婚約破棄の茶番に巻き込まれました
短編にしては字数が多いかもしれませんが、どうぞ最後まで楽しんで頂けると嬉しいです。
この世界に生まれて早16年。
まさかここへ来ることになるなんて……。
私は高々とそびえたつ立派な学園を見上げると、深くため息をついた。
学園の名はサンドリ学園。
貴族たちが集う学園で、平民はいない。
そんな学園に初の平民として入学するのがこの私。
貴族が集まる場所に平民が赴くことなどありえないのだが……今年から優秀な平民を受け入れようと新たな取り組みが始まったのだ。
もちろん私以外にも数人の平民が入学を決めている。
皆希望と誇りを胸に入学を喜んでいる中、私は一人暗い表情。
なぜなら私はこの学園で始まるだろうことを知っているから。
この記憶を思い出す前であれば、わくわくした気持ちでいられただろう。
私はまた大きなため息をつくと、がっくりと肩を落とした。
なんで思い出しちゃったんだろう……。
いやでも……内容を考えれば、思い出した方がよかったのかな……。
思い出した記憶、それは前世のもの。
私が私になる前、この世界とは全く異なる、文明が発達した別の世界で生涯を終えた記憶。
前世の私はそこであるゲームに出会った。
大好きな絵師さんがイラストを担当した乙女ゲーム。
詳細を見ずに購入したのだが……これがまた酷い駄作だった。
ストーリー性は驚くほどに薄く、主人公は攻略対象者によって性格が変わるという少し変わった仕様。
なぜ主人公の性格が変わらなければいけなかったのか、それはクリアして合点がいった。
主人公が変わらなければ、攻略なんて不可能。
そう……攻略対象者は皆曲者揃いだったのだ。
惚れっぽく女好きの王子に、無愛想な騎士、そしてヘタレな同級生。
"今までにない斬新な攻略を"とキャッチフレーズにしていたが、逆の意味で裏切られた。
王子は婚約者がいるにも関わらず、女癖が悪く自己中心的で最低な男。
騎士は笑顔一つ見せず会話も続かない典型的なコミュ障。
ヘタレは鬱気味で、何一つ自分で決められない、見ていてイライラするほどにダメダメな男だった。
うたい文句通り、今までにない攻略対象者だったことは認めよう。
パッケージやキャラデザは神絵師さんのイラストだから文句なしに素晴らしい出来だった。
だけどね、中身が欠落した男たちにときめきなんて感じるはずない!
正直何度プレイをやめようと思ったか……。
だけど彼らが恋をして変わることを期待し、その気力だけで最後までプレイしたのだ……。
攻略すればさ、王子は主人公一途になるだとか、不愛想な騎士はデレデレになるとか、ヘタレな男は主人公を守るために立ち向かうとかするものじゃない!?
しかし思いとは裏腹に、彼らは何一つ変わらなかった。
特に苛立ったのは王子。
性格はともかく見目が一番好みで爽やかな笑顔は最高だった。
それに騙され過度な期待をしてしまったからかもしれない……。
王子は可愛い令嬢を見つければ、見境なしに声をかけ、部屋へと連れ帰ろうとする。
主人公といようが、婚約者といようがお構いなし。
きっとまともになると信じて、最後の最後まで攻略を頑張ったのに……主人公に告白した直後、通りかかった令嬢を追いかけて行ってしまった。
その姿にぶちっと電源を切り、フリマアプリで投げうったのはいい思い出だ。
それにしても私がゲームの世界に転生することになるなんて……。
しかもよりにもよって主人公……。
他にも乙女ゲームがあるのになぜこれなのか、頭が痛い。
あぁもっと早くに思い出していれば……こんなところに来なかったのになぁ……。
私は天を仰ぐと、二度と聞きたくないと思っていた乙女ゲームのオープニングが流れた気がした。
実をいうと前世の記憶を思い出したの数日前。
この学園への入学が決まった日の翌日だった。
膨大な記憶が一気に駆け巡る中、学園の名、そして自分の名前、街の名前、国の名前全てが一致した。
あまりのことに最初は受け入れられなくて、部屋へ引きこもったわ。
平民が貴族と同じ学園へ通える名誉あることなのに……まさかこんなことになるなんて。
入学を辞退することも考えたけれど、飛び上がって喜ぶ両親を目の前にすると、何も言い出せなかった。
私も記憶を思い出す前日までは喜んでいたしね……。
しょうがないと、腹をくくってここまで来たけれど……あぁ鬱……。
私はまた深いため息をつくと、重い足を引きずりながら門を潜ったのだった。
大雑把なゲームの記憶は思い出したけれど、細かい設定やストーリーははっきりと思い出せていない。
コロコロと変わる主人公の性格はもちろん、どんなふうに彼らを攻略していくのか、内容が薄っぺらすぎて記憶にない。
イベントやフラグになりそうなものは全力で避けたいのだけれど、思い出せない現状意図的に回避することは難しそうだ。
とりあえず私にできる事は、攻略対象者と関わらないこと。
関わらなければ、こんな心配する必要もなくなる。
そう意気込んでいたんだけれど……。
案内状に従いやってきた教室に、人だかりができ、ざわざわと騒がしい。
どうしたのだろうと、群衆の隙間から覗き込むと、その中心には端正な顔立ちにブロンドの髪、赤い瞳をした青年の姿。
その姿に私は思わず固まった。
嘘でしょ……王子と同じクラスなの……?
