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番外編 侍女の過去(マリー視点③)

*幼児性愛、不妊、性的虐待などを仄めかす、センシティブな内容を一部含みますので閲覧ご注意ください。




 私は、十二の時に両親と死に別れをしておりまして。

 それまでは、平民とはいえそれなりにお金には困らない暮らしをしていた私でしたが、両親が亡くなってからはよくある転落話でして。

 あっという間に借金まみれになり、娼館へ売り飛ばされることになりました。


 その頃の娼館といえば、今のように健全な風俗施設ではなく。

 まだ子供だった私の仕事といえば、名目は下働きでしたが、裏ではその趣味の客を取らされることも珍しくありませんでした。


 思い返してみると、私が子供が産めない身体になったのは恐らくその辺りの事が原因かと。

 まぁ、娼館にいる間、成長期なのに碌な食事を与えられていなかったことも要因としてあるかもしれませんが。


 しかしそれからしばらくして、現国王陛下の指揮の下、下町の大改革があり、色々と問題を抱えていたその娼館は、あっという間に取り潰されることが決まりました。


 仲間たちは伝手で他の娼館へ移ったり、それを機に足を洗ってまともな職についたりしましたが、娼館にきてまだ日の浅い私には後ろ盾も伝手もなく、娼館を追い出されたその日に路頭に迷うことになりました。


 住む場所も何もかも失った私は、自暴自棄になったのもあり、街で見かけた身なりのいい裕福そうな紳士から財布を()()()のです。

 それまで、すりなどの経験もなかった私は、たちまちその紳士の護衛に捕まって取り押さえられました。


 何を隠そうその紳士こそが、今の公爵家の旦那様でございます。


 旦那様は何を思ったのか、私を罰することなく公爵家に連れて帰りました。

 そして、厨房に命じて私にお腹いっぱい食べさせ、使用人用の部屋を与え、翌日から屋敷で働くようにと命じました。


 それから、私の環境が劇的に変わったのです。


 住むところにも困らず。

 飢えることもなく。

 客をとらされることもなく。

 痛い思いをすることもなく。


 それは、親と死に別れてから初めての人間らしい暮らしで。

 この暮らしを手放してなるものか……そんな思いでがむしゃらに働きました。


 それからまたしばらくして、公爵家に天使のように可愛らしいお嬢様がお生まれになりました。


 私は真面目な働きぶりが評価され、幸運にもお嬢様専属の侍女を仰せつかったのでした。


 貴族の慣習に従えば、侍女ではなく乳母を置くところなのでしょうね。

 しかし、奥様の意向で乳母は置かないとのことでした。

 そうして奥様は、赤ん坊のお世話のほとんどをご自分でなされましたので、私の仕事はそう多くありませんでした。


 この世の穢れを一切知らずに、ただすやすやと眠るお嬢様を見ていると、自分の汚いところが全て洗い流されていくようで。

 その輝くような微笑みに、見惚れて癒されたのは私だけではなく。

 公爵家の全ての使用人が、お嬢様の虜になるのにそう時間はかかりませんでした。


 だから、お嬢様は公爵家の輝く太陽であり、私の命そのものでもあります。


 と、まぁ、私のちょっと重い過去と、重すぎるお嬢様への愛情は置いておきまして。





 公爵家の侍女になってから、屋敷の内外問わず、少なくない殿方からお誘いを受けるようになりました。


 その頃の私はまだ、人並みの幸せを夢見ておりましたので、時々はお誘いに乗ってみたり、将来を考えてもいいなと思う方と付き合ったこともございます。

 しかし、婚約に至る段階で私の身体では子供が産めないことが発覚しまして。

 彼は婚約を家族に反対され、私から離れていきました。

 彼のことは愛しておりましたが、子供が産めないのに、どうしても妻にして欲しいと縋ることはできません。

 私に別れを切り出した彼の、苦しそうな顔が今でも忘れられません。


 誰かとお付き合いする度に、こんな辛い思いをしたり、相手にさせてしまうくらいならば。


 私の一生は、お嬢様のために捧げることにしよう。


 そう決めたのはその時でございました。


 しかし、最近思うのです。


 お嬢様は、この国の王子殿下の婚約者であり、いずれ王家に嫁ぐ予定のお方です。

 誰にも言えない過去をもつ私は、お城について行くことはできません。

 もし私の過去が知られることになれば、その事をあげつらう輩が出てくるに違いありませんから。


 その時、傷つくのは私ではなくお嬢様です──そんなことになれば、私が堪えられないでしょうね。


 しかし、このお屋敷から私の命であるお嬢様がいなくなってしまえば、私には何も残りません。

 公爵家の使用人としての仕事は残るでしょうが、お嬢様のいない日々の何と空虚なことか。


 そこで初めて私は、心の支えとなる家族の存在を欲したのです。


 しかし、世の男性はみな、愛する女性が自分の子供を産み、家族になることが当たり前だと考えているでしょう。子供を産めない私は、愛する人にその()()()()さえ与えてあげることはできないのです。


