2.キネルの初恋
イルリネ・フルールはシーノの町のデュエルスペースでデュエルを終え、ミルエールと共に途中で別れたキネルを待っていた。
「この町もそれなりに大きいけど、やっぱり探してる魔女はいなかったね」
「……あ、うん、そうだな」
チスノの町を救ってから4日ほど経ったけど、あれ以来ミルはどこか上の空だ。ネルの町を救う姿勢に疑問を覚えたみたいだけど、そこまで気になる事でも無いと私は思っていた。ハリアル屋敷の後みたいに気まずい雰囲気では無いんだけど、どこか会話が空回りしている。
(デロリラの夜の事を忘れてくれて良かったと言えば、そうなんだけど……)
あの夜の事はお酒の勢いとはいえ、少しやり過ぎたかな、と思っていた。次の日は隠すのに必死だったけど、ミルの興味が別に移ったので助かった。でも、そんなにすぐに忘れられるのも少し悔しかったりもする。
「お待たせいたしました。そろそろ日も暮れますし、早目の夕食にしますか?」
そんな事を考えているうちに待ち合わせ場所にネルがやって来た。
「今日は教会の方は大丈夫だったのか?」
「はい、この辺りは魔族の動きも緩やかで、お二人にお願いするような事は特にありませんでした。
ただ、ちょっと気になる噂を聞いたので、その話は食事の後にでもさせて頂ければ」
ミルが噂の話を聞いた時に少し顔をしかめたのが分かる。ミルがネルの言葉に過剰に反応しているのは明らかだった。関係がギクシャクしてるわけでは無いけれど、このままだとなんか嫌な気がして、私は考えを巡らしてみる。
「そうだ、まだご飯には早いし、たまにはショッピングに行かない?シーノの町も結構いいお店があるって聞いたよ」
「ルリから誘うなんて珍しいな。あたしは構わないけど、この町には来た事無いから案内は出来ないぞ」
「それならお任せ下さい。シーノの町は教団の仕事で何度も来ておりますし、お店の良し悪しは分かりませんが、どこにどういったお店があるかは知っておりますので」
「じゃあネルさん、案内よろしくお願いします」
私は少し強引にショッピングに行く事を決定させた。私自身はまだそこまで楽しいとは思ってないけれど、ミルの気分が変わる可能性は高いと思う。ネルと一緒にショッピングした事も無いし、3人の関係もいい方向に進むかもしれない。
ネルを先頭に午後の町を歩いて行く。夜からのお店の準備も始まり、町全体に活気が出てきているのが分かる。ネルに案内された商店街には魔導具の店なども並んでいて、私も歩きながら興味を惹かれた店を外から覗いたりした。
『二人とも、誰かに尾行されてる』
魔導具屋を外から覗き込んでいたらミルから魔法の連絡が届く。
『わたくしも気付きました。明らかにわたくし達の後を付いて来ております』
『本当?ごめん、気付かなかった。それでどうするの?』
私だけ気付いて無くて少し恥ずかしくなってしまう。とはいえ、こんな人通りが多い町中で尾行してくるとは思わなかった。
『人通りのない路地に行って問い詰めようと思う。多分相手は2人組だから3人なら負けないだろう』
『了解致しました。なるべく手荒な真似は避けたいですね』
『じゃあミル、お願い』
ミルの提案で、なるべく自然な形でミルを先頭に歩いて行く。少し商店街から外れた辺りでミルは右折して路地へと入り、私達も付いて行く。人通りの無い路地なので、ようやく私にも後ろから付けて来てる人がいる事が分かった。
「付けて来てるのは分かってる。何が目的だ?」
人がいない空き地に出たところでミルが振り返って叫んだ。
「尾行するような形になってしまい申し訳ございません。あたくしは純粋に貴方達とお話がしたいと思い、タイミングをうかがっていただけですわ」
姿を現したのは漆黒のローブを着た2人組だった。喋った方は魔女と思われる30代ぐらいの女性で、漆黒の髪に黒く糸のように細い眼をしていて、服と合わさって全体的に黒を感じさせる。もう一人の人物はフードを深く被っていて、隣の女性と比べると私と同じぐらい背が低く、顔が見えないので少年なのか少女なのかは分からなかった。
「貴方は回帰教団の大幹部の……?」
