(6)後で悔やむのが後悔だから(リオルド視点③)
そのことを知ってしばらく、僕は荒れに荒れた。
会いたいと、手に入れたいと死ぬほど焦がれた人が他人の婚約者だったなんて滑稽だ。
それも、よりによって他国の王族の。
相手が平民や下級貴族なら、何とかなるかもしれないのに。
この、最悪で最低な絶望は何と名付ければいいのだろうか。
運命は、なんて残酷なんだろうって呪った。
気づくのがもう少し早かったら……いや。早かったらなんだと言うのだろう。
彼らは何年も前から婚約していると聞いた。
僕が彼女に出会った時既に、彼らは婚約していたのだ。
それから、ジェラルドを妬んだ。
何の努力もせずに、彼女を手に入れる権利を持つその男が、憎くて仕方がなかった。
それ以降、僕があいつと接する時は表面はにこやかにしていたけれど、心の中は常に荒れ狂っていたように思う。
でも。
いくら妬んでも憎んでも、彼女を手に入れることは叶わない。
苦しくて。本当に苦しくて仕方がなかった。
寂しさと絶望を紛らわせるために、手当たり次第に言い寄ってくる女の子たちと付き合ってみたけれど、僕の感情が揺れ動くことはなかった。
僕の心は、まだあの頃に囚われたままなのだ。
様子のおかしい僕に、最初に気づいたのは兄上だった。
兄上は、宥めてすかして、僕から彼女のことと僕の絶望を聞き出した。
それから。
「好きなら奪えばいい」
そう言った。
「えっ……?」
予想外のことを言われて固まった。
「簡単な……そんな簡単な問題じゃないんだ!」
彼女はジェラルドの、隣国の王子の婚約者なんだから。
「それでも好きなら奪ってこい」
不敵な笑みを浮かべながら、やっぱりそう言った。
兄上のそんな顔、初めて見たかもしれない。
兄上は続けて言った。
「王位も何も欲しがらない、無欲で変わった弟だと思っていたが、ちゃんと僕たちと同じ血が流れていたようだな。欲しいものは欲しいと声に出して言え。何としてでも手に入れろ」
それから、隣国でひそかに流れているらしい噂を話してくれた。
どうやらジェラルドと彼女は、良好な関係を築いているとは言えないようだ。
ジェラルドは常日頃、人前で彼女を貶すようなことを言ったりしたりしているらしい。
それを聞いた僕は、腸が煮えくり返るような思いだった。
彼女は、粗雑に扱われていいような人じゃない。
味方であるはずの婚約者から、蔑みの言葉を投げつけられ、彼女はきっと辛く悲しい思いをしているに違いない。
僕ならば、そんな惨めな思いは絶対にさせないのに。
でも、同時にこれはチャンスだとも思った。
兄上に背中を押されたから、というのがちょっと情けないけれど、ともかく僕は決心した。
なんのことはない。彼らはまだ婚約者なんだ。
性格の不一致で婚約を解消したり、相手側の不祥事で婚約を破棄したりする話なんか、いくらでも巷に溢れかえっている。今時珍しくもない。
ジェラルドは今、彼女が隣にいる景色を当たり前だと思っているはずだ。
そうじゃなきゃ、そんなぞんざいな扱いなんか絶対にできないに違いない。
「だから、奪ってやる」
そして、失ってから気づけばいいよ。
あの人が隣にいることが、どんなに幸せな事だったのか。
どんなに大切なものだったのか。大切にしなくちゃいけないものだったのか。
失ってから気づいて苦しめばいいんだ、僕みたいに。
僕は知っている。
ジェラルドもまた、彼女に固執していることを。
彼女は全く気づいてないようだし、彼も自分では気づいていないのかもしれないけれど。
でも、好きならなおさら大切にするべきだった。
誰の目にも触れないように大切に、大切にしまっておくべきだったのだ。
でも、彼はそうしなかった。
「僕が、奪ってやる」
彼女は、誰よりも幸せになるべき人間だ。
できることならば、その彼女の幸せを隣で見ていたい。
そしてジェラルドは、この世には当たり前のことなんて、何一つとしてないんだってことを気づけばいいんだ。
何故か少々病み気味な、リオルド視点一旦終わり。