第24話 ダンジョンの消失とその責任
ユズキが目を覚ますと、そこは病室のベッドであった。まだ痛む身体を起こし周りを見るとベッドを囲むようにカーテンが掛かっていて、枕元にはスピーカーとそこから手元まで伸びたコードの先にスイッチ……ナースコールだと思われる以前入院した親戚の見舞いに行った時に見た記憶のある物があった。
「生きてる……。」
今回も辛うじて窮地を生き延びたことにホッと胸を撫で下ろす。喉が渇いたな、そこの水差しの水は飲んで良いのだろうか。コップも無いな。そんな事を考えていると扉が開く。入ってきたのはユズキが一番会いたい人だった。
「ユズキ! 目が覚めたんだね!」
パァッと顔を花を咲かせると嬉しそうに駆け寄ってくる。
「カンナ、おはよ。」
「うん、おはよう! まだ痛む? 無理はしないでね。」
「ありがとう。まだ身体中が痛いかな……でもこれはどっちかっていうと、筋肉痛かしら?」
そう、背中を壁に強く叩きつけられた衝撃というよりは身体中筋繊維がミシミシと鳴っているような感覚である。だから痛みは感じるものの命の危機は感じない。
「ケガは『回復魔法』で治して貰えたよ。結構な重傷だったからだいぶ魔法に頼ったけど、後遺症は残らないと思うって先生も言ってた。……まぁ寿命は保証できませんって言われちゃったけど。」
カンナが少し申し訳なさそうにした。『回復魔法』で怪我を治すと寿命を縮めるというのは有名な話だが、今回は仕方ないだろう。そもそも長年に渡って重傷を何度も治して来た探索者が60代で老衰したといった事例がいくつかある事から「回復魔法は寿命を削る」という通説があるというぐらいのもので、今日明日死ぬわけでは無い。
「ここは鎌倉ダンジョン最寄の総合病院だよ。脱出後はそのまま全員病院送りになったから。」
「みんなボロボロだったものね……。そうだ、他のみんなは無事?」
「うん。ケガで言えば私たちの中ではユズキがぶっちぎりで重傷だったからね。 あとはアキさんが身体中に小さな石礫が入っちゃってて、そのまま傷を塞ぐと危ないって事で昨日外科手術で取ってもらったくらい。それも魔法で傷を塞いでもらったからもう元気だし。私を含めた他のみんなは当日のうちに直してもらえちゃって、念のため検査で1日入院したけど翌日には退院したよ。」
「そっか……あれから何日経ったの?」
「今日で4日目。探索が土曜日だったから今日は火曜日だね。」
「カンナ、学校は?」
「ユズキを置いて私だけ帰れるわけないじゃない。お母さんの許可は貰ってるよ。」
「そっか……ごめんね?」
「ううん、平気。」
カンナが優しくユズキを撫でる。
「そういえば1192→1185の人達は?」
「あっちはあまり無事では無いかな……。まず重傷だった二人。最初にボスに吹き飛ばされちゃった人達、わかる?」
ユズキは頷いた。
「彼らもなんとか一命は取り留めたけど、本当にギリギリだったみたいで『回復魔法』の自己治癒力の強化ぐらいじゃすぐに完治とはいかなくて。まだ目を覚ましてないし、目覚めても後遺症が残るかもしれなくてコレまでみたいに生活できるかは分からないって言ってた。」
「そうなんだ……。」
「あとはあちらのリーダーさん。腕をランスで貫かれちゃったでしょ? 傷は塞がったけど、麻痺が残っちゃうっぽい。今はこの病院でリハビリしてるよ。……私がもうちょっとだけ早く庇えたら腕も無事だったんだけどね。」
「それは、残念だけど、でもカンナが気にする事じゃ無いわ。あなたが庇わなければそもそも彼は命すら無かった可能性があるんだから。」
ユズキは思い出す。ボスが扉から飛び出してきた瞬間、自分は考えるより先に大声で彼らに警告をした。一方でカンナはユズキの声と同時に弾かれた様に彼らの方に飛び出したのだ。彼女の考えを一瞬で理解したユズキはすぐに『身体強化』を発動してカンナの『広域化』に合わせた。……今思い返しても自分でも信じられないぐらい咄嗟に動けたものだ。
「みんなにもそう言われたけど、ね。」
