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7.魔法少女マリちゃん参上

 オード村の崩れた建物の中で、ルリは夕陽の空からゆっくりと地上に降りてくる少女を眺めていた。


(何が起ってるの?)


 悪魔を倒してその召還元となる魔導具を壊した後、ミルが突然虚空に呼び掛けた時は何ごとかと思った。そこに人がいるなんて私は全く気付け無かったからだ。更に驚いたのは出て来たのがどう見ても私より4,5歳は若そうな幼い少女だった事だ。ピンク色の異様な服装をしていて、夕陽に神々しく照らされた少女は人間では無いのではという疑惑すら湧いてくる。


「誰なんだ、あんたは。魔女なのは分かるが只者じゃないよな?」


 下着姿のミルが少女を睨みつける。本来なら悪魔ブムとの戦いで傷を負っていて、立っているのも辛い筈だ。地上に降り立った少女はにっこりと笑うと高らかに叫んだ。


「美少女魔法少女マリちゃん参上!!」


 マリと名乗った少女は術具と思われる過剰な装飾のピンク色のロッドを手に持ち、ウィンクしてよく分からないポーズを決めた。私達はどんな反応をすればいいのか分からずただ呆然と少女を眺める。

 背は低めの私と同じかやや低く、ピンク色の大きなツインテールの髪と大きな濃い紫色の瞳が可愛らしさを振りまいている。ピンクの衣装はフリルの付いた大きく広がったスカートで、おへそや腋も見えていて、露出度はとても高い。そして胸は大きくは無いが、私よりはあるようだ。見た目だけなら変な衣装の可愛い子供と言えるだろう。


(魔法少女?聞いた事無いな……)


 私はその異様な単語が気になってとりあえず口を開いた。


「魔法少女って何ですか?あと、美少女と魔法少女で少女が被ってますよね」


「そっか、美少女なのは見れば分かるからわざわざ言わなくてもいいよね。

魔法少女マリちゃんです!

えっとー、魔法少女っていうのは悪い奴らを成敗する凄い女の子の事だよ」


 マリは再びウィンクする。でも言っている事の意味はよく分からない。


「肩書はどうでもいいよ。マリって言ったな。あんたには3度も助けられてるよな。1度目は火竜の攻撃を逸らして、2度目はハリアル屋敷で落下の衝撃を和らげてくれた。そして今日の助言で3度目だ。

助けてくれた事には礼を言うよ。ありがとう。でも、なんであたし達を監視し、助けてくれたんだ?」


「魔法少女は困っている人を助けるのがお仕事だからだよ」


「茶化すのはよしてくれ。あんたがあたしの眼から姿を隠せるほどの凄い魔女だってのは分かってる。何か理由があって監視してたんじゃないのか?」


「もう、ミルちゃんは細かいなあ。本当は手出しするつもりなんて無かったんだけど、あまりにキミ達が危なっかしいからマリちゃんついつい手が出ちゃっただけだよ。

魔法少女のお仕事には世界で大きな問題が発生してないか見守る事も含まれてるの。火竜や悪魔はその対象だったって事。これで納得出来たかな?」


 ミルが言った事が事実だとすると、私が知らないうちにマリに3度も助けられていたという事だ。ミルはそれに気付いていたけど、私は気付けなかった。そんな事が出来るマリは私達より凄い魔女だという事になる。


「あんたが魔法少女とかいう仕事をしていて、その一環で助けられた事は、まあ納得出来なくもない。でも、それだけの力があるなら自分で直接解決出来るんじゃないのか?」


「マリちゃんは世界に一人しかいないんだから、些細な事件を全部解決なんて無理だよう。だから、誰かが解決出来る事件はみんなに任せてるの。勿論大きな被害が出るような事にはならないようにしてるんだよ。

