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(2)マリーさんは内職に夢中





「何なのよ、2のメインヒーローが出てくるなんて聞いてないわよ?」


 早速おうちで一人反省会。

 専属の菓子職人に作らせた、ポッキーもどきをポリポリかじりながら反省会。


 屋敷に戻った私は今、前世のゲーム内容を書きとめたノートを開いている。

 日に日に、前世の記憶は不確かになっていて。

 さすがに何年も経つと、細かいところが思い出せなくなりつつある。

 そのことに気づいた私は、急いで一冊のノートにまとめてみたの。

 これをまとめたのは、確か十歳頃だったかしらね。


(ああ、やっぱり2のこともここに書いてあるわ。さすが十歳の私!)


 フォル恋の異世界編vol.2は、1と同じ世界観で作られているんだけど、ストーリーもシステムも別物なのよね。

 1は主な舞台が学園だから、ヒロインちゃんも学生なんだけど、2のヒロインちゃんは確か冒険者の娘だ。


 冒険者として、ダンジョンを攻略中に出会うのが、その国の王子……という感じのストーリーで。

 そんなフォル恋2は、シリーズの中でもちょっと異色で、魔獣と呼ばれるモンスターとの戦闘をこなして、好感度を上げるシステムだった気がするんだけど。


 ちなみに攻略対象者は、第三王子、Sランク冒険者、魔導士、王国騎士、獣人とかだったかしら?

 攻略対象が、学園内の人間に限られていた1よりは、多彩な顔ぶれだった気がする。


「うーん……困ったわねぇ」


 在りし日(アレクサンドラ十歳)のメモには、それくらいの情報しか書いていなかった。

 今からじゃ、細かいシナリオどころか大まかなあらすじさえ思い出せないわ。

 ヒロインちゃんが冒険者なんだから、みんなで力を合わせて魔王を倒す、とかかしらね?


 大体、よ?

 隣国の話なんだから、1の悪役令嬢であるアレクサンドラは2には登場しない。だから2は適当にしか思い出してなかったのよ。


「やっぱりあれかなぁ。私がヒロインちゃんじゃなくてジェラルドをいじめたせいで、シナリオがおかしくなってるのかしらね?」


 前世でも、そういうウェブ小説を読んだことがあるわ。

 そういう小説なんかでは、シナリオを変えたら、折れたはずの死亡フラグが復活していたりしたわね。


「そんな……まだ1の断罪フラグさえ回避できてないのに」


 でも、大丈夫、大丈夫よきっと。

 フォル恋は全年齢対象ゲームだから、シナリオが多少変わったところで、悪役令嬢アレクサンドラも酷い目には合わないはず。


「お嬢様? どうかなさいましたか? また何かおかしなことで悩んでらっしゃるんですか?」


「おかしなこととは失礼ね、マリー。わたくしにとっては死活問題なのよ」


「そういえば、今日は王宮で王子殿下にお会いになってくるのではなかったのですか? ずいぶんお帰りが早かったようですが、何かございましたか?」


 そういえば。遅番だったマリーは、今日の王宮訪問には着いてこなかったのよね。

 ぶっちゃけイチから説明するのは面倒だし、リオルドの登場以外は概ね平常運転だったから、説明しなくてもいいかしら。


 それより、私がさっきから気になっているのは、女子力激高マリーさんの手元にある刺繍なんだけど。

 彼女は、刺繍の片手間に私の話し相手をしている模様。えっと……何故刺繍?


「何かあったと言えばあったかもしれないけれど、別に大したことじゃないわ、いつものことよ。……ところでマリー、何で刺繍なんかしているの?」


「あら、ご存じありませんでしたっけ? 私、これでも結構刺繍が得意なのですよ」


「いえ、聞きたいのは、何故、わたくしの部屋で、今、刺繍をしているかってことなんだけど……それ、わたくしへのプレゼントとかかしら?」


「いえ。まさか」


 マリーさん即答。


 ですよね。

 いや私も、プレゼントじゃないだろうなぁ、とは思っていたんだけれども。


 有能な侍女マリーさんは、妖艶な微笑みを口元に湛えた。


 こう見てみるとマリーも、美人な悪役令嬢アレクサンドラ付きの侍女なだけあってか、容姿のレベルがなかなか高いのよね。

 さすがに、侍女まではゲームには出てこなかった気がするけれど。


「内職ですよ」


「ない……しょく?」


 おかしいわね。この世界では聞き馴染みのない言葉が聞こえた気がしたわ。


 いえ、きっと聞き間違いね。


 天下の公爵家の侍女ともあろう者が内職だなんてする訳……。


「内職です!!!」


 内職だった!


