6.愛憐魔女の想い
神聖教団の教会の一室でミルは手から血を流していた。
「やっぱり飛んだ曲者だったな、キネル」
「本当に凄いです。わたくしの魔技を魔導具を使わず解除したのは貴方が初めてですよ、ミルさん」
「ねえ、どういう事?なんでミルは手に短剣が刺さってるの?」
ルリが困惑しながら心配そうに聞いてくる。あたしはようやく正常に戻って来た頭でなんて答えようかを考える。
「詳しくはわたくしが説明いたしますわ。その前に、その怪我を治療させて下さいな」
「そう言ってまた魔技を使うんじゃないだろうな」
「一度破られたのですから、使ったりはいたしません。
勘違いして頂きたくないのですが、別にわたくしは貴方達に敵意がある訳ではないのです。ほら、手をお出しして下さい」
キネルの感情の魔力は嘘を言っているようには思えない。あたしはひとまず短剣を抜いて、血が流れ出ている手を正面に座るキネルの前に差し出す。
「まさか自傷行為で魔技が一瞬解除された隙に、魔法を自分にかけて魔技から抜け出す方が居るなんて思いませんでした。変態魔女様の呼び名に偽りは無いのですね。はい、これで大丈夫です。傷跡も残りませんよ」
キネルが回復の魔法を使った事で傷が塞がり、痛みも消えた。敵意が無いのは彼女の感情を見てもその通りなのだろう。だからこそ、無茶苦茶なのだ、この魔女は。
「礼は言わないぞ。とりあえずどうして魔技を使ってあたし達をここに連れて来たか教えて貰おうじゃないか」
「連れて来た?提案したのは確かにキネルさんだけど、私達は自分の意志でここまで来たんだよね?」
「半分は自分の意志で、半分はそうでは無いと言えますね。わたくしの魔技は『蠱惑の心』と言って、わたくしへの敵意を消し去り、友好的な関係を作る力があります」
キネルはあっさり種明かしをする。チャームに近い能力だが、あくまで最終判断は本人がしている事になるようだ。そうでなければ短剣を自分に刺す行為が出来ず、魔技から抜け出せなかっただろう。
「教団の癒し手なのに随分と強力な魔技を持ってるんだな」
「そうでも無いのですよ。わたくしの魔技はわたくしを中心とした範囲型で、対象を選べませんし、持続効果も15分程度です。何より、友好関係を作るだけで、チャームや魔族を使役する魔法のような強制力はございません。例えば貴方達にこの場で服を脱いで裸になって下さいと命令しても、貴方達は実行せず、逆に魔技の効果が落ちるでしょう」
キネルの言っている事は多分本当だ。でも、強力じゃ無いというのは嘘だ。まず、魔技を発動した事が並大抵の魔女には分からないのが恐ろしい。あたしだって魔力が見えていなければ気付かなかっただろう。次に2人の魔女を仲裁した時のように戦意を落とす事が出来る。これは戦闘においてはかなり重要な要素だ。魔族にも効果があるとすると、キネルはどんな危険な場所でも一人生き延びる事が出来るだろう。
「魔技で友好的にさせられた事は分かりました。でも、どうしてそんな事をしたんですか?別に私達はキネルさんに敵意は持って無かったですし、普通に教会に誘って貰えれば付いて行ったと思いますけど」
「ルリさんはそうでしょうね。ですが、ミルさんのわたくしを見る目は少し違っていたと思います。どうですか、ミルさん」
「まあ疑いの視線で見ていたのはその通りだ。だからといって付いて行かなかったとも思わないけどな」
初めて会った時からキネルに対しては何かしらの違和感を感じていた。神聖教団の癒し手らしい柔らかな物腰、優しい笑顔。それは感情の魔力を見ても嘘偽りの無いものなのだろう。でも、あたしの本能みたいなものが彼女の行動原理がそれだけではないと告げている。ナルが己の正義を疑わず突き進んでいるように、キネルも何かしらの信念で動いているのではないかと。
「とりあえず、お二人に魔技を使った事を謝らせて下さい。本当に申し訳ございませんでした。
それで、詳しい話をする前に、一つだけ先輩魔女としてご忠告して差し上げましょう。
能力のある魔女はとても目立ちます。無名で能力が高い魔女なんて殆どおりません。ですので、お二人が変態魔女と天才魔女である事は、ある程度能力と知識のある魔女には気付かれてしまいます。恐らく今日デュエルをなさったフォイラスさんも気付いていたでしょう。魔導学園を卒業したばかりで経験が浅いのは分かりますが、立ち振る舞いにはもう少し気を付けた方がよかったでしょう」
キネルとはさほど年齢差は無いと思うが、彼女の言う事は確かなのだろう。いずれ正体はバレると思ったが、分かる人には気付かれていたようだ。
