第7話 僕が先に好きだったのに
ミサキがその想いを自覚したのはいつだったか。最初は小学生低学年だったと思う。その年、クラスが別々になったカンナとミサキは、朝こそ一緒に学校に向かうが登校後は当然別々になる。放課後に学校で顔を合わせれば一緒に遊ぶことも並んで帰ることもあったが、頻度は多くなかった。とはいえ週末はトモを含めて家族ぐるみで遊んだし、仲の良さは変わらなかった。
ある日、1人で下校しようとしたミサキは廊下の先を歩くカンナを見つけた。一緒に帰ろうと声を掛けようとしたところひと足先に他の子がカンナを呼び、ミサキに気付いていないカンナはそちらに向かって駆けて行った。良くあるすれ違いのワンシーンである。だけど、そのときミサキの心を支配したのは強烈な嫉妬であった。
「他の子と仲良くしないで。」
この言葉が誰よりも自分を追い詰める事を想像できる程度にはミサキは賢かったので、口にした事は一度もない。だけど胸に産まれた感情を上手く飼いならせなくて、カンナが無邪気に笑いかけてくるとそれだけで嬉しくて。幼いミサキが抱いた感情が恋心だったのか、単に自分のモノを取られたくない子供特有のワガママだったのか。今ではもう思い出せない。
恋心だとはっきり自覚したのは小学生6年生になってからだ。この年頃になると女子は色恋を覚える。ミサキは別に好きな男子などいなかったが、クラスメイトから「トモハル君が好きなんでしょ?」と言われたら面倒だからあえて否定はしなかった。
一方でカンナはトモの事が好きだった。恋に恋するお年頃だったのか、恋愛モノの漫画やドラマを楽しんでいたが、そのヒロインに自分を、ヒーローにトモを重ねていたのは傍目に明らかであった。それが分かったとき、幼い日に感じた嫉妬が再び燃え上がった。
「ねえ、トモ。私もカンナの事が好きだって知ってた?」
「知ってたよ。ずっと、1番のライバルはミサキだと思ってた。」
「そうなの? それなのに私にカンナとの事を相談していたの?」
「ああ。そうすれば牽制になるだろ?」
「なにそれ、卑怯者。」
「そうだよ、俺は卑怯なんだ。でもミサキとカンナがくっ付いたら身を引こうって思ってたんだぜ?」
「私もトモとカンナがくっ付いたら仕方無いかなって思ってた。」
お互い、大切な幼馴染だったから。図らずもミサキとトモは同じ想いを抱いていたという事だ。そんな話をしているうちに、ミサキの家にカンナがやって来た。
「こんにちはー。」
「はい、こんにち……は……。」
玄関に行ってカンナを出迎えたミサキは思わず固まってしまった。いつもカンナは可愛いが、今日は可愛さに磨きがかかっていた。そう言えば最近は週末に遊ぶ事がほとんど全く無くなり、カンナの私服は夏休み以来だった。
ハイウェストのベージュのロングスカートに黒いニットを合わせ、カーディガンを肩に掛ける形で羽織っている。さらにキャスケットからはみ出た髪は緩くねじっている。また学校にはナチュラルメイクで行くが、今日はアイラインとチークも入れており、ぱっと見で読者モデルのような見た目をしていた。
「ミサキ、どうしたの?」
学校でのカンナとの違いに、戸惑いを隠せないミサキ。
「いや、今日は気合い入ってるなって……。」
「そ、そうかな? 最近、休日はいつもこんな感じなんだけど……変?」
「ううん、かわいいわよ。」
「えへへ。ありがとう。」
嬉しそうに笑うカンナ。以前はかわいいと言うと顔を真っ赤にして照れてしまっていたが、今は素直に受け取りお礼を言うようになった。カンナはユズキに見てもらうために「かわいくなろう」と努力しており、その結果を誉めてもらう事が嬉しいのだ。
ミサキの部屋に通されたカンナは、既に来ていたトモと顔を合わせる。こうして話すのは沖縄の夜以来だ。これまで見たことのないかわいさのカンナに、トモも顔を赤くする。
「あの、カンナ、」
「ごめんなさい!」
間髪入れずにトモに謝るカンナ。
「え……?」
「あの、沖縄で私に告白してくれた時に、ちゃんと返事しないで部屋に戻っちゃって。私、トモはミサキと付き合ってるって勘違いしてたから、それで混乱しちゃったんだ。」
「あ、ああ、そうだったのか……。」
カンナとしてはいつから? とか、自分のどこが? とか、色々と気になる事はあるのだけれど、トモの想いに応えられない以上は聞かない方が良いだろうと考え言葉を飲み込んだ。そしてトモの目を見て、ハッキリと告げる。
「うん。その上で告白の返事なんだけど、私はトモとは付き合えない。ずっと家族みたいに思ってきたから、恋愛感情は持てないよ。……ごめんなさい。」
「そうか……。ああ、ありがとう。いや、もちろんOKして貰いたかったからそれは残念だけど、改めてきちんと答えてくれて良かったと思ってる。」
トモは少し赤い目で答える。
「カンナさ、今すぐは無理でもトモの気持ちを知ったなら、これから少しずつでもトモの事を男の子として見てあげたりとかって出来ないかな?」
ミサキが横からフォローするが、カンナは静かに首を振った。
「そういうのは無い、かな。……私、いま付き合ってる人がいるの。」
「えっ!?」
「はぁっ!?」
「その人の事がとっても、とっても好きだから、トモの事を考える気持ちのスキマは無いかな。……ごめんね。」
急なカミングアウトに口をぱくぱくさせるトモとミサキ。いつの間に? 一体誰と? と、ここでミサキはその相手に思い当たる。