「流石に愛憐魔女様には分かってしまいますのね。あたくし、回帰教団所属の魔女、ドロワーヌ・アシサと申します。『黒の女神』などと呼ばれておりますが、それなら聞き覚えがありますかもしれませんわね」
『黒の女神』なら私も聞いた事があった。回帰教団の大幹部で、恐るべき力を持った魔女だと聞いている。回帰教団とは魔族が自然な形で生きる事を理想とした過激組織で、国の魔族討伐の邪魔をしたり、洞窟に封印された魔族を解放したりしている印象だ。そんな組織が何の目的で話しかけて来たのだろうか。
「わたくしにご用でしたら、彼女達は無関係ですよね。彼女達には手を出さないでいただけますか?」
「いえ、本日は争うつもりはありませんのでご心配なく。それに、あたくしがお話ししたいのはミルエール様とイルリネ様ですのよ。ああ、あたくしは個人的には神聖教団の方と争うつもりもございませんので、キネル様もご一緒でも問題ありませんわ。
それと、魔技をお使いになるつもりでしたら無駄な魔力の消費になるのでお勧めはいたしません。流石に愛憐魔女様と接触するのに準備しないのも失礼かと思いましてね」
有名人のつもりは無かったけど、名前を知られていて、付けられるとは思っていなかった。しかし回帰教団がただの魔女である私達に何の話をするというのか。
「そう言ってる割りには後ろの子の殺意が隠せて無いぞ?」
ミルが強い口調で言う。私は特に二人共敵意を感じて無かったので、そこまで警戒はしていなかった。けれど、ミルの言葉で背後にいた人物が武器を構えたのは分かる。
「シン、大丈夫ですよ。すみません、この子は特に警戒心が強いのです。あたくし護衛など要らないといつも言っているのですけど、どうしてもと教団側から言われて、しょうがなく連れてはいますのよ。ほら、戦闘にはならないから武器を納めて頂戴ね」
ドロワーヌの言葉に従ってか、シンと呼ばれた子が構えを解くのが分かる。魔女に対して近接武器で戦う事は不意打ちなら可能だが、相手が魔女で無い限り大抵は魔法で防がれてしまう。そう考えるとこの子も魔女なのだろうか。
「シンって、もしかして『蒼い死神』の?」
「ああ、神聖教団の方にとっては仇になりますかもしれませんよね。弁護では無いのですけど、この子は自分の意志で神聖教団の方を殺した訳じゃありませんのよ。あくまで命令に忠実なだけです。
ですから、今戦うのは止めて欲しいところですわ。あたくしは戦闘の才能はありませんので、3対2ではとても勝ち目もありませんしね」
そう言うがドロワーヌに怯えのようなものは感じないし、むしろ余裕が感じられるぐらいだった。ネルの言っている『蒼い死神』という呼び名は聞いた事が無いが、恐らく魔女に対して付けた名なのだろう。
ミルは好戦的だし、ネルも今回ばかりは敵対する回帰教団相手に引けない気がする。私としては回帰教団だからといって戦いたい訳じゃない。だったら私が止めるしかない。
「ネルさんの個人の思いはあるかもしれませんが、戦う意思は無いみたいですし、とりあえず今は話を聞くだけ聞いてみてはどうでしょうか?」
「流石は『天才魔女』のイルリネ様、賢明なご判断だと思いますわ。お二方もそれで宜しいでしょうか?」
「あたしは話すだけなら構わないが」
「わたくしも無駄に争うつもりはございません。勿論、回帰教団の方と仲良くするつもりもございませんが」
「それで宜しいですわ。では、ゆっくりお話しできる酒場を知っておりますので付いて来て頂けますか」
ドロワーヌはそう言うと歩き出し、シンと呼ばれた子もそれに付き従う。私達もとりあえず警戒しつつ付いて行く事にした。
ドロワーヌに案内されたのは地下にある酒場で、完全な個室に案内された。暗い魔法のランプで照らされる部屋はまだ夕方なのに夜を感じさせる。回帰教団の2人と対面の席に3人並んで座り、ドロワーヌに奢りだからと言われるままに飲み物を注文する。すると、すぐに飲み物と簡単なつまみが用意された。
「ここは魔法の呼び鈴で呼ばない限り誰も来ませんし、魔法などで盗聴などもされておりませんので安心して下さいね。まずは軽く飲食してから話始めましょうか。もちろん毒や薬なんて盛っておりませんよ。心配でしたら魔法でご確認いただいてもいいですのよ」
