地味ッ娘リア充化計画進行中! ~ヲタク趣味を隠して高校デビューしたのに、地味で目立たないクラスの女の子にバレて絶体絶命……と思ったら、彼女をリア充にすれば黙っていてくれるって? や、やるしかないな!~
生きていれば一つくらい、他人には見せたくない秘密があると思う。
表とは正反対の裏面。
それを見せらば、表の自分が崩れてしまうから……とか。
後はそう、単純に恥ずかしいから。
隠しておきたい。
取り繕って、良い部分だけを見せておきたいと思うのは、普通だと思うんだ。
だけど――
「く、黒井さん……」
「こ、この本って帯白君……の?」
「い、いや……えっとぉ……」
あくまで持論だけど、最後まで隠し通せる秘密って、あまりないと思うんだ。
ちょっとした不運とか、自分の小さなミスが原因で、誰かに知られてしまうことはある。
例えば今、俺がどうしても続きが読みたく学校に持ってきていたラノベを、クラスの女子が偶然見つけてしまったように。
――ということが起こる十時間ほど前。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
朝の日差しが差し込む。
窓の隙間から光が飛び込んできて、ちょうど俺の眼に当たった。
眩しさで目を覚まして、身体を起こしてベッドから降りる。
「ぅ、うーん」
大きく背伸びをした後、部屋を出て洗面台へ向かった。
鏡に映った自分の顔を見て、明るめに染めた茶髪が跳ねていることに気付く。
「まただ……これどうにかならないかな」
寝癖が強烈なのは普段通り。
これを直すのに時間がかかるから、朝はとにかく早く起きるようにしてた。
寝癖を解かし、歯を磨いてからリビングへ向かう。
俺より早起きな母親が、人数分の朝食を用意してくれている。
朝は出る時間がみんなバラバラだから、自分の好きなタイミングで起きて、朝食をとってから家を出る。
俺は朝食後に部屋へ戻り、クローゼットを開けてハンガーにかかった制服を取り出して、普段通りに着替えをした。
「よし」
出発の準備は整った。
あとは見守ってくれる皆に挨拶をするだけ。
みんなというのは家族ではなくて、部屋の一面に並べられたフィギュアたち。
「行ってきます」
俺は拝むように眺めた後、深々と頭を下げて挨拶をした。
他には部屋にはタペストリーやら、本棚ぎっしりにラノベやらが並んでいる。
懐かしのゲーム類を含めて、本当は全部に挨拶がしたいけど、それをしていると遅刻するので断念した。
俺こと帯白遊馬はヲタクである。
ゲーム、アニメ、ラノベ、その他もろもろ全部好きだ。
好きなジャンルは多岐にわたるが、一番好きなのは小さい女の子が頑張る系の……というとロリコンみたいに聞こえるが、たぶんそれで正しい。
他人、特に女子にバレたら気持ち悪がられるだろう。
そう、決してバレてはいけない。
特に今の俺にとって、ヲタク趣味がバレることは致命的だった。
なぜなら――
「おはよう皆」
「おはよう帯白くん!」
「よう遊馬! 早速で悪いんだけど……宿題見せてくれね?」
「また? 仕方ないなぁ」
「帯白君優しいー」
俗にいう高校デビューを果たしていたから。
学校について、俺が教室に入ってさわやかに挨拶をすると、クラスメイト達が一斉に返してくれた。
自分で言うのも恥ずかしいけど、クラスでもそこそこ人気があると思う。
勉強しまくったお陰で成績はトップクラスになれたし、運動も毎日鍛えているお陰か出来るようになった。
苦手なことはほとんど克服して、友人からは完璧超人かよっ、とか言われたこともあった。
そして何より、ここにいる誰も、俺がヲタク趣味を持っていることは知らない。
みんなが知っている俺は、この学校に入学してからの俺だけだ。
中学時代の……ヲタク全開で虐められていた俺はもういない。
入学前に散々準備して、一年生の時に基盤をつくって、二年生に上がった今も継続中。
普通かつ、良い人であるように心がけて来た。
中学の頃の俺を知っている人がいないように、進学先を電車で一時間半かかる学校にまでしたんだ。
交通費だってかかるし面倒だけど、そこまでする価値はあったと思う。
もう二度と、惨めな思いはしたくない。
絶対に人前ではヲタク趣味を出さないと誓った。
決意を思い出しながら、俺はカバンから教科書を取り出し、机の中に入れる。
と、そこで気付く。
教科書の間になぜか、明らかに小さく厚い本が入っていることを。
表紙には高校生くらいの男が一人と、一緒に抱き着く小学生くらいの女の子が二人。
「うっ――」
「え、どうしたの帯白くん?」
「な、何でもないよ」
な、なな、何でラノベが紛れ込んでるんだ?
