第14話 わたしを元の時代に帰す、ですか?
「わたしを……、元の時代に帰す、ですか?」
「そうだ。歪みの作用を逆に利用して、お前を元の時代に戻す。要するに、転移の術を、歪みで増幅させて飛ばすわけだ」
「わけだ、って言われても。私たち転移とか仕組みなんてさっぱりだから、言われてもわからないわよ。とにかく、エステルちゃんを元の時代に戻してあげることができるわけね」
「ああ。おそらく大丈夫だと思う」
「……」
わたしは、その話を聞きながら――。
元の世界に戻ることができるのは嬉しい、嬉しいのだけど。
この後、この二人に起こるであろうことを思いだして、複雑な気持ちになった。
わたしがしゃしゃり出て、この後のたくさんの未来を変えてしまうことになるのも躊躇われる。
でも、突然現れたわたしに良くしてくれた二人が、悲しい顛末を迎えることを知っていて、素知らぬ顔をし続けるのも、正直苦しかったのだった。
そんな気持ちを抱えながら、エリシエル様とレイさんと移動を続け――。
かくして、例の歪みがあると思われる場所の近くまでたどり着いた。
「よし。じゃあ、段取りというほどのものでもないけど、手順を説明する」
そう言って、レイさんがこれからの段取りを取り仕切る。
「シエル。あれはちゃんと持ってるよな?」
「もちろん」
レイさんの問いかけに、エリシエル様は当然と言った表情で、背中から一振りの短剣を取り出す。
「あっ……」
隷属の剣だ。
シンプルな装飾ながら見覚えのあるフォルムは、まさしく、かつてわたしが魔獣と相対した時に手にしたものと同じで。
「なに? エステルちゃんもこの剣を知ってるの?」
わたしの反応で、わたしが隷属の剣のことを知っていることを察したエリシエル様が、問いかけてくる。
「は、はい……。それ、わたしの時代にもありました。それ、エリシエル様のものだったんですね」
「私の、と言うか……。これ、レイたちが旧世界からこっそり持ち出してきた、失われた文明のアイテムなんだけど。人を傷つけてはいけない私たちが身を守るには、うってつけの代物なのよ」
「人を傷つけては……?」
わたしが、エリシエル様の言葉に疑問を抱いて、ぽろりと口に出すと、エリシエル様はえっ? と言う表情でわたしを見返してきた。
「エステルちゃん、知らないの? 聖女は、人を傷つけたりすると能力が減退するのよ」
最悪な場合――それは言うならば、人を殺めたりする場合だが――能力を失うこともあるらしい。
「し、知りませんでした……」
「えぇ〜……。エステルちゃんの時代の教会は、どうなってるのよ……」
エリシエル様が、嘆かわしいと言わんばかりに頭を抱えた。
「……まあつまり。だから私は、いざという時に自分の身を守るために、この剣を使って相手の抵抗力を奪ったり、一時的に無力化するのに使うの。これで生き物を刺しても、命を奪うことはないからね」
そう説明するエリシエル様。
その剣に、命を奪われこそしなかったが、とんでもない目に合わされそうだった過去も持つ私としては、正直、なんとも複雑な気持ちではあった。
まあ、その剣で助けられた過去もあるんですけどね!
「エステル。お前、いちおうこれで頭隠しとけ」
「あ……、はい」
ばさ、とレイさんが覆いかぶせてきたフード付きの外套を、返事をしながらきちんと被り直す。
「歪みの近くは、魔族がうろついてることも多い。安全が確認できるまでは、離れた場所でこいつを被って大人しくしてろよ」
「はい……」
完全にお荷物扱いだが、ぐうの音も出ない。
確かに、実戦経験の豊富なふたりと違って、こちらは素人なのだ。
足を引っ張らないためにも、大人しく言うことを聞いておくのが適切だと自分に言い聞かせる。
「言っとくけど、エリシエル。お前もだぞ。俺がいいって言うまで、表に出てくるなよ」
「えぇ? 私も一緒に行くわよ」
何言ってるの? と言った調子で、エリシエル様がレイさんに反論する。
「……。お前な」
「……だって、もう嫌なのよ。離れた安全な場所で待ってて、大切な人が帰ってこなくなるのは」
「……」
エリシエル様の言葉に、何か言いたげに口を開きかけたレイさんだったが、結局のところ、最終的には反論を諦めたかのように、深くため息をついて肩を落とした。
「わかった。その代わり、やばいと思ったらすぐに転移で逃すからな」
「過保護すぎ。大丈夫よ、魔物だったら結界で攻撃は守れるし。物理攻撃はこれでなんとかするから」
そう言って、エリシエル様はレイさんに隷属の剣を見せつけるよう振り翳した。
「……お前が言うことを聞かないのは今に始まったことじゃないけどさあ……」
お前に何かあったら、俺がアースに顔向けできないんだよ、とレイさんが顔を両手で覆う。
「大丈夫だって! アースが何か言ってきたら、先にいなくなったそっちがいけないんだからね! って、言い返してやるもの!」
だから、そう言い返せるように、レイもちゃんと協力してよね! と――。
レイさんの目の前で憤然とそう告げるエリシエル様に、レイさんがとても優しい表情で苦笑したのを、わたしは目の当たりにして。
その表情で、わたしはようやく遅まきながら気付いたのだ。
レイさんが、エリシエル様にどんな想いを抱いて、どんな気持ちで行動しているのかと言うことを。
これまで、それがわかる場面はいくらでもあったのに。
鈍いわたしは、こんな直前になるまで気づけなかったのだった。




