第23話 その人、もう浄化終わってますよ
リリスの言葉に、わたしは、わたしの近くまで歩いてきたアスラン様を見上げて尋ねる。
「……アスラン様?」
「僕がエステル以外の者に誘惑されるわけないじゃないか」
わたしの問いかけに、アスラン様は一寸の迷いもなくキッパリと答えた。
そうしてそのまま、アスラン様はわたしを守ろうという意図なのかどこにもやらないという意思表示なのか、背後からわたしのことをがっちりとホールドするように抱きしめてきた。
「もおおおおおお! だから嫌なんです! このバカップル!!」
「おいエステル、本当にいいのか? こんなのと契約してそばに置いて」
「こんなのって!」
慌てるように会話に割って入ってきたレイヴンの言葉に、リリスが憤然と抗議する。
「うん。これでも、れっきとした聖獣だし。神様も、多分こうして欲しかったんじゃないかなって」
「これでもってえええええ!」
わたしたちの周りでわあわあと抗議するリリスを聞き流して会話を進めていたら、リリスは次第に何だか涙目気味になってきたみたいだった。
「神様ってエステル、神に会ったのか……、あ」
レイヴンも、どうやらそこまで口にして、気づいたようだった。
「あ、そうか……」
今ここにいるわたしは、400年前にレイヴンがレイさんだった時に会った、その後のわたしなんだと。
「レイヴンは、ちゃんと覚えてたんだね」
「まあな……、と言っても、思い出したのは割と最近のことだけど」
魔獣になった時に一回だいぶ記憶が混乱したからなあ、とレイヴンが笑う。
その笑顔が、一瞬、今のレイヴンの姿よりも大人だった、レイさんの姿と重なって。
「……ごめんね」
「あ?」
「わたしの身勝手で。レイも……、レイヴンも……、ずっと振り回してたよね」
「……」
自分の中に残る、エリシエル様の部分の影響もあったのだろうか。
この時ばかりは、『レイさん』ではなく『レイ』と、かつて呼び慣れた呼称がすっと口を出た。
わたしが、改まって話をし出した気配を察したアスラン様が、それまで背後から抱きしめていた腕をそっと緩めてくれる。
「自分勝手な理由のために、レイヴンの浄化を早く終わらせるとか言って……。浄化が終わったら、レイヴンがどうなっちゃうかとか全然考えてなかった。聖獣に戻って、転生したら、レイヴンはもうここにはいなくなっちゃうかもしれないんだよね……」
「まあ、転生する、ってなったら、たぶんそうなるだろうな……」
「わた、わたし……。レイヴンがいなくなることなんて全然考えてなくて。エ、エリシエル様もそうだったんだと思う。いなくなって初めて、たくさん助けてもらってたことに気付くんだよ……」
ここで、涙を見せるのも多分わたしの身勝手だから。
そう思って、込み上げてくるものをぐっと堪えながら、声が震えないよう、精一杯明るく言葉を紡ぐ。
「レイヴンはどうしたい? このままでずっと一緒にいてくれるっていうなら、わたしはそれでめちゃくちゃ嬉しい! 別に魔獣のままで居たって、誰かに迷惑をかけるわけじゃないもの。アスラン様の怨嗟は、わたしがずっと浄化していればいいんだし」
「エステル……」
レイヴンの気がすむまで、ここでみんなで過ごせばいい。
リリスと契約すれば、ちゃんと聖獣も居てくれることになるわけだし。
何の問題もないではないか。
そう思って、気づかないふりをして笑っていた、わたしに。
「でもお前、そいつと結婚するんだろ? 子供を産んで、国のために頑張るって言ってたじゃないか」
レイヴンにそう言われて、はっとなって咄嗟にアスラン様を振り返る。
見上げた先で、はたと目が合ったアスラン様は、わかっているよとでも言いたげに、わたしに向かって寂しく微笑むだけで。
あ、だめだ。
わたしまた――身勝手にひとりで話を進めようとしてた。
そう気づいてまた、自分の身勝手さに呆れて、くしゃりと顔を歪ませた。
その瞬間。
「あのう――。お取込み中釘を刺すのもどうかと思って、黙って見させていただいていましたけどお……」
そろりと遠慮がちに、リリスが手をあげて話に入ってくる。
「御涙頂戴の場面でなんなんですが――、その人、もう浄化終わってますよ」