「ご忠告ありがとうございます。魔技を使わず偽名を名乗っていればバレないと考えていたのが確かに浅はかだったのでしょう」
「魔女探しにデュエルを使うのはいい考えだと思いますよ。これはあくまでわたくしの意見としてですが、正体を隠したいなら時間をかけても観戦に徹するか、魔技の確認が出来た時点であえて負ける方がよいかと思いました」
キネルは頭も切れるようだ。彼女のような魔女がなんで神聖教団の癒し手なのかと思ってしまう。キネルは自分の魔技の使い方を熟知し、それに加えて話術と知恵で相手を丸め込んで来たのだろう。多分口論ではあたしもルリも敵いそうにない。
「ご高説はありがたいが、本題に入って欲しいな。このまま続けるとあんたに騙されそうだ」
「疑い深いのですね、ミルさんは。勿論旅をするのならそれが正解です。と、あんまり語るとまた怒られてしまいそうですね。
今日、デュエルスペースで最初にお二人に接触した時点でわたくしは貴方がたの監視をしておりました。神聖教団は貴方達が思っている以上にお二人を危険人物として捉えております」
「ナルと言い争ったからか?それとも悪魔と融合したハリアルと接触したからか?」
ナルはあたし達を快くは思っていないだろう。彼女の立場なら一言言えば危険人物に認定されてもおかしくはない。
「それも勿論ありますが、お二人が危険人物となったのは火竜を倒した時点でです。神聖教団でも火竜は排除したい魔族として認識しておりましたが、そこまで力を割いて対応出来ない存在でした。それを2人の若い魔女が成し遂げた事は大きな波乱を呼びました」
「正しい事をしたのに危険人物なのですか?」
「わたくしもお二人の行為はとても素晴らしいものだと思っており、教団からしてもそこは同様の考えです。ですが、強大な力はそれと同時に恐れられます。お二人が魔女としてどこかに所属していればいいのですが、ハンターとして登録をしていても組織に所属している訳ではありません。火竜討伐後に後旅立ち、足取りが分からなくなったとなればその動向は注視されるのです」
何となくキネルの言っている事が分かってきた。自分の曾祖母も偉大な魔女であると共に、他の魔女から恐れられていたと祖母から聞いた事があったからだ。でも祖母は言っていた。大魔女になっても堂々と自分の道を進めばいいと。だから神聖教団が何を言ってこようと気にするつもりは無い。
「なるほどね。それでこっちから接触してきたので、魔技を使ってあたし達が何をしようとしてるか自分達のテリトリーで聞き出そうとしたわけだ」
「はい、おっしゃる通りです。まさかわたくし自身がお二人が探していた魔女だと言われたの事には驚きましたが。お二人と話が出来た事でわたくし、いえ、わたくし達神聖教団の目的は果たせた事になります」
「じゃあキネルさんは私達が何をしようとしているかをこれから神聖教団に伝えるって事?」
問題はそこだ。見たところ部屋に魔法の盗聴とかはされていなそうだけど、既に何らかの方法で聞かれている可能性もある。指輪の事、セブンウィッチの秘宝の事が神聖教団に伝わったのなら、そこから情報が広がり、宝を求めるハンターなどに命を狙われる可能性もある。それだけは避けたかった。
(いざとなったら……)
「いいえ、伝えません」
「「え?」」
キネルが断言したのであたしもルリも驚く。キネルの魔力を見ても嘘をついてるようには見えない。ではなんで、という疑問も沸いてくる。
「伝えるなどと言ったら怖い顔をしているミルさんが襲って来るんじゃないのですか?さすがにわたくしでもお二人を相手に生き延びられる自信はございません。
――というのは半分冗談です。伝えない理由は二つあります。一つは教団が『セブンウィッチの秘宝』を存在しない物として既に認定している事です。なので伝えたとしてもホラ話として取り扱われるだけでしょう。
もう一つはわたくしが当事者になったからです。わたくしは待っておりました。この時を。神聖教団への強い信仰は持っております。ですが、それとは別にどこかで未知への冒険を期待しておりました。己のこの能力はより危険な場所でこそ輝くとわたくしは思っておりました」
熱意のこもるキネルの言葉にあたしもルリも圧倒された。その言葉はあたし達を欺くものでは無く、彼女自身の本当の言葉だと分かる。どこか狂気を感じるが、これが純粋な彼女の気持ちなんだろう。
「つまり、あたし達と一緒にセブンウィッチの秘宝探しに手を貸すと?」
「はい、大変失礼な事をしたと反省はしております。ですがお二人さえ問題無いのでしたら、是非仲間に加えて頂きたいと思っております」
