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【書籍化進行中】もう私『へとへと聖女』ではありません! 〜婚約者から偽聖女扱いされて追放された私は、隣国で皇太子に溺愛されました〜  作者: 遠 都衣
第二部

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第20話 【SIDEレイヴン】やがて来る怨嗟の終わりと、出会う少女

 ――エリシエルを拾ったのは、偶然だった。


 アースと歪みを正す旅を初めて、何百年経った頃だったろうか。

 人間界を長く旅して、アースはあまり人間というものに興味を抱いていないようだったが、逆に俺は、そのあまりにも短く儚い営みや、そこで育まれていくつながりや、人の愚かさに、興味を抱くようになっていった。


 長きに渡る人間界での勤めに終わりが見え始めてきた頃、終わったら、アースは真っ先に神界に戻るのだろうなと思っていた。


 そんな頃だ。


 魔界と繋がった歪みから現れた魔物に、襲われた村を訪れた時。

 村を襲っていた魔物を退治して、生き残りがいないか、村中を回っていた時だ。


 アースが、村人の中で唯一生き残っていた、小さな少女を連れて戻ってきたのは。


 聞くと、村外れの森の木の上で、未熟ながらも結界と呼べるものを張って、ひとり震えていたらしく。

 俺は、旅の邪魔になるし、幼い少女を過酷な旅に連れ回すのは本人にもかわいそうだから、近くの村に託していこうと言ったのに、一緒に連れて行ってほしいと少女は訴えかけてきて、アースがそれを受け入れた。


 それが、エリシエルとの出会いだった。


 人間に対してあまり興味を抱いていなかったアースが、珍しく少女を擁護する側に回ったのも驚きだったし、少女に対して何か特別なものを感じているのであろうことは、長い付き合いで察した。


 とはいえ、当時エリシエルも10歳前後くらいだったので、まさかそれが後に恋愛に発展するとは思っていなかったが。


 表向き、人当たりだけはよかったが、人間に無関心だったアースがみるみる変化して行った。

 それと同時に、俺の生活の中でも、明るくてあっけらかんとした少女の存在が次第に大きくなって行った。


 よく笑い、よく怒り、時々、俺たちに見えないところでひっそりと涙を流したりする少女が、いつのまにか俺とアースにとってなくてはならない存在になった。


 そしてそれは、エリシエルと一緒に生活するようになって、おそらく、7〜8年経った頃だったと思う。


「アースに、結婚しようって言われたの……」


 エリシエルが、半泣きで俺に相談してきた。


「こんなこと、レイに聞いていいことじゃないかもしれないけど、他に聞ける人がいないの。……ねえ、私、どうすればいい? そんなの無理だよって、笑ってはねのければいい? でも、心の奥底で、アースにそう言われて、喜んでる自分がいるの……」


 私、どうしよう、とエリシエルが泣きながら顔を覆う。


 思い起こすと、あの時が多分最初だったのだと思う。

 掴みどころのない血のつながった弟と。

 小さい肩を震わせる、妹のような、娘のような、親友のような存在でもあった、この少女のことを守らなければと思ったのは。


 俺はエリシエルに、もう少しだけ待ってくれと言った。

 もうすぐで、この歪みを正す俺たちの勤めが終わる。


 そうしたら、きっとお前たちの願いが叶うよう、俺からも神に掛け合ってみるから、と。



 


 それが、あんな形で終わることになるとは、あの時まで夢にも思っていなかった。

 自分の弟の堪え性のなさにも「おい……」と思った。


 お腹に子供がいるって。


 あんなに人間に興味がなかった弟が、ここまで変貌することにもびっくりした。


 寂しくないと言ったら嘘になる。


 いや――、寂しい。

 その時になって、俺は自分が、ここ数年ずっと抱えていたこころのもやの正体に気づいた。

 俺はずっと、寂しかったのだ。


 周りが、俺を置いて変化していくことに。

 自分と同族であった弟まで、その変容に流れて変わっていくことに。

 弟は、共に変わっていく相手を見つけたのに、自分はいまだ一人きりなままであることに。


 ――エリシエルが、俺にとってのそういう存在であったならよかったのに。


 しかしそれはもう、弟の片割れとなってしまったのだ。

 かつて自分がそうだった、弟の唯一の存在に、彼女が立ってしまった。


 じゃあ、自分はどうすればいい?


 そんな燻りを誤魔化したまま、ずっと気づかないふりをして過ごしてきた。

 これは、その報いなのだろうか。


 次代の聖獣だという女に唆されて、自分の抱えていた揺らぎを曝け出された。

 抑えることなく気持ちをさらけ出せるというのは、とても気持ちがよかった。

 そして――、なおいっそう寂しさが増した。


 神から振り下ろされた一撃で、ようやく楽になれると、心のどこかで少し安心した。

 

 それなのに――。


 今また俺は、永遠に終わらないようにも思われる怨嗟の渦の中に、漂い続けている。


『――弟を、人間にしてやってもらえないでしょうか』


 これは、神の鉄槌を食らった直後に交わした、神との会話だ。

 

『……。お前は。自分が自らを律してまで守ろうとしたものを、己の我欲で壊してしまった弟を、許そうというのか』

『……許すとか、許さないとか。そういうのはよくわかりません。ただ、あれは間違いなく俺の弟で――その相手も、俺の大事な家族なんです』

『人間にしてやったとして、お前の弟の責をなかったことにするわけには行かない』

『それはお任せします。ただ俺は、弟や――エリシエルと約束したことを全うしたい、弟を人間にすると言ったことは叶えてやりたいんです。ただ――」


 種族が違うといっても、生き物が生き物を愛するということが、ダメなことなのでしょうか――?


 その質問をしたのかしていないのか。

 それはもう覚えていない。

 もしかしたら質問をして、神がなにか答えたのかもしれないし、答えなかったのかもしれない。

 質問自体しないで口を紡いだのかもしれない。


 ただ一言言えるのは、一連の出来事を通じて、俺の中にそういう感情が芽生えたという、それだけだ。

 過ぎゆく時間の大半を怨嗟に飲み込まれる日々の中。

 ふとそのことを思い出せるほんの一瞬の時間が、俺の唯一の救いで。


 ずっと、この怨嗟に終わりが来ることを待っている。

 やがて再び会う、小さな少女とまみえるその時まで。

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