そんな訳で、魔法少女はいつでも仲間を募集中です!そこの可愛い子」


 マリが私を指差す。


「え?私?」


「そう、そこのあなた。小っちゃいし、ピンク髪だし、賢いし、とっても魔法少女向きだと思うの。どう?マリちゃんと一緒に世界を救う魔法少女にならない?」


「え?いきなりそんな事言われても……」


「ふざけて仲間を惑わすのはよしてくれ」


「えー、ふざけてなんていないよーー。

もしやる気があったらいつでも連絡してね!」


 ミルが睨み付けるが、マリは全然平気そうだ。本当に何者なんだろう、この子は。言っている事も本当なのか、冗談なのか全く分からない。


「あの、マリさんが高度な魔女であり、人助けのような活動をしている事は何となく理解致しました。ですが、見ての通りこの村の惨状は酷いものです。どうして村人達を救って下さらなかったのでしょうか?」


「救ったよー。事件の発端になる人は死んじゃったけど、他の村人や助けに来た神聖教団の人達はちゃんと助けたよ。今頃森の中で目を覚ましたんじゃないかな」


『ピリリリッ、ピリリリッ』


 ネルの疑問に対してマリが答えたタイミングで鈴の音のような魔法のコール音が鳴った。コールが来たのはネルのようだ。


「少し失礼いたします。

はい……はい……分かりました」


 ネルが少し離れてコールが来た相手と魔法で会話している。そしてすぐに戻ってきた。


「マリさんのおっしゃった通り、森の中で村人と教団の者が目を覚まして混乱していると町の教団の者から連絡がありました。本当に救って頂いたのですね。ありがとうございます」


「魔法少女だもん、当然のことをしただけだよ。ね、マリちゃんって偉いでしょ」


「なんか納得いかないなあ。あんたは悪魔の弱点を知ってたし、悪魔を倒す力だって持ってる筈だ。村人を救ってくれたのは感謝するけど、なんで自分で悪魔や魔族を倒さなかったんだ?」


「それはキミ達がこっちに来る事を知ったからだよ。実際3人で何とか出来たでしょ?」


 マリの言う事はもっともだけど、ミル同様私も納得いかなかった。私達以上の力があるのなら手早く解決して、村の被害を抑えられた筈だと。


「悪魔を倒せたのはあんたの助言があったからだ。それを3人で何とか出来たとは言わない」


「ミルちゃんが未熟な事に文句を言われても困っちゃうよ。確かにマリちゃんは悪魔の弱点を知ってたけど、そんなのちょっと考えれば対応出来た筈だよ。ね、ルリちゃん」


 再び私に振られて混乱する。が、少し考えてマリが言いたい事は何となく理解出来た。


「スライム系の魔族の中には、通常は魔法が効き辛くても、一度凍結させる事で魔法が効くようになるものがいると書物で読んだ事があります。悪魔ブムの皮膚の形状がそのスライムと似ているので、同じ対応を思い付けば対処出来た、という事ですか?」


「大正解!やっぱりルリちゃんは魔法少女になって欲しいなあ。

魔力が見える事は大きな武器で、それで対応出来る事は確かに多い。けど、大魔女を目指すならもっと知識と機転が必要だよ、ミルちゃん」


「随分と偉そうだな。でも、その忠告はしっかり受け止めさせてもらうよ」


 ミルが真面目な顔で答える。会話の内容からマリはミルを知っているかのようにも感じた。本当にマリは何者なんだろう。


「えっと、次のお仕事の時間が来ちゃった。キミ達と違って魔法少女は忙しいんだよ。村の後始末は任せたからね。それじゃあ、3人とも頑張ってねー」


 マリはそう言うとこちらが答える間も無く転移の魔法で消えてしまった。私達は取り残されて呆然とする。


「何者なのかな、あの子」


「あれは化け物だと思う」


「とはいえ、村の火災や魔族は残っていますし、まずはその対応を致しましょう」


 ミルに私が持ってきていた上着を着せて、私達は村の後始末をするのだった。


********


「疲れたーー」


 ミルが宿屋のベッドに倒れ込む。私ももう一つのベッドに腰掛け一息ついた。あの後、村の残りの魔族は排除し、戻って来た村人達の事や村の事後処理は神聖教団の人達に引き継いで、私達はデロリラの町に戻って来れた。ネルとは明日再び話し合う約束をし、食事と入浴を終え、宿屋の部屋に戻帰って来たところだ。