「見た感じ大丈夫そうだし、遠慮なくいただくよ」
ミルが最初に飲み物に口をつける。魔技の眼で魔法の仕掛けや嘘をある程度見破れるので、ミルが大丈夫と言えばそうだと信じるしかない。私もミルに続いて頼んだ飲み物を飲み、ネルも渋々口に運んだ。酒場なので普通は酒を頼むものだが、状況が状況なので3人ともジュースを頼んでいた。唯一お酒を頼んだドロワーヌは酒を飲んでいるが、横のシンは飲み物を前にしてピクリとも動かない。
「シン、こういう時は周りに合わせるものですよ。フードを脱いで食事に参加しなさい」
「……了解した」
予想より可愛らしい声でシンが答える。フードを脱ぐと水色のショートカットの髪が現れた。最初は男女の性別が分からなかったけど、顔を見れば私より若い子供とも呼べる少女なのが分かる。眼は前髪でほぼ隠れているが、深い碧色のようだ。そして右頬には刃物で横に切られたような傷跡が見えた。可愛い顔なのになんで魔法で治さないのだろうと思ってしまう。腕のいい、ネルのような治癒魔法の使い手なら傷跡も完全に消す事が出来るからだ。そう思い横に座るネルを見ると熱心にシンを見つめてるのが分かった。先ほどの反応といい、『蒼い死神』という呼び名からもなにか因縁があるのかもしれない。
飲み物が少し減り、テーブルのつまみが半分ほど無くなったところでドロワーヌが口を開いた。
「本題に入る前に少しだけ話をさせて下さいな。
オード村の件を解決して下さった事、御三方に感謝いたしますわ」
「!?
あの魔導具はやっぱり回帰教団が仕掛けたものだったんだな」
「いえ、そうではございません。
魔導具自体が回帰教団の所有物だった事は否定致しませんわ。ですが、あれは教団から盗まれた物なのです。あの事件の数日前に回帰教団の施設に賊が入り、いくつかの魔導具が盗まれました。そしてその賊が一時的に身を隠していたのがオード村で、そこで魔導具を誤って発動させたのだと思います。しばらくすればキネル様にも神聖教団からそう言った報告結果が出てくると思いますよ。
あの魔導具は回帰教団がようやく手に入れた秘宝でした。あのような形で失われてしまったのは本当に惜しい事です」
ドロワーヌが嘘を言ってるようには思えなかった。だけど、回帰教団の仕業じゃ無かったとしても、あの魔導具が回帰教団の物だった事は認めている。もし小さな村では無く、大きな町であの魔導具を使用していたら被害は更に大きなものになっていただろう。
「どっちにしろあの魔導具を使ってテロ行為をしようとしていたんだろう?だったらあたし達はやっぱりあんたらの話を聞く気にはなれないな」
「ミルエール様は誤解をしているようですね。回帰教団をテロリスト集団のように考える者がおりますが、そうではございません。まあ、細かい話は本題と一緒に説明して差し上げますわ」
ドロワーヌは見た目は美しい女性で、邪悪な魔女という印象は全くない。雰囲気や物腰はむしろ神聖教団の者と変わりない気もする。ネルも会話で人を納得させるのが上手かったけど、ドロワーヌはそれとは別の色気のような魅力がある気がした。だからこそ油断してはいけないと気を引き締める。
「単刀直入に言います。ミルエール様、イルリネ様、あたくし達回帰教団と手を組みませんか?」
「な!?」
ドロワーヌの提案に最初に反応したのはネルだった。勿論私もそんな話が来るとは思わなかったので驚いてはいる。
「まずは話を聞いて下さいな。
お二方に回帰教団に入って頂くとか、回帰教団の教えを信じて貰おうなどとは思ってはおりません。勿論あたくし達の考えに理解を示して頂けるのなら、それに越した事はないのですけれど」
「そうは言ってもあたし達があんたらに協力する理由は今のところ皆無だぞ」
「少しお話をしましょう。
ミルエール様、イルリネ様、お二方は今の魔女の待遇について納得しておりますか?」
いきなり質問されて私は面食らってしまう。どういう意図の質問なのだろうか。魔女の力は便利だし、それによって出来る仕事の幅は大きく広がる。私に関して言えば、魔女になったからこそ大金を得られたのも事実だ。
