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ヒロイン、差異に憤怒する

物語「ラブ・クライマー」の主人公になるはずだったマリエッラ視点です

 前世の記憶を思い出したのは、八歳の誕生日の夜だった。家族にお祝いをして貰って、いつもより少し豪華な夕飯を食べた後、部屋に戻った時にふと視界に入った鏡を見て、


(あれ?この顔って、なんか知ってるっぽい?)


 と思ったのがきっかけだった。

 もっとも、前世での自分の名前や、家族の事はあんまり思い出せていない。でも、高校に通っていた事や、そこで感じていた不公平感や不満は結構しっかり憶えていた。そして最後の瞬間も。


 駅側の歩道橋でバッタリ会った同じクラスのネクラ女に、ちょっとばかり嫌味を言っただけなのに、その女に突き飛ばされたのだ。その時、歩道橋の階段から落ちたのまでは覚えているけれど、そこからの記憶が無いって事は、きっとその時に死んだんだろう。あの女、ホンとムカつく!今からでも慰謝料請求できるんなら、してやるのに!


 けど、神様はちゃんと見てくれてたんだと思った。だって、私の顔って、大好きだった漫画『ラブ・クライマー』のヒロイン、マリエッラそのものなんだもの!これって、いわゆる異世界転生ってやつよね?!ならやっぱり、若くして運悪く死んでしまった可哀そうな私への、神様からのご褒美だわ!!


 オンラインのコミックサイトで読んだ『ラブ・クライマー~婚外子として姉に虐げられてきたけれど、実はそうではありません?!それに、今では王子に溺愛されて幸せです~』は、少しばかりの魔法と不思議な生物が存在する世界が舞台で、公爵家跡取りの冷たい姉から、婚外子として虐げられていた心優しい妹が、姉の婚約者の王子から溺愛されるシンデレラストーリーだ。しかも、実は両親が秘密裏に結婚した後に生まれたことが明らかになることで、姉に≪ざまぁ≫が出来るスッキリのおまけ付き。


 公爵家の女主人を気取っていた高慢なあの女が、王子から婚約破棄を宣言されて、みじめにパーティー会場を後にするシーンなんて、何度読んでもスッキリしたわ!

 現実世界だと、中々思うようには行かないけれど、物語の中は別だった。だって、全てはヒロインの都合良いようになるって決まってるもの!


 でも、そう喜んでいられたのは、ほんの一時だけだった。ピンクブロンドの髪に水色の瞳、そしてマリエッラという名前。確かに『ラブ・クライマー』のヒロインの筈なのに、周りの全てが漫画と違う事に気が付いたからだ。


 もちろんマリエッラとしての、これまでの記憶もある。それから判るのは、住んでいるのはママの実家であるデルーカ男爵家の離れだという事。しかもママと二人して、朝から女中のような格好で男爵家の雑用をするのが日課になっている。なんで?

 そして、なにより父親が違った。ニッコロ・フラッチって、誰よ!私の父親はライモンド・アルバネーゼ卿のはずでしょ?!おまけに弟が二人もいるって、どういう事よ!?


 それに八歳ってことは、本来なら今ごろは公爵家のお屋敷に住んで、キレイなドレスを着ている筈なのに、この状況はどう考えてもおかしい。このままでは公爵夫人になるどころか、王子と出会う機会さえ、無さそうに思えた。


 何でこんな事になっているのか考えている内に、あることに思い至った。それは、姉・ロザリアも又、転生者だという可能性だ。


 確かに、異世界の恋愛物では、そんな話も多かった。<悪役令嬢物>と呼ばれ、ゲームや物語の悪役令嬢に転生した女が、知識チートを利用して、死ぬはずだった親や兄弟を助けたり、ヒロインよりも先に重要アイテムを手に入れて、運命を変える話だ。


 ただその過程で、本当ならヒロインと恋仲になる男の子達を、片っ端から自分の味方につけ、ヒロインが手にするはずだった幸せを奪い取っておきながら、≪私、平穏を望んでますー≫的な女も多かったように思う。だけどそれって、結局は人の幸せを奪ってるんだから、悪役令嬢のまんまじゃね?


 そして、私の「ラブ・クライマー」も又、≪悪役令嬢物≫に替えられたのだとしたら、今のこの状況にも説明がつく気がした。


(誰だか知らないけれど、よくも好き勝手してくれたわね。これは()()()()なのに!見てなさい、今に絶対後悔させてやるんだから!)

