第17話 これを、おしのびデートっていうんですね?
「エステル様! 新しいベイクケーキを作ったのですが、味見をしていただけませんか?」
「エステル様。庭園の花を植え替えようと思うのですが、エステル様はどのような花がお好きですか?」
「エステル様! 探していらした本が見つかりましたので、よろしければ後ほど図書館へ……」
*
「はぁ……」
「だいぶ人気者みたいだね」
今日はアスラン様の公務の都合で午前中に決済処理ができなかったので、昼過ぎに二人で取り掛かっていたところに、つい漏れ出てしまったため息を聞き咎められてしまった。
「あ、すみません……。アスラン様の前で」
「いいよ別に。僕の前で気を遣わないでいてくれた方が嬉しいし」
今日もアスラン様はキラキラしくにこやかだ。
「その、ここでうまくやっていくのなら、まず使用人や皇宮で働く人たちの顔と名前を覚えようと思ったのですが……」
ひとりひとり名前を覚えて、すれ違うたびに会話するように務めていたら、いつのまにかそこらじゅうで呼び止められるようになってしまったのだった。
「……ここの使用人たちの名前を覚えたの? 全員?」
「全員……、かはわかりませんが、毎日目につくひとたちは大体覚えたと……」
わたしの返答に、アスラン様はポカンとしたような顔をした後、苦笑するように破顔した。
「いや……、さすがだね、エステル」
「? なにがですか?」
アスラン様に何を誉められたのかわからなくて、思ったまま問い返す。
「だって。目につくだけって言ってるけど、この皇宮に何人使用人がいると思ってるの? ……むこうにいた時にずっと頑張ってたから、ここにきた時ぐらいゆっくりすればいいのに」
「あ……」
その言葉でようやく、わたしの働き過ぎを指摘されているのだ、ということに思い至った。
「性分、なんですよね。きっと。じっとしていられなくて」
亡くなった母親とふたりで暮らしていた時も、孤児院に引き取られて暮らしていた時も、誰かの役に立たなければ、という思いが常に心のどこかにあった。
その性分がたたって、聖女になった後もへとへとになるまで毎日働いて、あげく不要だと追放されてしまったわけだけども。
「エステルが優秀なのも、すごく頑張り屋なのもよくわかってる。でも、ここではそんなに根を詰めなくていいんだよ?」
できることならもっと、美味しいものをゆっくり味わったり、美しい自然をゆったりと感じたりして、のんびり過ごしてほしいのだとアスラン様がいう。
――確かに。
ここ最近、個人的な調べ物で図書館に通い詰めていたので、ちょっと余裕なかった感あります……。
だって、それというのも、この間レイヴンが『大聖女エリシエルの生まれ変わり』発言をした後、「あっ、これ、禁則事項だったわ。忘れて」と言ったきり、ぽふんと黒ポメの姿に戻ったまま、何も教えてくれなくなったからだ。
それ以来。
いまさらながら、大聖女エリシエルがどんな人物だったのか。
魔獣退治以外に、どんな偉業を成し遂げたのか。
過去の文献を漁っていたのだが――。
皇宮内の閲覧可能な図書を探しても、あまりこれといった資料がなかったので途方に暮れていたのだ。
そんなわたしに、アスラン様が思いも寄らない提案を持ちかけてきた。
「ねえ、エステル」
「はい」
「気分転換に、皇宮の外にでも出てみる?」
*
「ぉお……!」
「ぽめっ!」
久しぶりの外界の空気に、心が躍る。
レイヴンも連れて行っていいかと尋ねたら、アスラン様が快く承諾してくれたので、首輪にリードをつけて、レイヴンも一緒に外に出させてもらえることになった。
「エステル、あまり離れないようにね。帝都は治安は悪くないけど、全く危険がないとは言い切れないから」
そういうとアスラン様――、いや、外出用なのか、ふたたびアランさんの出立ちになったアスラン様が、わたしに向かって手を差し出してくる。
――手を繋ごう、ってことだよね。
そう思いながら、両腕に抱えていたレイヴンを地面に下ろして、おずおずとアスラン様の手を取る。
普段の皇太子姿のアスラン様ももちろんかっこいいが、個人的には長く親しんだアランさんの姿がホッとする。
皇太子の時のキリッとした印象じゃなく、すこし緩くてふわりとした、優しい印象になるからかもしれない。
アランさん姿のアスラン様と手を繋いで街中を歩くのは、なんだか妙にドキドキした。
「さて、エステル。どこか行きたい場所はある?」
「そうですね……」
と言っても、帝国にもまだきたばかりで、帝都をめぐるのも今日が初めてだ。
どこに何があるのかもさっぱりだし、普段も仕事や勉強ばかりで、名所や名物を調べる暇なんて全然なかった。
「アスラ――アランさんは、よく帝都を歩かれるんですか?」
「そうだね。視察も兼ねて――という名目を言い訳に、よく抜け出して遊びにきてたね」
「だったら、アランさんがよく行くお店や、お気に入りの場所があれば教えてほしいです」
現地の名所は現地の人に――。
というのも理由の1つだったが、それとは別に、アスラン様が普段お忍びでどういうところに行くのかも興味があった。
「ん〜……、うん。わかった。じゃあ、今日は僕のおすすめコースでおさんぽデートだね」
「でっ……」
デート!?
デートですか!?
予想もしていなかった単語の出現に、思わずギョッとしてアスラン様を見上げる。
見上げられた方のアスラン様と言えば、嬉しそうにただニコニコと笑うだけ。
あ、そっか。
デート……、これ、デートなのか……。
確かに、婚約しているふたりが手を繋いで街中を闊歩したら、それはデートになりますよね……。
そう考えたら、急になんだか照れ臭さが込み上げてきて。
思わず赤面した顔を隠して気を取り直そうと、パッとアスラン様から目を逸らして俯いたら。
「……ほんとにもう、エステルは可愛すぎてずるいよ」
そんなわたしを見咎めて、アスラン様が苦笑する。
そう言いながらも、アスラン様が繋いだ手をぎゅっと強く握り込んできたので、わたしはますます、どうすればいいのかわからなくなって、ただ俯くことしかできないのだった。
――そんなわたしたちを、街道の影から覗き見ている者がいることにも気づかずに。




