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前編

 むかし、むかし、あるお屋敷に、それは可愛らしい娘が暮らしておりました。

 その娘はお父さんとお母さんの愛情を真っすぐに受けて、天真爛漫に育っていきました。


 ところが、そんな彼女に悲しい出来事が起こります。優しいお母さんが、流行り病に罹って、命を落としてしまったのです。


「愛するわが娘よ、この先にどんなに辛いことがあったとしても、めげずに良い子でいるのですよ。そうすれば、素敵な方が現れて、必ずあなたのことを助けてくれるでしょう。私はいつでも、お空の上からあなたを見守っていますからね」


 最期に娘の髪を優しく撫でてそう呟くと、お母さんは静かに息を引き取りました。

 いつも明るく笑顔な娘もこの時ばかりは大きな声を上げて泣き、その後も、お墓参りに行くたびにひっそりと声を殺して泣くのでした。



 やがて冬が過ぎ、春が訪れると、お屋敷に新しいお母さんがやってきました。それからほどなく、継母が連れてきた二人の娘も一緒に暮らすことになったのですが……



「なにボケっとしてるんだい、この間抜けが。パンが食べたいなら、それに見合った働きをし!」


 継母はたいそう意地悪でした。娘の容姿の美しさが気に食わず、次第に彼女にきつく当たるようになっていきます。

 まず、娘から綺麗な服を取り上げると、薄汚れたエプロンを着せ、粗末な木の靴を履かせました。そうして、朝から晩まで、炊事に掃除に洗濯と、家の雑用を全て彼女に押し付けたのです。



「ねえ、私、シチューは赤ワインで作ったのを食べたい気分なのよね」

「……?」

「だから、悪いんだけど作り直してくれる?」


 上の義姉が、悪びれもせずにそんなことを言い出しました。

 よりにもよって、料理を食卓に並べてからそう言われ、娘もさすがに「え?」と困惑してしまいます。


「でも、もうお料理はできてしまっているのですが……」


 娘がおそるおそるそう言い返すと、義姉は途端に眉を吊り上げます。


「何、文句でもあるわけ?」

「あ、いえ……」

「私はあんたの姉なのよ! 妹の分際で姉に楯突くつもり!?」


 義姉はそう怒り出すと、せっかく作ったシチューを、見せしめのように床にぶちまけてしまいました。


 上の義姉は、それはわがままでした。気に入らないことがあると、すぐに癇癪を起こして娘に当たり散らします。

 


「はぁ。また一から作り直しかぁ……」


 食事を滅茶苦茶にされた挙句、作り直しまで要求され、健気な娘もさすがに意気消沈していました。

 そうして、とぼとぼと肩を落としながらキッチンまで戻ってくると、中から何やら香ばしい匂いが漂ってきます。


「え……お姉さま?」

「あら?」


 キッチンを覗くと、何故か下の義姉がシチューを作っていました。

 しかも、調理台には赤ワインのボトルまで置いてあります。


「どうしてお姉さまがお料理を……?」

「別に……私が食べたいと思ったから作ってるだけだけど」


 娘の問いかけに、下の義姉は素っ気なくそう答えます。

 

「そんな、言ってくださればお作りしましたのに」

「ふん、あんたごときが大きなお世話……あ、そうだ」


 下の義姉は、何かを思い出したようにそう呟くと、お皿にシチューを取り分け始めました。


「分量を間違えて、作り過ぎちゃったんだった。ほら、あなたが責任を持って処理しなさい」

「えっ、いいんですか?」


 あまりのタイミングの良さに、娘もさすがに疑問に感じましたが、「鬱陶しいわね。ほら、とっとと出て行って」と急かす義姉に、有無を言わさずシチューごと追い出されてしまうのでした。



 娘がいなくなり、再び静寂に包まれるキッチン。

 下の義姉は、さっきまでの気だるげな様子とは打って変わって、ダイニングの方に注意深く耳を傾けています。



『えっ、早っ! あんた、本当にちゃんと作ったの?』

『あ、いえ……』

『まぁ、いいわ……って、なにこれ、滅茶苦茶美味しいじゃない!?』

『あの、それは……』



「ほっ、上手くいったみたいね」


 上機嫌な姉と娘のやり取りを聞いて、下の義姉は表情を緩めて、そっと胸を撫でおろしました。

 実は、下の義姉は、娘が料理を完成させかけた頃、すれ違った姉が「今日は赤ワインシチューで決まりね」と言っていたのを聞いておりました。

 そのため、その時点ではまさか、とは思いつつも、念のため料理の準備を進めていたのでした。



――それにしても、家族って難しいなぁ……


 うーん、と軽く伸びをしながら、ふと、そんなことを思います。

  