「あたしは別に待遇が悪いとかは思った事は無いぞ」
「私も魔女だからと言って差別される事も無いので、不満とかは無いと思います」
「そうですか。まあ、お二方は優秀ですし、善意の人物なのでこの質問はあまり意味がありませんでしたね。
あたくしが言いたかったのは、魔族が町を襲ってきた時、戦うのが男性では無く、女性、そして魔女である事についての問題提起です。魔力が男性より高く、魔法が使えるというだけで、魔女が戦う事になっているの現状をおかしいとは思いませんか?」
城の兵士やハンターにも男性が居ない訳ではない。けれど、魔法の有無は魔族との戦いに圧倒的な差が生まれ、男性が戦えるのは精々下級の魔族だけだ。それほど肉体的な差が魔族と人間とであるのだ。だから町や村の守りを魔女が担っているのは確かだった。
だが、その言い方にネルが反論した。
「魔法は大いなる神よりか弱い女性に与えられた奇跡の技です。そして魔族に唯一対抗出来るものです。大きな力には責任が生じます。ですので魔女が魔族と戦う事は道理に適っております」
「誤解しないで下さいね。別に神聖教団の教えを貶すつもりで言っているのではありませんわ。自らを犠牲にし、他者の為に動く神聖教団の方々は立派だとあたくしも思っております。
ですけど、それを全ての魔女に強いるのは納得いきませんわ。別に無理に魔族と戦う必要など無いのではないのでしょうか」
「戦いたくて戦ってるわけじゃ無いです。私の村は火竜に滅ぼされました。突然の襲撃に村の人々は逃げる事も出来ず、私を除いて全滅でした。あの時、火竜に対抗出来る魔女が村に居ればそんな事にはならなかったと思います」
私はドロワーヌの理想論じみた言い方に、つい反論してしまう。もし魔族と戦う事を否定されてしまったら、私の今までを否定されたように感じたからだ。
「イルリネ様が火竜に被害にあわれたのは存じておりますわ。数年越しにその無念を晴らした事は実に素晴らしいと思います。それに、お二方が火竜を倒したからこそ声をかけさせていただいたのです。
確かに火竜は気まぐれで人を襲いますので、それに対して反撃する事を否定したりは致しませんわ。ですが、火竜にはそのテリトリーがあったと思います。イルリネ様は故郷であるソーテ村がいつ頃出来たか知っておられますか?」
「勿論知ってます。色々調べましたから。ソーテ村は100年前の聖魔戦争の後に避難民を受け容れる場所として新たに作られた村だと書いてありました。魔王が討伐された後は火竜も大人しくなり、比較的王都に近いあの土地に新たに村を作ったと」
「その通りですわ。イルリネ様が言った通り、聖魔戦争以前にあの場所に村はありませんでした。なぜか分かりますか?それは火竜のテリトリーだったからです。
大昔は人間は魔法を持たず、魔族に怯えて暮らしていたと伝えられていますわ。ですが、魔法を生み出した事で魔族に対抗出来るようになり、一時は増長して古代魔導帝国が世界のほぼ全てを支配したと伝えられております。
ですが結果として古代魔導帝国は滅びました。しかし、その過ちを経験しても現在の人間は魔法を使って領土を広げ始めました。その結果、住処を奪われた魔族が人間の村や町を襲っているのです」
「少し見方が偏り過ぎてないか?あたしだって魔導学園で勉強した事を少しは覚えてる。魔族はテリトリーを持つものと持たないものがいて、そもそも人間みたいに農業や畜産をしないから食べ物が無くなれば別の土地に移動する。そして魔族同士は弱肉強食の世界で、強いものが弱いもののテリトリーを奪うなんて日常茶飯事だ。魔族の生態からしたら、人間が魔法の力で魔族の住処を奪うのだって問題無い筈だろ」
ミルの言う通りなんだけど、強いから住処を奪っていい、という考えはあまり同意したくなかった。必要以上の土地を人間が私欲の為に奪うのは間違っていると。
「そうはおっしゃいますが、ハンターが賞金の為だけに魔族を狩っているのは魔族が人間を襲うのと同じ、いえそれ以上に邪悪な行いだとは思いませんか?