「だから、あなたがいいのです」


 私以外(だんせい)へ愛を注ぐヴィヴィさんならば、女性の私を愛することは決してないでしょう。


 当然、私との間に子供を期待することもないし、私もまた子供を産めない罪悪感を持たなくていい、という訳です。


 ただ、私は──。


「女として、あなたからの愛が欲しいわけではないのです。その愛情は、あなたが本当に愛する人へ注いであげてください。そしてその代わり、私には家族としての愛を分けて下されば、それで充分です」


 家族として愛されたい。




 お嬢様が嫁がれる日の事を考えて悶々としていた頃、旦那様たちが話していたヴィヴィさんの家の事情を、たまたま聞いてしまったのです。


 ヴィヴィさんのご実家は、彼の仕事を快く思っておらず、世間体も気にしているために、このまま彼が結婚をしなければ勘当すると仰っているようです。

 貴族というのは、何よりも世間体や体面を気にしますので、家族といえども同性愛者であるヴィヴィさんのことを受け入れられないのでしょうね。


「貴族というものは、結婚しなければ体裁を保てないものでしょう?

 貴族籍を抜かれてしまうと、あなたも商売上困ることがあるかもしれません。

 私は平民ですが性別は女ですので、結婚も反対されないでしょう。もちろん私が子を産めないことは、秘密にしておきましょう。結婚すれば子を作れと言われるかもしれませんが、結婚して三年経ったら子ができなかったと言って、養子を取りましょう。

 なにより、私にはあなたが必要なのです、ヴィヴィ」


 ヴィヴィさんは、私の話を聞きながら何故か号泣しています。


 ──男泣き?


 私が彼を必要としているように、彼も私を必要としてくれたらいいのに……そんなことを考えながら私は、縋るように彼のことを見つめました。


「ふふ……ふふふ……あなた、変わった女だとは思っていたけど、あたしが知る中でもいっとう変わった女だわ」


「そうでしょうか?」


「ええ」


 変わった女だな、と言われたことは何度かありますが、涙でくぐもったヴィヴィさんの声は、何だかその男たちとは違った響きに聞こえました。


「マリー、おいで」


「……」


 ヴィヴィさんが、私に向かって手を広げました。


 私は羞恥で顔が熱くなるのを自覚しながら、そっと彼の胸に頬を寄せました。

 彼は私を抱きしめたまま、その大きな手で頭をそっと撫でてくれました。

 そうやって彼の体温を感じていると、辛い過去の話で若干荒んでいた心が軽くなっていきました。


「ねぇ、あたしの話も聞いてくれる?」


「……はい」


 それから今度は、彼が自分の話をし始めました。


 同性しか愛せないという性質は、幼い頃から自覚していたそうです。

 家族に話してはみたものの、大きくなったら治ると言われて誰の理解も得られず。

 家族以外に唯一相談したのは、当時彼の担当だった女家庭教師(ガヴァネス)でしたが、彼女は彼がそれを口にする度にお仕置という名の折檻をしたそうです。


 更にその女は、彼が少し大きくなると、彼の性癖を治す為だ、主人の許可を得ていると言って、男女の行為を強要するようになったのだとか。

 酷い女もいたものです。

 そんなことをされれば、例え同性愛者でなくとも女性自体を嫌いになりそうです。


 好きでもない相手に、身体を好き勝手触られることの何と苦痛なことか。その痛みは私にもよくわかります。

 彼は何もかもに嫌気がさして、騎士団に志願したそうです。

 大きな理由は騎士団には寮があるからで、何としてでも家を出たかったのだと、彼は渋面で唸るように言いました。


 後に彼は、そこで運命だと思える恋をしましたが、その運命の人には既に妻子がおり、思いを告げることはできなかったとの事。

 騎士団で一緒に過ごす時間は幸せだったけれど、告げることができない想いが辛くて……想い人が配置換えになったのを機に、騎士団を辞めてこの店を始めたのだそう。



 ちなみに。


 彼の想い人が、いつもあのクソ王子の護衛をしているデカ男のことだとわかるのは、もう少し先のことです。



「じゃあ、こうしましょうか?」


 ヴィヴィさんは、涙で真っ赤になった目でウィンクしながら言いました。







「もし、この賭けにあなたが勝ったら──」






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