出鼻をくじかれ狼狽しながらも彼をまじまじ眺めると、パーツパーツが美しく見目は百点満点。
貴族たちと談笑し笑みを浮かべる姿は、一人だけ輝いている。
その隣には薄らと記憶にある、お目付け役の姿。
お目付け役も中性的で綺麗な顔立ちをしているが、残念ながら攻略対象者ではない。
女好きの王子を嗜めるまともな青年。
はぁ……王子じゃなくて彼を攻略対象にすればまだましだったんじゃないかな……。
しかし生で見ると顔だけはいい。
いやいや、ダメダメ、騙されるな……たとえ顔が良くても、女好きの男なんて嫌だ。
一度落ち着こうと大きく息を吸い込んだ刹那、澄んだ紅眼と視線が絡む。
私は慌てて目を逸らせ逃げようとするが、彼は立ち上がりこちらへやってくると、私の腕を掴んだ。
「初めまして、見ない顔だな。もしかして平民から進級してきた子?すげぇ可愛いじゃん。俺はジェシー、宜しく」
ジェシー……そういえばそんな名前だった。
爽やかな笑顔と軽い口調に私は頬をピクピクと痙攣させると、無理やりに笑みを作り挨拶を返したのだった。
関わらないと決意した初登校早々、王子に絡まれドッと疲れた一日になってしまった。
最悪、入学早々に会うなんて……。
しかもよりにもよって同じクラス。
王子とは一番関わりたくなかったのに~~~~~~!
これからどうしよう……とりあえずこれ以上関わらないようにしないと。
そう思う私の気持ちとは裏腹に、王子は私を見つけるとこちらへやってくる。
笑みを浮かべそれとなく突き放すのだが、全く伝わらない。
私の態度など知った事ではないようすで、貴重な休み時間を潰されてしまう。
一方的に話す王子に最初は丁寧に返していたが、図太さと鈍感さ、あまりのしつこさにとうとう耐え切れなくなった。
「あぁもう、いい加減にしてください!迷惑なんです!遊び相手を探しているのなら、他を当たってください!」
王子の手を振り払い感情任せに叫ぶ。
肩で息をしながら、紅眼と視線が絡むとハッと我に返った。
こんなやつだが王族で王子様、あぁ……やってしまった……。
口元を押さえどうしたものかと目を泳がせていると、なぜか彼は瞳をキラキラと輝かせた。
「遊び相手か、あはは、お前面白いな」
なっ、なんなのこいつ!?
驚き目を丸くしていると、彼は何が面白いのか肩を揺らして笑い始める。
その姿は乙女ゲームのスチルのように美しく、私は不覚にも見惚れてしまった。
そんな一件があってから、王子のストーカー行為に拍車がかかった。
平民が王子に生意気な口をきいたことで、何か罰則があるかと思ったけれど、それはないようだ。
なんでもこの学園は爵位や階位に関わらず皆平等とのこと。
そういうことは貴族が中心とする社会で守られないと考えていたけれど、この学園は真面目な生徒ばかりのようで助かった。
もしくは私がゲームの主人公だからかもしれない。
とりあえず貴族のやっかみがないことにほっと胸をなでおろしたのだが、一番の問題は解決しなかった。
あからさまに迷惑そうにしても、全く効果はない。
はっきりきっぱり拒絶しても、聞いていない様子。
それにどうやってか知らないけれど、彼は私の行動を把握していてどこに行っても現れる。
あぁなんでこんなことに……。
王子から逃げることばかり考えていると、いつのまにか王子ルートに入ってしまったのか……他の攻略対象者と関わることなく時間が過ぎて行った。
学園に慣れてくると、王子の相手をすることにも慣れた。
貴族からの妬みも罰則もないのであれば、丁寧に返す必要も相手をする必要もない。
礼儀さえ守っていれば、周りの貴族は気にもかけないからね。
それにしてもこれだけはっきり態度と言葉で示しても、追いかけてくる王子。
この王子を諦めさせるすべはあるのだろうか。
ルートに入ってしまったとしても、王子との婚約は御免被りたい。
それにゲームとは違い平民の私が王子の婚約者なんてありえない。
王子に婚約者がいる現状、現実的に考えて愛人になるのか。
そんなの絶対いやだ。
授業が終わった放課後、一人校門に向かっていると、どこからともなく王子が現れる。
一緒に帰ろう、と誘ってくる彼を一瞥し進むと、慌てた様子で追いかけてきた。
「おーぃ、待てって」
「……本当にしつこいですね。はぁ……ジェシー王子には婚約者がおられますよね?私みたいな平民にかまかけていていいんですか?ダメでしょう」
諭す様に静かに告げると、彼はきょとんとした表情で瞬きを繰り返す。
「うん?ステイシーか。あいつなら大丈夫だ。それより今度の休みに城へ来ないか?案内するぜ」
「行きません、結構です」
それよりもってなんなのよ。
婚約者の事を蔑ろにしすぎでしょう……やっぱりこの王子最低……。
見た目だけはいいのに……。
チラッと彼へ視線を向けると、鼻筋が通っている横顔は本当に美しい。
さすが神絵師様。
「残念、つれないなぁ。まぁそこが可愛いんだけどな」
そうニカッと笑う姿に、胸がドクンッと高鳴った。
私は慌てて視線を前へ戻すと、これは不整脈だと言い聞かせたのだった。
ゲームではなく本物の王子と関わってわかったのだが、彼は見境なしに女性を追いかける最低な男ではなかった。
婚約者のことを軽視しているが、他の令嬢を口説いている様子はない。
もちろん追いかけている姿も。
現実の彼はゲームの彼よりも幾分ましのようだ。
まぁでも自己中心的な中身は一切変わっていないみたいだけれどね。
だけど婚約者がいるにも関わらず、節操なしに私へ声をかける姿は見過ごせない。
そういえば……王子と婚約者が一緒にいる姿を見たことがない。
仲が悪いのかな、うーん、そういえばゲームで婚約者は登場してきたかな?