『……』


「ありがとう、大丈夫。ヘレナも留守番ありがとうね」


 ヘレナが姿を現し、労ってくれる。しかし本当に目まぐるしい一日だった。


「ルリはマリって魔女の事どう思った」


 ミルがベッドに寝転がり、こちらに顔を向けて聞いてくる。正直なんて言い表せばいいのか分からず、少し考えてから答えた。


「変人、かなあ。まあ魔女は変な人が多いけど、その中でも格別に異質というか」


「多分相当な魔女だよ。あたしの魔技の眼の事も知っていたし、その能力も熟知してる。それを踏まえてマリは自分の魔力を隠蔽してる。だから感情も読めなかった」


「そんな事出来るんだ」


「あたしも初めて知ったよ。何も見えないんだから、不気味だと思った」


 小さくて可愛い女の子が好きなミルとは思えない感想だった。ミルはマリが居た時はずっと警戒してたようにも見えた。


「ああいう小っちゃくて可愛い子はミルの好みなんじゃないの?」


「見た目はそうだけど、別にあたしは見た目だけで判断してないよ。だから、あれは駄目だ」


「そうなんだ。でも悪魔の知識とか対応とか真面目に話が聞ければいい勉強になりそうだよね」


「ああいうタイプの魔女はそんな優しいものじゃないと思うぞ。答えを知っていても、自分で考えろって言いそうだよ」


 ミルのその意見は何となくしっくり来た。人にものを教えるのが得意なタイプじゃ無さそうだと。


「変人で思い出したけど、ネルも多分変人だ」


「え?結構話したし、一緒に魔族退治もしたけど、そんな気はしなかったよ」


「隠してる事がまだある。悪魔と戦って分かったんだ。だから明日問い質してみようと思う」


「ミルの思い違いじゃないかな」


 そう言いつつも、ミルの人を見る目は鋭く、正しい事を言ってる気もしていた。そして色々考えているうちに頭がボーっとしてくる。


「疲れたし、もう寝ようよ」


「そうだな、おやすみ、ルリ」


「おやすみなさい」


 部屋の灯りを消し、ベッドに横になるとすぐに眠気が来て私は眠りに落ちていった。


********


 翌日、私達は再び神聖教団の教会の一室に集まっていた。


「昨日は本当にありがとうございました。教団の者も皆、お二人に感謝しております。

それで報酬ですが、予定していた金額にミルさんのローブ代金を加えております。ただ、悪魔と戦う事は想定にありませんでしたので、相応の金額では無いと思います。ご確認頂いて、不足を感じるようでしたら遠慮なく申し出て下さい」


 ネルは貨幣が入っていると思われる2つの袋を私達の前に差し出した。私が手に取ろうか迷っているところでミルが口を開く。


「報酬を受け取る前に確認させてくれ。ネルは知らなかったと思うが、教団の人は魔族を召喚する魔導具があの村にある事を知っていたんじゃないのか?悪魔が出現する可能性を考えて、あたし達に依頼したんじゃ」


「神に誓ってそれは無いと言い切れます。悪魔と戦う可能性がある場合、神聖教団は聖都から精鋭を送り出します。悪魔の出現は予期しないもので、魔導具の存在だけ知っていた場合も、もっと万全の対応を取ります。悪魔や魔族を召喚する魔導具は神聖教団にとってそれ程忌むべきものなのです。

もしもマリさんが現れなかったら村人も教団の魔女も全滅していたでしょう。情報を知りながらそのような対応を行ったのなら神聖教団の評判も大きく落ちてしまいます」


 ネルの言う事はもっともだと感じた。そもそも小さな村にあんな魔導具があるとは誰も思わない筈だ。そう考えてから、私は疑問を口にする。


「私はネルさんの言う事は信じていいと思う。

それで関連した話なんだけど、あの魔導具は何で村にあったのかな?神聖教団はその事について何か知っていないの?」


「その件は現在調査中だそうです。似たような魔導具の存在なら教団も知っておりましたが、あの形であれほど強大な魔導具は初めて見たものだと聞いております。昨日見た通り、とても危険な魔導具で、他にも同様の魔導具があるとしたら神聖教団としてもかなりの脅威と見なすでしょう」


「マリなら理由を知っているかもしれないな。あたし達より先にあの小さな村に来ていたんだから。疑いたくは無いが、マリ自身が仕掛けた可能性だってある。それかマリが持っていた魔導具が誤って発動してしまったとかな」