エルフや獣人などの亜人の方々も我々人間と同じく魔法の力を持っていますわ。ですが、彼らは自分の住処を広げる事などは無く、テリトリーを守って昔ながらの土地で生活しております。勿論例外はおりますが、それは個人の考えで、人間のように集団で領地を広げるような事はしておりません。あたくしには亜人の方々の方が正しいように思えてしまいます。
人間は魔法文明を得た事でこの世界の支配者にでもなったように増長しているとは思いませんか?」
「申し訳ございません。勧誘を受けている身ではありませんが、そのような話を見過ごす訳にも参りません。強欲な人間がいるのは事実ですし、ハンターが必要以上の魔族を狩っているのもその通りだと思います。
ですが、そもそも魔族は干渉せずとも異常増殖し、人間のテリトリーを侵略してきます。神聖教団の教会は古くからの町に点在しておりますが、襲撃を受けた事の無い町など無い位です。魔族は意志の疎通は取れませんし、その行動を予測する事も難しいです。ただ分かっている事は人間が近くに居れば必ず襲って来るという事です。
貴方達回帰教団が言うような魔族を優先する生き方を選べば人類はやがて滅ぶでしょう。それが望みであるのでしたら、そのような考えは決して受け入れられません!」
ネルが珍しく強い口調で反論した。私はドロワーヌの意見に少し納得しかけていたので、頭が混乱してくる。魔族と戦わずに済む世界が出来るならそれに越した事は無い。だけど、魔女ハリアルの研究でも魔族との共存は上手くいかなかった事を思い出し、その考えに寄るのは危険だと思い直す。
「まああんたらは最初から教えを信じなくていいと言ってたし、その通りあたしは少しもあんたらの話に納得してないよ。
それは置いといて、手を組むってのはなんだ?そもそもあたしもルリも一介の魔女で、同じぐらい強力な魔女は他にもいる。強力な魔女が必要なら他を当たってくれ」
「≪セブンウィッチの秘宝≫。貴方がたが探しているのはそれですわよね?」
その単語が出て来たことに驚いたが、私は何とか驚きを隠そうとする。どこで知られたのか?ネルが漏らしたとは今までの感じからは思えないし、どこかで盗聴でもされたか、気付かず話していたのだろうか。
「ん?なんでおとぎ話の宝物の名前が出てくるんだ?あたし達が旅をしてるのはある魔女を探してるだけなんだが」
ミルが何とか誤魔化そうとしてくれる。私達の事を調べてるなら何かの目的で旅をしているのは知っているだろう。だから、ミルが魔女を探していると言ってくれた事はいい回答だと思う。
「流石に簡単には引っ掛かってくれませんね。ですが、証拠は集まっております。情報組織≪第三の眼≫はご存知ですわよね。火竜退治後のお二人の動きが気になり、あたくし共は第三の眼に頼んでお二方の動きを調べておりました。各地でデュエルをして回っており、特に相手の魔技を気にするような戦いをしていましたよね。そして、デロリラの町で特殊な魔技を持つキネル様を仲間にしたと聞いております」
「だから、あたし達は必要な魔技を持った魔女を探してただけだ」
「回帰教団がお二方に興味を持ったのは強力な魔女だからではございません。火竜≪クラアッド≫を倒した魔女だからです。
回帰教団はその理想を叶える為に以前から≪セブンウィッチの秘宝≫を探しておりました。そして火竜≪クラアッド≫がそれに関連する宝物を持っている事を突き止めるに至っておりましたわ。残念ながら回帰教団に噂を信用してまで火竜討伐に力を割く余裕は無く、その動向を見守るだけにしておりました。
ですから、火竜を退治した時点でお二方は重要人物となりましたのよ。火竜の所持していた宝物については売却先を調べましたが、その中に秘宝に関する宝物が無い事が分かりましたわ。お二方が書物を調べ、強力な魔女を探す旅に出たところで、あたくし共は火竜から何らかの宝物を手に入れたのだと確信いたしました」
「仮にそれが事実だとして、あたし達があんたらと協力して何の得があるんだ?」
「既に持っている≪セブンウィッチの秘宝≫に関する情報をお教えいたしますわ。お二方が知らない情報があるのは確かです。そして、秘宝を見つけるまで全力でバックアップいたしますわ。回帰教団の教徒は全国におりますし、第三の眼と懇意にしている事はご存知だと思いますけど」