 

 こうなったら、何としても本物のお父様を見つけ出して、今の状態を何とかしてもらわないと思ったが、どうやったらお父様を見つけられるのか、判らなかった。ここは王都から馬車で半日ほどの場所だという事は判っているが、八歳の私が一人で王都に行くのは不可能だ。

 だからと言って、「王都で生活したい」などと言おうものなら、ママから『今の生活に何の不満があるのか』と小言を言われるのが落ちだろう。当分は今の状況を我慢するしかなかった。


 そうは思ったものの、弟二人は毎日姉ちゃん、姉ちゃんとまとわりついてうるさいし、男爵家の雑用は毎日新しいものが発生して終わりがない。おまけに父親と称する平凡でぱっとしない男は、男爵家の元従僕だと判ったため、さらにげんなりする事になった。


 貴族としては最下位の男爵家の、その従僕!伯爵家出身で公爵代理のお父様とは段違いだ。なのに、なんでママや弟たちは幸せそうにしているんだろう?私は不公平なこの状況にイライラしているのに。だって、せっかくヒロインに生まれ変わったんだから、華やかな世界を夢を見て当然でしょう?




 あれから五年もかかったが、ようやくアルバネーゼ公爵家が出席するパーティーに連れていってもらえる事になった。お祖母様の友人の伯爵家主宰のパーティーだが、公爵家を呼べるってことは、そこそこ古い家柄で、それなりに顔も広いのだろう。

 十三歳というと、本来ならヴィルフレードと恋仲になっていた頃だ。そう思うと、それだけで腹が立って仕方がないが、今からだって出会ってしまえば、なんとでも成るはずだ。だって私はヒロインなんだから!


 お祖母様はパーティーのドレスのために、王都にある貴族の衣装の中古品を扱うブティックに連れて行ってくれた。本当は新しいドレスを仕立てて欲しかったけれど、そんな事にかけるお金があるのなら、弟達に新しいベッドを買うとママが言い出したため、諦めたのだ。それに、中古と言っても普段私が着ているワンピースに比べたら、どれもがすごく豪華な物だった。


 出来る限り精一杯着飾ってパーティに参加したけれど、所詮は貧乏男爵家が用意できるレベルのドレスだった。他の令嬢達の衣装に比べ、私の衣装はあまりにも質素で野暮ったい事が会場に着いた途端に判ったのだ。家でこれを着た時、みんなに褒められて、有頂天になっていた自分が馬鹿に思えた。


 その中でも一段と華やかなドレスを着て、人々に囲まれているのが、プラチナブロンドの髪に、濃い青色の瞳をしたあの女だった。私の異母姉ロザリア。財力の違いを、これでもかと見せつけられた気がした。

 畜生!本当なら、私だってあんなドレスを着て、皆にちやほやされていたはずなのに!あまりの悔しさに、噛んだ唇から血が滲む。


 しかも、ようやく会えたヴィルフレード王子は、私が一生懸命微笑みかけているのに、見向きもしないで、あの女にベッタリと張り付いていた。何で?漫画では、あんなに愛しげに私の事を見ていたのに!ねぇヴィルフレード、少しはこっちを見なさいよ!わーたーしーはーこーこーよー!

 

 (それにしても、あの女(ロザリア)ときたら、漫画では人形のように無表情だったのに、よく笑うし、表情豊かで別人みたいだ…間違いない、やっぱりあの女も転生者だったんだ!)


 ここ数年来の疑念が確信に変わった。あの女が、私の『ラブ・クライマー』を、勝手に≪悪役令嬢物≫にすり替えたんだ。そうやって、本当ならヒロインが手にするものを悉く奪ったって訳だ。なんて強欲な女!見てな、今からその化けの皮を剥いでやるから!


 ロザリアが化粧室に入るのを見計らい、その前で待ち伏せする。出て来た所を腕を掴み、人気のない処へと引っ張りながら、問いただした。


「あんた、転生者でしょ!判ってるんだから、さっさと白状したら!」


「ちょっと、何をするの!あなた、いったいどなた?」


「惚け無いで!あんたの異母妹のマリエッラよ!さぁ、あんたが(ヒロイン)から奪った物を返してもらうわよ!」


「わたくしに妹など、おりませんわ!今すぐその手を離しなさい!」


「失礼だぞ、君!どういうつもりだ?」


 私の手は、ロザリアを迎えに来たらしいヴィルフレード王子によって、振り払われた。おまけに剣まで突きつけられる。


 だけど、感じたのは恐怖ではなく、怒りだった。ここにお父様さえ居れば…


 そうよ、お父様だ!お父様を見つけて、私を娘だと認めて貰えば良いんだ!そうすれば、この女だって…


 私は後ずさり、その場から逃げるようにして会場に戻ると、急いでお父様を探した。


「すいません、ライモンド・アルバネーゼ卿はどちらに…」


 人々が不思議そうな顔をする中、それに答えたのは一人の老人だった。


「奴は死んだよ。三年も前にな」


「えっ?!そ、そんな…」


 愕然とする私に、その老人が近づいてきて、耳元に囁いた。


「ふん。どうやらお前もこの物語を知っているようだな、ミラベラの娘よ。だが、残念だったな。今のお前はただの男爵の孫でしかない。分不相応な夢なんぞ、さっさと捨てて、身の丈に合った生活をしていれば良かったものを。馬鹿な娘だ」


