第12話 大聖女と聖獣の話
「自分のせいで、って……。エリシエル様は別に何も悪いことしてないじゃないですか……」
「……自分がいなければ、あいつを一人で行動させることもなかったし、自分が足を引っ張ってるせいで危険な目に合わせてしまったんじゃないかって、そう思ってるんだよ」
脳筋なくせに、変なところ繊細だからな、とレイさんが苦笑する。
結局その話は、その後すぐエリシエル様が戻ってきたために続けられることはなかったけれど。
じゃあ、以前アスラン様が言っていた『兄の聖獣が横恋慕して』という話は、一体どこから起こるのだろうと言う疑問が、わたしの中に生じたのだった。
それから。
わたしは、エリシエル様に修行をつけてもらいながら、街から街へ――時には野営もしながら――移動を繰り返した。
ここ最近は皇宮で贅沢な暮らしをしていたけど、もともと貧しい暮らしに慣れていたわたしは、そのおかげで意外とこの生活も苦もなく馴染めるものだな、と自分で感心していた。
「いいわ……。いいわよ、その調子……」
わたしが、聖女の力を意識的に高めようとするのを、エリシエル様が隣でコーチングする。
「そう……。で、そこから範囲をぎゅっと狭くして、力を収縮するの。そうそう。そうすると、効果範囲は狭くなるけど、強度がぐっと上がるでしょ」
いまは、結界の貼り方のコントロールの仕方を教えてもらっている。
聖女の能力というのは、治癒・浄化・祝福・結界の4種類。
人によっては、そのどれかしか使えないという聖女もいれば、わたしやエリシエル様のように全部使えるという人もいる。
いままで、(誰も教えてくれる人がいなかったので)なんとなくふわっとしか能力を使ってこなかったが、エリシエル様の教えを受けて、意識的にコントロールができるようになってきた。
うす〜く、範囲を広く、その効果をもたらす方法と、ぎゅっと収縮して狭い範囲で強い効果をもたらす方法。
心なしか、体力トレーニングを経た後で、集中力とコントロール力がぐっと上がっている気がした。
「うん、いいわね。もう止めていいわよ」
エリシエル様にそう言われて、わたしはそれまで保っていた集中力と力をふっと緩めた。
「エステルちゃん、筋がいいわね。わたしに負けずとも劣らない能力を感じたわ」
さすがわたしの弟子……! とエリシエル様が満足げにうんうんとうなづく。
まあ……、一応わたし、エリシエル様の転生体みたいですしね……。
こうして日常的に会話をしているとふと忘れてしまうが、目の前にいるこの人とは本来同一の魂のはずなのだ。
話せば話すほど、本当に? と思うくらい、自分との差異を感じたりもするけれど……。
「エステルちゃんも聖獣と契約できれば、もっと能力は上がるんだけどね」
「……そうなんですか?」
「そうよ。聖獣と聖女は互助の関係にあるから。契約することでお互いがお互いを高め合うのよ。わたしなんか、レイの力があるから、治癒する時は人体欠損だって治せるわ」
まあ、それをそこらじゅうで使うと大変なことになるから、あんまり使わないけどね、とエリシエル様。
「エリシエル様は、レイさんと契約してるんですか?」
「そうよ」
「……レイさんには、弟さんがいるって聞いたんですけど」
わたしの言葉に、それまでニコニコと話していたエリシエル様の表情が、一瞬ぴたりと止まる。
「……アースのこと? レイに聞いたの?」
「はい」
「……そう」
エリシエル様はそう短く答えると、ぱっとまた元の表情に戻って、わたしに説明を続けてくれる。
「そうよ。レイには弟がいて、そして私はそいつとも契約してる。……まあ、今はどこでどうしてるのか、わからないんだけど」
そう答えたエリシエル様の表情は、どこか寂しげだった。
「私の、恋人なの。ふふっ、聖女と聖獣なのにね」
「それは別に……、ダメじゃないんじゃないですか?」
「ありがと。みんながみんな、そう思ってくれればいいんだけどね。……この、歪みを正す仕事がひと段落したら、結婚しようって話をしてたの。それは、もうすぐそこのことだと思ってたんだけどな……」
「……。レイさんは、そのこと」
「もちろん知ってる。私にとって、アースは恋人だけど……、レイは、かけがえのない親友で、兄みたいなもので、なくてはならない家族なの」
アースがいなくなった今も、レイがいなければ、わたしはもっと同士ようもなく途方に暮れていたと思う、とエリシエル様が言う。
わたしはその言葉を、自分自身とレイヴンに重ねて。
ここより遥か先の未来にいる、レイヴンを思った。
エリシエル様とアースさんの二人を見てきて。
長い魔獣としての苦しみを超えて。
かつてと同じように、わたしとアスラン様の隣にいたレイヴンは、一体どんな気持ちだったのだろうと。
これまで、あまり深く考えたことがなかったけど、今ここでわたしに接してくれるレイさんと、少年の姿でずっとわたしに軽口を叩きながらも助け続けてきてくれたレイヴンを重ねて。
なんだか胸が切なくなったのだった。