≪第三の眼≫はそもそもは魔導国直属の情報機関だった。だけどその能力、範囲が巨大化し、犯罪すれすれの裏情報も含むようになり、独立した情報組織になったのだと聞いている。表向きは魔導ネットワークに魔女関連の情報を流す報道組織なのだが、裏では大金さえ払えばどんな情報でも仕入れ、同じく危険な組織である回帰教団とも繋がってると噂されていた。。
「話は分かったよ。
で、ドロワーヌ。あんたは何でも願いが叶う秘宝なんてものを本当に信じているのか?」
「いいえ。勿論そんな都合のいい物があるとは思っておりませんわ。そんな物があればもっと色んな者が血眼になって探し、既に見つけている筈ですから。
ですが、秘宝自体が無いとも考えてはおりません。各地に伝承が残り、関連する物も見つかっておりますわ。あたくし達回帰教団は≪セブンウィッチの秘宝≫が魔族に関連する魔導具ではないかと考えております。魔族に有益な物か魔族を脅かす物かは分かりませんが、それを回帰教団が抑えられればそれに越した事はございませんからね」
「つまり、協力するけど魔族に有益な物なら奪い取るし、そうで無ければ破壊するって事だよな。それであたし達が手を組むなんて言うと思うのか?」
確かにミルの言う通りだ。私達に協力して、見返りを期待していない訳が無い。むしろこちらを利用しようとしてるのは確かだろう。
「そんな、無理矢理奪うつもりなどございませんのよ。秘宝が見つかり、魔族に有益な物でしたら高値で引き取らせて頂こうと思っていただけですわ。勿論あたくし共が興味を惹かないような物でしたらそれで終わりの話です」
「仮に秘宝を探していたとしても、あたし達はあんたらの口車に乗るほど甘くない。それにこういうのは自分で努力して見つけるのが楽しいんじゃないか」
「そうですか、それは残念です。
では一つだけ。本日は戦う意思が無いと言いました。ですが、回帰教団が≪セブンウィッチの秘宝≫を探している事はお伝えした通りですわ。もし、お二方が秘宝を探しているのでしたら、どこかでまたお会いする事になるでしょうね。その時、協力関係を結んでいなければどうなるかは簡単に想像出来ますわよね?
あたくしはあまり好きなやり方では無いのですけど、『蒼い死神』シンに背後を狙われる恐怖はキネル様がよくご存じの筈です。安心出来る日常が無くなる恐怖というものを」
「結局最後は脅しか。あたしは殺意に敏感なんだ。シンとか言ったな、また殺意が隠しきれて無いぞ。あんたらがどれだけ強力な魔女かは知らないが、そう簡単には殺されないから安心しろ。
行こう。これ以上話しをしてても無駄だからな」
ミルが立ち上がり、私もネルも注意しつつ立ち上がる。シンがこちらに鋭い視線を投げかけているのが分かる。
「貴方がたと敵対したくないという言葉は本当ですのよ。気が変わったのでしたら、いつでも話して下さいね。なるべく早い方が良いとは思いますわ」
「じゃあな。二度と会わなければいいけどな」
ミルに連れられ部屋を出て、そのまま酒場を出ていく。お金を払ってないけど、一杯飲んだだけだし、奢ると言っていたのでいいかなと思った。地上に出ると外は既に日が落ちていて暗かった。
「ふぅ……。ここまで来れば大丈夫だな。シンとか言う魔女本当にヤバかったぞ」
「そうなの?」
人通りがある大通りまで来てミルがようやく早足を止めた。私としてはドロワーヌもシンも強力な魔女には見えたけど、そこまで危険な気はしなかった。私がそこまで魔女の魔力が見えないからかもしれないけれど。
「ど、どうしましょう……」
「ネル、どうかしたのか?話し合いの途中から魔力が乱れてるなとは思ってたけど」
「わたくし、恋に落ちてしまったかもしれません」
「「え!?」」
2人してネルの言葉に驚く。確かにネルの様子はどこかおかしく、荒い息をしていた。恋という事は敵対している回帰教団の2人の内のどちらかにだろうか。
「おい、なんだそりゃ。恋ってどっちにだ?」
「すみません、どこか落ち着いて話せる場所があればいいのですが。流石にこの話は教会では出来ませんし……」
「だったら今日泊る宿屋の部屋でいいと思う。あそこなら魔女専用で盗聴とかされないし」
私の提案で一旦宿屋に向かう事にする。酒場で少しはつまみを食べたけど、夕飯自体は済ませていない。ただ、それどころでも無さそうだ。宿屋の受付で鍵を受け取り部屋に入るとヘレナが出迎えてくれた。私とミルはそれぞれのベッドに腰掛け、ネルは備え付けの椅子に座り、ようやく落ち着く。