王子のストーリーを思い出そうとするが、プレイ中の苛立つ自分の姿しか思い出せない。
何度ゲーム機を投げそうになったことか……。
まぁでも好きかどうかはさておき普通に考えて、王子が平民にちょっかいをかけている現状、令嬢のプライドは刺激されるだろう。
私に何かこう意地悪みたいな?よくある悪役令嬢のような展開になってもおかしくないような……。
クルリと辺りを見渡してみるが、私を敵視する視線は感じられない。
寧ろ我関せずと素通りする貴族ばかりだ。
確か王子の婚約者は、公爵家のステイシー様。
学園を休みがちで会ったことはないけれど、噂で聞く限りとても優秀な令嬢のようだ。
学園では一目置かれる存在で、爵位はもちろん容姿端麗、品行方正、頭脳明晰とあの王子にはもったいない。
だけど将来王妃になるだろう女性なのだから当然なのか。
それにしてもどうして皆が羨む婚約者が居ながら、他の女にちょっかいを出そうと思えるのか、全くもって理解できない。
休みがちなのは家の事情らしいけれど……何はともあれ、この男を何とかしないとね。
私は痛む頭を抱えると、隣を歩く王子から逃れる方法を模索したのだった。
しかしなんの対策も思い浮かばないまま数か月が過ぎた。
最近では拒絶することも諦め、開き直ることにした。
もちろん彼の誘いは断固拒否し続けている。
愛人になるつもりなどさらさらないが、イケメンの顔を拝めるのはいいことだ。
それに思っていたよりも女癖が悪くない彼に、最初程嫌悪感は抱かなくなっていた。
むしろ貴族の話は興味深いし、べっ、別に好きとかではないけどね!
今日も授業が終わり、そろそろ王子がやってくるのかと廊下へ顔を向けると、そこに貴族令嬢数人が集まっていた。
彼女たちはおもむろに教室へやってくると、私の机の前で立ち止まる。
それはまさに当初想像していた最悪のシチュエーション。
令嬢たちを見て固まる私を一瞥すると、私は人気のない中庭へと連行されたのだった。
彼女たちに囲まれ狼狽していると、ドンッと肩を突き飛ばされる。
太い木に背中をぶつけると、鈍い痛みに顔を歪めた。
ぃたぁっ、何なのよッッ。
おもむろに顔を上げると、縦ロールで化粧が濃い気の強そうな令嬢が一歩前へと進み出た。
「王子に取り入っているという平民はあなたのことよね?」
とんでもない言葉に目が点になると、激しく首を横へ振った。
今まで我関せずだったくせに、なぜ今になってこんなことに。
「はぁ!?ちっ、違います!王子が勝手に寄ってくるんです!ひどく迷惑していて……ッッ」
令嬢はスッと目を細めると、冷ややかな視線で私を見下ろした。
「……勝手に寄ってくるですって?嘘おっしゃい!」
令嬢は私の言葉を遮りパチンッと扇子を鳴らすと、威圧的に睨みつける。
「ジェシー王子はステイシー様の婚約者なのですわよ。それなのに平民ごときが何様なのかしら。暇があれば王子を追いかけまわし付きまとっているのあなたでしょう!」
どこをどう見たらそんな勘違いが出来るのか。
付きまとわれているのはどう見ても私でしょ!!!
私がはっきりきっぱりと誘いを断っている姿を見ていないの?
公衆の面前で何度も王子へ苦言を言っていたと思うんだけれど。
てか楽しそうに話しているように見えた?
言いたいことは山ほどあるが、立場上言葉を濁す。
「いえ、そのですから、私は王子に取り入ってませんし、好きでもありません」
「ふーん、ご自身を過大評価されているのですわね。王子が平民であるあなたを追いかけまわしているなんて……。高貴なステイシー様を差し置いて、平民のあなたなんかを?」
おっしゃる通り、その理由はこっちが聞きたい。
あぁもう、鬱陶しい!
