(1)毛がなければ植えればいいじゃない
どうも皆様こんにちは。
前世持ちの悪役令嬢、アレクサンドラ・イリガールです。
私は自他共に認める、この国の王子ジェラルドの婚約者です。
──今はまだ。
◇◇◇
何と、乙女ゲーム『フォルティーナ~運命の恋人たち~』──略して『フォル恋』の登場人物、それも悪役令嬢に転生しちゃった私。
婚約者の王子様は、出会い頭に公爵令嬢である私を「ブス」呼ばわりするような、とんでもないやんちゃ坊主だった。
彼にちょっとしたトラウマを植え付けられた私は、その仕返しに前世の知識と性格を駆使して、いじめや嫌がらせを繰り返した。しかし敵もさるもので、その度にいじめに順応していってしまう。
私も段々と意地になって、どうにかして彼を泣かせようとしていたのだけれど、その機会はなかなか訪れなかった。
そろそろいじめのネタも尽きてきた頃に、ようやくゲームの舞台である学園へ入学することになったの。
悪役令嬢として断罪されるのはごめんだったから、元々、学園へ入ったら、ジェラルドとヒロインちゃんの恋を応援しようと思っていたわ。
そんな時、校舎の陰で合い挽きする二人の姿を目撃した私は、これを機に潔く身を引こうとジェラルドを呼び出したのよね。
私に対しては相変わらずな態度の彼に、穏便な婚約解消を申し出たところ、何故か突然ジェラルドの目から滂沱の涙&婚約解消の全拒否。
何でよ。
おかしい。
「ブス」だの、「可愛げがない」だの、「顔が怖い」だの、散々私のことを貶していたはずなのに。
私のことが嫌いだったんじゃないの?
彼が涙を流したことで図らずも、彼を泣かせる、という私の宿願がかなったわけだけれど、なんだか複雑。
こちらが意図した涙じゃなかったせいか、達成感が薄いというか、イマイチ実感がわかないというか……。
結局私は、私にいじめられたジェラルドが涙を流すところを見たかったのよね。
あら嫌だ。
意外とヤンデレ予備軍かもしれないわ、私。
平穏無事な悪役令嬢ライフを満喫するためにも、危ない性癖は封印しとかなくちゃ。
ただおかしなことに、最近は婚約解消を言い出そうとすると、必ず邪魔が入るようになってしまった。
「殿下、そういえば婚約解しょ……」
「うっ……その話は……」
「あっ! で、殿下っ! そろそろお時間ですっ!!」
ジェラルドを見かけて話しかけようとしても、ずっとこんな調子なの。
私は、タイミング悪く現れて、口出しをしてきた侍従をひと睨みする。
「ひっ!」
真っ青な顔をしてブルブル震えだす、その侍従。
人の顔を見て震えるのは失礼よ。
私だって、ヒロインちゃんとは系統は違うけれど、かなりの美少女だというのに。
なかなかジェラルドと話し合う機会を持てない私は、ちょっと焦っていた。
このままだと、今年のジェラルドの卒業式で、シナリオ通り婚約破棄のイベントが起きてしまうかもしれないんだもの。
ヒロインちゃんを、いじめていないことだけは確かなんだけど。
ジェラルドの方に対しては、長年いじめや嫌がらせを行ってきた。仕方ないけどそれは認める。
まぁ、どれもそのほとんどが、彼の暴言に対する仕返しなんだけど。
でももし、断罪劇でそのことを引き合いに出されてしまったら、詰むかもしれない。王族パワーで、やっぱり国外追放とかされちゃうかもしれない。
今は、目指せ穏便な婚約解消、来たれ平和な日々! をモットーに東奔西走する日々を送ってるの……って、別に東奔西走はしてなかったわ。
早いところ解消してもらうように、ジェラルドと私のお父様をせっついている最中なの。
なかなか話が進まないけれど。
ああ私、ヒロインちゃんとの恋路を邪魔して、シナリオの強制力とかで断罪されたくないから、早く婚約を解消したいんだけどなぁ……。
◇◇◇
ちょうど、お父様に書類を届けるために王宮に来たので、ついでにジェラルドに会いにいった私。
彼ははちょうど庭園を散歩中のようだった。
「殿下」
私の声に振り返るジェラルド。
「あああああれ……」
「?」
「荒れ放題だな、お前の髪!」
「な……」
顔を見るなり酷い発言ね、ジェラルド?
私の髪は、異国から取り寄せた高級植物性オイルで毎日磨かれているのよ?
侍女たちの努力の賜物の髪を貶めるなんて許さん。
私は激しい怒りを仮面の下に秘めたまま、にこやかにやり返すことにした。
「まぁ。私のボサボサな髪とは違って、殿下の髪の毛はいつ見ても素晴らしい艶ですわね」
「そ、そうだろう? お前も俺を見習って……」
「あららぁ~? こんなところに糸くずが」
私は、ジェラルドにスッと近づくと、おもむろに彼の髪を引っつかんだ。
──ぶちっ!