力なく笑うカンナ。どうしても責任を感じてしまうんだろう。ユズキとしてはケガをさせてしまった事を悔やむより命を守った事を誇って欲しいけれど、今すぐにとはいかなさそうだ。
「妖精譚のみんなは?」
「アキさんは今日退院予定。他のみんなは近くのホテルに泊まってるよ。」
「そっか、良かった。」
そう呟いたユズキだったが、カンナの表情が優れない事に気付く。
「カンナ?」
「えっとね、ユズキ。落ち着いて聞いてね。妖精譚なんだけど、みんなケガは治ってて問題無いんだけど……。」
「なにかあったの?」
「妖精譚は探索の翌日に解散しちゃって、あとハルヒさんとナツキさんが書類送検されて、このまま在宅起訴される可能性があるみたい……。」
「……ええっ!?」
急転直下の自体に驚くユズキ。と、その時丁度病室の扉が開いた。
「あら、ユズキちゃんが起きてる。無事で良かったわ。」
アキとマフユ、イヨがユズキの病室に入ってくる。アキは今日このまま退院するのでマフユとイヨが迎えに来た。病院を出る前にユズキの見舞いに来たらユズキは目覚めており、カンナも見舞いに来ていたという流れだ。
「ありがとうございます。あの、アキさん。妖精譚が解散したって……あとハルヒさんとナツキさんの事も。」
「あ、カンナちゃん早速話したんだ。」
「あの、どういうことですか!?」
食い入るようにアキに問いかけるユズキ。アキはふぅ、と息を吐くとカンナにまだ詳しくは話してないの?と訊いた。カンナは頷いた。
「私もさっき来たところなので。」
「じゃあ説明しましょうか。カンナちゃんにも軽くしか説明してないし、おさらいを兼ねてね。」
マフユが部屋の隅から椅子を3脚持ってきて、妖精譚の3人はそこに腰掛ける。ここは個室だし、こう言った話をするには丁度良い環境だった。
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「まず姉さんとナツキさんが書類送検された件だけど、これは鎌倉ダンジョンのコアを破壊したから。姉さんが壊すって宣言して、ナツキさんが実際に叩き割ったの。」
「コアを壊したんですか!?」
その時気絶していたユズキには当然どうしようもなかったし、カンナはカンナであの時は目を覚まさないユズキに必死で声をかけていたためハルヒ達がさっさとコアを破壊しようとしているのに気が付かなかった。やっと少しだけ冷静になった時には既にコアは破壊済みで、何故自分にも声を掛けなかったのかとハルヒとナツキを責めたが彼女達は優しく笑うだけであったのである。
「あの時の私たちには自力で脱出できるだけの余力は無かったし、あそこで普通に救援を依頼しても早くて半日、下手すればもっと時間がかかったかもしれないからね。手っ取り早く助けに来てもらうには、コアを壊してダンジョン内のモンスターの活動を止めるしかなかったのよ。そうすれば戦闘能力を考慮せずに救援部隊を組んで貰えて最短経路で来てくれるからね。」
「それって私がケガをしたせいで……。」
「うーん……多分だけど、ユズキちゃんが無傷だったとしても姉さんはコアを壊したんじゃないかな? カマクラバクフの2人は一刻を争う状態だったし、バックアップ契約がある以上は生還させる手段があるならそれを選ぶ。あの人はそういう性格だよ。」
実際のところ、ユズキが万全だったら柚子缶の2人に重傷者を担いで先行して脱出して貰うなどのやり方を選んだ可能性もある。しかし、そもそもユズキがケガを負わなければミスリルナイトは倒せなかったのだから、こんな論争は無駄である。
アキとしてはユズキに自責の念を持って欲しくない。だからあえて「どっちみち結果は変わらなかった」と言いきった。
「それで無事に私たちは救助してもらえたんだけどね。ユズキちゃんも知っての通り、無許可で開放ダンジョンのコアを壊すのって探索者法で禁止されてるのよ。」
ちなみにプライベートダンジョンの場合は特に禁止されて居ない。ただ、自分の所有するダンジョンなら問題無いが他人のダンジョンのコアを破壊する行為は犯罪ではある。
