力の目覚め
1台の荷馬車がスピードをあげて農道を進んでいた。馬車を操っているのは二十代前半でくりっとした小さな茶色の瞳を持った小柄な女性だった。彼女は肩まである真っ赤な髪を一つに縛り、冒険者が着るようなシンプルな白い半袖のシャツに紺のズボン、右太ももには小型のナイフが革の収納具に入れられ、くくりつけられていた。
馬車の中は改造が施されており、空間いっぱいのベットに女性と少女がぐったりと寝かされていた。女性はガリガリに痩せ細り骨と皮しかなく生きているのが不思議なほどの酷い状態だった。少女の方は女性ほど酷くはないが痩せており、起き上がることも出来ない状態だった。二人に共通しているのは赤茶色の髪と赤い湿疹で体中覆われていることだ。そんな二人の周りには大小様々なクッションがあり、馬車の揺れや衝撃を最小限にする配慮がされていた。
馬車は休みなく夜通し走り続けた。本来2日かかる道のりを1日で到着する予定だ。出発は昼前だったのであと数時間で到着する朝方それは起こった。
横たわっていた女性が最後の力を振り絞って隣に眠る熱で苦しそうな少女に声をかけた。
「リリー、リリー。わ、わたしは、もう」
頑張って話しかけるが赤い湿疹が喉の粘膜まで覆い、上手く言葉が続かない。ゼコゼコと声にならない音しか出て来ない。母の異変に気づいた娘は重い瞼を上げ、横にいる母の方を向いた。母を見た瞬間、母の死を悟った。母と自分の間にあるクッションをどかしどうにか母の手を自分の元へと引き寄せた。母の冷たい手を両手で包み、祈るように自分の顔の近くまで引き寄せ、涙を流した。
「お母さま。行かないでください。私を置いていかないで」
流した涙が二人の手に触れた瞬間、母子の体が眩い光に覆われ、二人は意識を失った。