キネルの言葉は真実だ。ただ、本当に彼女を仲間にしていいのだろうか。
「キネルは嘘を言っていないと思う。ルリは仲間にするのに賛成か?」
「うん、少し考えさせて……」
ルリも悩んでいるようだ。あたしは何かが引っ掛かっているのだが、それが何か分からない。なのでとりあえず聞けることを聞いてみる事にする。
「キネルは今はこの町で仲裁をしたり、デュエルスペースで傷の手当をしていたんだよな。町を離れられるのか?」
「神聖教団の幹部に確認する必要がございますが、多分大丈夫でしょう。わたくし、癒し手の中でも高位に位置しておりまして、本来は許可さえ下りればどこへ旅に出るのも自由なのです」
詳しくは分からないが、キネルの言っている通りなのだろう。正直回復魔法はあたしもルリもそこまで得意分野では無いので、7人の魔女に含まれてなかったとしてもキネルが旅に付いて来てくれる事はとても助かる話だった。この間の悪魔との戦いだってもっと楽になった筈だ。
(悪魔!そうか、ナルの件だ)
あたしは引っ掛かっていた事が分かった気がした。
「キネル、あんたがどこまで知っているかは知らないが、同じ教団のナルの考え方、やり方は神聖教団の教えと一致してるのか?そしてあんた自身はナルについてどう思っている?」
「ナルーアの件ですね、確かに気になさるのは無理も無いと思います。
神聖教団としてもナルーアの取り扱いには困っている部分がありました。矯正部隊は部隊とは名ばかりになっており、隊長であるナルーアの単独行動が活動の殆どになっています。指示自体は教団から出しておりますが、対処方法についてはほぼナルーアの独断なのが現状です。ナルーアに対して何らかの処罰が必要だという声も教団内にありますが、ナルーアの実力、功績、そして代わりの者がいない為、彼女の暴走が許されている状況です。
そして最も問題なのがナルーア自身が敬虔な神聖教団の教徒であり、教義をその身を尽くして実行している事です。拡大解釈をしている部分が無いとは言いませんが、彼女が処罰するのは人道に外れた者であり、その考え方は教義に忠実なのです」
キネルは神聖教団の内情もかなり知っている立場のようだ。ナルは問題視されつつも、その有能さから特別扱いされている事が分かった。そして重要なのはここからだ。
「ここからはわたくし個人の考え方ですので、出来れば教団の他の者には内緒にしていただけると助かります。
わたくしは個人的にナルーアを好んでおりません。神聖教団は集団であり、その名を借りて活動を行うのなら個人ではなく手を取り合って行うべきです。元々人が人を裁くという矯正部隊の存在も不要だと考えています。どうしても裁くというのならば、複数の人間で話し合い、その者を救う道を探すべきではないでしょうか。
前にも述べたかもしれませんが、わたくしは争いを好みません。魔族との戦いに関しては相容れぬ存在なので受け入れておりますが、人間同士が争う事は無いと考えています。ですのでナルと個人的に討論した事が過去にありましたが、どちらも互いの意見を受け容れられませんでした。
これが、わたくしの考え方です。納得して頂けたでしょうか、ミルさん」
キネルの言っている事は嘘では無いだろう。その考え方は立派であり、共感出来る。でも正論過ぎる気もして、まだ何か隠しているのではと疑ってしまう。ただ、これ以上話してもそれは分からないだろう。
「決めたよ。あたしはキネルを仲間にしてもいいと思う。魔技を使ってこちらの情報を引き出した件は勿論いいとは思わないが、神聖教団の教徒としての行動なら納得は出来る」
「ミルさん、ありがとうございます」
「私は……」
ルリはまだ悩んでいるようだ。
「ルリ、言いたい事は言っておいた方がいいぞ」
「うん。
キネルさんの考え方には同意出来るし、ナルさんの事も納得いった。でも、そんなキネルさんだからこそ私達の仲間になりたいっていうのが素直には信じられない。キネルさんの魔技、癒し手としての能力はそれこそ神聖教団に必要とされるものなんじゃないのかな」
「そうですね、確かにわたくしのような人間が突然仲間になりたいと言っても信じられないですよね。では、わたくしの生い立ちについて少しだけお話ししましょう。
わたくしは孤児として神聖教団の孤児院で育ち、親の顔も知らず、教団の人々を親のように感じて育ちました。早くから魔技と魔法の才能を見出され、教団内でも優秀な魔女として成長してきました。わたくしの生まれた意味はその能力で争いを止め、人々を癒す事だと信じて疑いませんでした。