しかも寄りにもよって趣味全開の……あ、昨日読んでる途中で机に置いたからか。
準備してた教科書に紛れ込んで、そのまま気づかずにカバンに入れたんだ。
ど、どうしよう……
慌てて教科書ごと引き出しにしまったけど、これバレたらアウトだよな。
とりあえず、引き出しの一番奥にしまい込んで見えないようにしよう。
応急処置を終えた俺に、女の子が近寄ってくる。
「ねぇ帯白くん、ちょっといいかな?」
「は、はい?」
動揺して変な声出ちゃったよ。
声をかけてくれた女の子はちょっぴり驚いていた。
俺は誤魔化す様に笑顔を作る。
「何かあった?」
「えっとね。今度の休みに皆でカラオケに行こうって話になったんだけど、帯白くんもどうかな?」
「今度の休みって、日曜かな?」
「うん」
「その日なら空いてるよ」
「本当? やったー! 帯白くんも来てくれるってー!」
女の子がクラス中に聞こえる声でみんなに伝えた。
それを聞いてみんな喜んでいるのがわかる。
人気者気分で優越感を感じられて、すっとした気分になる。
「みんなって全員くるの?」
「え、ううん。その……」
彼女は徐に、窓際後方の席へ視線を向けた。
そこには黒髪ショートで、前髪が目が隠れるくらい長い女の子が座っている。
「黒井さんは来ないんだ?」
「うん。声はかけたんだけど、いいって断られちゃって……」
「そっか。なら仕方ないね」
彼女の名前は黒井咲さん。
一年生から一緒のクラスで、いつも隅っこの席で一人でいる。
ついたあだ名は地味子だけど、影でそう呼ばれているだけで本人はたぶん知らない。
人見知りなのか、人付き合いが苦手なのか。
前に話しかけたことがあるけど、目も合わせてくれなくて、会話にならなかったのを覚えている。
彼女を見ていると、何だか中学時代の自分を思い出す。
一人でこっそり、目立たないように隅っこで、窓の外を見続けていた。
変に目立つとからかわれて、そのまま虐めに発展するから。
向こうからしたら、イジっているだけで虐めているなんてこと考えていないと思うけど。
そんな感じで、見ていると何だか憂鬱になるのは、我ながら勝手だと思う。
そうして普段通りに生活して、あっという間に時間は過ぎた。
授業が終わり放課後。
みんなが揃って下校していく。
「じゃあまた明日」
「帯白くんまたねー」
「今日はサンキューな~ こんど何か奢るわ」
「別にいいよ。次からちゃんと宿題はやってくてくれれば」
「う……善処する」
と、校門辺りで友達と別れて、俺は一人駅に向かう。
今日も一日乗り切ったなー。
ヲタク趣味を隠すって結構大変だ。
クラス内でアニメとか漫画の話になることが偶にあるけど、我慢してないと必要以上に話してしまいそうになるし。
好きな作品の話が出た時は、もう一言も発さないように息を潜めていた。
うずうずを抑え込むのは意外ときつい……
「はっ!」
しまった忘れてた。
一番忘れちゃいけないこと忘れてた!
