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老公爵、行動を開始する

 娘の危篤を知らせる手紙を読んだ瞬間、≪この先の展開を知っている≫ことに愕然とした。しかも、なぜ知っているのかも判っていた。それは≪読んだ≫からだ。このシーリア国の三大公爵家の一つ、アルバネーゼ公爵家の長男エドモンドとして生まれ、五十六歳となるこの歳まであらゆる書物に触れてきたが、今頭の中で再生されているこの話だけは、いつ読んだのかは思い出せない。しかし、確かに読んだのだ!


 そして、その内容はとんでもないものだった。いや、話自体はありふれた恋愛小説の(てい)をしている。しかし、判る者には判るのだ。あれが我が公爵家乗っ取りの物語だと。しかも長期にわたる計画的な物だ。これを許す訳にはいかない!なにがなんでも阻止してやる!


 だが先ずは娘に会いに行かなくては!あぁ、可愛いクレリア、間に合えば良いが……


 急いで馬車の用意をさせるが、あえて公爵家の紋の付いていない物を指定した。何故なら物語では、この旅程で私は事故に巻き込まれ、命を落とすのだ。しかし、それは計画者にとってあまりに都合が良すぎる。だから私の事故もまた、奴の計画の一部の可能性が高いと考え、万全を期すことにした。

 先ずは、私が()()()()()()()()()()に手紙を急ぎ便で出すように執事に指示した。内容は、準備が出来次第、そちらに向かうと言う物だ。

 もちろん囮の馬車も用意するが、それには護衛騎士であるジノを筆頭とした屈強な男たちを乗せ、私よりも十二時間後に出発するよう指示を出しておく。そして、お抱え医師であるバローニと数人の使用人を、私の同行者とした。

 王都の屋敷まで一日半。道中も、せねばならないことは山積みだ。先ずは、物語を思い出せる限り、書き出さなくては!




【物語は、主人公の少女マリエッラが八歳の時に始まる。街中の、それほど広くない家で母ミラベラと共に生活していた彼女は八歳の誕生日を前に、父に連れられて大きな屋敷へとやって来て、今日からここに住むのだと教えられる。そこはアルバネーゼ公爵家の屋敷で、彼女の父ライモンドと、公爵家唯一の跡取りである三歳年上の彼女の異母姉ロザリアの住まいだった。

 実は彼女の父はこの公爵家の婿なのだが、妻亡き後、愛人であった彼女の母の所へ通っていたのだと、主人公はその時知る事となる。しかし、まだ幼い少女である主人公は、単純に姉が出来る事を喜ぶのだ。だが、姉と仲良くしたいという彼女の願いも空しく、姉は彼女達親子と馴染む処か、関わろうともせず、食事も何もかも別という生活が始まった。】



 この時点で既におかしいのだ。八年もの間、自分に大して関心を示さなかった父親が、突然愛人とその子供を連れて来たのだ。なのに、どうしてその二人と仲良く出来ると思うのだろう。しかも仲睦まじい親子像を見せつける彼らとだ!可哀想に、ロザリアはどれ程の孤独を感じていた事だろう。なのに、主人公は何度も姉を()()()()()()()()()()()()()()()()()()とするのだ。ふん、烏滸がましいにも程がある。



【そして五年後、十三歳になった主人公は屋敷を訪ねて来た姉の婚約者である第三王子ヴィルフレードと出会う。

 姉の婚約者だと判っていながらも彼に惹かれる主人公は、王子と話をする機会を諦める事が出来なかったため、結果的に二人は親しくなる。王子も、殆んど感情を見せない婚約者よりも、表情豊かな主人公に惹かれていく。その過程で主人公が何年もの間、姉に無視されていることや、仲良くなろうとする努力を蔑ろにされている事を知り、そんな人物との婚姻関係を結ぶのは無理だと思うようになっていった。】



 婚約は王家と公爵家の契約だというのに、何を寝ぼけた事を言い出すのかと呆れてしまうが、物語は主人公の都合の良いように進むのだから、仕方がない。


【結果、王子は自身の誕生日パーティーで婚約破棄をし、主人公と新たな婚約を結ぶ事を宣言した。しかし、そこで問題になるのが主人公が婚外子だという事だが、その時に公爵代理である彼女の父親が、実は秘密裏に結婚していた事や、その三日後に彼女が生まれた事を明らかにするのだ。