ですが、近頃のわたくしは己の活動に満足出来ておりませんでした。今日のような町中での言い争い、デュエルスペースでの大怪我など、やれる事はあります。ですが言ってしまえばわたくしで無くても誰かが解決出来るものでもあります。
自惚れなのでしょう。それでも何か挑戦出来る事があるのではないかと日々鬱屈としておりました。だからこそお二人の火竜退治の話を聞いた時は心躍りました。若い魔女が己の才能を活かして活躍している姿に。そしてハリアル屋敷での話が舞い込んできた時、貴方がたがわたくしの見習うべき運命の人達なのだと思ってしまったのです」
キネルは興奮気味に語る。彼女の気持ちは純粋なものなのだが、何か気持ち悪いな、と思ってしまった。まああたしが他人に言える立場では無いけれど。
「そういう事でしたか。
分かりました、私もキネルさんを仲間に加える事に異論は無いです」
「お二人とも本当にありがとうございます。わたくしに出来る事なら何でもやりますので、存分に使って頂ければと思います。
それで、ここまで話したのはいいのですが、わたくしもお二人の話を完全に納得している訳ではありません。その指輪は実在していて、本当にわたくしの魔技と一致しているのでしょうか?」
「そうだな、仲間にすると決めたんなら見せても問題無いな。
あ、本当にここは誰にも見られても聞かれてもいないんだな?」
「はい、魔法を使って調べて頂いても構いません」
「いや、あたしの眼で見えてないんならそうだと信用するよ」
あたしはそう言って自分の保存空間に隠していた指輪が入ってる箱を魔力を使って取り出す。まだキネルを完全に信用した訳では無いので、変な動きをしないか見ていたが、特にそういった素振りも、感情の変化も無かった。テーブルに置いた箱を開けると指輪の光が部屋中に溢れた。キネルはそれをとても珍しそうに眺める。
「これがその指輪なのですね。確かに今の魔法技術で作れる物では無さそうです。わたくしの魔技と一致しているのはこのオレンジ色の光ですか。何か親近感のようなものを感じます。指輪を付けてみてもいいですか?」
「ああ、付けないと本当に反応するか分からないからな」
「では」
キネルはゆっくりと手を伸ばし、オレンジ色の光を放つハートの紋様が描かれている指輪を箱から持ち上げる。少し指輪を眺めた後、キネルは左手の人差し指に指輪を嵌めた。するとあたし達が嵌めた時と同じように光が増し、一点を照らす光が伸びる。
「これが、その反応ですね。なるほど、確かに魔技に呼応していると感じます。例えセブンウィッチの秘宝で無いとしても、何かしらの宝に辿り着ける気がしてきました」
キネルは少し興奮しつつそう言ってから指輪を箱に戻す。あたしは念の為周囲を確認してから素早く箱を保存空間に戻した。
「では、教団の者に旅立つ許可を取ってきます」
「そんな簡単に取れるものなの?」
「どうでしょう。わたくしは今まであまり我儘を言った事がありませんので、どういう反応をされるか分かりません。ですが、教団は自主性を尊重し、決して行動を縛る事は無いと思っております」
「でも、どうやって話を切り出すんだ?指輪とセブンウィッチの秘宝の件は黙っててくれるんだよな。変な魔女二人から勧誘されたから出ていきますとでも?」
あたしは神聖教団がそんな簡単に優秀な人材を手放すとは思っていない。
「大丈夫です、どう話すかはもう考えております。
嘘は相手にいずれバレます。嘘を騙るにしても真実を混ぜる事でそれは嘘では無くなります。ですので、お二人の話をこんな風に使わせて下さい。
お二人は火竜退治で大昔の魔導具を手に入れました。その魔導具は何かの隠し場所を暗示しているのですが、それを解明するには優秀な魔女の力が必要でした。ですので二人は優秀な魔女を探す旅を始め、わたくしもその対象者として勧誘されました。わたくしは二人に興味を覚え、隠してある何かが邪悪なもので無い事を確かめる為に同行する事に決めました。
どうでしょうか、これでしたら指輪の事もセブンウィッチの秘宝の事も話さず、嘘も話してない事になるのではないでしょうか」
キネルの言っている内容を少しだけ吟味する。まあ、何かを探して旅をしているのはいずれバレるだろうし、強力な魔女を探して勧誘している理由が無いと疑われるだろう。肝心な宝の部分が分からなければ噂にもなりにくい筈だ。許可が下りるかは別として、この話で大丈夫だろうとあたしは結論付けた。
「それで神聖教団側が納得するんならいいんじゃないかな。キネルがお目付け役みたいな立場になれば教団の危険人物という判定からも外れられるかもしれないし」
