40 ミュトスと主人公
「これは、これは、どうも………………マクティアさん」
突如声を掛けてきたのは乙ゲーの主人公ステラ・マクティア。
彼女は何冊かの本を抱えて、そこに立っていた。
「ルーシー様、突然声をおかけしてすみません。お邪魔でしたか?」
「あ…………いえ、邪魔とかじゃなくて、少し驚いてしまって」
突然、美少女主人公ちゃんに、声を掛けられた誰もが驚くにきまっているじゃないの。
少し心臓に悪いわ。
「すみません。驚かせてしまって」
「いえいえ………………」
いや、てか、なんでこんなところにステラがいるの?
勤勉な設定だったし、彼女は勉強でもしていたのかしら?
そうだとしても、私なんかに声かけることないのに。
気まずくなるだけでしょうに。
「それで………ルーシー様はどの本をお探しになっておられたのですか?」
「え? あ、ちょっとミュトスのことを調べたいなーと思っていて」
先日、突然私の前に現れたミュトス。
ミュトスについては、シューニャもどきということしか分かっていない。
屋敷の本を読み漁っても、シューニャもどきはおろか、シューニャについての本は1冊しかなかった。
だから、この図書館にないか探していたんだけど。
私の返事に、ステラは首を傾げていた。
「ミュトス………というのは、以前の魔獣さんですか?」
「うん、あのでっかい犬」
「なるほど、ライアン様がシューニャもどきとおっしゃられていた魔獣さんですね。それなら、あちらの方に関連の本があるかもしれません」
よかった。
でも、魔獣関連ではなく、神話関連なのね。
ステラが手で示した方向には神話関連の本が置いてある。
「でも、あそこには大量に本があるので、1人で探すのは大変かもしれません」
ほお。マジですか。
「ですので、あの……よろしかったら、私もお手伝いしてもよろしいですか?」
「え、いいの?」
「もちろんです!」
本探しは全然苦じゃないけど、ステラが一緒に探して早く見つかるなら、それはそれでいい。
ステラに対してはいろいろ思うところはあるけど、今回は手を貸していただこう。
そうして、私はステラに本探しを手伝ってもらうことになったのだが。
「あの…………参考として、その………よかったらでいいんですけど、見せていただけませんか?」
と神話関連の本が置かれている本棚を探している際に、尋ねられた。
はて、今見せてというのは。
「ミュトスのこと?」
「ええ、そのミュトスさんを」
キラキラと目を輝かせるステラ。
まっ、眩しいわ。
これが主人公というものなのね。
仕方ない。
「わ、分かった」
「ありがとうございます!」
私は首にかけていたペンダントを手に取る。
そして。
「ミュトス、出ておいで」
と、そっと声を掛けた。
すると。
「わぁ————!!」
身に付けていたペンダントが光を放つ。
輝きがおさまると、私の前には1匹の犬がいた。
「これがミュトスさんですか」
ステラはそう呟き、物珍しそうに見つめていた。
一方、ミュトスの方は。
「ガルルルゥ………………」
めっちゃ警戒していた。
そんなに? ってぐらい警戒していた。
こら、ミュトス。
なんでそんなにステラに対して威嚇しているの。
彼女は敵なんかじゃないわよ………………たぶん。
「ルーシー様はその………ミュトスさんをいつも近くにおいているのですか?」
「うん、そうだけど?」
「そうですか………………」
しょぼんとするステラ。
え?
まさか、あなたもミュトスがほしいの?
いや、この子はあげないよ?
なにがなんでもあげないわよ?