 もともと下の義姉は、生まれてからずっと末っ子で育ってきたため、新しく妹ができると聞いて、それは喜んでおりました。それに、姉とは違って、物心ついた頃から父がいなかったため、家族みんなで過ごすのは彼女の夢でもあったのです。

 ところが、いざ実際に対面してみると、気恥ずかしさやらなんやらで、素直に接することができません。母や姉があの態度なのも相まって、未だに妹を可愛がることができずにいました。

 

「……それでも、お姉ちゃんの私が頑張らなきゃね」


 下の義姉は、改めてそう思うと、手にぐっと力を込めます。

 この家で可哀そうな妹を助けられるのは、彼女しかいません。なかなか素直にはなれませんが、お姉ちゃんとして初めてできた妹を幸せにしてあげたいと願うその気持ちは、一点の曇りもない彼女の本心でした。



「お姉さま、先程はありがとうございました」


 ほどなくして、娘がキッチンまで戻って来ました。

 急いでここまで来たのでしょうか、軽く息を切らしているようです。それでも、姉の姿を確認するや否や、ほんのり顔を綻ばせると、ペコリ、と丁寧に頭を下げました。


「……何を言っているのかしら?」


 天使のような笑顔の妹に、思わず頬が緩みそうになるのを必死で抑えながら、下の義姉は冷たい声でそう答えます。 

 それでも、そんな姉を見上げる妹の瞳は、それはキラキラと輝いておりました。





 それから、娘にとって新たな試練が訪れました。お父さんが、仕事先で事故に遭い、亡くなってしまったのです。


 父という後ろ盾を失った娘の立場は、ますます悪化していきました。継母たちは娘の部屋を取り上げると、狭い屋根裏部屋に住まわせました。それだけでなく、食事も自分たちには豪勢なものを作らせる一方、娘にはパンとしなびたトマトしか与えなかったのです。


「くすくす……灰だらけでみじめなこと……」

「ねえ、お母さま、灰かぶりだし、こいつの呼び名は『シンデレラ』なんてどう?」

「シンデレラか……みずぼらしいこの子にピッタリの名前だねぇ。ほら、シンデレラ、良い名前を付けてくれたお姉ちゃんに感謝なさいよ」

「……」


 こうして、娘はお屋敷で『シンデレラ(灰かぶり姫)』と呼ばれることになりました。



 そうして、しばらく経ったある日、お屋敷に立派な招待状が届きました。なんでも、王子さまの婚約者探しのため、お城に若い娘を招いてダンスパーティを開くことになったんだとか。


「シンデレラ、私たちに似合うドレスを選んで、髪を解いてちょうだい」


 わがままな義姉にお願いされると、優しいシンデレラは嫌な顔一つせず、一生懸命におめかしを手伝ってあげました。


「これでどうでしょう」

「へぇ、あんたにしては上出来じゃない」


 よほど気に入ったのか、上の義姉は鏡を見て珍しくシンデレラを褒めます。


「お姉さまも、いかがですか?」

「……まぁまぁね」


 下の義姉は、何ともないような口ぶりでそう返します。

 ただ、そうは言いながらも、整えてもらった髪を頻りにいじいじする彼女の表情は、いつもより綻んで見えました。


「それで、よろしければ私もご一緒しても……」

「馬鹿なことを言うんじゃないよ。お前は当然、留守番に決まっているだろう?」


 シンデレラのなけなしのお願いを軽く一蹴すると、継母と上の義姉は「おーほっほっほ」と、さも愉快そうに高笑いしました。

 「あはは、そうですよね……」と力なく笑うシンデレラ。そんな彼女を、下の義姉だけは心配そうに見ているのでした。



「それじゃ、私たちは行ってくるよ」

「カミラも、早く来るんだよ」

「はーい」


 そう言って、継母と上の義姉は一足先にお城の舞踏会へと出かけていきました。

 二人を見送ると、下の義姉・カミラはふぅ、と小さくため息を吐きます。


「……シンデレラ、大丈夫かなぁ」


 そう呟くと、おもむろにお屋敷の階段を上り始めます。

 カミラは先ほどから、一人で留守番させられることになったシンデレラが気になって仕方ありません。出かけるタイミングをずらしたのも、一人残された彼女の様子を見ておきたかったからでした。