王子のせいでなんで私がこんな目にあわなきゃいけないのよ。
ふつふつと怒りがこみ上げると、思わずキッと縦ロールの令嬢を睨みつけ唇をかむ。
「なっ、何なのよその目。本当に生意気だわ。立場をわかっていないようね?」
令嬢は手にしていた扇子を振り上げた刹那、後ろから声が響いた。
「おやめなさい。貴族の恥さらしですわよ」
そこにいたのは、凛とした御令嬢。
ブロンドの長い髪に、透き通るような真っ白な肌。
女性の私でも見惚れてしまいそうな美しいその様に、口が半開きになってしまった。
「スッ、ステイシー様!?あっ、あの……その、これはッッ、みっ、皆さま行きましょう」
この人がステイシー様?
我に返り改めて彼女を見つめると、優し気な瞳にぷっくりとした赤い唇。
キュッと引き締まった腰に、制服の上からでもわかる胸の膨らみ。
想像していたよりも数倍美しい令嬢だった。
こんな非の打ち所がない婚約者がいて……あの王子は何を考えているの?
彼女を呆然と見つめていると、縦ロールの令嬢はじりじりと私から離れ、ステイシーから逃げるように、取り巻きたちと共に校舎の方へと戻っていった。
ステイシーは優雅に近づいてくると、こちらへ手を差し伸べる。
「大丈夫?ケガはない?あら、肩に葉っぱが……」
彼女は手で葉っぱを払うと、私は慌てて飛びのいた。
「だっ、大丈夫です!ステイシー様の手が汚れてしまいます」
彼女は勢いよく跳ねた私の動きに驚いた様子で目を見開いたかと思うと、すぐに優しい笑みを浮かべる。
「ふふふっ、そんなことありませんわ。私の手は別の意味で汚れておりますし……」
別の意味?
寂しげに笑う彼女の姿に首を傾げていると、校庭の方からすごい速さで人影が近づいてきた。
「ステイシー、何をしている!」
良く知る声に顔を向けると、ジェシー王子がこちらへ駆け寄ってきた。
その後ろには彼のお目付け役であるハンク。
ゲームでは彼について詳しく書かれていなかったが、王子に関わったことで知ることが出来た。
どうも彼は宰相の息子で王子の補佐役となった生粋のお貴族様のようだ。
爵位も申し分なし、良識があって真面目、見目も王子には劣るが十分整っている。
彼が攻略対象者だったらな……。
チラッと彼へ視線を向けると、プラチナの長い髪を後ろで縛り、切れ長の瞳。
いつも王子の傍に佇み、言葉を発している姿はあまり見たことがない。
「あら、ジェシー」
彼女は振り返ると、スッと私の後ろへ下がった。
「こいつに何をした!」
王子は責めるようにステイシーを睨みつける。
その姿に違うのだと否定しようとすると、その前にステイシーが後ろから私の口を塞いだ。
「ちっ、……むむむんん」
「ふふふ、まだ何も。お早いご到着ですこと」
王子はすかさず私の腕を掴みステイシーから引きはがすと、キッと彼女を睨みつける。
「お前の取り巻きが彼女を連れて行くのを見た、何をしようとしていたんだ!」
「彼女が目障りだったのですわ。だからお灸を据えようと……ですがその前に白馬の王子様が助けにきてしまったようですわね」
彼女の言葉に目を丸くすると、口を半開きのまま固まった。
へぇっ、どういうこと!?
お灸を据える……?
ちょっ、いやいやあなたが私を助けてくれたんじゃない!?
不穏な空気が漂う二人の様子に、割って入ろうとした刹那、王子が彼女へ詰め寄った。
「……ッッ、お前が他人を傷つけようとするやつだとは思わなかった!そんなやつとは結婚できない!婚約破棄を申し出る!」
とんでもない言葉に目を見開き固まると、頭が真っ白になった。
「結構ですわ。陛下に宜しくお伝えくださいませ」
彼女はニッコリと笑みを深め礼を見せると、私と視線が絡む。
そこでようやく我に返ると、私は掴まれた腕を振り払い、全力で首を横へ振った。
「ちょっ、ちょっ、何を言っているのよ、バカじゃないの!?ステイシー様は私を助けてくれたのよ!」
「彼女を庇う必要なんてないんだ。俺がお前を守る」
はぁ!?頭わいているの?
王子の言葉に絶句していると、騒ぎを聞きつけてきた他の学生たちが集まってきた。
なんなのこの状況は!
どうしてこんなことになっているの?
どうしてそんな嘘をつくのよ!
「だから違います!私の話をちゃんとッッ」
「今日からお前が俺の婚約者だ」
言葉を遮りそう言い放った王子に一気に血の気が引く。
何言っちゃってんの?婚約者、ありえない!