 マリの言動は怪しいけれど、そこまで疑う気にはなれなかった。と、マリが語っていた言葉の一部を思い出す。


「マリさんは事件の発端となる人は死んだって言っていたような。それが事実ならマリさんが怪しい人物を追っていて、その人が魔導具を発動させて死んだ、とも受け取れる気がする」


「そうですね、自然と話していた言葉の中にありましたから、その可能性の方が高いと思います」


「とりあえず教団の想定外って事なら問題は無いよ。またマリに会った時に聞き出せばいい。なんか近いうちに会う予感がするしな」


 そう言ってミルは自分の目の前の報酬の袋を手に取った。私も自分の前の袋を手に取り、中身を確認する。ざっと見ただけでも100MGぐらい入っていて、ハンターギルドの依頼で上級の魔族を倒した報酬の倍はありそうだ。


「こんなにいいんですか?」


「命の危険に晒す事になったのです、わたくしはもっと払ってもいいと思っております」


「まあ、ありがたく頂いておくよ。

それでネルは旅立つ準備は出来てるのか?」


「はい、許可が下りたので、昨日の内に荷造りや買い物は済ませておきました」


 町に帰って来たのは夜で、自分はくたくただったので、ネルは意外と体力があるなと思った。


「それは良かった。

で、旅に出る前に確認しておきたい事がある。ネル、あんたはまだあたし達に隠している事があるよな?」


「なんでしょうか?必要なわたくしの情報はお出ししていると思いますし、わたくしの考えも十分お伝えしたと思います。乙女の秘密についてはさすがにお話し出来ませんけれど」


「さすが会話で誤魔化すのは上手いな。あたしもあんな目に合わなけば気付かなかったよ。悪魔にやられた時、傷を癒してくれた事は本当に感謝している。でも、あの時の感情の変化は尋常じゃ無かった。お前、他人の傷を癒す時に性的な興奮を覚えてるんじゃないか?」


 ミルの言った内容があまり理解出来ずに頭の中で言葉の意味を噛み砕く。傷を癒す事と性的な興奮というのがどう結びつくのかが分からない。が、ネルの顔は紅潮し、呼吸が少し荒くなっている事に気付く。


「そうですか……もうバレてしまいましたか。ミルさんの魔技を警戒してはいたのですが、あの状況ではしょうがないのです。わたくしが強力な魔法を使うには理性を抑えていては出来ないのですから。

弁解では無いのですが、少しだけ話をさせて下さい。お二人とも魔導学園を出ているので、魔力の強さと感情の強さの関係はご存知ですよね。わたくしの場合それが性欲と結び付いてしまったのです。

幼少期から魔法の才能が認められたのはお話ししましたよね。特にわたくしは回復の魔法が得意でした。なので、わたくしは怪我をしている子を探し、その子を癒すのが日課になり、癒した後感謝される事に快楽を覚えてしまったのです」


 ネルは一旦会話を止め、ハンカチで汗を拭いて呼吸を整える。


「無償の奉仕とは言いますが、人助けをして他人に感謝される事に喜びを感じるのは間違いでは無いと思います。それを糧に人助けが広がるならそれは正しい行いでしょう。なのでわたくしの行いも最初は教団内で規範となるようなものでした。

ですが、成長して回復の魔法の効果が上がるうちにそれはエスカレートしてしまい、身体の成長と合わさって回復の魔法を使う事に性的な興奮を感じる体質となってしまいました。

もちろん教団にはバレますし、訓練で矯正出来ると言われましたが、駄目だったのです。とりあえず見た目を取り繕う術は手に入れましたが、回復の魔法威力を高める程にわたくしの快楽は増してしまいます」


 魔法と感情の関係から、魔法を使う事に快楽を覚える魔女がいる事は知っていた。だけど、ここまで極端な事例を見るのは初めてだった。それは神聖教団という戒律の強さと奉仕に対する見返りが歪んで結び付いてしまったのではと何となく思った。


「他人を癒す事は正しい行いです。ですが、わたくしの場合、無意識に癒す相手を探し、分け隔てなく行うようになってしまいました。魔技の効果がそれを容易くしたのも大きな原因でしょう。『愛憐魔女』などと呼ばれ、慕われ、尊敬されていますが、その実体は自分の快楽の為に魔法を使う相手を探していたのです。