教室の机の中に、あの本が入ったままじゃないか!
「や、やばい……もしあれがバレたら」
頭に浮かんだのは、失望するクラスメイトたち。
過去に言われた言葉がそのまま、クラスメイトたちの口から発せられる光景。
俺は血の気が引いて、急いで教室に戻った。
周りなんて気にせず全力で走って校門へ入り、靴を捨てるようにげた箱へ詰めて、普段は走らない廊下を走り抜けた。
「はぁ……っ、誰もいないな」
夕日が差し込む教室に戻ると、自分以外だれもいなかった。
みんな帰宅したか、部活動に向ったようだ。
俺は机の引き出しに手を突っ込み、小さな本を掴んで引っ張り出す。
「良かった……」
誰にも見つかってなさそうだ。
こんなの見られたら、せっかく築き上げた学校での俺が死んでしまう。
いや、それどころかあと一年半は地獄だ。
さっさと持ち帰ってしまおう。
爆弾を持っているのと変わらない緊張感だ。
早く帰宅して安心したい。
その焦りと不安から、いつもより速く歩く。
注意が逸れていたとしか言えない。
教室から出るところで、視線の下に潜り込む黒い影があって――
「うおっと!」
「きゃっ」
気付いた時にはぶつかって、お互いに倒れてしまった。
声から女の子だとすぐに気づいて、慌てて謝る。
「ごめん。ちゃんと前をみてなかったよ」
そう言って視線を前に向ける。
ぶつかった相手と目が合う。
「黒井さん?」
「ご、ごめんなさい。わ、私……も……」
彼女の視線が、俺からそれていく。
右下を見つめていて、表情が固まった。
同じ方向へ視線を向けると、そこには自分のカバンが転がっていて、中身の一部が飛び出ていた。
普段なら構わない。
だけど今日に限っては、決してみられてはいけない物があった。
「く、黒井さん……」
「こ、この本って帯白君……の?」
「い、いや……えっとぉ……」
秘密がバレてしまった時、どうすれば良いと思う?
素直に認めてしまったほうが速いのか。
はたまた、何とかして誤魔化すべきなのか。
俺は混乱して、慌てて後者の選択をとった。
「ち、違うよ。これはその、弟が読んでた本が紛れ込んだだけで――」
「帯白くん、弟がいたの? 確か妹が一人って」
「え、あ……」
何で知ってるんだ?
いや自己紹介でそう説明したっけ。
というより、嘘だとしても今の返しはわざとらしすぎた。
焦っているのが丸わかり出し、嘘もバレたし。
終わっ――
「この本、私も持ってる」
「……え?」
予想外の反応に、思わず素の声が出た。
彼女は続けて言う。
「主人公が最初普通だったのに、途中から性癖が歪んでいくのが面白かった」
「そ……」
やばい。
「そう! それが良いんだよ! どんどんロリコンになっていくけど、それを最後のほうは開き直って認めてるしさ。あと普通にヒロインが健気で可愛い――」
と、ここまで話して後悔した。
唐突に同じことを思っているとわかって、感情が抑えられなくなったんだ。
駄目だとわかっていても、自然に言葉になっていて。
そんな俺を、彼女はどう見ているのか。
前髪に隠れて瞳が見えないから、全然わからないけど。
「帯白君、こういうの好きなんだ」
「はぁ……そうだよ」
もう諦めた。
今さら弁解しても見苦しいだけだ。
「……意外だね」
「それはそうだろうね。表に出ないように注意してたし……あ、あのさ黒井さん! このことは内緒にしてくれないかな?」
「え、あ、それは……」
「ただでとは言わない! 俺に出来ることならなんでもするから!」
「な、何でも?」
何でもは言い過ぎたか。
でも仕方がない。
背に腹は代えられないし、これをバラされるくらいなら死んだほうがマシだと今は思う。
とにかく彼女の口を閉じさせるしかない。
じゃないと最悪、俺の人生が終わる。
「何でもって……本当に何でもいいの?」
「あ、ああ。俺に出来る範囲だけど」
「じゃ、じゃあ……」
何が飛び出してくる?