 もっともそれは、前妻が亡くなった直後だったため、これまで公にすることが出来なかったのだと言い訳はしていたが。

 そして婚約破棄された姉は、失意の中領地へと旅立つが、その旅程で賊に襲われ命を落としてしまう。そこで今度は公爵家の跡取り問題が発生するかと思いきや、側妃が亡き公爵の姪だったことから第三王王子自らが継承に名乗りを上げるのだ。そして公爵家を継いだ王子と新たな婚約者となった主人公が、幸せそうに結婚式の日を迎えた所で物語は終わる】



 そんな都合の良い話があるか!

 確かに側妃ティジアナは私の妹エディースの娘だが、昔から従姉妹で公爵家の跡取りであるクレリアに対して対抗意識が強く、既にお子がいる陛下の側室となったのも、クレリアよりも高い位に就きたいあの娘の我が儘を、愚かなガリァーノ侯爵が叶えたからだ。それも、エディースと長男で跡継ぎのリカルドが猛反対したにも拘らずだ!

 もっとも、そのために長年侯爵家を潤していた鉱山を王家に譲る事となり、あの家は一気に落ちぶれたのだが。


 だからあの欲深い娘は、我が公爵家に目を付けたのかも知れない。王妃様は既に二人の王子をお生みになり、今またご懐妊中だ。側妃の生んだ第三王子の出る幕なぞ無い上に、実家が落ちぶれた側妃に味方する者もほとんど居ない。クレリアの夫であるライモンドを唆し、クレリアを亡き者にした後、アルバネーゼ公爵家の実権を手に入れようとしたのだと考えると、辻褄が合う。やはり、黒幕はあの娘か。


 しかし、私の目の黒いうちは、断じてそんな事はさせないからな!見ておれ!

それにしても、あの婿にはしてやられた。亡き妻の親友だったセルッティ伯爵夫人の息子だから、問題無かろうと安心していたのが仇になった。まさかこのような事を企むとは…



 まだ朝早い時間帯に王都の邸宅に到着したのだが、私の到着を知った婿が狼狽えたのが判った。こいつ、やはり何か企んでいたな。しかし、今はそれどころではない。私は制止しようとするライモンドを無視して、急いで娘の寝室に向かった。


 なんとか間に合った!クレリアはほとんど意識の無い状態だが、まだ生きている!直ぐにドミニコに診てもらおうとすると、ベッドの側に控えていた侍女が慌てて薬を飲ませようとしてきた。それを止めて薬を取り上げると、又しても婿が嫌な顔をしたが、それも無視して、侍女を下がらせる。


「お義父さん、何をするんです!薬を飲ませないと!私は夫としてできる限り…」


「娘を案じる親心を蔑ろにするのか?第一、このドミニコはクレリアが幼い頃から主治医を務めていた者で、誰よりもクレリアの身体の事を判っている!必要があれば診察の後に飲ませるから、心配するな!」


 声を荒げる私の剣幕に恐れを生したのか、婿は引き下がって寝室から出て行ったが、納得はしていないようだった。その間にこっそり薬を調べていたドミニコが言うには、詳しく調べないとはっきりした事は言えないと前置きしながらも、やはり()()には薬成分以外に毒物が含まれているようだった。しかも、診察の結果判ったのは、娘は長期にわたって毒物を投与されていたために、既に身体は細部まで毒に蝕まれており、持ったとしても後一週間程度だという事だった。ドミニコは、自分に出来るのは、せめて苦しい思いをさせないくらいだと沈痛な面持ちで伝えてきた。


 なんてことだ!私がもっと早くに気づいていれば…悔やまれて仕方がない!