わたくしが教団内で自由だというのは本当はそういう理由からです。ナルと同じく能力の高さから破門されないだけで、教団内では浮いた存在なのです。いずれ気付かれるとは思っておりましたが、まさか旅立つ前に気付かれるとは思いませんでした」


「その、なんか済まなかった。そこまで聞きたい訳じゃ無かったんだ。もっと個人的な性癖の持ち主なだけだと勘ぐってしまったんだ」


「謝る必要はございません。隠していたのは事実ですし、それを偽って、そうした快感を期待して仲間になりたいと思ったのも事実です。

一つだけ勘違いしないで頂きたいのは自分の性的興奮の為に誰かを傷付けてから癒したり、騙して危険な場所へ送り込んだりはしないという事です。それは争いを嫌うわたくしの考えと相反していますから」


 争いを無くし、人助けをしたいのも、快楽の為に回復魔法を使いたいのも、どちらもネルの本心なのだろう。神聖教団の修道女という立場から本人がその事に葛藤しているのが何となく分かる。


「ここまで教団外の方に話したのは初めてです。正直話してスッキリしました。そういった意味では感謝しております。

わたくしは『愛憐魔女』などと呼ばれて町で慕われる癒し手などでは本当はありません。あくまで自分の快楽の為に他人の争いに近付き、癒して回っている卑しい魔女なのです。

やはりお二人と一緒に旅をするのには相応しくありませんよね……」


 ネルは悲し気な声で項垂れた。私だって人には言えない秘密の一つや二つはある。それは誰だってそうだろう。別にネルの性癖は問題というほどの事ではない。私はそんな理由で彼女を突き放すのは嫌だった。


「私はネルさんの行為がそこまで悪いものじゃ無いと思う。ミルだって小さくて可愛い子を見かけると追いかけ回すし、私だっておっぱいの大きい人を見ると無意識で目で追ってる。他人に迷惑をかけて無いんだし、私は仲間になって欲しいな」


「いや、あたしは誰彼構わず追いかけ回したりして無いぞ。でも、ルリの言う通りだな。他人を傷付ける事に快楽を覚えるんじゃマズイけど、癒す事に快楽を覚えるんなら問題にはならない。相手を襲ったりするわけじゃないんだろ?」


「はい、自己の問題ですし、他人に関係を求める事は致しません。

では、本当に旅のお供にしていただいていいんですか?」


「ああ」


「勿論です」


「ありがとうございます!!」


 ネルの笑顔はいつもの癒し手の時の笑顔では無く、女性らしく可愛らしいもので、私はこっちの笑顔の方がいいと感じた。

 話がまとまった気がしたけど、重要な事がまだ決まっていなかった。


「ミル、旅の目的地としてデロリラの町まで来たけど、次に向かう場所は決まって無いよね?」


「ああ、そう言えば色々あって言うのを忘れてた。ルリがフォイラスと戦ってるのを見て思い出したんだ。指輪と同じ魔力の炎の魔技を使ってた奴が」


「え?なんですぐに言ってくれなかったの?」


「いや、デュエルの後はルリが疲れてるかなと思って。それで後回しにしたらネルを見つけたり色々あっただろ」


 まあ色々あった事は否定出来ない。途中でそんな話をされても混乱した事は確かだろう。


「それで、誰なの、その魔女は」


「魔導学園に魔法戦士科があっただろ?年に一度魔法戦士科の武道大会があって、その決勝を見に行った事があるんだ。同学年で、名前は確か、フォレア、とか言ったかな。あたしより高身長で見た目は好みじゃないんだけど、その魔技の炎が綺麗だったから印象に残ってたんだ」