金か?
それとも何かさせられるのか?
どっちにしろ、俺の答えはイエスしかない。
ごくり、と息を飲む。
「わ、私を、帯白君みたいなリア充にしてくれませんか!?」
「わかっ――え?」
イエスしかないと思っていながら、瞬間的な動揺が勝ってしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
黒井咲さん。
一年生、二年生と同じクラスに在籍。
身長は低い方で、周りに紛れれば中学生と間違わられてもおかしくない。
綺麗な黒髪は前髪だけが異様に長く、両目を隠している。
成績はどれも中間くらい、運動は苦手。
趣味は読書だが、そのジャンルは少年漫画が多い。
他にも男性向けライトノベルやゲームも好きらしい。
というのが、今しがた彼女から直接聞いたプロフィール。
俺たち今、学校から離れた喫茶店で向かい合っていた。
「えっと……もう一度確認するけど、リア充になりたいって?」
「う、うん!」
力強い返事だな。
「重ねて聞くけど、何で?」
「わ、私……その、人見知りで……小学校も中学校も、あんまり友達とかいなくて……高校に入ったら、頑張ってみようって思ってたの。でも……上手くいかなくて……」
話は途切れていて、要領を得ない。
だけど俺には、それだけで十分に伝わった。
「一人も嫌じゃないけど、みんなで一緒に遊んだりとか……見てると楽しそうで」
そうだ。
俺もそう思った。
一人でいることが嫌いってわけじゃないんだ。
でも、望んで一人でいることと、一人ぼっちになることは別で。
言うなればそう、羨ましいと感じてしまう。
「要するに、クラスのみんなと仲良くなりたい。友達がほしいってこと?」
「そ、そう!」
同じだな。
中学時代の俺が思っていたことと。
「……わかったよ。俺でよければ協力する」
「ほ、本当?」
「ああ。その代わり、さっき見たことは誰にも言わないでくれるかな? もしバレたら……俺はもう死ぬしかない」
「う、うん……わかった。そこまでなんだ……」
秘密をバラされたくないからという気持ちが主だ。
だけどそれ以外に、何となく似ている気がして、放っておけないと思ってしまった。
こうして秘密を切っ掛けに、彼女をリア充にする約束をしたわけだが……
具体的に何をすればいいんだ?
俺が高校に上がるまでで実践したことを教える……いや今からじゃ無理だな。
時間がかかり過ぎるし、もう入学した時点でイメージが固まってる。
今さら別人になろうと努力したって手遅れだし。
「えっと、とりあえずさ。黒井さんが目指すリア充って、具体的にどんな感じ?」
「私が目指すリア充……帯白君みたいな人、かな?」
「俺?」
「そう。友達がたくさんいて、一緒に楽しく話して、遊びに行ったり。帯白君みたいな人気者……にはなれないと思うけど、少しでも近づきたい」
「そ、そっか」
人気者って、何だか直接言われると恥ずかしいな。
というより黒井さん、そんな風に俺を見てたのか?