感情任せに叫ぼうとした刹那、ステイシーは含みのある笑みを浮かべると、野次馬とは逆の方角へ走り去っていった。
その姿に私は王子を突き飛ばし慌てて追いかける。
「おい、どこへ行くんだ?照れなくてもいいんだぜ」
気の抜けた勘違い王子の声にぶん殴りたいとの怒りが込み上げる。
ダメよ、落ち着きなさい、この王子とまともに話をするのは無理。
私は握った拳を収めると振り返ることなく走ったのだった。
令嬢なのに想像以上に足が速く、なかなか距離がつまらない。
見失わないように彼女の背を必死に追いかけていると、ふとスピードが緩んだ。
私は速度を上げると、ガッチリ彼女の肩を掴んで引き留める。
「はぁ、はぁ、はぁッッ、お待ちください、はぁ、はぁ、さっきのはどういうことなんですか?……ッッ」
肩で息をしながらなんとか言葉を絞り出すと、ステイシーはおもむろに振り返った。
驚いたことに彼女は全く息を乱していない。
「あら……どうして追いかけてきたの?」
彼女は驚いた表情を浮かべながら、息が上がった私の背中を優しくさすった。
「はぁ、はぁ、はぁ、いやいやッッ、はぁ、はぁ、……追いかけない方がおかしいですよ」
「そうかしら?あなたジェシーを好きなのでしょう?」
とんでもない言葉に勢いよく顔を上げると、彼女の両肩をがっちり掴んだ。
「はぁ!?ありえないですよ!誰に聞いたんですか!私は王子の事なんて大嫌いですから!」
私の権幕に彼女は落ち着いてと手を上げると、困った笑みを浮かべて見せた。
「あらあら、そうだったの……ごめんなさいね、聞いていた話と違うわ……。うーん、でもよく考えてみて、平民から王族なんて素晴らしいことじゃない。誰も成し遂げていない偉業よ」
「偉業なんて成し遂げたくありません!あんな王子お断りです!」
「まぁそう言わずに、彼はあなたを好いているわ。もし貴族になることに不安があるのなら、私が全面的にフォローするから、ねぇ?」
「良くないです!何を言っているんですか!!!」
声を荒げ絶叫すると、彼女は眉を下げ困った表情を浮かべた。
「でももう婚約破棄をしてしまいましたし、後は……」
しぶとく王子を押し付けようとする彼女の言葉を遮ると、私は力いっぱいに叫んだ。
「自己中心的で思い込みが激しくて、婚約者がいるのに他の女に現を抜かす男なんてお断りです!絶対に嫌!!!」
「返す言葉もないわね。でもあぁ見えて彼にもいいところがあるのよ。そうね……うーん、明るいところとかかしら?」
「それでしたらステイシー様が責任をもってお世話してください」
「それはちょっと……。彼って人の話を聞かない上に、思い付きで行動してしまいますし……。ですからあなたに差し上げますわ。他の貴族たちは私の家名に恐れ王子に手を出すことはなかった。まぁ彼に魅力がないせいかもしれませんが……。だけどあなたは、そんな王子の相手をしてあげるばかりか、根気よく付き合う慈悲深さ、感動しましたわ。これはきっと神が与えてくれたチャンスだと思いましたの」
なっ、なんてことなの!?
現れたって、こっちは好きで仲良くした覚えはない。
寧ろ迷惑だと何度も……ッッ、あぁもう、ありえないありえないありえない!
怒りがピークに達すると、握った拳がプルプルと震え始める。
「私は非常に迷惑していたんです!!!熨斗をつけてお返しします!」
「あらあら、困ったわね……」
ステイシーは顎に手を当て首を傾げると、後ろからバタバタを足音が響く。
振り返ると、ジェイー王子とハンクの姿。
「王子、ステイシー様は私を助けてくれたんです。だから婚約破棄する理由はありません!」
ぴしゃりとそう言い切ると、王子は驚き目を丸くしながら私たちを交互に見つめる。
「そんな……私が助けたかどうかはともかく、私のような面白味のない女よりも、フレッシュな彼女の方がジェシーにお似合いですわよ」
「いえいえ、そんな!平民の私なんかが王子と釣り合うなんてありえません。御貴族様のマナーや仕来りもわかっていない私では、王子の負担になるだけですわ。その点ステイシー様は容姿端麗で品行方正、学業においてもトップクラス。見目麗しいお姿は女の私ですら見惚れてしまいますわ。それに加えて平民の私なんかに手を差し伸べてくれる優しい御心。御貴族様の鏡のような方ですわ。そんなかたこそ王子にふさわしいと思います」
「まぁ!?礼儀や作法などは私が全て教育しますわ。もちろん王妃教育も含めて。だから安心なさって。あなたならすぐに習得できるでしょう。先日の試験では貴族に並んでトップ5に名を連ねていたじゃない。それに優しさならあなたに叶わないわ。彼の相手が出来るのだもの」
ステイシーと王子の押し付け合いをしていると、見かねたハンクが私たちの間へ入った。
「お戯れはそれぐらいに。それ以上続けると、王子が立ち直れなくなってしまいます」
その言葉に顔を向けると、王子はどんよりとした空気を纏い体育座りでいじけていた。
「奪い合いならともかく押し付け合いだと……。うぅ……俺は王子だぞ……」
ボソッと呟いた何とも情けない姿に、呆れてものも言えない。
今までさんざん真っ向から否定してきたはずだけれど?