開放ダンジョンは国の所有物という扱いなのでそのコア……ひいてはダンジョンそのものを破壊する事が損壊罪として扱われる。ハルヒとナツキが送検されたのはこの部分に関してだ。また探索者である二人がそれを行う事は探索者法にも抵触しており、そこでもペナルティが課されるという事だ。
「探索者としてのペナルティって……。」
「おそらく探索者ライセンスの剥奪と、永久追放ね。」
「つ、追放!?」
軽くトラウマのある単語に思わず声が上擦るユズキ。
「えーっと、追放っていうかまあ今後二度と探索者ライセンスが取れないよって事ね。出禁?」
「そんな……。」
ハルヒとナツキは今後探索者として活動することが出来ない。ライセンス無しでもダンジョンに潜ることは出来るが、当然魔石や素材を協会に売ることは出来ない。誰かに代わりに取引してもらう事は代理人が罰せられるため現実的では無いし、企業もライセンスのない探索者からは買い取ったりしない。
つまり2人の探索者人生はここで終わってしまったというわけだ。
「おかしくないですか!? 私達を助けるためにコアを壊したのに! 人命救助より優先する事なんて無いじゃないですか!?」
納得行かずに取り乱すユズキを落ち着けるように手で制しながらアキが続ける。
「うん、だから書類送検の方はたぶん不起訴になるわ。救助隊は到着時の私たちの様子を把握しているし、あの部屋に入ったところからの様子は全部、イヨちゃん録画していたから証拠として渡してる。人命を救うためにコアを壊す以外の方法が無かったと結論づけられれば刑事罰はつかないはず。」
「ライセンス剥奪と追放処分は……。」
「そっちは多分無理かな。探索者法では「いかなる理由があっても協会の許可なくコアを破壊することを禁ずる」って書いてあるし。事前に重傷者がいるってことで許可を取っておけば問題なかったんだけどね。」
「あ、それ私も少し気になってました……。ハルヒさん、どうして許可を取らずに壊したのかなって。まさかうっかりしてたとかじゃないだろうし。」
カンナが疑問を口にする。
「まず間違いなく許可が下りないからね。こっちに重傷者がいるって言っても現場の職員レベルでは判断できないし、多分支部長クラスでもコア破壊許可の決定権はないんじゃない? そうなると良くて関東本部長とか、下手すると探索者協会の会長クラスまで話をあげて……そんなの待ってる間に手遅れになるのは日を見るより明らかだもの。」
「それって結局どうしようもなくないですか? 今回みたいなケースになったら無許可で壊すしかないって事になっちゃいます。」
「ええ。だから姉さん達は無許可で壊したの。ちゃらんぽらんな姉だけど、こういう時の決断力は素直に尊敬できるわよね。」
呆れたように、だけど少し誇らしげにアキは笑った。
「……ハルヒさんとナツキさんが探索者をクビになっちゃったから、妖精譚も解散するんですか?」
「それもある。もともと妖精譚はあの2人が立ち上げたパーティだから、いきなり2人とも居なくなって私とフユちゃんだけになったらもうそれって妖精譚とは言えないかなって。でも1番の理由はお金のためかな。」
「お金……?」
「うん。さっき話した刑事罰とライセンスの剥奪に加えて、姉さんとナツキさんには探索者協会から損害賠償が請求されるの。……今後鎌倉ダンジョンで得られたであろう利益をふいにしちゃったって事で。」
「損害賠償、ですか。」
「ええ。鎌倉ダンジョンを開放ダンジョンからプライベートダンジョンにするために協会に払う代金と同じ額……要は事後で鎌倉ダンジョンを個人で買い取れって話になるのよ。」
「それっていくらぐらいなんですか?」
ユズキが質問すると、アキは答えにくそうに笑った。
「アキさん、教えて下さい。」
「2人が責任を感じちゃったら申し訳ないんだけどね……。」
「今さらです。」
アキは観念したように告げる。
「正式に2人合わせて6000億円。それぞれに3000億円ずつ請求されたわ。」
とんでもない額であった。
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