「うぅ、お母さん……」


 屋根裏部屋の様子を伺ってみると、普段は健気に明るく振る舞っていたシンデレラが、お母さんの写真を抱きしめながら、ベッドに突っ伏して嗚咽を漏らしていました。


――シンデレラ……


 それは、これまで必死に我慢してきた色んな思いが、堰を切って溢れ出したようで。

 そんな可哀そうな妹の姿に、カミラは居ても立ってもいられませんでした。


「……よし」


 カミラは決意を固めると、その場で小さく詠唱を始めました。

 すると、カミラの体は見る見るうちに光に包まれ、たちまち魔女の帽子をかぶったおばあさんの姿に変わりました。


「誰ですか!?」


 突然の光に驚いたシンデレラが怯えた様子で振り返ると、そこには笑顔を浮かべた魔法使い(カミラ)が立っていました。


「ああ、かわいそうなシンデレラ。お前の願いをかなえてあげよう」


 そう言ってカミラがステッキを一振りすると、窓の外でズドン、と大きな音がしました。

 

「さあ、窓の外を見てごらん」


 促されたシンデレラが外を見てみます。するとそこには、何故か金の馬車に真っ白な馬、小柄な御者までが揃っていました。


「えっ、どうして!?」

「あ、そうか。その身なりじゃあ恥ずかしいねぇ」


 カミラが一人合点して、もう一度ステッキを一振りすると、今度はシンデレラの服が見たこともないような美しいドレスに変わりました。


「わっ、私の服が、こんな素敵なドレスに!?」


 シンデレラは見たこともない豪華なドレスに、思わず面食らってしまいます。


「最後に、特別サービスだよ。これを履いていきなさい」


 カミラはにっこり微笑んで、輝くクリスタルの靴を渡しました。


「魔法は十二時で溶けてしまうからね。必ず、鐘が鳴りやむ前に戻ってくるんだよ」

「あなたは一体……」


 シンデレラが魔法使いに尋ねると、彼女はふふ、と軽く微笑んで、


「あなたのことが好きな人、かな……」


 ちょっぴり恥ずかしそうに、そう答えました。


「……!」


 その言葉を聞いたシンデレラは、どういうわけか、途端にその顔を真っ赤に染め上げました。


――え、なにその反応?


 まさか、正体がばれてるなんてことは……カミラは一瞬そう直感しましたが、いや、全然違う姿だし、そんなはずはない、と、思い直します。そうして、どこか誤魔化すように力を込めてステッキを振ると、「きゃっ」という短い悲鳴を残して、シンデレラの体はたちまち馬車の中へと移されてしまいました。

 それから、ほどなくして、シンデレラを乗せた馬車は、王城へ向けた旅路に乗り出すのでした。



「はぁはぁ……これで大丈夫、だよね?」


 シンデレラがいなくなると、カミラの体を光が包み、たちまち元の体に戻りました。


「ふぅ。……それにしても、これで魔法もしばらく見納めかぁ」


 力なく床へとへたり込みながら、体から魔力が抜け落ちていくのを実感します。


 実のところ、継母とカミラには、魔法の適性がありました。ただ、無制限に使えるわけではなく、一度使ってしまうと、魔力を再度体に貯めきるのに10年はかかります。なので、ここぞというタイミングを二人とも見計らっていたのですが、心優しいカミラはそれをシンデレラのために使ってあげたのです。


「さ、私も早く行かなきゃね」


 カミラはすぐに気を取り直して、小さくそう呟くと、いそいそと支度を済ませて、急ぎ王城へと向かうのでした。



 場所は変わって、お城の大広間。来客たちは皆、踊るのも忘れてシンデレラに見惚れていました。


「あれは、どこのお姫様なんだろう。なんて美しい……」


 継母と上の義姉までもが、シンデレラとは気付かずに、思わず彼女に見惚れてしまいます。


――ふふん、当然でしょ。私が選んだ服で着飾った、私の自慢のシンデレラなんだから!


 そんなみんなの様子を見て、会場でただ一人、カミラだけは得意満面といった様子で胸を張っていました。


「やぁ、美しいお嬢さん。どうかこの私と、少しの間ご一緒願えないか」


 少しして、王子様がシンデレラの元へやって来ました。

 シンデレラは突然のことに思わず畏まってしまいましたが、王子様はそんな彼女を優しくリードします。


 そうして、二人はしばらく会話をした後、王子様からシンデレラを優しくエスコートして、会場中の皆に見守られながら踊り続けました。

 一平民に過ぎないシンデレラにとっては、この上ない光栄です。


――よかったね、シンデレラ……


 カミラは心の中で、王子様といい雰囲気になったシンデレラを祝います。その一方で、さきほどからずっと、心にかかるモヤモヤした感覚にも苦しめられていました。

 正直なところ、シンデレラがぽっと出の男に口説かれ、一緒に踊っているところを見て何も感じるところがないとは言えません。それでも、シンデレラが幸せであることが、カミラにとっては一番大事な事。だから良いんだ、と、カミラは痛む心にそう言い聞かせるのでした。