顔や地位がいくら魅力的でも一時の感情だけで行動する王子を誰が追いかけるのだろうか。
いじけた王子を見下ろす中、ハンクは小さな息を吐きだすと、ステイシーへ顔を向けた。
「ステイシー様、なぜこんな茶番を?こんなことで婚約破棄は出来ないと分かっておられるでしょう?バカ王……いえ、失礼しました。ジェシー王子のくだらない思いつきに付き合うなんて、どういう心境の変化ですか?」
「おいおいッッ……ハンクまでひでぇ……」
ハンクの言葉に彼女へ顔を向けると、ステイシーはバツの悪そうな様子で両手を上げた。
「そう怒らないでハンク」
「戯れにしてはやりすぎですよ。公の場であんな発言をなさるだなんて、あなたらしくない。王やあなたのお父上の耳に入ったらどうするおつもりなのですか?」
冷たい彼の言葉に、彼女はシュンっと眉を下げると、そっと視線を逸らせた。
よくわからない状況に私は首を傾け、ハンクと彼女を交互に見つめる。
「あの、すみません、どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味ですよ。彼女や王子の一存で婚約を破棄するなど不可能なのです。あなたは先日の戦争をご存じですか?」
突拍子もない質問に戸惑う中、私はコクリと頷いた。
「はい、もちろんです。2万の兵を2千の兵で倒したとか。素晴らしい戦いだったと伺いました」
「あの戦術を考えたのはステイシー様です。公にはしておりませんが、彼女は優秀な軍師なのですよ。軍師の仕事が入るたびに学園を休まなければいけないので、欠席が多いのです。この婚約はそんな彼女をこの国へ縛り付けるために結ばれたもの。なので簡単に破棄など出来ません」
えぇ!?軍師!?彼女が!?
だからさっき別の意味で汚れてるって……。
いやいや、今はそんなことより、そんな設定あったっけ……?
目を丸くしながら彼女へ顔を向けると、寂しげな笑みを浮かべた。
「どこにも行くつもりなんてないのだけれどね……」
意味深な言葉に彼女を見上げると、私はおもむろに口を開く。
「あの、それでしたらどうしてこんな……?」
彼女はニコッと笑みを深めると、ハンクへ顔を向けた。
向けた瞳が悲しみに揺れている。
王子ではなくハンクを見つめるその瞳は先ほどと様子が違った。
「あなたの反応を見たかったのよ」
反応を見たい?どういうこと?
ハンクは首を傾げると、眉を寄せる。
「そうですか。よくわかりませんが、どんな反応を期待していたのですか?」
「お前ッッ、まだ気が付かねぇのか!」
いつの間に復活したのか、体育座りをやめ立ち上がった王子が二人へ向かって叫んだ。
うん、どういうこと?
婚約破棄してハンク様の反応を見たかった……?
これってもしかして……私は蚊帳の外?
私はコソコソと二人の傍を離れると、王子の後ろへ回り腕をとる。
「王子、これはどういうことですか?」
「いや、俺の口からとやかく言うことでは……」
気まずげに視線を逸らす王子の肩を掴むと、こちらへ引き寄せる。
「ここまで巻き込んでおいてそれはないでしょう。もしかしてステイシー様はハンク様を好きなのですか?それでこんな茶番を?あの令嬢たちは仕込みだったんですか?やっぱりおかしいと思ったんですよ、今まで我関せずだった貴族が突然呼びつけるなんて。……もしかしてこのために、私をずっと利用したんですか?」
そう言葉にすると、胸の奥がズキリと痛む。
今までしつこくつきまとまれ迷惑をこうむっていたはずなのに。
この痛みはなんなのか……やっぱり深く考えないようにしよう。
私は胸の痛みを振り払うと、目を泳がせ言葉を濁す王子の顔を覗き込んだ。
「いや、まぁ……半分は正解だ。さすが俺が見込んだけある」
親指を立てグッと笑みを浮かべる姿に、私は拳を握るとぐりぐりと彼の胸へ押し付ける。
「いて、いてっ、悪いかったってあいつクソ真面目だからな、こうでもしないと本当の気持ちなんて見えねぇと思ってさ。ステイシーとは昔馴染みだし、できれば幸せになってほしんだよ。だけどな一つだけ間違っている。利用したのは利用したが、俺があんたを気に入っているってのは嘘じゃない。このまま婚約しても全く問題ないから安心しろ」
上から目線の言葉にさらに拳へ力が入る。
どこからその自信が湧いてくるのか。
得意げな彼のどや顔を一瞥すると、私は見つめあう二人へ顔を向けた。
ゲームではこんな話はなかった。
ステイシー様は立場上こんな面倒くさい王子の婚約者にさせられて……想い人である彼と結ばれないなんて。
「私と王子の婚約話はともかく、ステイシー様は王子にはもったいないです」
「もったいないって、もう少し言い方があるだろう……」
シュンッとする王子を横目に、私は顎に手をつき考え込む。
ハンクはステイシー様を好きなのだろうか。
見るからに堅物そうだし、王子の婚約者のままではステイシー様を好きでも、口にすることはしないだろう。
