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【書籍化進行中】もう私『へとへと聖女』ではありません! 〜婚約者から偽聖女扱いされて追放された私は、隣国で皇太子に溺愛されました〜  作者: 遠 都衣
閑話

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34/60

番外編 エステルの社交界デビュー2

アスラン視点です

 ――最初にその姿を見た時、一瞬、誰が入ってきたのか分からなかった。

 

 

 エステルの登場を待つ間。

 本日の主役として、来客者からの挨拶に、ひとりひとり対応していた。


 正直、祝われるとは言っても、もはや公務に近く。

 本当に祝って欲しい人などごく一握りなのに、立場的にそうはいかないために。

 要するにこれは、文字通り皇太子としての社交なのだった。

 主役であるが故に中座することも許されず、責任感だけで笑顔を貼り付けて愛想よく取り繕う。

 仕事の一環だと思わなければ到底やりきれない、と自らに言い含めながら来客対応をしていた、その時。


 急に、ざわりと会場の空気が変わった瞬間を、主賓席に座りながらも感じた。

 その大元は、どうやらこの大広間の入り口から始まったようだった。



 ゆっくりと。

 その人物の歩みに合わせて、会場の人混みが割れる。

 そうして、割れた先から現れたその人を見て。


 

 ――妖精が、現れたのかと思った。


 

 普段あれだけ一緒にいて、散々見慣れているにも関わらず、一瞬誰なのかが分からなくて、脳が混乱を起こす。



 編み上げずに、さらりと背中に下ろした髪が、照明の光をキラキラと反射させ。

 大胆に開いた背中を、流れ落ちる髪が控えめに隠す。

 膝下からふわりとシフォンが割れた、極々薄いパステルブルーのドレスのスカートは、彼女がゆっくりと歩みを進めるごとに、白くて細い足がちらりと覗く。

 

 思わず立ち上がって数歩前に進み出たところで、こちらを見上げた瞳と、はたりと視線が交差した。



 ――あれは、誰だ。



 憂いを帯びた、夜明け前の空のような色をたたえた瞳が、そっと伏せられる。

 緊張のせいなのか、不安げに揺れた瞳が、こちらが震えるほどに煽情的(せんじょうてき)で。

 

 周囲が注目する中、自分でも気付かぬうちに彼女の前まで進み出て、自分に向かって深く膝を折り、頭を垂れる女性に向かって、すっと手を差し伸べた。


「よろしければ、一曲ご一緒いただけないでしょうか」


 自分の問いかけに、少女が顔を上げてふわりと笑う。

 それだけで、ぱあっと空間に花が咲いたようだった。





 曲の始まりに合わせて、ステップを踏み出す。

 事前に話し合って決めていた通り、エステルはここに現れてからというもの、一言も言葉を発することはなかった。


 そのせいもあってか、余計に神秘的な(なま)めかさを(かも)し出していた。


 伏せられた長いまつ毛の下に隠された瞳が、時折、誘うようにこちらを伺い。

 ほんのりと赤く染まった頬も、(つや)やかに塗られた小さな桃色の唇も、全てが自分を狂わせるようだった。




 何事もないかのように、涼しげに取り繕った表情の裏で、(よこしま)な気持ちでこころが荒れる。

 

 ――こんなにも美しく、花開くと知っていたら。

 誰の目にも止まる前に囲い込み、自分のためだけに咲くように、人目につかないところにひっそりと隠しておきたかった。

 できもしない、そんな、詮無(せんな)い後悔で胸がいっぱいになる。


 すぐにでもここから連れ出して、思うさまキスを浴びせかけ、その細くて白い肢体(したい)を隅々まで暴きたい――。

 生々しい欲求が首をもたげるのを、理性を総動員させて必死で宥めているうちに、あっという間に曲が終わってしまった。


 衝動的に「もう一曲」と思う気持ちが湧きあがったが、エステルとも、最初から一曲だけと決めていたのだ。

 名残惜しい気持ちで、後ろ髪引かれるのを振り切りながら、彼女の手の甲にキスをする。

 そうして、美しい所作でふわりとお辞儀をした女性は、現れた時と同様に周囲の人間を全て魅了しながら、夢のように立ち去っていった。





 誰もが、妖精にでも惑わされたような夢心地に浸っている中、僕はしばらくエステルが立ち去った後を呆然と見つめていたが、やがて意を決して、その後を追うようにドアに向かった。


 誕生パーティーの主役が席を外すなど、非常識だとは分かっていたが、それでもーー足を止めることはできなかった。

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