「触ってもいいですか?」
「うん、いいけど………………」
こんなにも警戒されているのに、触りに行こうとするなんて。
さすが主人公というべきか。
とステラが撫でようとした時。
「っ!」
ミュトスが思いっきり彼女の手を噛んだ。
しかし。
苦の表情を見せることなく、ステラはじっとしていた。
「………………ステラさん、大丈夫?」
「ええ。全然痛くないですよ」
そう言って、ステラはえへへと笑う。
マジか、この子。
ミュトスは小さな犬になっているとはいえ、牙はそれなりにあるのだと思うのだけれど。
ステラは最終的に噛まれたまま、撫で始めた。
一方のミュトスはいたたまれなくなったのか、噛むのをやめていた。
撫でられるのは不服そうだが。
「その………ルーシー様はミュトスさんをどこで見つけられたのですか?」
「別荘近くの湖。そこでミュトスを見つけたのよ」
「そこで………ですか?」
「うん。そこで見つけたのよ。見つけた時のミュトスはシューニャって怪物の姿をしていたんだけど、お願いしたら、小さな姿になってくれたの」
「そうなんですか…………なるほど。このミュトスさんはルーシー様が命じれば、何にでもなれるのですか?」
「うん。まぁ、生き物ならなんでもなってくれたわ」
さすがに人間になってとかは言っていないけど。
きっと願っても無理なことだろうし。
ミュトスが人間になっても、まじで素っ裸の言葉がしゃべれないヤバい人間になりかねないだろうし。
生き物だったら、魔獣でも何でもなってくれたのは間違いない。
「なるほど………………」
そう答えると、ステラは真剣な表情を浮かべていた。
一体どうしたのだろう?
やっぱりシューニャというのが引っかかっているのかしら?
「あの………マクティアさん、ミュトスに関連する本は見つかりそう? 難しそう?」
王立の図書でも難しいとなると、貸出不可の図書を当たらないといけなくなるわね。
「いえ、大丈夫だと思います。思い当たる本があるので」
「ほんとっ!?」
やったわ!
大した情報を得れてないにも関わらず、ステラはスタスタと歩いていく。
そして、彼女はある1つの本棚の前に立ち止まって。
「これだと思うのですけど………………」
とある1冊の本を取り出した。
その本はだいぶ古びてはいたが、豪華な装飾がつけられている。
「え? これに書かれているの?」
「確証はないですが、もしかしたらと思いまして」
ステラから手渡された本のタイトルは『星の聖女』。
うーん。
ここにミュトスに関連することが載っているとは思えないのだけど。
「ねぇ、マクティアさん」
「なんでしょう?」
「………………よかったら、なんでこの本に思い至ったのか教えてくれる?」
そう尋ねると、ステラは困った顔を浮かべた。
なにかマズかったかしら。
「そのミュトスさんはその本に記述されている伝説に登場する精霊さんかなと思ったんです」
「精霊?」
「はい。伝承されている星の聖女様はご存じですよね?」
「ええ。勇者様とともに魔王を倒しに行く星の聖女様のことでしょ?」
実際にいたみたいだけど、はるか昔の話であんまり興味持っていなかったのよね。
「はい。その聖女様は精霊と契約していらっしゃったらしいのです」
「なんともあいまいね」
「ええ、まぁ伝説ですから。それで、その精霊さんなのですが、シューニャのような姿をしていたらしいのです。また、自在に姿も変化させることができたようでして…………」
「それで………ミュトスがその精霊だと思ったと」
「はい」と答えるステラ。
そんな彼女の瞳は真っすぐでウソをついているようには思えなかった。
いや、ミュトスが聖女の精霊って。
飼い主の私はどうなるわけよ。
————————まさか、私が聖女?
あははーん、まさかね。そんなのあり得るはずないわ。
だって、ゲームではステラが聖女だったし。この世界でもそうだろうし。
この前の魔法技術の授業で、ステラは光魔法をブチかましていたのよ。
絶対、ステラは星の聖女様なのよ。
それは確定事項なんだけども………………。
私の足元にいる水色の犬、ミュトス。
聖女の精霊ではないかと疑われているミュトスさんは、ずっーと聖女ステラ様を警戒していた。
ミュトス、彼女、聖女様よ。
あー、そんなに威嚇しないでちょうだい。あなたの将来に傷が入るわよ。
「………………ま、まぁ、一回この本を読んでみることにするわ。今日はありがとう、ステラさん」
「いえいえ。目的の本じゃない可能性もありますので、違うようであればまた声をおかけください。私はいつでもルーシー様のお手伝いをしますので」
そう言って、彼女はニコリと笑う。
なんて良い子なのだろう。
少しだけライアンが彼女を好きになる理由が分かる気がする。
だからといって、彼が私の人生を最悪にしていい理由にはならないのだけど。
「わかった。その時はお願いするわ………じゃあね、ステラさん。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
私はミュトスをペンダントに戻し、本を持って部屋へと戻る。
でも、その時気になったことが。
………………単なる気のせいだろうか。
ステラがずっと私のペンダントを見つめていたのは。
★★★★★★★★
ある日の昼休み。
私は1人図書館の方へと向かっていた。
普段の私なら、昼休みの時間はカイルたちと昼食をとり、その後の時間も一緒に過ごす。
だけど、今日は1人。全部1人。
カイルたちはどうやら生徒会のメンバーに選出され、今日はその顔合わせの日だったらしく、昼食はそこでとるとのこと。
私も来ないか、と誘われたが、断った。
私、生徒会メンバーじゃないし。
行っても気まずいだけだし。いたたまれなくなるし。
だから、今日は私1人。
でも、1人で過ごすのは全然寂しさを感じることはなく、むしろ気楽だった。
なんてったって、あの4人は注目を集める人たち。
まぁ、私もミュトスの一件があるから、視線は集まるけど、彼らほどじゃない。
そうして、図書館に向かう途中。
庭に面した廊下を歩いていると、あるものが目に入った。
………………あれは何?
