父と婚約者
メリッサから詳しい話を聞いてから二週間が経った頃、リリーナの元に一通の手紙が届いた。その手紙は飾りのない真っ白な封筒で、封蝋もなく、封蝋すべき位置に黄色い星型のマークが書かれていた。リリーナは迷いなく封筒の中から一枚の紙を取り出した。
『トントン』
「はい」
「朝食をお持ちしました」
「入ってちょうだい」
メリッサがカートに野菜のスープ、カリカリのベーコン、目玉焼き、パン、薬草茶を載せて入ってきた。
「ありがとう。この手紙を読み終わってから食べるわ。そこに置いといてくれる?」
「かしこまりました。本日は奥様の歩行訓練にお付き合い致しますので、何かございましたらフィーリア様をお呼びください」
「お母様、だいぶ回復されたのね。良かったわ。メリッサはお母様の専属なのだから、もちろんお母様を優先して頂戴。私は大丈夫よ」
「はい」
「ところで、お父様からお手紙は届いてないのよね?」
リリーナは何度か父と兄宛に病が完治したことを手紙で伝えていた。兄は近衛騎士の為王都におり、すぐに回復を祝う手紙と王都で有名な焼き菓子が届いた。しかし、父からは何も無いどころか送った手紙が受取拒否で戻ってきている。父が溺愛する母の名前の手紙でさえ受取拒否されている。
「届いておりません。マキシマス様にそれとなく伺ってみたらいかがですか?」
「そうね。お兄様もお忙しいでしょうけど一度領地へ行って様子を見て貰いましょう」
メリッサはテーブルに食事を並べ終わると一礼して部屋を出ていった。
「はぁ。お父様はどうなさったのかしら」
思わず出たため息と独り言に苦笑し、手紙の続きを読むことにした。
『リリーナ
体調はどうだい?
僕の方は変わらず王子教育や剣の訓練で充実した日々を過ごしてはいるが君に会えなくて寂しいよ。
とても言いにくいことだが、周りの者たちは早く婚約を解消して新たな婚約者を、と急かすんだ。本当に迷惑な話だ。父上と母上は沈黙を貫いているよ。
僕は婚約を解消する気はないからね。ねじ曲がった噂が君の耳に入って悲しませては嫌だから伝えておくよ。
病が完治することはないと王宮の侍医には言われたが、僕は望みを捨てない。運良く、僕にも治癒魔法は使用できるから必ず君を治して見せるよ。
いつまでも変わらぬ愛を君に捧げる。
ルーカス』
リリーナの頬を涙が伝った。
(ルーカス様・・・こんなに愛してくださるなんて。私は幸せです)
とめどなく頬を伝う涙が落ち着くと、手紙をしまい、食事に手を付けながら手紙の返事をどうしようか考えていた。
(婚約解消か。そういえばお父様にも言われたわね)
「リリーナ、そんな体ではルーカス殿下の婚約者は務まらんだろう。幸いにも従姉妹に優秀なエリザベートがいる。エリザベートに譲ったらどうだ?」
リリーナが発病して数日後、父親からそう言われ、熱で話すのも大変だったが、思わず声を荒らげて反論した。
「お、お父様。クラリッサ伯母様は中立派から王弟派になりましたのよ。それは無理な話です!それに私とルーカス様は既に神前で婚姻の儀を済ませております。私が亡くなってもいないのに婚約者の挿げ替えだなんて、神への冒涜ですわ!」
ベットで寝ていた体をいきなり起こした為目眩を起こしてメリッサに支えられ、ベットに横になるよう促された。
「お嬢様、ご無理なさらないでください」
「あ、ありがとう」
メリッサは白い目で主人である伯爵を見つめたが、その視線に全く気付くことなく、さらに娘の体調が悪いのを気遣う様子もなく、父親は己の感情を爆発させた。
「王弟派の人間が第一王子と婚約するのの何が悪いのだ!?いがみ合っている現状よりも良かろう。お前は頭が固いな。お前がそんなだからルーカス殿下がなめられるのだ。婚姻の儀だと?親の許可なく婚姻の儀など出来るはずもなかろう。そんなに王子妃になりたいのか。なんて浅ましい女だ」
父は顔を真っ赤にして怒り狂い部屋を出ていった。
嫌な記憶が蘇り、さっきまでの嬉しさがしぼんでいった。
(はぁ。お父様はお母様のことは本当に溺愛なさるのに、お母様によく似た私には冷たいのよね。どうしてかしら?そんなことよりルーカス様にお返事書かなきゃよね。嫌なことより楽しいことを考えましょ)
『ルーカス様
お手紙ありがとうございます。
こちらの村の空気が合ったのか?叔父様の治癒魔法のおかげか?原因はよく分かっていませんが、病気が完治いたしました。
ルーカス様の心遣い、大変嬉しく思います。私もルーカス様をお慕いしております。
早くお会いしたいです。
リリーナ』
何度も書き直した結果とてもスッキリした文章の手紙が完成した。
(うーん。完治した理由はさすがに書けないわね。なんだか怪しい文章になってしまったわ。でもまぁこれでいいでしょ)
手紙を封筒に入れると、服の下に隠していた銀のネックレスを取り出し、円柱状になっている飾りの蓋を開け、魔力を込めて手紙の封をする部分に版を押した。黄色い星型の印を確認し、小さな三段の小物入れの真ん中の引き出しにそれをそっとしまい、側面にある赤いボタンを押した。
(さて、これで手紙は送れたかしら?)
少ししてから引き出しを開けて見ると、入れたはずの手紙はなくなっていた。