もっと興味なさそうだったのに。
そこまで話していて、ふと思いついた。
彼女の目を見ようとしても、前髪で隠れて見えないことに。
「その前髪、何で伸ばしてるの?」
「へ?」
「いや、目が隠れてて見えないから、話してる時どこみてるかわからないなって」
「そ、そう?」
「うん。結構細かいことだけど、相手がちゃんと自分を見てくれてるかって大事だと思うんだよ」
って、昔読んだ本に書いてあった。
「で、でも私……人と目を合わせるのも苦手で……。こ、これだと逸らしやすいから、長く……してます」
「なるほど」
そう言って、黒井さんは少しだけ目が見えるように前髪を寄せた。
黒髪の間から、彼女の瞳が顔を出す。
お店の証明に反射して、キラキラ宝石みたいに光る眼。
とても綺麗で、見とれてしまいそうになった。
「そ、そういう理由ならまぁ……無理にとは言えないか。じゃあ、適当にクラスの誰かに話しかけてみるとか? 挨拶でもいいから」
「そ、そんな上級者過ぎて無理……」
「えぇ……」
上級者って……いや、最初は俺もそうだったか。
共通の話題を見つけるっていうのもあるけど、まず話しかけれないと意味ないし。
俺がさりげなくアシストして、話題を繋げればいけるか。
「うーん、難しいな」
と呟いた時、不意に時計が目に入った。
「うわ、もうこんな時間か。そろそろ帰らないと」
「あ、私も帰らないと。見たいアニメが……」
ぴくっと反応する。
「それって……何時半からあるやつ?」
「そうだけど、もしかして帯白君も見てるの?」
「ま、まぁね」
めちゃくちゃ好きなアニメだよ。
くそっ、話したくなってきた。
でも早く帰らないと……それにここ意外と学校にも近いし、誰かに見られるかもしれない。
「またどこかで時間作って話そう。学校じゃ無理だし、黒井さんここから家に近い? それなら次もここにするけど」
「えっと、電車で一時間半くらい」
「普通に遠いな」
女の子を遅い時間まで連れまわすのは……良くないよな。
かといって学校で話す内容じゃないし。
「日曜、は駄目だから、土曜とか空いてたりする?」
「う、うん」
「じゃあ他に見られたくないし、土曜にウチ――は駄目だ。妹が友達連れてくるって言ってたな」
「そ、それなら私の家は?」
「いいの? ご両親に許可とか」
「大丈夫。私一人暮らしだから」
「そうか。じゃあ大丈夫――え?」
それって大丈夫じゃないよな?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あっという間に土曜日の昼。
電車を乗り継いで二時間弱、ほとんど学校へ行くのとかわらない距離。
駅を降りて聞いた道なりに歩いて到着した。
目の前には大きなマンションが聳え立っている。
「……来てしまった」
話の流れで唐突に、彼女の家を提示されるなんて。
一応、俺も男なんだけど……
しかも一人暮らしの家に、昨日今日ようやく話したばかりの男を呼ぶか?
女子の部屋に入ったことくらいはある。
でも基本は大人数で、他の友達と一緒だったし。
緊張して、ソワソワして、ここ数日は不安で仕方がなかった。
そして今日。
「確か五階……もういくしかないな」
腹を括って、俺はマンションに入る。
かなりいいマンションなのか、綺麗なエントランスがあった。
さすがにコンシェルジュとかはいないようだけど、もしかして黒井さんってお嬢様だったり?
と思いながらエレベーターで五階へ。
すぐに到着して、玄関の前までたどり着いてしまった。
「すぅーはー」
大きく深呼吸をして、インターホンを押す。
「はい」
「あ、えっと、黒井さん?」
「帯白君? 待ってて今開けるから」
インターホン越しに会話を終えて数秒。
玄関の扉が開く。
「こ、こんにちは」
「どうも」
私服姿の黒井さん。
もちろん初めて見るし、予想と違って女の子らしいというか。
駄目だ、状況にのまれて変なことを考えてしまう。
「お邪魔します」
「うん、どうぞ」
黒井さんは意外と落ち着いているみたいだ。
家も自分から言い出したし、人見知りとか言ってたけど本当か?