「私もいいと思います」
「そうですか、それではもうしばらくここでお待ち下さい」
キネルは笑顔で部屋を出ていった。あたしは再度部屋の隅々まで魔力の流れを確認し、特におかしなところが無かったのでようやく一息つく。
「どうなる事かと思ったけど、うまく行きそうで良かったね。キネルさんもいい人みたいだし」
「まだ信用しない方がいい。神聖教団に妄信していてあえてあたし達に付いてくるのかもしれない」
「でもミルは大体の嘘は見抜けるんじゃないの?」
「本人が焦らず堂々と付く嘘は魔力では見抜けない。あとは既に魔法で操られてる場合も。キネルの魔技の影響を受けている時、あたし達は自分の意志で決めているつもりになっていた。それと同じだよ」
「うーん、そうなのかもしれないけど、私はキネルさんがそこまでして私達を騙そうとしているとは思えないな」
ルリは大分信用してきたようだ。でも、それでいいと思う。キネルがどちらのつもりであれ、疑われていると感じれば関係は悪くなる。だからキネルを疑うのはあたし一人でいい。
「そういえばミルはいつ魔技で操られてると気付いて、どうやってそれを抜け出したの?」
「気付いたのはあたし達がキネルに話しかけて、この教会に行こうと誘われた時だよ。あの瞬間に魔技の魔力を感じたけど、抵抗は出来なかったんだ。そもそも魔技の種類も効果も分からないから初見で抵抗するのは不可能だと思う。解けてから分かったと思うけど、頭の中が薄ぼんやりとした状態だっただろう」
「そういえば、そうだった。でも、解かれても強制力は殆ど感じられなかったよね」
「そこが恐ろしいんだと思う。あたしも何かかけられたとは思ったけど、疑う心が薄れていき、自然と旅の経緯を話してるつもりになっていた。でも、あたし達に願いを質問してきただろ?あの時、あたしはルリを守りたいと思ったけど、身体が思ったように動かない事に薄っすらと気付いた。だから、魔技の種類を推測して、敵対行為でない自傷行為なら出来るかもとやってみたんだ」
正直うまく行くとは思っていなかった。精神系の魔法を自分にかける事をした事が無かったし。もしかしてあのまま行っていたらキネルが仲間になろうと言ってこずに、別の結果になったかもしれない。そんな事を考えているとキネルが部屋に戻ってきた。
「お待たせいたしました。教団を離れる許可は得られました。ですが、一つ条件を出されてしまいました」
「条件ですか?」
「はい。神聖教団が対応している事件で今困っている事があるそうです。わたくしが町を離れると人材に空きが出来てしまい、その対応が難しくなると。ですので、わたくしを含めて3人でその事件を解決出来たら許可を出すとの事でした。勿論報酬はハンターギルド並にお支払いすると言っております」
「まあそのまま、はいどうぞと行くとは思ってなかったよ。で、それはどういう事件なんだ?」
「ご理解ありがとうございます。デロリラから南に少し行ったところにオード村という小さな村があります。そこに魔族の群れが現れたと報告があり、村にある教会から救援の連絡が来たそうです。それで一番近いこの教会から数人の魔女を派遣しました。しかし、村で戦闘を開始したという報告の後、連絡が途切れております。それがちょうど数時間前の出来事という事で、教団内で対応を練っていたと聞きました」
「つまり、オード村の状況の確認と、魔族が残っていたのなら魔族退治をしてこいって事だな」
「そうです。突然で無理なお願いだと承知しておりますが、出来れば今日中に対応したいです。どうでしょうか?」
魔族退治なら慣れているし、ルリは疲れていてもあたしはまだまだ元気だ。どうとでもなるだろう。ルリの方を見ると頷いている。
「それぐらいでいいならやるさ。村へはどれぐらいかかる?」
「ありがとうございます。村への転移のゲートが使えない事も確認しており、箒で1時間ぐらいかと」
「分かった、準備して30分後に町の正門に集まるのでいいか?」
「わたくしはそれで問題ございません。急なお願いになってしまい申し訳ありませんが、よろしくお願い致します」
キネルが深々と頭を下げる。キネルの態度からその村を急いで救いたいという気持ちが感じられ、あたしも少しだけ信用出来るかな、と思うようになったのだった。
********
一旦宿に戻ってあたしは箒と少量のポーション類を、ルリは装備を整え箒と魔導具などを準備し、ヘレナには引き続き留守番を頼んで町の正門に来ていた。
「お待たせいたしました」
まだ30分経って無いが、キネルも魔法の効果がありそうな神聖教団のデザインのローブに着替え、箒と魔導具類を身に付けてやって来た。