 もっとも、後二、三回薬を飲まされていたら、その時点で命を失っていたというから、ギリギリ間に合ったと言えるかも知れない。私はドミニコにクレリアを任せ、更なる手を打つことにした。


 先ずは愛人について調べなければ。物語では家名は出てこず、ミラベラという名前だけしか判らなかったのだ。同行させていた従僕を呼ぶと、屋敷内でも信頼のおける使用人の名を挙げ、愛人について探らせると同時に、婿が出掛けられ無いよう馬車に仕掛けを施すよう命じた。そして孫のロザリアの部屋へと向かう。


 孫は他には誰も居ない部屋の真ん中で、ポツンとしゃがみ込んでいた。


「ロザリア…」


「お祖父様!お、お母様が…」


 項垂れて涙を溜めていたその顔は、私を見た途端に歪み、しがみついたと同時に声を上げて泣き出した。


(まだ三歳の娘をこんな時に一人にするなんて、あの婿は父親どころか、人として失格だ!)


「じい様が来たから、もう心配しなくても良いよ。さぁ、一緒にかあ様の所へ行こう」


「本当?」


 小さな孫を抱きあげて、娘の寝室へと向かう。それからは二人、ほとんどの時間を娘の寝室で過ごした。


 ロザリアの話から判った事だが、屋敷の使用人の中でも乳母や侍女など、娘や孫に仕えていた者達の大半が、娘の具合が悪くなる少し前に辞めさせられていた。これもまた婿の差し金だろう。万が一にも、私に連絡がいかないようにしていたようだ。


 もちろんその日の内に愛人の身元は突き止めた。デルーカ男爵家の長女で、数年前にガリァーノ侯爵家に奉公に出た娘だという事が判った。やはり側妃がらみの女だったか。

 だから婦人を装い、匿名で男爵家に手紙を書いた。内容は、≪最近そちらのご息女を見かけたが、身重の様だった。結婚したとの話は聞いていなかったので、少し心配になり、手紙を書いた≫というものだ。急ぎ便で出したので、ここから馬車で半日ほどの場所にある男爵家には明日の朝にでも届くだろう。上手くすれば明後日にでも、何か行動を起こすはずだ。


 それから丸一日たったころ、二つの報告が来た。

 一つは、王都に到着後は屋敷から少し離れた宿屋に宿泊するよう命じていたジノからで、遅れて出発した公爵家の馬車は案の定、途中で襲撃を受けたという。しかし、賊達は全員捕獲してあり、現在尋問中だという。奴らは金で雇われた事は認めているらしい。なので、引き続き尋問を任せた。

 もう一つは、愛人宅を見張らせていた者からで、今朝早くに男爵夫妻が愛人宅を訪れた事や、そのショックのためか、愛人が急に産気づいたこと、そして産婆と司祭が呼ばれたことを報告してきた。司祭を呼んだんだという事は、私生児を生む前に間に合うよう、誰かしら結婚相手を連れてきたという事か?それはそれで好都合だ。


 その間も、婿のライモンドは何度かこっそり出掛けようとしたが、馬車の不具合に加え、私が『妻がこのような状態なのに、まさか出掛けるつもりでは無いだろうな?』と問い質したせいで、しぶしぶ諦めたようだ。もっとも、内密に愛人宅に手紙を届けるよう指示を出していたようだが、それもまた想定内だ。私と婿、どちらに付いたら有利かを理解した使用人達のおかげで、手紙は簡単に私の手元に回ってきた。


 そこには、≪愛している。私を信じて待っていて欲しい。片が付いたら直ぐに君と結婚したい≫と書かれていた。あまりの腹立たしさに破り捨てたくなったが、証拠として残しておかなくてはならないと、必死でこらえた。

 その後も婿は毎日手紙を書いていた。だから、三日目からは手紙は愛人宅のドアに挟んでおくよう命じる事にした。なぜなら、そこにはもう誰も住んで居ないからだ。

 

 娘は意識のある間は、ずっとロザリアの手を握っていた。何度も愛しているわと言い、自慢の娘だと誉め、この世に居なくなったとしても、ずっと貴女の側にいるからと言い続けた。

 娘の意識が無い間は、私がずっと娘の手を握っていた。幼い頃からの話をし、こんなになるまで気づかなかった事を謝り、愛していると何度も言った。この無念は絶対晴らしてやるとも。


 そして私が到着してから十日後、クレリアは静かに息を引き取った……


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