 ゴーン、ゴーン


 しばらくして、十二時を知らせる鐘が鳴り響きました。


「いけない! 急いで帰らなきゃ」


 鐘の音を聞くと、シンデレラは大慌てで大広間を抜け、お城の長い階段を駆け下っていきました。


「おい、待ってくれ!」


 すっかりシンデレラを気に入っていた王子さまは、シンデレラの後を必死で追いかけます。


「……あ!」


 走っている最中、ふと、クリスタルの靴の片方が脱げてしまいました。

 一度は走る速度を緩めますが、王子様にすぐそこまで迫られていることに気が付くと、泣く泣く靴を諦めることにしました。


 一方の王子さまは、長階段の途中できらりと光る靴を発見し、思わず足を止めて拾います。


「これは……彼女の靴か?」


 そうしてはっ、と気付いた時には、シンデレラの姿はもう見えなくなっていました。



「はぁ、はぁ……」


 森の茂みに姿を隠すと、シンデレラはようやく一息つきます。

 鐘が完全に鳴りやむ頃には、金の馬車も白い馬も、小柄な御者も、それに、豪華なドレスもすっかり消えてなくなっていました。


「ああっ、どうしよう……」


 魔法使いさんに借りたものがことごとく返せなくなってしまい、シンデレラは思わず目を覆ってしまいますが……


「あ、靴はある……」


 よく見ると片方だけではありますが、クリスタルの靴が残っていました。

 ほとんどの物は消えてなくなってしまいましたが、一応片方の靴だけは返せそうになり、シンデレラは一応ほっ、と胸を撫でおろすのでした。



 さて、あれから数日が経って、シンデレラたちはまた元の日常に戻っていました。


「ほら、シンデレラ。さっさと掃除を……」


 いつものように継母が嫌がらせをしようとしたその時、扉をコンコン、とノックする音が聞こえてきました。


「チッ。はーい、どなた……」


 継母が小さく舌打ちをして扉を開くと、そこには立派な身なりの男性たちが立っていました。


「すまない。人を探しているのだが……」


 しかも、そう言って彼らの前に出てきたのは、舞踏会で見たあの王子様だったのです。


「ええー!?」


 継母も上の義姉も、驚きのあまり、小さく叫んだきり言葉が出てきません。


「舞踏会で出会ったあの娘を、是非嫁に迎え入れたいと思ってな。ただ、何故か顔がぼんやりとしか浮かんでこないのだ。だから、彼女が落とした靴に足がぴったり入る娘を探している」


 魔法の影響でしょうか、王子様はあれだけ気に入ったシンデレラの顔がどうしても思い出せないようです。

 継母は苦悶の表情を浮かべる王子様にそれは見事な作り笑顔を浮かべると、「それは私の娘に違いありませんわ!」と自信満々に言いきりました。


「本当だな? まぁ、とりあえず確かめさせてもらおう」


 こうして、足のサイズのチェックが行われることになりました。


 まずは、思いがけないチャンスに興奮しきりの上の義姉が靴に足を入れてみますが、靴が小さすぎて上手く履けません。


「うぅ、そんなぁ!」


 上の義姉はそう言うと、歯噛みして悔しがりました。それを見た継母も「親指でもあらかじめ切り落としとくべきだったかねぇ」などと恐ろしいことを呟きながら悔しがっています。


 次に、カミラの番です。まぁ、どうせぴったりなわけがないだろうと、やや高をくくって試してみると、なんということでしょう、偶然足がぴったり入ってしまいました。


――うわぁ……


 普通の娘なら諸手を上げて大喜びするところでしょうが、カミラにとっては冗談ではありません。

 

――私がいなくなったら、シンデレラはどうなるのよ!


 それに、カミラは王子様のことをあまりよく思っていませんでした。どうも、女の子を顔で判断しているのではないかと勘繰ってしまうのです。


「あ、入らなかったみたいですわ。おほほ……」


 へたくそな作り笑いでそう誤魔化すと、王子さまは「そうか」とだけ言って、妙にあっさりと確認を終えてしまいました。


 実を言うと、王子様も、カミラの足がぴったり入ったところをその目で見ていました。ただ、カミラの容姿は、決して悪くはありませんが特別に優れている、というほどでもなかったので、王子様のお気に召さなかったようです。


