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第4話 あれ、やっぱりわたしが本物の聖女らしいです

「アスラン、よく戻った。顔を上げよ」

「はい、父上」


 謁見室に通されるのかとあわあわしていたら、通されたのは皇帝陛下の執務室で。

 皇帝陛下は、皇太子殿下によく似た見目麗しい壮年の男性で、とても理知的な印象の人だった。

 

「うむ。そのほうが聖女か」

「ええ。聖王国で偽聖女だと謂われなき咎を受けたところを、保護してきました」


 ん?

 

 皇帝陛下と皇太子殿下のやりとりを聞きながら、ふと違和感を覚える。

 わたしは皇太子殿下に「本物の聖女じゃなかった。偽聖女と言われて追放された」と伝えたはずだ。でも今のやりとりを聞くと、皇太子殿下はわたしが聖女だということに確信を持っているように聞こえた。

 

「して、実のところどうなのだ」

「本物ですよ。間違いなく」


 陛下の問いかけに、皇太子殿下は自信を持った声音で答える。

 

「むしろ、あの王子が彼女を偽聖女だと言い切ったことの方が問題ですね。彼自身の聖王の嫡男としての正当性が疑わしい」


 ふん、と呆れた様子で皇太子殿下が鼻を鳴らす。

 ど、どういうことだろう?

 話の流れが、わたしの全く予期していない方向へ向かって流れていく。


「なるほど。となると、聖王はいまごろ大慌てだろうな」

「でしょうね」


 どういうことなのか問いただしたいが、皇帝と皇太子の間に割り込む勇気はわたしにはなく。

 二人がわかった様子で話を進めていくのを、皇太子殿下の横でただ黙って聞いていた。


「間違いなく、一番最初に影響がでるのは聖王だろう。どうでてくるか見ものだな」

「今回のことは、あの王子の独断でしょうからね。そうじゃなければ、エステルを追放なんて。絶対にあり得ませんよ」


 あの、本当にどう言う事なんでしょうか……。

 二人の間で交わされる会話の、おそらく当事者であろうわたしは、まったく事情をつかめずにひとり取り残されていた。

 すると、わたしが困惑していることに気づいた皇太子殿下が、皇帝陛下に向けていたキリリとした表情をパッと切り替え、にこやかにわたしに向かって話しかけてきた。


「ああエステル、ごめんね。エステルには、ちゃんと説明しなきゃいけないね」

「あの……」


 皇帝陛下に向ける顔とは違う、いつものアランさんの優しい顔だ。

 そこには、間違いなくわたしを気遣ってくれている優しさが滲み出ていて、私は少し、それでホッとすることができた。


「エステルは、勇者と聖女、そして魔獣の話は知っているかな?」

「はい。聖女になるときに教えてもらいました」


 フレドリック様に一笑に付された、聖王国の成り立ちの話だ。

 勇者と聖女が、突如出現した魔獣を退治したことで聖王国が興り、勇者が聖王となった、というやつ。

 

「じゃあ、勇者と魔獣が兄弟だった事は?」

「え」


 初めて聞く話に、思わず素っ頓狂な声が漏れ出た。


「まあ、この話は、代々の聖王と、帝国の皇帝しかしらないことだから」

「うむ。聖王が、勇者の子孫であるということは知っているであろう。勇者と魔獣は、元は聖獣の兄弟であったのだ」


 皇太子の説明を継いで、皇帝陛下も語りだす。


「弟の聖獣が聖女と恋に落ち、ふたりは恋仲となった。しかし、兄もまた、聖女を恋慕っていたのだ」

「嫉妬に狂い、自らの弟と神を呪った兄は、神格を落とし魔獣になった。400年前、聖王国を興す発端となった魔獣の出現は、実は単なる愛憎劇、ということなんだね」

 

 なんと。

 聖王国を興した英雄譚の裏側に、まさかそんな生々しい真実があったとは。

 

「弟もまた、兄を止められなかった責任を取るため、聖獣から神格を落とし、人間の勇者となった。その後、聖女と力を合わせて魔獣の討伐に成功するわけだが」

「そこからはエステルも知っているよね。討伐された魔獣から瘴気が放たれるようになった。瘴気っていうのは、魔獣の怨嗟の残滓なんだ」


 それを浄化するのが聖女の役目、ということらしい。

 皇太子殿下が丁寧に説明してくれた。


「魔獣の怨嗟が一番に向かうのは、聖王だ。だから、聖王は近くに聖女を置いていないと、だんだんと呪いに蝕まれ、最後にはおかしくなってしまう。フレドリック王子が聖王の嫡男なら、聖王の次に呪いの影響を受けているはずなんだ。魔獣の怨嗟は、聖王の血筋の16歳以上の男子に発症するようになってる」