「フォレアさん……、確かに武術の成績優秀者で名前は聞いた事ある。その人が今どこに居るとかは知ってる?」


「さあ?でも魔導学園に問い合わせれば卒業後の行き先は分かるんじゃないかな」


 その話を聞いて私が魔導学園にコールの魔法で問い合わせたところ、フォレアがハンターとして北のヤルダの町を中心に活動している事が分かった。


「とりあえず次はヤルダの町へ向かうって事でいい?」


「わたくしは構いません」


「じゃあまたデュエルで強い魔女を探しつつ向かうか」


 そうして次の目的地はヤルダの町に決まったのだった。疲れもあるしミルのローブも買うので旅立ちは明日の朝という事に決まった。


「色々ありましたお詫びとして、今夜は特別なお店でわたくしに奢らさせて下さい」


 そうして夕食をネルが奢ってくれると言い出し、折角なので私達はその言葉に甘える事にした。


********


 昼はミルのローブを買うのに付き合い、一旦宿屋に戻ってドレスに着替えてから待ち合わせの場所に向かった。


「こちらです」


 既に待ち合わせ場所にネルが来ていた。いつもの神聖教団の修道女のローブでは無く、紺と赤を基調とした大胆なスリットの入ったドレスを着ている。いつもの雰囲気とかなり違っていて、ほどいた綺麗な金髪と大きく開いた胸元から零れ落ちそうな胸が色気を醸し出していた。


「こんばんは、素敵なドレスですね」


「こんばんは。このドレスは頂きもので、あまり着なれていないんです。普段お洒落にはあまり気を使わないので。お二人こそ、それぞれドレスがとてもお似合いだと思いますよ」


「ありがとう。ネルもたまには買い物に行くといいと思うぞ。その金髪なら色々似合うだろうし」


「そうでしょうか。では、機会があればその時はよろしくお願い致しますね。

それでは参りましょうか」


 ネルの案内で夜の町を歩いて行く。ピラトの町ほど煌びやかさも活気も無いが、大きな町なので人通りはそれなりにあった。ミルとネルの2人の美女が並んで歩いているので、いつもよりこちらを見る視線を感じる。2人に視線が集中してるのはいいけれど、やっぱり自分が見劣りしてれる事を自覚してしまう。


「こちらのお店です」


「森猫亭か、名前は聞いた事あるな。評判はいいけど結構いい値段だって聞くぞ」


「お代の方は気になさらないで大丈夫です」


 ネルを先頭に木造の立派な店の入り口を進む。中は豪華だけど落ち着いた雰囲気であり、緩やかな音楽が流れていた。


「いらっしゃいませ。これはこれはキネル様。ようこそいらっしゃいました。3名様で宜しいですね?」


「はい、お願い致します」


「こちらへどうぞ」


 壮年の案内係の男性に案内され店の中を進む。客はまばらであり、見た感じ高齢の夫妻が多かった。通されたのは周りに他の客がいない奥の方の席で、明らかに上客向けの特別席だった。


「どうぞお座り下さい」


 席を勧められて、テーブルの正面にネルが、その反対側に私とミルが並んで座る形になった。案内係はメニューを置いて一旦席から離れる。


「神聖教団の教徒でもこんな店に来るんだな」


「別に禁欲が正しいわけではありませんので。むやみな贅沢は駄目ですが、たまには美味しいお店で食事を取る事もあります。この店はわたくしがお祝い事をする時にいつも使わせてもらっているんです。どの料理も味は保障しますが、夜はコースがお勧めですね」


「じゃああたしはコースで」

「私も同じで大丈夫です」


「分かりました。すみません」


 呼ぶとすぐに若いウェイターがやって来る。


「コースを3人でお願い致します。お二人はお酒は飲めますか?」


「人並みには」


「得意では無いですけど、少量なら」


「では、料理に合うワインを3人分お願いします」


「コースとワインですね、了解致しました。メイン料理が魚料理と肉料理で選べますが、いかがいたしましょうか?」


「わたくしはお魚で」


「じゃあ、私も同じで」


「あたしは肉料理で」


「了解致しました。少々お待ち下さい」


 注文を聞いてウェイターは去っていく。少しするとワインとグラスを持って現れ、それぞれの席のグラスにワインが注がれた。


「乾杯してもいいでしょうか?」


「別にいいけど」


「うん」


「では、お二人との出会いと、新しい旅立ちを祝しまして……」


「「乾杯!」」


 グラスを合わせてからワインを飲む。酸味が強いが、飲んだ後に爽やかな感じがして美味しいワインだった。少し雑談をしていると前菜やスープが順番にやってきて、それを美味しくいただく。