私が庭で見つけたもの。
それは小さな光。手のひらサイズほどの光だった。
よく目を凝らすと、小さな人の体と羽が見える。
————————なんか妖精みたい。
気になった私は、それを追いかけ、廊下を外れ、庭へと出る。
なんでこんなところに妖精がいるのだろう。
光を追いかけ、進んでいく。
すると、迷路の入り口のような場所へと着いた。
2メートルほどある生け垣が左右にあり、道を作っている。
学園にこんなところあったかしら?
シエルノクターン学園に入学して1ヶ月。
暇な時間があれば、散歩か読書に費やしていた私だが、こんな場所を今まで見つけたことがなかった。
単に私が見つけていなかっただけかしら?
背後から吹く追い風。
私はその風に押され、1歩踏み出す。
あの妖精さん、この迷路が気になるし、時間もあるし、進んでみましょっ!
光を放つ妖精さんを追いかけ、迷路を進んでいく。
妖精さんは私がついて来ていることに気づいているようで、時折こちらを窺っていた。
妖精さんは一体どこに行くつもりなのだろう?
もちろん、この迷路に足を踏み入れるのは初めてで、多少の不安がある。
でも、こういうのってちょっと楽しいのよね。ラザフォード家の屋敷の地下迷路でもそうだったけど、冒険みたいでさ。
まるで私をどこかに案内してくれているようだった妖精。
しかし、ある角で曲がると、彼女の姿はなくなっていた。
そのかわり。
私は開けた場所に着いていた。
その中央には小さなテーブルと2つのイス。日傘まで用意されていた。
そこには誰もいなかったが。
否。先客がいた。
白いマントをまとった少年が1つの椅子に座り、お茶を飲んでいた。
………………あれはさっきの。
彼の肩には先程まで案内してくれていた妖精さんが。
彼女はうふふと笑みを浮かべ、私に手を振ってくれた。
「やっと来てくれたねぇ」
美少年はそう言って、ティーカップをそっと机に置く。
いや、なんて綺麗な顔なの。
吸い込まれるような青色の瞳。
絹のようにサラサラな水色の髪。
日焼けなんてしらなそうな、白い肌。
美少年というか、もはや女子。
恐ろしいぐらいに顔が整っていた。
「初めまして、ルーシーさぁーん」
「え?」
————————彼、私を知っている?
「………………あなた、誰?」
「僕はアース」
「いや、誰?」
アースって名前は聞き覚えがないんだけど。
ゲームにも登場していないはず。
私がど忘れしているだけ?
見当がつかず、首を傾げていると、彼は。
「………………そっか、僕のこと分からないのかぁ」
と呟いた。
いや、こっちがなんか申し訳ない気持ちになるな。
「………………なんかごめんなさい」
「いやぁ、いいよー。てっきり君が僕の名前を知っていると思ったからさー。こちらこそごめんねぇ」
「いいえ、こちらこそ申し訳ないわ。ええっと、私の名前は————————」
「知ってるよー」
「え?」
私の名前を知っている?
私がそう尋ねると、彼は立ち上がり丁寧なお辞儀をし。
にやりと笑みを浮かべ、こう言ってきた。
「————————転生者のルーシーさぁーん?」
明日も更新します。