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【7月30日発売】もう私、へとへと聖女じゃありません!~突然追放された私は、なぜか隣国の皇太子に溺愛されています!?~  作者: 遠 都衣
第二部

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電子書籍発売記念番外編 「聖女の力が、使えなくなったみたいです」



「エステル様! こちら、結界の強化をお願いできますでしょうか!」

「はっ……、はい……!」


 皇宮の内宮管理責任者の人に呼ばれて、私はわたわたと呼ばれた先へ足を向ける。

 足元にはちょこちょこと黒い毛玉が一つ。私のそばを付かず離れずの位置でついてくる。


 あの、怒涛の出来事だったエヴァンジェリン様こと新たな聖獣が引き起こした事件が解決した後、私は正式にアスラン様と婚約式を挙げ、晴れて正式な婚約者となった。

 なので、今の私は名実ともに皇太子妃となったわけなのだが、だからといって『おほほ』と扇であおぎながら優雅にお茶をして過ごすというわけでもなく、こうして日々仕事に奔走ほんそうしていた。


『……なあ。もう「へとへと聖女じゃありません!」じゃなかったのかよ』


 もそもそと、私の足元で抱き上げて欲しそうに体を擦り付けていた黒い子犬を抱き上げると、その子が私にだけ聞こえる声で不満を漏らす。

 私はそれを「……しっ、レイヴン。聞こえるでしょ」と小さな声でたしなめる。


 この、目の前にいる内宮管理者は、レイヴンの正体を知らない。

 なので、突然黒い子犬が喋る現場を見られて、驚かせるのもよろしくない。

 そう思い、私はレイヴンを窘めたわけなのだけれど。


 そんな私にレイヴンは「ぽめっ!」と返事をする。

 どうやらそれで、了承の意を表しているらしい。


 ――いやまあ確かに。

 私も最近、ちょっと働きすぎかもなあ、とは思うけど……。


 それでも、正式にアスラン様の婚約者になって、正式な婚約者として表に出るようになってからというもの、婚約者としても聖女としてもアスラン様の顔に泥を塗らないよう、精一杯みんなの役に立てるよう頑張った結果がこれなのだ。


 街の診療所を慰問したり、雨の降らない日が続いている農作地に行っては雨乞あまごいの祈りを捧げたり、魔物に襲われやすい街に行っては結界を補強したり。


 そうして今日は、数ヶ月ぶりに帝国で私たちの生活している皇宮に結界を張り直すという作業をしにきたわけなのだが。


「…………あれ…………?」

「……どうされましたか? エステル様」


 皇宮の中心地から結界をかけようとした私がことりと小首を傾げると、すぐそばにいた内宮管理者の人も私の様子を妙に思ったのか「どうしたのか」と尋ねてくる。


 だけど、私が何度も結界を張ろうとしてみても――、なんだかうまくいかない。

 ……………………?

 ………………あれえ………………?



 ◇◆◇




「――聖女の力が、使えない?」

「はい……」


 あの後。

 結局うまく結界が張れなくて、内宮管理者の人に『また後日、体調の良い時に仕切り直しましょう』と言われた私は、なんとか力が戻らないかとありとあらゆる努力を数日ほど尽くしてみたものの、その努力も実ることなくこうしてアスラン様に打ち明けることとなったわけで……。


「なんで、どうして……? またどこかから呪いでも受けた?」


 もしくは――、何か変なものでも食べた――?


 そう言いながら、アスラン様は私のおでこに触れてみたり、頬を両手で挟んでみたりと大忙しだ。

 私自身、聖女の力が使えない以外別に体調が悪いとか熱があるわけでもないので、そうされたところで何がわかるとも思わなかったのだけれど、それでもアスラン様が触れることによって何かわかることもあるかもなと思いされるがままにしていた。


 一時は、『こんな……、聖女の力も使えなくなった私にいったい何の価値があるの……? うふふ……(涙)』と心も闇に落ちかけ、部屋の片隅でのの字を書いていた私だったけれど、そんな私を見たレイヴンの、


『何言ってんだお前? これまで散々、あいつ(アスラン)の何を見てきたんだ』


 そんな、聖女の力が使えなくなったくらいで、お前に価値がないとか言うやつじゃないだろどう考えたって――。


 という一言で、はっと目を覚まして現実に戻ってきたわけです……。


「何か――、力が使えなくなるきっかけになりそうな心当たりとかは?」

「…………ええと。そう、ですね…………」


 ――無い。

 アスラン様にそう言われて自分でも考えてみたが、それらしいようなことが一切ない。

 だって、なんならここ数日はほとんど皇宮内でお仕事をしたりお茶をしたりしていたので、あるとすればそれこそ、さっきアスラン様が言ったようにこの中で口にしたものにおかしなものがあったか、もしくはどこかわからない場所から呪いを受けたかくらいしかない。


 でも、この皇宮で口にするものはすべて毒見がされているし、呪いに関しても前に張った結界がまだ生きていて呪いも返すようになっているはずなので……。


「それってえ、なんか《《アレ》》なんじゃないですかあ?」


 そう言って突然、宙空から口を挟んできたのは、私が契約しているもう一柱の聖獣だ。


「そこのムッツリ皇太子様があ〜、夜な夜な私のご主人(エステル)様に《《ど》》えっちなご無体を働くからあ〜、聖女様の清らかな聖なるお力も薄れちゃったんじゃないですかあ?」


 がたっ!