「キネルさん、案内はお願いしてもらってもいいですか?」
「はい、お任せ下さい。あと、わたくしの事はネルとお呼び下さい」
「分かった、宜しくな、ネル」
そうしてネルの箒が先導して飛び立つ。あたしの箒は最新型で、ルリの箒もデザインより速度や機能性を重視した人気モデルだ。ネルの箒も一昔前の物だが、高性能として人気があったもので、神聖教団が使うにしては派手なものに感じられた。癒し手は戦場で重宝されていると聞いたのでネルも戦闘経験豊富だったりするのだろうか。あたしは気になったので飛行しながら聞いてみる。
「なあ、結構いい箒を使ってるけど、戦闘慣れしてるのか?」
「これですか?人命救助に速度を求められる事があり買った物で、実は戦闘の経験はあまりありません。直接戦闘ではそれほどお役に立てませんが、回復魔法、補助魔法に関しては十分お役に立つと思います」
「これから魔族と激しい戦いになるかもしれないけど、ネルさんは大丈夫なのですか?」
ルリも心配しているようだ。実戦経験の有り無しは戦場での動きに大きく左右する。
「ご心配には及びません。わたくし共、神聖教団で教育を受けた魔女も魔族との戦闘訓練は行っております。基礎的な攻撃魔法は使えますし、中級までの魔族相手でしたら一人で出来ます。
あと、わたくしの得意な魔法は知っての通り回復魔法です。腕や脚の欠損まででしたらその場で直す事が可能ですので安心して戦って下さい」
「そうなのか、まあそうならないように戦うよ」
回復魔法での傷の修復はある程度の魔女なら出来る事だが、身体の部位を欠損した場合の回復は回復魔法が得意な者しか出来ず、脚や腕などの大きな欠損を治せるのはその中でも上位者だけだ。言ってる事が嘘ではないだろうし、本当に実力のある魔女なのだろう。あたしやルリが苦手としている魔法なので、正直仲間になる事のメリットは大きい。
「もうすぐオード村に到着します」
「ルリ、ネル、速度を落としてくれ。何か見えて来た」
空は夕陽が射してきている。少し先に村の灯りが薄っすら見え、それと同時に何かの魔力の反応が見えてきた。それはこちらに向かって飛んできている。
(あれは……ワイバーンか。しかも2体も。あんなのがいるとなると村の状況はかなりヤバいな)
ワイバーンは一応ドラゴン種の魔族だが、腕が翼と一体化していて、知能の低い下位のドラゴン種だ。とはいえ、飛行時の速度は速く、遠距離から火球を吐いて来るので、複数の魔女で戦うべき魔族と言われている。
「こっちに向かって飛んでくるのは2体のワイバーンだ。3人で迎え撃つか?」
「あの、もし宜しければワイバーンはお二人で対応して頂けないでしょうか?村の様子が気になります」
「私とミルなら対応は出来るけど、ネルさん1人で村に向かって大丈夫なの?」
「それなら心配ご無用です。わたくしには魔技がありますので、魔族が大量に居たとしても1人で対処出来ます」
ネルの魔技は魔族にも効くという事だろう。そう考えると、戦闘でも恐ろしい魔女だ。魔族はある程度彼女に近付くと戦意を失い、ネルは一方的に攻撃が出来るのだから。
「分かった、ネルに先行してもらうが、何かあればすぐに魔法で連絡してくれ」
「ありがとうございます、それでは行ってきます」
ネルは高度を一気に下げ、村へと速度を上げる。一方あたし達はワイバーンがネルに向かわないようにワイバーンへと速度を上げて接近した。
「ルリ、1体任せても大丈夫か?」
「勿論。火竜対策で空中戦の練習も大分してるし問題無いよ」
「分かった、早く片付けてネルを助けに行こう」
ルリが1人で火竜退治に向かい、いい所まで行った事をすっかり忘れていた。魔族それぞれの対応ならルリの方が詳しい。なら、頑張らないといけないのはあたしの方だ。
(デュエルも魔族との戦いも最近いい所を見せられてないな。ここはルリより先に倒さないと)
「ルリ、あたしは左側をやる」
「了解」
ルリに伝えたらすぐに速度を上げ、ワイバーンへと急接近する。ワイバーンはこちらに気付いていて、射程に入ったところで火球を口から吐いてきた。魔法で弾くとロスになるのでギリギリで避けて対処する。火球が外れた事を理解したワイバーンは足の鉤爪でこちらに狙いを定めているようだ。
空中戦は飛ぶのに特化した魔族が箒で飛んでいる魔女より圧倒的に有利だと聞いた。空を飛ぶ能力を生まれ持ったものと後付けで飛べるようになったものとでは大きな差があると。だから、魔女は別の戦い方が必要になる。
(難しい事は分からないけど、要は相手より先に攻撃を当てればいい!)
