第一話「皇帝と虐殺」
大昔のことだ。
当時の記録が残っているかも不透明な、日本で言う飛鳥時代。
この日本を西へ、更に西へと進むと、そこには「羽為伍分国」という国があった。
その名の通り、五つに分かれている国だ。その当時、国の統一のための、国同士の争いが絶えなかった。
民間人は命を奪われ、兵士は捕虜にされて殺された。そんな状況がもう二十年は続いていたのだ。
永鏤尽国・余騎舎国・興里帑国・奉呈大国・南波子国というように国は分かれており、それぞれの国の皇帝が、二千以上の兵を集めて戦い続けていた。勝負の結果は、今まで一度も出ていなかった―――。
永鏤尽国 皇帝・吉北 濤帝。
伍分国の中では、永鏤尽国が一番劣勢であった。しかし、そこで頭のいい濤帝に皇位が渡ると、国の力はますます強くなった。結束力も倍になり、徐々に勢いを増したのだった。
「沒有敵人來敵我。不知道我們國家的力量會減弱,它將繼續在橙色中閃耀。勝利到我們的國家,在我和人民手 中。」
永鏤尽国の公用語であった中国語で詠まれた唄は、今も受け継がれている。
「濤帝様、余騎舎国の皇帝が話したいと。」
召使いの良 治丈が話しても、濤帝は必ずこう答えた。
「断れ。今必要なのは国交ではない。争う仲なのだろう? なのに話す必要があるのであれば、それは矛盾し ている。脳みその詰まっていない阿呆共と話す気はない。」
もはや恐ろしいほどの答弁をする濤帝は、「恐怖の大皇」とも言われた。
永鏤尽国は、今日も戦に出る。
余騎舎国 皇帝・名榮 庸陬。
国の名前は読んで字の如し。伍分国の中で、余るほどの騎馬隊と厩を持っていた。永鏤尽国は刀を得意としていたが、この余騎舎国は槍や弓を得意としていた。
「우리들은 영원히. 말과 무기가 인민의 희망이며, 우리들이 미래를 형성한다. 훌륭한 나라인으로서 태어난 것 은, 우리나라를 계속해서 믿는다. 」
永鏤尽国との対抗意識が垣間見える、公用語の韓国語で書かれた余騎舎国の心得は、当時の人々の希望でもあったそうだ。庸陬は、冷静沈着な性格で、人々から慕われていたそうだ。しかし、庸陬は体を壊しやすい体質だったらしく、戦の度に体調を崩しては寝込んで、崩しては寝込んだらしい。まだ四十八。今日も満月の下、ただ一人布団に寝込んでいる。
興里帑国 皇帝・多府 耀。
元々は余騎舎国の家だった多府家の長男だ。当時は「別国の汚い家」として受け入れてもらえなかった。でも、当時皇帝家だった春家は、暗殺により滅びてしまっていた。そこで、春家の当主だった檸紗の唯一の兄・灯紗がいる多府家が新皇帝家の候補となった。しかし、女戦士だった悠呈と結婚し、悠呈の家の姓「多府」を姓にしていた灯紗は、悠呈に一時皇位を譲った。当時は心配されていたが、かなり冷静な性格だった悠呈の政治は以外にもうまくいき、支持率は右肩上がり。そして二人の間に耀が誕生し、耀が十三の頃に皇位が譲られた。悠呈の皇帝在位期間は十六年三ヶ月と、かなりの長さだった。勇敢だった元・皇帝の母親の跡継ぎということで、かなり期待されていた。そしてその期待に答えるかのように、興里帑国の軍事力はますます上がっていった。まだ二十三だというのに、もうすでに十年も皇帝として、第一線で活躍している。まさに期待の皇帝だ。
奉呈大国 皇帝・東坡家 宗匠。
羽為伍分国の中で最も優勢である奉呈大国。初代皇帝の社覇より続く東坡家家の当主であり、国の皇帝でもある宗匠は、父親で前・皇帝の淡刃の時代まではなかった、「仏教」を取り入れ始めた。仏教を厚く信仰し、大仏も国内に十九あった。寺院も仏教中心のものとなり始め、兵士と共に僧が戦場に向かう事もあった。「"仏教の奉呈大国"の父」とも呼ばれ、人々から親しまれていた。そして、鉄や銅の採集に力を入れ始め、武器の強化にも熱心に取り組んだ。そして、「武器は大事に扱う」という『武器愛用精神』を全兵士に学ばせ、戦力も兵士の意識もより一層強化されたのだ。人々からは「まさに名前の意味の通り」と言われ、「教えの宗匠」とも言われた。大国誕生の秘訣は、宗匠にあったのだ。
南波子国 皇帝・成睦 藤鐙。
羽為伍分国の中で最も兵士の数が少ない南波子国。それには理由がある。そもそもの人口が三千四百三人と、かなり少ないのだ。兵士は二千ほど確保した方が、有利に戦える。しかし、そもそもの人口が少ない南波子国は、千二百五人の兵士しか集められなかった。これでも限界だし、全人口の約三分の一は集めた。この人員の少なさに、藤鐙は困っていた。六十八の藤鐙。もう既に三十五年以上皇帝をしている。そんな長い期間皇帝をしていると、脳もよく働くものだ。当時南波子国が唯一同盟を結んでいた、羽為伍分国に含まれない、南波子国の隣国"諸斌鐔国"を利用したのだ。諸斌鐔国の皇帝である房萬 島葵に交渉し、諸斌鐔国の兵士八百人を借りることができ、南波子国の兵士は、合計で二千五人となったのだ。これで対等に張り合える・・・。藤鐙が安堵したのは、ほんの束の間であった―――。
南波子国は、他国から「羽為伍分国に含まれない国の力を、同盟というもので使うのは理不尽。他の四国は自国の者しか兵として召集していないのに、南波子国は狡い。」と言われ、批判されていた。「元の人口が少ないので仕方がないし、兵の数は他国と対等になるようにした」として誤魔化していたが、やはり他国の怒りはおさまらなかったのである。諸斌鐔国から兵を借りた翌日のことだった。自国の兵と諸斌鐔国の兵の部屋は分けていたのだが、藤鐙の召使いである京薹が朝っぱらから藤鐙の部屋に入ってきて、報告を始めた。「ははっ。報告いたしまする。昨日召集いたしました諸斌鐔国の兵八百人全員が、何者かに刺殺されていたとのことです。」京薹は額に汗を垂らしており、緊迫した様子が伺えた。藤鐙は重い腰を上げ、ほんの少し頷いて、全員が虐殺されている部屋に向かった。道中、京薹に藤鐙は「諸斌鐔国への報告は」と聞いた。京薹はすぐさま「もう済んでおります!」と答えた。諸斌鐔国はとても驚いたそうだが、「貴国の所為ではないから気にするな」と答えたそうだ。『不幸中の幸いというものだろうか。いや、人が三桁に及ぶほど命を奪われているのだから、幸いという言い方はおかしいか。』なんて、藤鐙は頭の中で考えていた。ガラガラッと、戸を開く音でさえも緊迫感が伺える。息を呑み、そっと覗く。もう既に、その凄惨な光景を見た京薹でさえも嘔吐く。そして、初めて見る藤鐙は、膝から崩れ落ちた。「私は、こんなにも多くの人を守れなかった。皇帝としての責任を果たせなかったのだ。どうか無礼をお許しください、諸斌鐔国の兵よ。」南波子国皇帝である藤鐙は、これからもまだ来る災難を知らず、ただただ泣き続けた。