「二回も言わなくても聞こえたわよ」


「あら、さようで。聞こえなかったことにしようとしているかと」


 ──ギクッ。


「そ、そんなことないわよ? 内職だなんて……もしかしてマリーは、うちのお給金に不満があるのかしら?」


「いいえ。旦那様からは充分頂いておりますわ」


「じゃ、じゃあ何故内職をしているの?」


「これからの時代は、女性も手に職でございますので」


「は?」


「はぁー……お嬢様は、今月の『月間貴婦人』をまだご覧になってないのですね」


「な、何よ。『月間貴婦人』がどうしたのよ?」


 月間貴婦人というのは、月1回発行されている、貴族女性向けの雑誌のようなものだ。

 王都で流行りのファッションやスイーツ、ちょっとした恋愛小説の連載なんかが載っている。


 お母様が愛読しているのを、ちょこっと読んだことがあるけれど、対象年齢は有閑マダムたちだもの。

 私の年代の少女が読むような雑誌じゃなかったわ。


「今月はアーヴァイン卿の特集だったのです」


「アーヴァイン卿……? アーヴァイン卿って、確か国内で唯一の爵位持ちの女性であるアーヴァイン卿のこと?」


「お嬢様、まさかご存知ないのですかっ? 卿は、今一番熱い、職業婦人ですよ?!」


 唾が。マリーの口から唾が飛んでくる!


「い、いや、もちろん彼女の名前は存じ上げてるわよ? ただ、マリーの刺繍とアーヴァイン卿が結びつかないだけなんだけど」


「今月号に、アーヴァイン卿のインタビューが載っていたのですよ! これからは女性も手に職をつけてどんどん社会へ出ていくべきであると」


「な……なるほど? わかったような、わからないような……とりあえず、今月号にアーヴァイン卿のインタビューが載ってたことだけはわかったわ」


 鬼気迫るマリーの顔が怖かったから、とりあえず理解したフリをしてやり過ごすことにする。


「アーヴァイン卿は……」


 立て板に水のような勢いでマリーが説明しだした。


 聞く限りでは、アーヴァイン卿というのは随分先進的な考え方をする方のようね。

 まるで、前世で女性の社会進出を謳い文句にしていた、女性政治家のようなことを言っているわ。

 そしてどうやらマリーは、見事に感化されて傾倒しちゃっている模様。


 雑誌に書かれていることを、そのまま鵜呑みにするのは危険だということを、前世持ちの私はよく知っている。

 特に週刊誌とかワイドショーね。

 自分たちに都合のいい情報だけを切り取って読者や視聴者に見せて、それがあたかも全てのような錯覚を起こさせる。情報操作の常套手段よ。

 まぁ、週刊誌やワイドショーっていうのは、あくまでもエンターテインメントだから仕方がない。

 問題なのは、それを鵜呑みにしてしまう読者や視聴者の方なのだろうけど。


 この世界はネットやテレビなんかがないから、たかが噂や雑誌の記事だとしても、実生活への影響がすごいのよね。

 ましてや、貴族女性の大半が定期購読していると評判の雑誌に掲載された記事。


 マリーが傾倒したくなるのも無理はないかもしれない。


 とは言っても。

 別にマリーの思想までを強制する権利は誰にもないわ。

 侍女としての仕事に影響がなければ、誰のことを尊敬していても私も別に構わないんだけれど。


 それに、今の私には他に考えることがあるから、女性政治家モドキを気にしてる場合じゃない。


 そう。私が今警戒すべきなのは、あの隣国の第三王子リオルドのこと。


 何故、彼が現れたのがこのタイミングなのかしら。

 まだ1のシナリオも終わってないのに。


 ただ。

 私は『1の悪役令嬢』であって『2のヒロイン』ではない。私と彼がいつ出会おうと、2のシナリオには影響がない気もする。


 それに。

 よくよく考えてみれば、彼はジェラルドと従兄弟なわけで。隣国との交流がてら、ちょくちょく遊びに来ていたのかもしれない。

 その際、ジェラルドの婚約者である私と、顔を合わせることがあってもおかしくない。

 むしろ、今まで顔を合わせなかったのが不思議なくらいだわ。


 2のヒーローなんかを目にしちゃったから、もともとなかった死亡フラグが、どこからかにょきにょき生えてくる可能性があるんじゃないか、と恐れていたけれど。

 この国をフラフラしているくらいだから、きっと彼のゲームはまだ始まっていない。

 ゲーム開始前の行動なんて、シナリオにはないはずだから、特に決まってないに違いない。


 結論としては、彼のことを恐れる必要はないってこと。


「なーんだぁ。心配して損しちゃった~」


 めちゃくちゃ気が抜けてしまった。

 私としたことが、突然の不確定要素の出現で気を張りつめていたみたい。

 まずは、目の前のことに集中しなくちゃね。


 目の前のことと言えば、もちろん穏便な婚約解消!


 目指せ、悠々自適な平民生活!




「……と、いう訳で、私は来週いっぱいお休みを頂きますので、よろしくお願いします」


「えっ?」



 しまった。どんな訳だったか全く聞いてなかったわ。



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