緊張するなぁ。」


「だったらドレスも用意しないとだね。」


「じゃあ、今パパッと出席させて貰いますってメール返してもいい? 後で返そうと思っててうっかり忘れても困るし。」


「オッケー。じゃあ5分ほど休憩挟みますか。ちょっとトイレにお花を摘みに行ってくる!」


 そう言って席を立つイヨ。


「「トイレに」って接頭語をつけたらお花摘みってボカす意味が無くなるよね?」


「カンナちゃん、それ本人が戻ってきたら言ってあげると喜ぶよ。ツッコミ待ちでボケてるつもりだから。」


「マフユさんは分かっててツッコミ入れてあげないの?」


「私は高原に厳しく接しようと決めてるからね。」


 そう言って笑うマフユ。安易なボケにツッコんでやるつもりは無いらしい。


「よし。私もカンナも出席したいって回答しておいたよ。」


「ユズキ、ありがとう。」


 スマホを操作していたユズキがアキに結婚式への出席の意志を伝えた。


「……あれ、気付いてなかったけどもう一通メールが来てる。」


 いつもはパソコンを使ってメールを見たり事務処理をしているユズキだが、今週はオフだった事もあって全くパソコンに触れていなかった。そのため数日前に柚子缶のアドレスに来ていたメールに今気付いたのである。


「協会から?」


 マフユが訊ねる。柚子缶のアドレスに来るメールはほぼ全て仕事関係なので、協会からのお知らせや札幌支部長――厳密にはその秘書――からあちらの近況やスキル習得に絡むあれやこれや。あとは4月から税理士とも契約したのでそちらからの連絡などがあった。札幌支部長や税理士の先生ならメールだけで済まさずに電話もくれるので、じゃああとは協会から全探索者に対して送ってくる周知や注意喚起のメールかなと思ったのだが。


 ユズキは難しい顔をしてメールを読んでいる。


「ユズキ?」


「あ、ごめん。えっとね、メールなんだけど、企業からのスカウトだった。柚子缶の配信を見て、ぜひウチに来て欲しいからまず話だけでも出来ないかって。」


「ヘッドハントだね。遅かれ早かれとは思ってたけどついに来たか。」


「想定していたよりは早いかなって感じだね。」


 いつの間にかトイレから戻ってきたイヨがしれっと会話に加わっている。


「まあ断るでいいと思うけど。ちなみにユズキさんなんて企業からのお誘いだったの?」


Dungeon(ダンジョン) Dive(探索) Dev(開発)elopmen(株式会社)t、……「D3」(ディースリー)ね。」


「「「は?」」」


 ユズキ以外の3人の声が重なる。 


 どこかの企業から勧誘が来ること自体は予想していた。しかし「D3」……ユズキ達が鎌倉ダンジョンを消失させてしまった事で損害を与えた、正にその企業からの勧誘は流石に想定外であった。


------------------------------


 麻雀牌を片付けて、どうするか相談する柚子缶。流石にD3への対応を麻雀をしながら考える気にはならなかった。


「最終戦は途中までって事でノーカンでいい?」


「ダントツラスの高原が初心者のカンナちゃんとユズキちゃん相手にそんな手心を要求してプライドが許すなら私はノーカンでも良いけど。」


「……くっ、そう言われたら麻雀の先輩としての矜持がっ! 苦しいけれど休憩前までの点数で清算するわ!」


 紙にここまでの点数を計算して、金額を算出するイヨ。カンナはとりあえずお金を払うことにならなくてホッとする。プラス収支は数千円だったので、これは有り難く明日の打ち上げの食材に使わせて貰おう。


「さて、D3からのメールについてだけど。」


「読ませて貰ったけど、鎌倉ダンジョンでの出来事に対しては何も書いてないんだよね。」


「うん。これってスカウトのメールを送って来ている人は私達が鎌倉ダンジョンのコアを壊したって知らないのかな?」


「事情を説明する動画を出してるし、いくらなんでも知らずにスカウト送ってくるって事は無いと思うんだよね。一応協会側は私たちの名前は出してないから、あの動画以外では私達の事情を知らないはずなんだよね?」


「そうだけど協会に出した資料は漏れてる前提でいた方がいいと思う。」


「……カンナの『広域化』でのスキル習得も?」


「あれは漏れてたら先に協会本部から連絡が来ると思うから、ある程度の情報……例えば札幌支部所属の探索者の保有スキルリストが漏れてるとしても、まだそこから『広域化』には結びついてないんじゃ無いかなあ。」


「ということは鎌倉ダンジョンの損害を差し引いても私達の戦力が有用だと判断したって事かしら?」


「まあある程度は損失の穴埋めになるかぐらいには評価してくれてるんだろうね。」


「もしくはこうやって呼び出してノコノコ出て来たところを大勢で囲んでひたすら恨み言を言い続けるとか。」


「何それ怖い。」


 まさかきちんとした会社がそんな事をしないとは思うが、与えた損害を考えればあり得ないとも言い切れない。


「いずれにしてもお断りする事は変わらないんだけどね。」


「「興味がありません。」?」


「そこまで直接言って良いの?」


「ユズキさん、どうせ「お気持ちはありがたいですが、自分たちでは力不足でご期待に添えないと思いますので……」とかいって断るつもりだったでしょ。」


 イヨの指摘にギクリとするユズキ。


「下手に言い訳するより興味無いでキッパリ断った方がいいよ。あっちの採用窓口だって「なんとかして引き抜け」って言われてメールして来てるんだもん、下手に交渉を引き延ばす口実作るよりはその意思が無いって最初に言っておかないとズルズル交渉される羽目になるよ。」


 なるほど、一理ある。ユズキは頷いた。


「でもそんなキツく返したら印象悪くならない?」


 カンナが心配そうにイヨに訪ねるとマフユが隣で笑った。


「カンナちゃん、もともとD3からしたら私達の印象って最悪なんだよ。これ以上悪くなっても大したデメリットは無いって。」


「あー……、それもそうか。」


 カンナも納得したようだ。


「じゃあ返信は「お気持はありがたいですが、御社含めた企業に所属すること自体に興味がありませんので謹んでお断り致します」で。これは今後他の企業から勧誘が来ても統一するって事でいいかしら。」


「うん、いいと思う。」


「協会とパートナーシップ契約が結べればこんな面倒なメールも来なくなるのかね。」


「そうね。札幌支部長さんの働きに期待しましょう。」


 ユズキはD3からのメールにも返信をして、メーラーを閉じた。


 ついに柚子缶に来た企業からの勧誘。今はまだ1通のメールであった。しかしこれはその後の直面する問題のほんの始まりでしかなかった。

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