「すみません、取り乱してしまって。
わたくし、こんな感情になるのは初めてで。
あの、シンさんの顔を見た時、心臓に衝撃が走りまして。それ以降は彼女の一挙一動が気になってしょうがないのです。
勿論話はちゃんと聞いていましたが、心の半分はずっと彼女を気に掛けていました」
ヘレナも私の横に浮いていたが、気にせずネルは話始めた。
「それって本当に恋なのか?シンって奴は殺気を放ってたし、命の危険とか、あいつの傷を見て癒したいって性的な興奮を感じただけだったりしないか?」
「勿論その二つも感じましたが、それとは明らかに異なる感情でした。
これが一目惚れというものなのでしょうか。
ですが、彼女は敵であり、何人もの神聖教団の魔女を殺した仇にもなるのも頭では理解しているのです。もうわたくしどうしたらいいか分からなくなってしまって……」
ネルの言ってる事は本当のようだ。ただ、私は恋をした事が無いので、その感情が正常な反応なのか何かと勘違いしているのかが分からない。しかしよりによって敵対する相手を好きになったりするものだろうか。
「ミルはこういうの詳しいんじゃない?色んな女の子の恋愛相談とかのってたんだし」
「別に詳しくはないよ。あたしだって恋愛に関してはまだよく分からない。恋愛相談だって話を聞いてあげるのが殆どだったし。そういう子は既に心の中で結論が決まってるんだよ。あとは押すか引くかアドバイスする位で。
でも意外だな。ネルはああいう小さい子がタイプだとは思わなかった。ルリは好みじゃないって言ってただろ」
「そういうミルはシンって子は好みじゃなかったの?私から見ても可愛いと思ったよ。顔に傷を残してるのはどうかとも思ったけど」
「確かに見た目は可愛いけど、あたしはああいう殺気を放ってくるタイプはお断りだ。あれは修羅場を潜り抜けてきたんだなって」
ミルが見た目だけで判断しないのは知ってるけど、私は別にそこまでシンが危険な子じゃない気がした。まあ殆ど喋らなかったし、どんな子かなんて分からないんだけど。
「わたくし、見た目の好みでは女性らしい方のほうが好きだと思っていました。それこそ今日あったドロワーヌさんのほうが。ですが、そうでは無かったようなんです。背格好はルリさんと同じぐらいですが、シンさんにはもっと違う何かを感じました。いえ、ルリさんが可愛く無いという事ではありませんよ。
あの時は正直回帰教団の者と出会って、敵対心がある状態でした。それこそ、いつ戦闘が始まってもいい心構えでした。ですが、フードを脱いだ瞬間にその心が吹き飛んでしまったのです。水色の手入れがされてないのに綺麗な髪と、伸びた前髪で隠された碧の釣り目。こちらを睨むその眼は恐いのに吸い込まれそうになるほど深かったのです」
ネルが興奮気味に語る。確かにシンは不思議な雰囲気の子だなと私も思った。でも、そこまで惹かれる理由が私には分からなかった。
「シンさんは回帰教団の暗殺者です。『蒼い死神』は回帰教団に敵対する人が次々と暗殺された時に付けられた呼び名でした。音も無く背後から近付き、目的の人物だけ必ず一撃で葬り去るのだと聞いております。回帰教団の活動を阻止しようとした神聖教団の魔女が何人も彼女に殺されたのは事実です。
ですが、それがあんな小さな子だとは思いませんでした。恐らくまだ14,5歳ぐらいでしょう。普通の恰好をして近付いてきたのなら、ただの女の子だと思い油断してしまいます」
「でも、どうしてそんな小さな子が回帰教団に従ってるの?親が回帰教団の信者だから?それでもそんな暗殺者に育てるのは親としてどうかと思うけど」
「恐らくシンさんは親を失った孤児だと思います。わたくしみたいに神聖教団の教会で育てられるような。回帰教団には暗殺部隊があり、素質のある孤児を探して、それを引き取り小さい頃から鍛え上げると聞いた事があります。シンさん自身が回帰教団の教えを信じて暗殺者になったのではなく、生きる為に暗殺をしているんだと考えられます」
私も小さい頃に家族を失ったけど、親切な親戚の叔父さん叔母さんがいたので孤児にならずに済んだ。もし回帰教団に拾われて、人を殺す方法を教えられたらと思うと恐ろしくなる。そして私はそういう点では運が良かったとも思った。
「で、どうするんだ?告白でもするのか?」