「あいつらとはさ竹馬の友なんだ。純粋に幸せになってほしいと思っている。俺が見る限りハンクは絶対ステイシーを好きだと思うんだ。そんな二人を見てて、俺も本当の恋ってのを知りたくなった。恋はするものじゃなく落ちるもんだってステイシーに教えてもらったんだ。想い合うあいつらを羨ましかった。その感覚が知りたくて、気になった女に声をかけてたんだが……。そこでお前と出会って、やっと分かりかけてきた」
そうニカっと笑う王子の姿に、思わず見惚れる。
ゲームで知る彼とは違う、無邪気な笑み。
女たらしで自己中だと思っていた彼の新たな一面。
うざい性格は変わっていないが、友達のためにと行動する彼の姿はとても魅力的だった。
私はサッと目を逸らせると、さりげなく赤く染まる頬を隠した。
くぅっ、顔だけは本当にいいんだから……。
それにしても王子が女性を追いかける理由はこれだったのね。
まぁでも婚約者がいる身分で、どうかとおもうけど。
とりあえず彼のことはおいといて、ステイシー様には幸せになってもらいたい。
だってこんな王子の婚約者になってしまったことで、気苦労が絶えなかったはずだし。
ここは……よしっ。
私は王子の前へ進み出ると、二人へ声をかけた。
「あの、ハンク様、婚約の件なのですが……」
様子を窺いながら手を上げると、二人がこちらへ顔を向ける。
「先ほども言いましたが、お二人が想いあっていようがなかろうが、あなたたちの一存で変わることはありません」
彼は私の言葉を遮ると、冷たい瞳をこちらへ向ける。
「彼女の一存ならどうですか?」
「彼女の一存?意味がわかりませんね。あなたは知らないでしょうが、二人は昔馴染み。こんなくだらない遊びができるほど信頼し合っているのですよ。全く知らない相手と婚約させられるより、数段ましだと思いますけどね」
全くステイシーの気持ちに気が付いていないハンクの言葉に、私はステイシーを見ると静かに頷いてみせた。
「ステイシー様、ここまで来たのなら正直になってもいいんじゃないですか?お貴族様は立場とか利権とか、守るべきものがたくさんあって大変なのはわかります。感情を押し殺して駆け引きして、納得しなければいけないこともあったはず。だけどあなたの人生はあなたのものです。時には自分と真っすぐに向かい合うべきではないでしょうか。背負うものがない平民の私がこんなこと言っても説得力はないかもしれませんが、どんな結果になろうとも、後悔しない選択をするべきだと思います」
関係のない私がなんでこんなでしゃべっているのか……王子の変な自信が移ってしまったのかもしれない。
だけど想い合っているのなら、素直になるべきだと思う。
ハンクを見る限り、はっきりと言葉にしなければ伝わらなさそう。
攻略対象者になればと言っていたが、訂正しよう。
超がつくほどの鈍感は見ていてイライラする。
「あなた……ふふっ、私に対してそんな真っすぐにぶつかってきた方は初めてだわ。王子があなたに興味を抱いた気持ちもわかるわ」
彼女は上品に笑ったかと思うと、吹っ切った様子でハンクを真っすぐに見つめた。
「ハンク、回りくどいことはもうやめにしますわ。公爵家という立場でもなく、軍師の立場でもない、ましてや王子の婚約者でもない、私の言葉を聞いていただけないかしら?」
彼は眉を顰めながらステイシーを真っすぐに見つめた。
彼女は深く息を吸い込むと、公爵家の令嬢の顔ではない、年相応の幼い表情で頬を染める。
「私はずっとあなた様をお慕いしております。愛していますわ」
ステイシーの告白に、ハンクは口を半開きのまま固まった。
何が何だかわかっていない様子だが、暫く見守っているとハンクの顔がみるみる赤く染まっていく。
「なっ、なにを!?冗談はおやめください」
クールな仮面が崩れ、これほどまでに人間が狼狽する姿は初めて見た。
そんな彼の姿に彼女はクスッと笑うと、紅色に染まる彼の頬へ手を伸ばす。
「冗談ではないわ、本気よ。私はあなたと婚約したい。彼女の言った通り、立場を抜きにしてあなたの気持ちで答えてほしいの。ジェシーとの婚約が決まった時、これは定めだと言い聞かせていたわ。だけど彼の傍で精一杯尽くすあなたの真っすぐさを見てどうしようもなく惹かれてしまったの。私の婚約者になれば……今まで以上にあなたの負担が大きくなることはわかっているわ。だからこそ伝えるつもりはなかったの。だけど二人が作ってくれたこの機会を無駄にしたくないと思ってしまった」
真剣なステイシーの表情に、ハンクは言葉を詰まらせる。
チラッと王子を見たかと思うと、なぜか咳ばらいをした。
「私のような者があなた様の婚約者など……」
「私はハンクがいいの。聞かせてあなたの本当の気持ちを、本当の言葉を」
真っすぐな言葉に、ハンクは目を逸らせると、ゆでだこのように頬が真っ赤に染まる。
モゴモゴと言い訳を繰り返す姿にイライラする。
その表情を見れば誰だってわかる、ステイシーを好きなんでしょ。
あぁもう、はっきり言いなさいよ!