「ぎゃっ!」
「あら、糸くずだと思ったら殿下の髪の毛だったようですわね」
「なっ?!」
「しかも結構沢山掴んでしまったみたいで。ごめんあそばせ。おほほほほっ!」
私は、手に絡みついてしまったジェラルドの髪を、ペッペッと払いのけた。
彼の細く透き通るような金の髪が、そよ風に乗って青空に溶けていく。
キラキラキラキラ……ああ、綺麗だわ。
やっぱり王族の髪は質が違うわね。
そういえば先日、なかなか婚約解消の件を進めようとしないお父様に苛立って、つい髪に手が出てしまったけれど。
整髪料のオイルでギトギトしてて、パラパラと床に抜け落ちるだけだったわ。
お父様は涙目で抜けた髪をかき集めていたけど、あんなもの集めてどうしようっていうのかしら。
ばっちいばっちい。
ジェラルドの髪が、空高く舞い上がる様子を眺めていると、どこからか聞きなれない声がした。
「君の髪はこんなにも美しいのに、荒れ放題だなんて。我が従弟殿は見る目がないな……いや、目が悪いのかもしれない。一度目の医者に見てもらったらどうかな?」
ですよねぇー!
私もそう思います!
ところで、この方どなた?
私は目をぱちくりさせながら、木の影から突然姿を現した新しい登場人物を眺めた。
面差しは何となくジェラルドに似てるけれど、髪の色が違う。
ジェラルドは金だけれど、この人物は銀髪だ。
そして彼は、とってもいい笑顔で私の髪を一束すくって口づけている。
口……。
口づけて……?!
「きゃあっっ!」
「ふふっ! 可愛いね」
「りっ、リオルドっ?! 何してるんだ?! こいつから離れろ!」
ジェラルドは、彼の手をべしっと叩き落として、私を背中に庇った。
(案外、男らしいところもあるわね)
感心感心。
私の中のジェラルド株が、コンマ五パーセントくらい上がった。
頬が何だか熱い気がするけれど、気のせいに違いない。
それから睨み合う二人をよそに、ジェラルドを『いとこ』と呼ぶリオルドなる人物を、脳内検索してみた。
リオルド……リオルド・レナーシェだったかしら?
何だか聞き覚えのある名前なのよね。
でも、彼の顔は私の記憶にはない。
こんなジェラルド似のイケメン、出会ってたらまず忘れないはずなのに。
「リオルド……リオルド……」
ふと思い当たる。
そういえばここは、乙女ゲーム『フォル恋』の世界だったわ。
確か『フォル恋』の異世界編には、続編じゃなくてvol.2があったのよね。
「リオルドって、もしかして!」
そうだわ。
2のメインヒーローである、トライデウス王国の第三王子──それがリオルド・レナーシェだったはず。
トライデウス王国というのは、何を隠そうこの国のお隣さんである。
リオルドは、その隣国に嫁いだ、この国の王妹の息子。
従って、ジェラルドとは従兄弟同士。
「おい! お前、何でこいつの名前なんか呼んでるんだ?!」
ジェラルドの咎めるようなその声で初めて、私は声に出していたことに気づいた。
知らないうちに、リオルドを呼び捨てにしてしまっていたらしい。
「申し訳ございません、リオルド殿下」
「うわぁっ! 僕の名前知ってくれてるなんて嬉しいなぁ……君、アレクサンドラちゃんでしょう? 噂に聞いていたんだよね、綺麗な赤毛の女の子がいるって。僕のことはそのまま呼び捨てで構わないから、僕もドーラちゃんって呼んでもいいかな?」
「あ……ええと……はぁ……お好きにどうぞ……?」
ジェラルドとは違って、物腰の柔らかい口調だけれど、いやにグイグイくるわね?
リオルドって、こんな性格のキャラだったっけ。
もうゲームのことは、あんまりよく思い出せないけれど。
彼に、綺麗な赤毛の女の子って言われたことには、悪い気はしなかった。
ジェラルドは、一度も褒めてくれたことなんかないんだけどね?
「待てよ、リオルド! こいつは俺の婚約者なんだぞ? 勝手に愛称なんかつけるんじゃない!」
ジェラルドが何だか低い声で言うと、リオルドははっと鼻で笑った。
「『まだ』婚約者だろう?」
「ああっ?! どういう意味だよ?!」
何だかんだと、二人で言い合いをしているみたいだけど、私は私で考え込んでしまって、何も聞いちゃいなかった。
だって。2のメインヒーローが現れたんだもの。
そもそも、私ことアレクサンドラはまだ、ジェラルドとは婚約破棄──じゃなくて、穏便な婚約解消をしていない。
悪役令嬢との婚約破棄は、いわば乙女ゲームのメインイベントで、ヒロインとヒーローの最大の見せ場よね。
これを実行せずに、何を乙女ゲームというのだろうか。いや、いうまい……と、反語を披露したところで。
正直に言うと、フォル恋フリークとして新しい登場人物のことが気になって仕方がないの。
こうしちゃいられないわ。
「殿下方、わたくしちょっと私用を思い出しましたのでこれで失礼致しますわねっ!」
「えっ? お、おいっ! あ、あれっ……くっ……」
「あっ、ドーラちゃん、もう少し話を……」
「それではごきげんよう!!!」
私は足早にその場を去ったのだった。