「そんな、とんでも無い。相手は敵対する回帰教団の魔女で、仲間を殺した仇です。そんな事出来るわけがありません」
その通りなのだけど、それでいいのかという想いが私の中にも現れた。回帰教団の人だからといって、話が通じない魔族とは違う。人殺しは勿論駄目だけれど、それに理由があるのなら悪人と決めつける事は出来ない。
「ねえ、神聖教団の修道女としてでは無くて、ネルさん自身としてはどうしたいの?」
「それは……。
出来る事でしたらシンさんを回帰教団から脱団させて、暗殺などという仕事から離れて貰いたいです。それだけの技術があるのなら他の仕事だって普通に出来ると思いますし。わたくしはその手助けをしたい。そして、彼女の傷を癒してあげたいと思っています」
「だったらその気持ちに素直になればいいんじゃないか?手を汚した事のある魔女なんて沢山いるし、そうした魔女だって普通に生きてる。許されないような事をしたかもしれないけど、まだシンは子供なんだろ。だったらやり直しだって出来る筈だ。
そしてネル、お前はあたしが見て来た中で一番のお人よしだよ。いいカップルになれるかもしれないぞ」
「うん。私もそういう事なら手助けしてあげたい。ネルさんの人を助ける時の力は凄いと思うし、シンさんもまだやり直せると思う」
私もミルの話に続いて素直な気持ちを言う。正直殺人の罪の重さは分からないけど、戦争での魔女同士の戦いは今でも起こっている。それが全て罪だとは思わない。
「ミルさんルリさん……。
わたくし、神聖教団の修道女としては間違っているかもしれません。それでも、自分の気持ちに嘘をつく事は出来ません。次に会うのがいつになるかは分かりませんが、もしシンさんと再び会う事が出来たなら全力で救いたいと思います」
「ああ、それがいいと思う」
「その時は協力するから」
ネルの告白によって回帰教団の話はどこかへ吹き飛んでいた。それから夕飯を外に食べに行き、ネルと別れて再び宿に戻ってきた。お風呂も済ませてベッドに横になりようやく落ち着いた。
「なんかビックリする日だったね」
「そうだな。回帰教団と接触したのも驚いたけど、まさかネルが仇に一目惚れするなんてな」
2人ともベッドに横になりながら会話をする。そこで重要な話をしてなかった事を思い出した。
「そうだ、セブンウィッチの秘宝の事だけど、どうしよう。このまま探してると、また回帰教団と会う事になるのかな」
「まあ回帰教団にはバレてると思って行動した方がいいのは確かだな。でも、まだ3人魔女が集まっただけだし、本当にセブンウィッチの秘宝が見つかるかは正直分からない。確実な手がかりが無ければ向こうだって手を出してこないと思うし、指輪を狙われたんなら返り討ちに合わせればいい」
ミルの言葉は頼もしい。そういえばミルの態度も以前の状態に戻った気もする。今日の出来事で気持ちの整理が出来たのか、悩み事が吹き飛んだのかもしれない。
「ねえ、ミルは一目惚れってした事あるの?」
「うーん、そこまで急激な気持ちの変化は無いかなあ。
でも、ルリを始めて見た時は凄いって思ったよ。まさに理想の子だって」
「それは見た目の話でしょ。それに見た目だけならもっと可愛い子がいたと思うし」
そう言いつつもミルの言葉は素直に嬉しかった。
「ルリは信じてくれないかもしれないけど、あたしにだって好きな魔力の形があるんだ。あたしは見た目と一緒にそれも見てる。柔らかくてフワフワした形。それが好みの形なんだ。ルリはまさにそんな理想の形をしてた」
「本当?私ってそんなフワフワしてるの?」
ミルが見ている世界が私と違うのは知っている。でも、魔力がはっきり見えるって事がどういう事なのかはまだ理解していない。私が本当にミルの好きな形をしているなら、それは嬉しい事だと思う。恋愛は別にしてだけど。
「多分ネルも魔力ははっきり見えなくとも、シンの魔力の形が好みだったんじゃないかと思う。魔女は自分に無い形をどこかで欲してるから」
「自分に無い魔力の形か……」
私はミルの力を羨ましいと思っていた。それは魔力の形とは違うだろうけど、似たような話なんじゃないかと思った。ミルもそう思っているなら私達は両想いなんだと思う。
「今日は頭を働かせ過ぎた。もう寝よう。おやすみ、ルリ」
「うん、おやすみなさい、ミル」
魔法の灯りを消し、徐々に意識が薄れていく。消え行く意識の中で、私が望むものは何なんだろうと考えていた……。