グググッと拳を強く握りしめた刹那、王子がハンクの胸倉をつかんだ。
「はっきりしろよ。俺のことは気にすんな。わかってるだろう?俺はステイシーをそういう対象に見てねぇ。大切な友人だ、それはこのまま結婚しても変わらねぇ。女遊びもやめねぇからな」
ハンクは鋭くジェシーを睨みつけると、掴まれた手を振り払った。
「……彼女がどれほど苦しんでいたか、立場も何も考えないあなたに……渡さない」
低く冷たいその言葉に背筋が凍る。
ジェシーは鼻で笑うと、ハンクの背中を叩いた。
「なんだやればできるんじゃねぇか」
「ハンクッッ、嬉しいわ!」
ステイシーはハンクへ抱き着くと、彼の頬がまた赤く染まる。
青春の一ページを見たようで、なんとも甘酸っぱい気分に浸っていると、ステイシーと王子が嬉しそうにこちらへやってきた。
「本当にありがとう。これからいろいろ大変だけれども頑張るわ。貴方たちも頑張ってね。できる限りサポートするわ」
「えっ、いやいや、何言ってるんですか」
「ステイシーが味方になってくれたら心強い。よろしくな」
「ちょっ、何を宜しくするんですか!」
ジェシー王子に食って掛かろうとすると、彼はひらりと交わしハンクの方へ走っていく。
その姿にプクっと頬を膨らませていると、ステイシーが私の耳元へ唇を寄せた。
「ごめんなさいね、こんなことに巻き込んでしまって……。ジェシーの考えたのだけれど、私はずっと反対していたのよ。だけど……彼が強引に進めてしまってね。あなたを助けて何とか止めようとしたんだけれど、ハンクの姿を見て彼の口車にのってしまったわ」
「そうだったんですね。私は全然大丈夫です。それよりもステイシー様が幸せになってくれて私も嬉しいです」
「可愛いことを言ってくれるわね。ジェシーの言った通り素敵な人ね」
「それはそうだ、俺が選んだ女だからな!」
王子は女子トークへ割り込んでくると、ステイシーが諫める。
「もうジェシー、そういうところがダメなのよ。ごめんなさいね」
「なっ、なんでだよ」
むむむと口を結ぶ王子の背をハンクの方へ押すと、ステイシーは私の腕を引き、納得いかない様子の王子を横目に声を潜めた。
「一つだけ伝えておきたいことがあるの。あなたと出会ってジェシーは変わったわ。今まで節操なく女性に声をかけては問題ばかり起こし、勉学もしなくて正直手が付けらないほどだったのよ。だけどあなたと出会って、負けられないと勉学に励むようになったし、女性関係のいざこざもなくなったわ」
えっ、それって……。
乙女ゲームの世界では改心しなかった彼が、ここでは変わったということ?
ずっと変わることを期待してゲームを進めていたあの日々。
じわっと温かい何かが込み上げると、胸がドクドクと波打ち始め頬に熱が集まっていく。
何なのよ、これ……。
ギュッと胸を掴んでいると、肩を強く引き寄せられた。
「ステイシー、独占しすぎだ。お前にはハンクがいるだろう。俺はこいつと婚約する。ステイシーもハンクと幸せになれよ」
「えぇ、言われなくてもそうさせてもらうわ。ありがとうジェシー」
反射的に顔を上げると、度アップで映し出された彼の姿に胸が大きく跳ねる。
「ははっ、その顔で俺を好きじゃないなんて嘘だろう?」
私は慌てて目を逸らせパシッと肩にかかる手を振り払うと、王子を睨みつける。
「なっ、なっ、何言っているんですか!好きじゃありません!」
私は高まる熱を必死に抑えようとするが、彼の顔を見るとどんどん熱が上がっていく。
「まぁそう言うなって、これが一番うまく収まるんだからさ」
「何も収まってません!何言っているんですか!」
「はははっ、いいじゃねぇか」
王子は私の腕をとると、強引に引っ張っていく。
「ちょっ、良くありません、何一つ良くない!ちゃんと話を聞いてください!」
「ちゃんと聞いてるぜ。あっ、婚約の前に母親に紹介しないとだな」
「なっ、ちょっ、何をッッ、行きませんからね!!!」
私の悲痛な声が中庭に響き渡ると、二人の笑い声が耳に届いた。
その声に王子は嬉しそうに笑うと、私もつられて笑みを浮かべたのだった。
最後までお読み頂き、ありがとうございました!
ドタバタな感じとなりましたが、いかがでしたでしょうか?
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また別の作品でもお会いできるよう、これからも頑張ります!