(5)絶対押すなは押せってことでしょ?(リオルド視点②)
それから騎士団のテントに戻った僕は、兄上にものすごく怒られた。
兄上は涙目で鼻を押さえながらだったけど。
でも、あんなに怒った兄上を見たのは、生まれて初めてかもしれない。
本当に心配をかけてごめんなさい。
でも、そのおかげでとっても可愛い女の子に出会ったんだ。
兄上に怒られながらもずっと、僕の頭の中はさっきの女の子のことでいっぱいだった。
僕はギルドに登録できる年齢になるとすぐ、冒険者のライセンスをとった。
それからというもの、こっそり城を抜け出しては、冒険者として何度もその森に足を運んだけれど、あの綺麗な女の子に会うことは二度となかった。
あの子はどう見ても貴族の子だった。
着ている服も、ラフな格好でありつつ上質そうなものだった。
それに、平民の女の子はあんなに髪を長く伸ばさない。一人では手入れが大変だし、仕事や家事の邪魔になるからだ。
どうしても彼女のことが忘れられなかった僕は、あの出来事の後すぐに、国内の全ての貴族の家族構成を調べた。
しかし、同じくらいの歳の赤毛の令嬢はどこにもいなかった。
忘れたくても忘れられない、強烈な初恋の思い出。
だけど、時が経つにつれて、夢のような気もしてきていた。
よく考えたら、騎士団が遠征で魔獣討伐に来るような森に、貴族の女の子が入り込むはずがない。それも一人で。
恐怖が見せた幻影か白昼夢か、それとも妖精みたいなものだったのかもしれない。
そう思って諦めようとしていた。
だけど。
たまたま隣国の従弟である、ジェラルドのところに遊びに来た時それを見てしまったのだ。
一つ下のジェラルドは、口はちょっと悪いけど根は良い奴だったから嫌いじゃなかった。
あいつが八歳くらいの時、既に婚約者がいるって聞いて、こんな幼い頃から王族の義務を果たさなきゃいけないやつは、大変だなと同情した。
だって。
大きくなってから好きな相手ができても、結婚することができないってことだから。
それは、とてもつまらないことのように思えた。
僕ならば、大きくなって好きな人ができたら、その人と結婚したいと思うから。
「この部屋は絶対に開けるなよ」
念を押されたのは、彼の自室の隣の部屋だった。
「絶対に開けるなよ」
しつこいくらい念を押されたんだけど。
どう聞いても、一周まわって開けろってことでしょ?
それにそんな面白そうな部屋、開けない奴がいたら見てみたいよね。
ちょうどあいつが、自分の父親に呼ばれていなくなった時を見計らって、冒険者になってから身につけた鍵開けのスキルを駆使して開けてやった。
開けてびっくり。
中から大量のうさぎのぬいぐるみが出てきた。──というか、床一面に敷きつめられていた。
百匹以上はいたなあれは。
それから、天井までつきそうなほど大きな金ピカの気味の悪い像とか。
とにかく部屋の中は、統一性のない雑多なもので溢れかえっていた。
「あいつ趣味悪ぃな。そりゃ部屋の中見せらんないわ」
僕がそう納得しかけた時、唐突にそれを見つけた。
「嘘……だろ? 何でこれがここに……?」
見つけたのは、等身大の大きな緑の仮面だった。
金色のフサフサで縁どられている。
真ん丸なガラス玉みたいな目玉の。
唇が青紫で黄ばんだ歯の隙間から赤い舌がだらんと力なく垂れ下がっている。
「……っ! 間違いない!」
その仮面を見た瞬間、鮮やかな色彩を持って脳裏に蘇る思い出。
その思い出とともに、胸がぎゅうっと締め付けられる感覚もまた蘇る。
いつの間にか忘れられたと思っていたけど、全然忘れられてなかったんだな。笑っちゃうよね。
それは確かに、僕の初恋の一幕であり、見覚えのありすぎるこの仮面が呼び起こした記憶に違いなかった。
それから僕はジェラルドに、その仮面について根掘り葉掘り聞いて、どうやらそれを贈ったのが彼の婚約者だということを突き止めた。
──その婚約者に聞けば、あの子のことが分かるかもしれない!
そう気のはやる僕が後に知ったのは、残酷すぎる現実だった。
仮面を見つけた時には、あの女の子が実在していたことを神に感謝さえしていたのに。
その一瞬後に、同じ口で呪いの言葉を吐くことになるとは思わなかった。
アレクサンドラ・イリガール。
燃え上がる炎のように美しい赤毛と、エメラルドのような澄んだ緑の瞳を持つ、ジェラルドの婚約者。
僕は、初恋の君がその人であることを知った。