「お前な……!」


 先に聞こえた『がたっ!』はアスラン様が立ち上がった音。

 後に聞こえた『お前な……!』は人の姿になったレイヴンの声だ。


 そうして当の私はというと、どうしてそんなことを知られているのだろうとただソファの上で顔を赤くして両手で覆うことしかできない。


「……聖女の力と、純潔は別に関係ないだろう」


 だったらエステルは、とっくに聖女の力を使えなくなっているはずだ――。


 と。

 アスラン様が歯切れ悪くそう言い募るのを耳にして、私はますます息もできなくなるほどに居心地が悪くなる。


 あ…………、あの…………、アスラン様…………。

 そのあたりであの…………、やめてもらえませんか…………?


「ええ? でもお〜私、知ってるんですけど。ご主人(エステル)様が午前中に急に公務をお休みする日って、だいたい夜にテンション上がって盛り上がりすぎちゃう日ですよねえ! どんなアブノーマルなことしてるのか知りませんけど!」


 あ〜んな体位とか、こぉ〜んな体位とか。

 《《ナニ》》させてるのか知りませんけどお〜?


「お前……!」

「あのっ……! もうほんとにっ……! もうほんとにやめないっ!? この話……!」


 いったい何の吊し上げ会になってるの!?

 ただ、私が聖女の力が使えなくなってどうしたんだろうってだけの話だったのに……!(涙)


 そう言って、私ががばっ! とクッションを頭にかぶって殻に閉じこもるとするそぶりを見せたら、後ろの方で『スパンっ!』と軽いもので誰かが何かを叩いている音が聞こえた。

 どうやら、レイヴンが相方の聖獣をスリッパではたいたらしい。


 そうして――、なんとかこの場はお開きにしてもらえた。

 いや、お開き、と言っても、アスラン様以外が部屋から退散させられただけなんだけど。


 ……それにしてもなあ。

 本当に私、なんで突然、聖女の力が使えなくなっちゃったんだろう?


 私は、これまでのことで何か問題になっていそうなことや解決の糸口になりそうなことをうんうんと考えてみた結果、ある一つの結論に辿り着き、はっ! と息を吐いた後、早速アスラン様に相談した。


「――アスラン様。私、もう一度聖女修行をした方がいいのかもしれません」

「…………ん?」


 笑顔のまま、意味がわからないと言いたげに小首を傾げるアスラン様に向かって、私はかつてエリシエル様に言われたことを思い出しながら熱弁する。


「健全な力は、健全な精神と肉体に宿る。私、エリシエル様から授けてもらった教えを忘れずにいたつもりでしたが、もしかしたら日常を過ごす中で薄れてしまっていたのかもしれないです」

「…………うん。で、だから?」

「なので、再び健全な精神と肉体を取り戻すために、自分を鍛え上げる必要があるのかなって――」

「うん。わかったから、ちょっと待とうか」


 私が熱く語り出しながら、自分の中でも『うん! そうかもしれない!』と思い出したところで、アスラン様が私の両肩にぽんと手を乗せ、諭すように止めた。


「エステルの言いたいことはわかった。でもその前に、一度宮廷医師と宮廷魔術師の診察は受けてみようよ」

「でも……、私、どこも体調は悪くないですし、自分で治癒もかけてみましたけど……」

「それはそうだけど。でも、他人から見たらまた違って見えるかもしれないし」


 ね? と言いながら、優しく寄り添いながら諭してくるアスラン様に、結局は私も素直に「……はい」と頷いた。


 確かに、アスラン様の言う通り、一度診察を受けて別に悪いことはないしなあ……。


 そしてそれは別に、聖女修行と並行してはいけないわけではないのだ。

 そう思った私は、その日から早速アップデートした聖女修行を始めつつ、アスラン様が段取りしてくれた宮廷医師と宮廷魔術師の診断に備えた。


 結果――。




 ◇◆◇




「ご懐妊ですね」

「…………へ、あ…………?」


 宮廷医師からさらりと告げられた言葉に、思わず変な声が出た。

 ゴ……、カイニン……?


「妊娠初期と思われるのでまだ断定はできませんが、まあまず間違いないでしょう。おめでとうございます」

「……………………」

「……………………」


 それまでの専門家らしい厳格な表情から、ふわりと笑顔で「おめでとうございます」と告げられた。


 それでも私はまだ、頭が追いついていなかったし、隣のアスラン様もおんなじみたいだった。


「…………懐妊、ですか?」

「はい」

「それはつまり……、子どもができた、と」

「はい」


 アスラン様が慎重に尋ねるのに、宮廷医師の先生が神妙に頷く。

 そこでようやく、私の頭も現実に追いついた。


「こ……、子ども……? 赤ちゃん……?」


 赤ちゃんがこの中に……?

 思わず、まだ何の膨らみもない、ぺったんこな自分のお腹を見下ろした。

 それから、夢見心地な気持ちのまま、隣のアスラン様に顔を向けると、アスラン様と目があった瞬間ぎゅっと強く抱きしめられた。


「エステル……!」


 医師の診断によると、どうやら赤ちゃんができたことよって体内の気の巡りに影響が出て、一時的に聖女の力が使えなくなったとのことだった。


「聖女修行? 馬鹿なこと言わないでくださいよ! 安定期まで絶対に安静にしていてください!」




 ◇◆◇




 そうしてその日。


 エステル懐妊の知らせを受けた彼女の聖獣が、人知れずひっそりと喜びと切なさの混じった涙を流したこと。

 そうして、それを見た相方の聖獣が、


「へい少年ボーイ! おセンチになってるんですかあ? 私の胸でよかったら貸してやるZE()!」


 と揶揄からかったことで、骨肉の戦いが勃発したりするのだが。


 それはそれとして、世は平和に、つつがなくすぎていくのである。






_//_//おわり_//_//


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