「わたくし、この店のスープが特に好きなんです。肉が溶け込み、濃厚で、味わい深いんです」


「そうだな、これはなかなかの味だ」


「うん、美味しい」


 ネルの言う通りスープは濃厚で、ワインによく合った。スープを飲み終えた辺りでネルが聞いてくる。


「確認させて頂きたいんですが、お二人は恋人同士なのですよね?」


「え?」


「ゴホッゴホッ……」


 ミルがむせてしまい、急いで水を飲んで落ち着こうとしている。


「違いましたか?二人だけでパーティーを組むハンターの多くはカップルだと聞きました」


「いえ、私達は同じ学園の同窓生で、成り行きで一緒に旅をするようになっただけです」


「まあ残念ながらルリの言う通りだ」


 落ち着いたミルが少し不満げな声を出す。学生時代に付き合っている者もいたし、ハンターにもそういう者がいるのは知っている。だからといって当然のようにカップルだなんて事は無いと思う。


「そうでしたか。いえ、もしかしたらお二人の旅のお邪魔にならないかと心配していたのですが、そうで無いのなら少し安心です。でも、ミルさんはルリさんをかなり気に入っていますよね?」


「勿論だよ。こんなに可愛い子は他に居ないから。ネルもルリに手を出すようなら容赦しないからな」


「そこは安心して下さい。ルリさんは可愛らしいとは思いますが、わたくしの好みからは外れますから。ミルさんも魅力的な女性だとは思いますが、同様です」


 ネルは当然のように好みのタイプを女性で言っているが、神聖教団の魔女はそういう人達が多いのだろうかと勘繰ってしまう。教団に男性の教徒は勿論いるが、神官も修道女も魔法を使う必要がある為、働いている者の殆どが魔女だと聞いていた。


「そういえばネルは恋人とまでは行かなくても、町に友人が居るんじゃないのか?突然離れ離れになるのは寂しいんじゃないか?」


「友人というか、教団の者は皆家族のような存在ですが、修道女になってからはそこまで仲良くしておりません。仕事の関係で遠方に行く者も多いですし。わたくしが一番仲の良かった魔女も今は遠くの町で働いております。

恋人に関しては話した通りあの性癖ですので、作らない方がいいと考えております」


 ネルは平気そうな顔をしているが、どこか辛いんじゃないかと思ってしまう。ネルの事を理解してくれる人が現れればいいな、とちょっとだけ願った。


「こちらがメインディッシュになります」


 しばらくしてメインディッシュの魚料理と肉料理が運ばれてきた。魚料理は淡水魚の煮魚にクリームのソースがかけられ、いい香りがした。一口口に運ぶと、濃厚なクリームに柔らかい魚の身がよく合い、隠し味のハーブの香りがそれを引き立てていた。お酒は強く無いけど、自然とワインをお代わりしてしまう。


「本当に美味しい」


「お口にあったようでうれしいです」


「肉料理も香ばしくて、かなり美味いな」


 ミルの肉料理も焼いた肉に香辛料がかかり、そこに特製のソースがかかっていて、匂いだけでも美味しい事が分かる。2人きりだったら一口分けてもらっていただろう。


「本当に美味かった。もっと早くこの店に来てればよかったと思うぐらいだ」


「私も初めて食べる味が多くて、とても美味しかったです。でも、本当に高いんじゃないですか?」


「お二人に満足して貰えたのでしたら安いものです。

まあ、本当の事を言いますと、この店のオーナーがかなり熱心な神聖教団の信者でして、教団の者はかなり割引して頂いているんです。ですので、お代は周りの店とさほど変わらなくなります」


 ネルが小声で教えてくれる。神聖教団の事はあまり知らなかったが、そういう事もあるんだなと思った。一通り料理を食べ終え、最後に紅茶とデザートがやって来る。


「本日のデザートは苺のムースのシャーベット添えになります」


 目の前に置かれた皿はピンク色の苺のムースに朱色のソースがかかり、その横に3色のシャーベットが添えれたものだった。私はその彩りと甘い香りに見惚れてしまう。


「デザートも絶品ですよ」


「はい、早速いただきます」


 私はまずはムースをソースに絡めてスプーンで掬う。口に運ぶとソースの酸味が広がり、続いて甘いムースが口の中でとろけ、絶妙な味わいになった。これは火竜のデザートに匹敵する美味しさだ。私は溶ける前に横のシャーベットを一つずつ味わう。スッキリしたミント風味のもの、甘い桃のような味のもの、酸味の強いオレンジ味と三種三様で、ムースとの対比がとてもよい。