もしかして騙されてるんじゃ……
とか、色々考えが浮かんでいた俺だったけど、案内された部屋を見て全部飛んでしまった。
女の子らしい明るい色のカーテンと、同じ色合いに合わせたベッド。
カーペットも敷いてある。
普通はあまり知らないけど、たぶん普通の女の子の部屋。
のはずが、壁一面に少年漫画とライトノベルがゾラッと並び、低い本棚には見たことのある少年誌の名前が見える。
フィギュアの一部は、俺の家にある物と同じ。
テレビ台にはゲームハードが各種揃っていた。
なんというアンバランス。
女の子らしさと、ヲタク部屋が半々に分かれているような違和感。
というか、これはまるで――
「自分の部屋みたいだな……」
「え? 何か言った?」
「何でもない」
お陰で緊張は解れたようだ。
さっきより数段落ち着いて、彼女の顔が見える。
「飲み物もってくるから」
「別に気を遣わなくても――」
「ちょっと待ってて」
黒井さんは行ってしまった。
ふぅと小さく息を吐き、改めて部屋を見渡す。
本棚に並んでいる漫画は少年漫画以外にも色々あるみたいだ。
ライトノベルの棚に、彼女に見つかった本と同じものを見つける。
「お待たせ」
「本当に持ってたんだ」
「え? ああ、うん」
黒井さんがテーブルに飲み物を置いてくれた。
でも俺には本棚のほうが気になって、何となく彼女に聞いてみる。
「黒井さんって、いつからこういうの好きになったの?」
「え? えっと、小学校くらいだと思う」
「きっかけとかあった?」
「う~ん、あった……と思うけど、もうどれだったわからない。あの頃から少年漫画が好きで、色々読んでるうちに広がって」
なるほど。
その辺りも一緒だな。
皆そうなのか?
「ちなみに一番好きなのは?」
「一番? えぇ……待って」
「ん?」
黒井さんは立ち上がり、本棚のほうへ。
パパパっと本を数冊取り、テーブルの上に置く。
「この中の……どれか」
「十冊以上あるんだけど?」
「き、決められなくて……どれでもその、好きだし」
「その気持ちはまぁ、わからなくもないけど」
並べられた本のほぼすべて、自分の家にもある本だった。
中にはちょうど最近読んだばかりの本もある。
徐に、俺は一冊手に取る。
「これも面白かったな。バトルが熱くて」
「そう! そうなの! わかる?」
「うん。これとかもちょっとグロイけど、最後まで読むと感動するよね」
「うんうん! 私も最初は読みにくいいなぁって思ったんだ。でもいつのまにか夢中になって」
話が弾む。
楽しそうに話す黒井さんにつられて、俺も会話に溶け込む。
久しぶりだ。
好きなことを、好きなように話せるなんて。
中学以来……いや、あの頃も大っぴらには話せなかったし、もっと前から。
こんな風に話せる機会は……なかった。
楽しい。
清々しささえある。
学校で友達と話す時間も好きだけど、今こうして趣味のことを話せる時間も同じくらい。
それにしても……
「それでこっちがね? ど、どうしたの?」
「いや、黒井さん人見知りって嘘だろ?」
「ぇ、へ? な、何で?」
「だって今、俺と普通に話せてるし。何なら俺より言葉数多いし」
「それは趣味が合う人が初めてだったから嬉しくて! ふ、普段は全然……あれ? 何で話せてるんだろ?」
勝手にアタフタして、徐々にションボリしていく黒井さん。
少しストレートに言い過ぎたか。
「人見知りだとしても、それだけ話せるなら大丈夫でしょ?」
「む、無理……何話せばいいかわからないし。い、今は好きなことの話だから」
「じゃあ同じ話題ってそれは無理か」
「無理だよ」
教室で飛び交う会話を思い出す。
人気のあるドラマの話とか、よく街頭で耳にする音楽とか。
流行についての話も多くて、それらすべて、俺たちが好きなジャンルとは離れている。
俺だって普段から話題を合わせられるように、テレビとかネットニュースをチェックしたり、情報収集はしているから。
これが結構大変なんだ。
別に好きでもないジャンルの話なんて、覚えても楽しくないし。
「ねぇ黒井さん、本気でリア充になりたいんだよね?」
「う、うん」
