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【書籍化進行中】もう私『へとへと聖女』ではありません! 〜婚約者から偽聖女扱いされて追放された私は、隣国で皇太子に溺愛されました〜  作者: 遠 都衣
第二部

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第8話 一難去ってまた一難、ですか!?

「わたしなんだか最近、泣いてばっかりですね……」


 ひとしきり泣いて、少し気持ちが落ち着いた後。

 ふと、目の前のアスラン様の洋服がわたしのなみだでひたひたに濡れてしまっていることに気づいて、平謝りし。


「僕は、嬉しいけどね。僕の前で我慢しないで、そうやって吐き出してくれるようになったことが」


 そう言って、アスラン様がわたしの頬を撫でてくれるのにすこしうっとりする。


 確かに……。

 ここにきたばかりの時は、皇太子殿下なんて恐れ多くて、という気持ちばかりが強かったからなぁ……。

 あれから、フレドリック様や魔獣、聖王国のことを乗り越えて、今があるんだとつくづく思う。


 そう考えると、時間や経験というのは実に人を変化させるものなのだと改めて感じた。





 アスラン様の着替えのために、一旦部屋に戻ろうとしたところで、ぱったりとエヴァンジェリン様と出くわした。


「あら、おふたりでどちらに向かわれるんですか?」

「……衣服が汚れてしまったので、替えに戻るところだ」


 エヴァンジェリン様に対するアスラン様の態度は、普段の温和な様子からは真逆なくらい塩対応である。


「そうですか。おふたりとも、本当に仲が良くて……。羨ましいくらいで……、とっても、目障りですね!」

「えっ……」

「あ〜あ! おふたりが仲違いするのを見るのを楽しみに来たのに。全然なんですもん。もうちょっと険悪になったり、すれ違ったりしてくれてもよかったのに!」


 けろりとなんでもないことにように不満を漏らしているが、言っている内容は皇室の人間を前にたいそう不遜な発言だ。


「さて。おふたりの仲違いが見られないのなら仕方がないです。本当はひとりのところを狙ってたぶらかしたかったんですけど、全然一人にもなりやがらないですし。なので、真正面から堂々と正攻法でいきますね」


 にこりと笑って、エヴァンジェリン様がこちらに向かって何かの構えをとる。


「我が名は『甘言』」


 突然、それまでエヴァンジェリン様のまとっていた空気がガラリと変わる。

 どくり、と、嫌な予感が心中を走る。

 ふと見上げると、アスラン様の様子が明らかにおかしくなったのがわかった。


「堕ちよ。そして跪け。そなたが屈すれば、永遠にそなたの望む甘い言葉、甘い夢を見せよう」


 その言葉に、アスラン様が胸元を抑えながら、エヴァンジェリン様を凝視する。


「うふふっ……。聖獣だった時ならまだしも、ただの人間になってしまったあなたに、私の言霊は防げませんよね」

「あ……、アスラン様……!?」


 ころころと雰囲気を変えるエヴァンジェリン様と、相対して苦しそうに跪くアスラン様。

 事態を把握しきれないわたしはただオロオロとアスラン様を支える。

 

「おふたりが最後まで結ばれていなくてラッキーでした! というか、それを狙ってきたんですけどね」


 異様な雰囲気を放ちながら、エヴァジェリン様がゆっくりとこちらに近づいてくる。


「さあ、アスラン様、おやすみなさい。あなたの叶えられなかった夢を、夢の中で私が叶えて差し上げましょう」


 そう言って、近づいてきたエヴァンジェリン様を見上げたアスラン様が、エヴァンジェリン様の差し伸ばしてきた手を頬に受けた瞬間、それまで苦しんでいたのが解放されたようにふっと意識を失った。


「アスラン様!」

「エステル様、邪魔です」


 エヴァンジェリン様に軽く払い除けられると、それほど力を入れているように見えなかったのに、思いがけないほどの強い力でアスラン様から跳ね飛ばされた。


 そうして、エヴァンジェリン様は床に倒れたアスラン様を抱き起こし、膝の上に寝かせながら、嫣然とこちらに向かって微笑む。


「アスラン様がいま、どんな夢を見ているかお分かりですか?」


 ――あなたが叶えて差し上げられなかった、蕩けるほどの快楽に塗れた夢を見ているんですよ――?


「それを邪魔するのが、本当にアスラン様のためになると思いますか?」


 反射的に、エヴァンジェリン様の膝に抱かれたアスラン様に目をやる。

 そこにはもう苦しんだ様子もなく、ただ瞼を伏せて眠るだけのアスラン様の麗しい顔があって。


「あなたは一体、誰なんですか……?」


 エヴァンジェリン様だと思っていた人物に向かって、問いかける。


「エステル? 何があった――」


 エヴァンジェリン様と対峙していたわたしの元に、聞き慣れたレイヴンの声が聞こえてきた。

 同時に、ちっ、と目の前で舌打ちをする音が聞こえる。


「邪魔な子犬が――」

「! お前……」


 瞬間、視界が変わったかと思ったら、レイヴンに転移させられたわたしは、ちょうどさっきレイヴンがいた場所と入れ替わりの立ち位置になり、エヴァンジェリン様から庇われるような形になる。


「お前……、あの時消滅したはずじゃ……」

「残念ながら、わたしも神の端くれなので。そうそう簡単には消えないのです」


 エヴァンジェリン様とレイヴンが顔を合わせるのは、今が初めてなはず。

 なのに、互いに顔見知りのような会話をしていることが――、いや、それよりもずっと前からお互いを知っているような会話に違和感を覚えた。


 ……神……?


「レイヴン、エヴァンジェリン様と知り合いなの?」

「あ〜あ、せっかく怨嗟まみれで面白いことになってたのに。すっかり浄化されちゃったんですね。つまんなーい!」

 

 レイヴンにどういうことなのか問いかけてみたが、不貞腐れたようなエヴァンジェリン様の声で会話が途切れてしまい。


「あ。そっか」


 何かに気づいた様子のエヴァンジェリン様が、突如こちらにくるりと向き直った。


「そう、そうですよ。私、なんでもっと早く気づかなかったんだろう」


 じっとわたしを見つめながらエヴァンジェリン様が言葉を続ける。


「アスラン様を堕とすなら、エステル様の体をもらっちゃえば話は簡単じゃないですか」


 瞬間、ふっ、とエヴァンジェリン様の姿がかき消えたかと思ったら、レイヴンが両腕でガードするようにエヴァンジェリン様の行手を遮っていて。


「くっ……!」

「やだ、邪魔しないでくださいよ!」


 攻めようとするエヴァンジェリン様と、行手を阻もうとするレイヴン、二人の姿が拮抗して――。


 私が、なす術もなく、ふたりとアスラン様を見比べていると。


「エステル!」


 とレイヴンに大きな声で呼びかけられた。

 覚えているのはそこまでだ。

 次の瞬間。わたしは強い光に包まれて、意識を失ったのだった。

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