「!!!(この人、私の事を知っている?今、物語って言った?)」


 驚き、目を見張る私からすっと離れると、老人は手を挙げて声を荒げた。


「衛兵!この娘を捕らえろ!先ほど我が孫で、新公爵であるロザリアに言いがかりをつけ、暴力を振るおうとしたのだ!」


 何て事だ!ロザリアではなく、こいつが転生者だったんだ!孫ってことは、公爵?本ではヒロインが生まれる前に死んでたのに、まさか生きていたなんて!そうか、こいつが全てを変えて、私から奪ったんだ。私が手にするはずのドレスや宝石、そして王子やお父様まで全部!理解したが、もう遅かった。私は衛兵に取り囲まれ、あっという間に拘束された。


「ちょっと、離しなさいよ! 助けて!私は、私こそが」


ガッ!


 頭を殴られ、気がついたらかび臭い牢の中だった。



 そして、牢の外には涙ぐんでいるお祖母さまと、ひどく怒った顔をしたママが立っていた。


「ママ、ママはわかってるんでしょ!?私が誰の娘か!」


「…あなたは私とニッコロの子よ。産婆も教会も、そう認めているわ」


「そうじゃ無いでしょ!私はアルバネーゼ卿の娘の筈よ!知ってるんだから!何でそんな嘘をつくの?」


 鉄格子を掴み、必死で訴える私に近寄ってきたママは、私にだけ聞こえるような小さな声で


「誰に何を吹き込まれたのかは知らないけれど、少なくともニッコロは、私を不名誉な出産から守り、普通の平民よりは、ましな生活を与えてくれたわ。あなたの事も、他の子と同じように可愛がってくれた。でも、あの男、ライモンドは将来の夢や希望ばかり語っていたけれど、結局何もしてくれなかったわ。私達を迎えに来るどころか、探しもしなかったのよ。なのに、この恩知らずが!」


「で、でも、それはきっと公爵に邪魔されたからで、お父様はママを愛していて…」


「あの人が公爵家(あの家)を出ればすんだ話よ。それをしなかった時点で、あの男にとって何が一番大事か判るでしょ。私達よりも、自分の身分が大事だったのよ」


「そんな…」


「思い出したくもない昔の話はこれで終わりよ。あなたへの罰は新しい公爵の恩情で、鞭打ち三十回と、修道院に行く事で済んだのだから、ありがたく思いなさい」


「鞭打ち?それに修道院って…何でそんなひどい目に合わされないといけないの?たったあれだけの事で…」


 ちょっと腕を掴んで、引っ張っただけじゃない!


「あなたはそれだけの罪を犯したの。諦めて償いなさい」


 そう言いきったママは、何度もこちらを振り向くお祖母様を引っ張るようにして、去っていった。



 それから二日後、私の刑が執行された。鞭打ちは凄まじく痛かった。二回目で背中の衣服が破れ、五回目で皮膚が裂けたのが判った。泣き叫んでも止めてくれるはずもなく、ただひたすら耐えるしかなかった。七回目までは数えていたが、そこから先は痛みで朦朧としながら、早く終わって欲しいとひたすらに願っていた。


 ようやく終わった時はほっとしたものの、そこからもまた地獄だった。一応手当はしてもらえたが、治癒魔法はかけてもらえず、すぐさま馬車に放り込まれて、修道院に連れて行かれたのだ。馬車が揺れるたびに背中がこすれて酷く痛むが、誰も私の言葉に耳を傾けてはくれなかった。


 そして四日もかけて漸く着いたのが、大きな森に隣接した寂れた修道院だった。その入り口には、変な結界術が施されていたが、人の出入りには支障が無いようだ。

 やせぎすの修道院長から手渡された、ごわごわした修道女見習の服に着替えたら、またしても生地が擦れて背中の傷が痛んだ。おまけに次の日からは、朝から晩まで、掃除やら洗濯やら炊事をさせられる生活が始まった。

 そのくせ食事は一日二回だけで、量だってそんなに無い。これなら男爵家にいた頃の方が、ずっとましに思えた。


(なんで私がこんな目に合わされるの?本来手にするはずだった物を取り戻そうとしただけじゃない!なのに、なんで誰も味方してくれないの?これは神様のご褒美だったはずなのに!畜生、こんな所にいつまでも居るもんか!背中の傷が治ったら、すぐに逃げ出してやる!そして、あいつらに絶対復讐してやる!特に、あの老害じじぃ!あいつだけは絶対に許さない!!)

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