「本当に美味しいです」


「ルリは甘いもの好きだから良かったな。しかしこれは本当にいい味だ」


「それは良かったです。しばらくこの店にも来れなくなりますが、また食べに来ましょう」


「ぜひお願いしたいです」


 私はセブンウィッチの秘宝を見つけた後に真っ先に食べに行きたいと思うのだった。


「では、明日の早朝に門の前で。おやすみなさい」


「今日はご馳走様でした。おやすみなさい」


「ご馳走様、おやすみ」


 店の前でネルと別れる。少しお酒を飲み過ぎたのか、顔が火照ってる気がした。旅立つ準備は出来てるので、宿に戻ってもあとは寝るだけだ。


「なあ、まだそこまで夜遅くないし、散歩していかないか?」


「ん?別にいいけど」


 ミルに連れられ何となく夜の通りを歩いて行く。ミルには目的地があるようで、そこへ向かって真っすぐ歩いていた。


「どこか行く場所があるの?」


「ああ、以前この町に来た時にいい場所を見つけたんだ」


 ミルが進む方向はだんだんと人通りが少なくなる。町は比較的治安がいいようで、人通りが減っても危険な感じはしない。まあミル相手に襲ってきて勝てる人なんてそうはいないけれど。


「少し急な坂だから足元気を付けて」


 通りを抜けて広場のような場所に出て、ミルに手を引かれて階段を昇っていく。開けた場所に出て夜風が心地いい。周囲に人の気配は無く、2人きりの世界みたいだった。


「もう少しだから。ほら、振り向いてみて」


 ミルに言われて振り向くと、眼下にデロリラの街並みが広がっていた。ここは町の中で一段高い丘のようで、町全体が見渡せるようになっている。空には星が広がり、下には人の営みである町灯りが見える。それは幻想的な光景だった。


「綺麗……」


「少し歩いたし、そこにベンチがあるから座って休もうか」


 ミルに手を引かれてそのままベンチに腰を下ろす。私は夢見心地で、何となく隣に座るミルに寄りかかってしまう。ミルはそれを嫌そうにもせず、そのまま姿勢を保ってくれた。


「昨日、今日と色々あったな。ネルについては特に」


「でも、いい人だと思うよ。旅を続けるのも心強くなるし」


 ネルが語った内容だけでネルの人物像を決めつけるのも駄目なのだと思う。でも、今私が思い描くネルも彼女の一つの姿なんだとも思った。しばらく沈黙が続き、私はぼんやりと町を眺めていた。


「――二人きりで旅を続けるんでも良かったかもな」


「うん。でも、色んな魔女と出会うのも楽しい気がしてきた」


「楽しい、か。そうだな、楽しんだ方がいいな」


 私は今までに無かった考え方をするようになったと自分でも思う。最初はミルの考え方に引きずられてるんだと思ったが、そうでも無い事に気付く。火竜を倒す使命から開放され、秘宝を探す旅に出て、自分で考え、自分で感じ、段々と分かってきた気がする。辛い事や悲しい事は嫌だけど、旅を続ける事は自分にとってプラスになっているんだと。


「大分肌寒くなったな。もうすぐ秋だ、風邪をひく前に帰ろうか」


「うん、そうだね」


 私は立ち上がると急いで座っているミルの正面に移動する。


「ミル」


「ん?なんだ?」


「色々とありがとう」


 私はミルの肩に手をかけて、その頬に軽く口づけをした。ミルのとてもいい香りがした。どうしてそんな事をしたのか自分でもよく分からない。多分酔っているのだろう。ただ、感謝の気持ちは伝えておかないといけない気がした。


「ルリ……」


「さ、急いで帰ろう」


 ミルの顔も見られないし、今の自分の顔を見られたくもない。私は早足に階段を駆け下りていった。


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