風の魔力を読み、ワイバーンの魔力を見る。そうすると何となくワイバーンがどこへ移動するかが見えてくる。自由自在に空を飛べるといってもそれにも限りはある。そして、避けられないようにすればいい。
「行けぇぇ!」
あたしは光の刃を三つに分け、ワイバーンが飛んで行く方向に時間差で放つ。ワイバーンは一つ目を避け、二つ目もギリギリ避けるが、その時点でもう方向転換出来ない。そして三つ目の光の刃がワイバーンの首を捕らえ、綺麗に首を分断した。
(よしっ!)
落下していくワイバーンの身体を見ながら心の中で歓声を上げる。ルリの方を見ると、ルリもワイバーンを倒したところだった。最初に翼に攻撃を与えてバランスを崩し、そこでトドメを刺したようだ。少しだけルリより早く倒せたのであたしは嬉しくなる。
「やったな。すぐにネルの所へ行こう」
「うん!」
あたし達は村の方へと急降下した。
「これは……」
「酷い……」
見えて来たオード村は各所に火の手が上がり、見える範囲にもオークやオーガなどの魔族が溢れていた。そしてあたしに見えている範囲の魔力の色に人間のものは無い。あたし達はネルが戦っている近くに着陸する。
「ネル」
「はい、残念ながら遅かったようです。逃げ延びた生存者は居るでしょうが、村としては壊滅です」
「そんな……」
淡々としたネルの発言にルリがショックを受ける。ルリの村も火竜によって滅ぼされたのだから、当然の反応だ。
「ルリさん達が気に病む事はございません。わたくし達教団の力不足によるものです。
それより気になっているのは魔族の流れです。普通魔族は村を襲撃しきったまら別の村や人が住む場所を求めて村を離れます。ですが、魔族は村の中心から外側へと向かってますが、勢いもあても無く彷徨っています」
「ああ、それは魔力の流れを見て分かった。この魔族は村を拠点にしている、というか、この村から発生している。外から村を襲ったのではなくて、今も村から発生しているみたいだ」
「発生という事は召喚でしょうか……。そのような恐ろしい行為が行われているのですか」
最初に思い浮かんだのはハリアルだが、彼女は悪魔1体を厳重に注意して召喚しただけで、こんな魔族を無差別に召喚した訳じゃない。次に浮かんだのは魔族を讃える回帰教団だが、召喚している中心部分に人間のものと思われる魔力は感じられないし、そもそもこんなに大量の魔族を召喚出来る魔法が使えるとも思えない。
(結局何が原因かは見てみないと分からないな。それに急がないと嫌な予感がする)
「いまだに魔族は増え続けてると思う。強力な魔族が複数出てきたらあたし達でも手に負えなくなる。一点突破をしたいから協力してくれ」
「うん」
「何なりと命じて下さい」
あたしはルリと相談し、発生元への最短ルートとその手段を決める。
「行くぞ!」
「「はい!!」」
あたしが仕切って行動を開始した。あたしは目の前に現れる魔族を撃破し、ルリは周囲からの攻撃や魔法を防ぐ。そしてネルは魔技で周囲の魔族の戦意を奪い、回復魔法や補助魔法で援護する。あたし達は駆け抜けるように目的地へと突き進んでいった。
(凄いな。3人の力を合わせればここまで出来るのか)
複数の中級の魔族が戦意を失い、張りぼてのように魔法で駆逐されていく。あたしは狙いをつけるまでも無い。むしろルリの守備の必要性も薄くなり、たまに攻撃に加わってもらっていた。ネルの回復魔法が必要になる事も無かった。
数十体の魔族を葬り、そろそろ発生の中心地が近くなった時に変化が訪れた。突然強力な魔力が発生したのだ。
(この感覚は……)
胃が重たくなるような気持ち悪さがこみ上げ、空気が澱んで見える。ハリアル屋敷で感じたあの感覚の数倍の危機感を感じる。
「ルリ!」
「うん、あの時と同じで、それ以上だよね……」
「わたくしにも分かります。これは普通の魔族では無く、悪魔の放つ邪悪な気配だと」
どうすればいいか全神経を総動員して考える。即座に引き返した方が身のためなのは分かる。が、それをやってはいけない。悪魔が野に放たれればこの村以上の被害が周囲に広がる。そして、悪魔が今召喚されたのなら、それが1体で終わるとは限らない。
「戦う、でいいな」
「うん、私は」
「わたくしも無茶を承知でお願いしたいです」
「分かった、ルリは3人の防御を頼む。ポーションはあるだろうから、魔技は惜しまず使ってくれ。ネルは精神耐性向上をかけて、あと、利くかは分からないが接近出来たら魔技を悪魔に。そして負傷した場合の回復を頼む」