「カンナが付き合ってるのって、もしかしてユズキさん……?」
カンナはキャスケット帽を胸の前で抱いて、そこに顔を埋めるようにコクンと頷いた。
「そうだったんだ。……トモ、残念ながら脈なしだわ。」
「俺は、カンナが幸せならそれでいいさ。」
トモが絞り出すように答えた。彼の10年に及ぶ初恋が散った瞬間であった。
その後、できればこれからも幼馴染として仲良くしていきたいというミサキとトモからの提案に対してカンナは曖昧に頷くことしかできなかった。トモの気持ちを思えばこそ、それは残酷なのでは無いかと考えたからだ。
「私が言うのも変な話だけど、トモの心の整理ができるまでは会わない方がいいんじゃないかな?」
「まあ、今日すぐにってわけには行かないな。……また、これまで通り接する事が出来るようになったら、その時は仲良くしてくれよ。」
「……うん、分かった。」
そうしてミサキの家を出たカンナ。なんとなく気不味い空気にはなったけれど、先日のような険悪な感じで無くなって良かったなと思った。トモには申し訳ないけれど、想いに応える事ができない以上はカンナにできる事はない。きっとミサキが慰めてくれるだろう。そんな風に考えていた。
しかし、実際に残された2人……ミサキとトモの様子は、カンナの想像とは真逆であった。
「うわぁぁあああん!」
声を上げて泣くミサキ。トモはそんな彼女の背中を優しくさすっていた。
「よしよし、良く頑張った。」
「わだじ、好ぎだっだの……! カンナのごど、ずっどだい好ぎだっだのぉっ……!」
「うん、知ってた。」
「わだじの方が、ずっど、ずっど前がら、好ぎだっだぁ……!」
「うん。辛いよな。」
「うわぁぁああああん!」
ミサキにとって、トモとカンナが付き合う未来はある程度覚悟していた事だ。そうなった場合は親友として、幼馴染として2人を祝福するつもりでいた。これまでミサキがカンナに想いを伝えられなかった理由は、彼女の初恋相手がトモであると知っていたから。同性である自分の想いはカンナにとって負担になると思って気持ちに蓋をしてしまっていたのだ。
「なのに、なのにっ……! ユズキさんだって女の子なのにっ……!」
「今はいっぱい泣いていいから。」
「こんな辛いなら、先に想いを伝えておけば良かったよぉっ!」
「……そうだな。」
「ひっく、ひっく……。」
トモにくっ付いて泣き続けるミサキ。一方でトモは、きちんと気持ちを伝え正面から玉砕していたため、辛さはあるがスッキリした部分があるのも事実だ。沖縄でのやりとりから諦めの気持ちも持った上でカンナと会ったので、完全な不意打ちで失恋したミサキとは心の準備が違う。だからこそ、号泣するミサキを支える事が出来ていた。
その後1時間以上泣き続けたミサキ。やがて涙が枯れて、疲れ果てたように横になっている。
「カンナがユズキさんと出会う前……、ううん、せめて2人が付き合う前に告白したら、何か違ったかな?」
「どうだろうな。さっきのカンナ、見ただろ? ビックリするほど可愛くなっていたし、幸せそうだった。……俺たちが知らない魅力を引き出せるだけのモノが、ユズキって人にはあったんだろうな。」
「そう、だよね……。1年前はあんな可愛い服じゃなくて、すっぴんにトレーナーとジーンズで過ごすような子だったもんね。」
「それでも可愛かったけどな。」
「どんどん綺麗になって、自分に自信をつけて……そんな風にカンナを引っ張ってくれるオトナの女性か。そりゃ好きになっちゃうわよね。」
「幼馴染なんてアドバンテージはあっという間に追い抜かれちまったわけだな。」
「私、カンナの事大好きだったんだけどなぁ……。」
「俺もだぜ……。」
はぁ……、と大きなため息をつく2人。しばらくするとヨシ!と気合いを入れて立ち上がるトモ。
「どうしたの?」
「失恋は苦しいけど、もう二度とチャンスがないわけでも無いだろ? もしかしたら2人が別れるかもしれないし。」
「なによそれ、別れて欲しいと思ってるの?」
「そうは言ってないけど、もしもチャンスが来た時に今の俺たちじゃカンナに釣り合わないなって思ったんだよ。カンナが探索者としても女の子としてもどんどん魅力的になっていくのに、俺たちが変わらなかったら、いざという時にまた別の探索者に攫われてしまうかも知れないだろ?」
「それは、そうかもだけど。」
「だったらさ。こんなところでウジウジしている暇はないって事だ。カンナに相応しい男になるために努力しないとな。」
「何よそれ、あれだけキッパリ振られたのにまだ諦めてないの?」
「ミサキはどうなんだ? カンナに恋人が出来たくらいで諦められるくらいの想いだったのか?」
挑発するようにミサキを鼓舞するトモ。
「そんなわけ……ないじゃない。」
「だろう? だったらさ、一緒に頑張ろうぜ。」
「分かってるの? 私達同じ相手が好きなのよ?」
「だけど失恋したモノ同士だ。だったら今は一時休戦して手を組んだ方が得策じゃないかね?」
ニッと笑って手を差し出すトモ。空元気なのが見え見えだけど、ミサキも無理やり笑ってその手を握った。
同じ相手を好きになって、彼女に追いつこうと切磋琢磨していく2人が気が付けば惹かれあって将来的に幸せになるのは、また別のお話。
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