――ほっ。


 何とか無事に済んで一安心。傍にいる継母から「ちっ、あらかじめ踵を切っておけばよかった」とかいう狂言が聞こえてきた気がしますが、きっと気のせいでしょう。



「もう他にはいないのか?」


 王子様が少々がっかりした様子でいるのを見て、カミラは一瞬どうしようかと逡巡しました。けれど、少しして決心を固めると、見るからに硬い表情で王子様に声を掛けました。


「いえ、まだおりますわ。……シンデレラ、出て来なさい」


 「カミラ、お前何を……!」という母を無視して、シンデレラを呼び出すと、「はーい」という返事と共にお屋敷の奥からシンデレラが現れました。


「しっしっ、あっちへお行き、シンデレラ」


 継母と上の義姉はシンデレラを追い出そうとしましたが、王子さまは「まぁまぁ」と二人をなだめると、試しに靴を履かせてみます。


「なんと、この靴はそなたの足にピッタリではないか!」


 そう言って驚く王子様。今度は見て見ぬふりはしなかったようなので、シンデレラは王子様のお眼鏡にかなうだけの容姿だと判断されたようです。


「おお、身なりこそ違うが、あなた様があの時のお嬢さんでしたか!」


 王子様につられて、家来たちも口々に叫んで喜びました。


「これではっきりした。君こそが、私の運命のプリンセスだったんだ。……愛しいシンデレラ、これからはどうか、私のそばにいておくれ」


 王子様は跪き、シンデレラの手を取って軽くキスをすると、仰々しく愛の言葉を告げるでした。



 ――これで良かった、のよね……


 王子様に求婚されるシンデレラを見て、カミラの内心は複雑でした。


 果たして、王子様はシンデレラのどこを気に入ったんだろう。頑張り屋さんなところ? 辛くても笑顔を絶やさない健気なところ? 細かいところにも気を配る繊細なところ? それとも……


――って、しっかりしなさい、カミラ! 私はお姉ちゃんなんだから、妹の幸せを喜ばないでどうするの!


 ついつい王子様に恨みがましい感情を向けてしまう自分を抑えつつ、カミラはまたも、そうやって無理やりに自分を納得させるのでした。


「えっ、あの……」


 ただ、カミラは気づいていないようですが、当のシンデレラは、王子様の求婚を喜ぶどころか、どこか戸惑っているような……



 まぁ、それはさておき、こうしてシンデレラは、王子様と無事に結ばれ、その後はお姫さまとして幸せな人生を送りましたとさ。



 めでたし、めでたし……?













































「ううっ、どうして、どうしてシンデレラなんかが……」


 シンデレラを連れた王子様たちが立ち去り、すっかり静かになった家に、ひぐっ、と嗚咽が響き渡ります。

 上の義姉は、シンデレラに王子様を取られた悔しさで、顔をくしゃくしゃにして泣いていました。


「お姉さま……」


 涙で目を赤く腫らす姉に、カミラは何て声を掛けていいかわかりません。


「おお、可哀そうに。あの恥知らずのせいで、こんな目に遭わされるなんてねぇ」


 一方で、そう慰める継母の顔には、気味の悪い薄ら笑いさえ浮かんでいました。

 気遣わし気に姉を見つめるカミラとは違い、継母はなぜか余裕たっぷりに見えます。


「ぐすっ、お母さま……」

「ほぉら、もう泣かないの。そんなことより、あんた、ちょっと耳をお貸し」

「?」


 そう言って、継母が意地悪そうな表情を浮かべて、上の義姉に何やら耳打ちをします。

 すると、話を聞いた上の義姉は、目を思いっきり見開くと、「え、うそ!?」と驚愕の叫びをあげました。


「お姉さま?」

「……はっ、いや、なんでもないわ、カミラ」


 慌てて笑顔で取り繕う姉でしたが、その表情には明らかに苦悶の色が浮かんでいます。


「いいかい、やるかやらないかは、あんた次第なんだよ。もしここで覚悟を決められないって言うんだったら、全てきっぱり諦めるんだね」


 重々しい雰囲気の中、そう冷たく突き放すよう継母。

 上の義姉は、それを聞いて少しの間逡巡していたようですが、結局「……やるわ」と、きっぱりと決意を固めたようにそう宣言しました。


「よく言った。大丈夫、あんたなら絶対上手くやれるはずだよ」

「……ええ」


 そう言う義姉は、もう吹っ切れたのか、いつも以上に意地悪そうな顔になっていました。


「……?」


 完全に話から取り残されてしまったカミラ。「なんの話?」と尋ねてみても、「あんたには関係ないよ」と一蹴されてしまうばかりでした。


――シンデレラ、大丈夫かな……


 底意地悪そうにニヤつく母と、ぐふふ、と気味の悪い笑い声を漏らす姉を見て、カミラはどことなく胸騒ぎを覚えるのでした。

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