 なぜ16歳なのかはわからないらしい。


「エステルが近くにいるだけで呪いの影響から解放されて、体が楽になるはずなのに。どう考えたって追放なんてできるはずがないんだ」

「だから、フレドリック様の嫡男としての正当性が、っておっしゃってたんですか」

 

 ようやく、皇帝陛下と皇太子殿下の会話の内容が理解できてきた。

 

「もう一つ。僕がフレドリック王子の正当性に異を唱えられるのには根拠がある。僕の母親が、聖王の実妹だからだ。つまり、僕にも聖王の血が流れている」

「えっ」


 ということは、アスラン殿下はフレドリック様の従兄弟に当たるということになるのか。

 ――フレドリック様が、本当に聖王の嫡子であれば、ということだが。


「皇太子殿下は、呪いは大丈夫なのですか?」


 心配になって皇太子殿下に尋ねた。

 見た感じ、辛そうな様子は感じられないが、我慢に慣れているだけで実は辛いということもあるかもしれない。


「大丈夫だよ。今はエステルがそばにいるし。聖王国から離れると、ほんの少しだけ影響が弱くなるんだ。逆に、近づくと強く影響を受けるわけだけど。だからこそわかったんだよ。エステルの近くにいると、呪いが浄化されるってことがね」


 曰く。

 新しい聖女つまりわたしだが就任した時に、行商人アランの姿で聖王国の近くを通りがかったらしい。

 その時に、魔獣の呪いの影響を受けてダウンしたところを、運良く通りがかったわたしが助けて、それでわたしが聖女なんだということの確証を得たのだという。


「でも僕は、エステルが聖女だから好きになったんじゃなくて、普段のエステルの姿を見て、好きになったんだ。行商に扮して会いに行ったのも、エステルの近くにいると呪いが癒やされるからだけじゃなく、ただ、みんなのために頑張っている、キラキラしているエステルを見てるのが好きだったんだ」

 

 皇太子殿下がわたしの前で腰を折り、わたしの手を取りながら目線を合わせて、真摯にそう伝えてくれた。

 その瞳が、あまりにも真っ直ぐで、疑いようのないくらいわたしに向ける思いをひしひしと伝えてきてくれたので、思わずわたしは照れ臭くなって、目のやり場に困ってしまった。


 アランさんの姿をしていた時。出立ちももやしっ子だったし、ひ弱なお坊ちゃんなのかと思って、今に至るまでまさか正体が皇太子なんだと思いもよらずにきてしまったわけだけれど。

 皇太子だと明かされた後も、やっぱりその言動のそこかしこにアランさんであったときの片鱗が見えて、そのギャップに、逆に少しキュンとしてしまった。

 しかし……。


「あの……、やっぱりわたし、聖王国に戻った方がよいのでは……」


 皇太子殿下にそれだけの影響が出ているということは、間違いなく、聖王様にはもっと影響が出ているはずで……。

 あれ? でも、そうしたら、シルヴィア様は結局、本当に偽物だったということだろうか?


「そうだね。いまエステルが考えた通り、もうひとりの聖女の正体と、魂胆もまだわからないし。なにより、自分の息子と国の内政を統められない聖王に、ちょっとお灸を据えないと」


 笑顔でそういう皇太子殿下だが、言っていることは非常に辛辣である。


「でも……」

「聖女殿。案ぜずとも、本当にどうしようもなくなる前に、そこのアスランが介入して事を治める手筈となっておる。聖女殿はひとまず、安心して旅の疲れを癒やされるが良い」


 皇太子殿下に言い募ろうとしたわたしに、皇帝陛下がピシャリと言葉を下す。

 皇帝陛下に断じられては、これ以上わたしが物申すことはなにもない。

 しかし、問題なのは、その後に続いた、皇太子殿下の一言だった。


「そうだよ。エステルはこのまま帝国の聖女となって、ゆくゆくは僕の奥さん、つまり、皇后になるんだからね」


 ………………え?

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