「……こんなこと言うのは夢を壊すようだけど、皆に合わせるって想像してるよりずっと窮屈だよ? 好きなジャンルじゃなくても知ってないといけないし、自分を出し過ぎると嫌われる。良い人のキャラでいくなら、最後まで良い人でいなくちゃいけない」
俺は話しながら、日々の生活を思い出す。
常に気を張って、みんなが知る俺を演じ続けている。
自分だけど、作られた自分で居続ける。
昨日も、今日も、たぶん卒業してからもずっと。
「確かにみんなと話すのも楽しいし、一緒に遊べるようになったことは嬉しい。でもその分、我慢しなくちゃいけないことも増えた。こういう趣味とかも含めて」
こんなことを言うつもりはなかった。
だけど、楽しそうに話す彼女を見ていたら、無性に言葉と出ていた。
後悔しているかと聞かれたら、たぶんしている。
それでも仮に、ずっと変わらずにいたら、結局後悔していたと思う。
どっちをとっても後悔するなんて贅沢な悩みだ。
ただ、これから彼女が同じ後悔を経験するかもしれない。
そう思うと、聞かずにはいられない。
「それでもなりたい?」
俺は彼女の答えを待つ。
彼女は俺の言葉を聞いて、ちゃんと飲み込んで、ハッキリと答える。
「なりたいよ。だってみんな……楽しそうで、羨ましい。私もあんな風になりたい。今だけでもいいから……せっかく一度しかない高校生活を、このまま終わりにしたくない」
「黒井さん……」
「そのためだったら私、何だって出来ると思う」
覚悟はある、と受け取れる。
言葉は力強く響いて、俺の耳に届いた。
彼女なりに考えて出した答えなのだろう。
「わかった。じゃあ一つ、きっかけを作る方法があるんだけど」
「え、ほ、本当?」
「うん」
あれから、ソワソワしながらも考えていた。
彼女がどうすれば、みんなと話をするきっかけを作れるか。
自分からは無理だから、みんなから話しかけらえる場面。
それも一人や二人じゃ駄目だ。
良い意味で注目されてるために。
「洗面所、いや風呂場のほうがいいか。鏡はあるよね?」
「うん、もちろんあるけど」
「じゃあ行こうか」
「……え、えぇ? ま、待って帯白君! わ、私確かに何でもっていったけどそれはさすがに心の準備が!」
「何慌ててるか知らないけど、たぶん違うから。あとハサミもある?」
「え、あ、ハサミ?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日。
教室の隅っこでは、人だかりが出来ていた。
「黒井さん髪切ったんだ!」
「え、あ、うん」
「すっごく良い感じじゃん! 目大きくていいなー」
「何で隠してたの?」
中心には黒井さんがいる。
いつもと同じじゃない。
前髪を切って、綺麗な両目がしっかり見える。
「上手くいったな」
ホッと胸をなでおろす。
自分の髪をセットするために、美容師の知り合いに教えてもらった技術が役に立って良かった。
まさか女の子の髪を切ることになるとは、思わなかったけど。
喫茶店で最初、一瞬だけ彼女の目が見えた。
そのときふと思ったんだ。
黒井さんは、両目ともちゃんと見せてる方が可愛いんじゃなかなって。
予想通り、みんなも同じように思ってくれたらしい。
あっちのほうが、明るくなったようにも感じるから、みんなも話しかけやすいだろう。
きっかけは作れた。
ここからは黒井さん次第でもあるけど、少しずつ機会を増やしていこう。
秘密を守ってもらうためにも、頑張らないとな。
俺にとっても、せっかくできた趣味の話が出来る相手だし。
何だか少しだけ、普段とは違う楽しさを感じる。
わくわくしてるっていうのかな?
悪くないかもしれない。
こういうのも――
「ねぇ、どこで切ってもらったの?」
「そ、それは……」
黒井さんが指さす方向に、みんなの視線が集まる。
「お、帯白君に……」
「は?」
「え?」
『えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』
残念ながら、ワクワクだけで収まりそうにないようだ。
勘弁してくれ。
いかがだったでしょうか?
少しでも面白いと思って頂けたらと思います。
もしかしたら連載するかもしれませんが、まだ決めていません。
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