「はい」
「分かりました」
簡単に打ち合わせをし、オーガなどを数体倒して大きな建物の脇を抜けると広場のような場所に出る。広場の中央にそれは立っていた。大きさは10メートルぐらいだろうか。最初に見て思ったのはヒキガエルのような肉の塊だ。薄茶色のような肉の塊がぶよぶよと小刻みに震えて動き、体中の孔から深緑の液体を滴らせている。足があるのかは見えないが、肉の塊の上の方に複数の腕のようなものがあり、その先には鋭い爪が付いている。一番上に辛うじて頭のようなものが見えるが、そこに沢山んの目玉がついていて、周囲を見ているようだ。
(気持ち悪い……)
気圧されそうなのをネルの補助魔法のおかげで何とか耐える。見える魔力は強大で、どうやって倒せばいいのかは検討も付かない。こちらの存在に気付いたようで、徐々にずるずると肉の塊が近付いて来る。
「神聖教団の書物で見たブムという下位の悪魔に酷似しています。あの腕のような器官と、孔から出る毒液で攻撃してくると書いてありました。知能は低いですが、凶暴で、見た目より素早いそうです」
「来る!」
ルリが叫んで3人を覆う魔技の盾を四角く展開する。すると腕の一本が伸びて盾に爪がぶつかる。それだけでも凄まじい衝撃を感じた。そして頭上からは大量の毒液が降りかかった。ネルの言った通り、これでも下位の悪魔なのだろう。ブムの攻撃の手は止まらず、複数の腕が次々と襲い掛かり、毒液も降り続けて周囲は毒液まみれだ。だが、このままではいけない。
「ネル、3人に毒耐性と物理防御向上の魔法を頼む」
「分かりました」
「ダメージ覚悟で反撃する。ルリの合図で盾を解いて、ネルは効くか分からないが魔技をブムに。あたしはその瞬間ありったけの攻撃を食らわせる。ルリは危ないと感じたらまた合図で盾を展開してくれ」
「分かった」
「分かりました」
この怒涛の攻撃に対して今思い付くのはこんな攻撃方法ぐらいだ。こちらが無傷で対処出来る相手じゃない。ネルの補助魔法がかけ終わり、ルリがタイミングを見計らう。
「開けます」
「はあっ!」
腕の一つの攻撃を防いだ直後にルリが魔技の盾を解除し、ネルの魔技がブムに向かって放たれる。瞬間、ブムの動きが止まった。降って来る毒液はあたし達に降りかかるが、あたしは炎の魔法で毒液の一部を消し去り、上空から迫る一本の腕を魔力の刃で断ち切り、本体の魔力が高い部分へと刃の魔法を集中して連続で撃ち続けた。
「盾を張ります!」
「分かった」
上空からのプレッシャーを感じたところで、ルリが叫び、あたしは攻撃魔法を止める。盾が張り直されると同時にあたしは肩に痛みを感じた。見ると切り落としたブムの腕から爪が飛ばされ、肩に刺さっていたようだ。下手に分離しても反射的に攻撃してくる事が分かる。ブムの猛攻は再開していて、ネルが急いで毒や傷の手当てをしてくれる。
(相手へのダメージは、そんな……)
ブムの身体の中央にあたしが魔法の攻撃で貫通するかの勢いで開けた穴が広がっていたのだが、それはみるみる塞がり、魔力の大きさはさほど変わっていない。心臓のようなコアも見当たらず、正直今の繰り返しで倒せる気がしない。
「駄目だ、そんなに効いてない。ルリとネルは何か気付いた事や聞いた事のある弱点とか無いのか?」
「腕は斬り落としても生えて来てるのを見た。顔みたいな部分を集中して攻撃してみるのはどうかな」
「申し訳ございません、教団の資料にも戦い方や弱点等は書いてありませんでした。毒はかなりの強毒で、魔法で耐性を上げても数分放置すると死ぬ可能性があります。長期戦はこちらが不利でしょう」
「そうか……」
あたしは無い頭でどうすればいいのか一生懸命考える。
『ミルエール、聞いて下さい……』
脳内に魔法による声が聞こえる。美しい女性の声だ。
「なあ、聞こえたか?」
「え?何?」
「わたくしは何も」
どうも二人には聞こえないようだ。それにあたしの名前を呼んでいる。
『ミルエール、頭部を凍らせ、一気に破壊するのです……』
女性の声はそう告げていた。
『誰だ?』
あたしはその声が聞こえて来た頭上の方向へ魔法の声を放つ。が、返事は無い。その方向に誰かがいる魔力は全く感じられない。
(神の啓示?いや、そんなものがある筈が無い。あるとしても聞こえるならネルじゃないとおかしい)
これは誰かの罠や悪戯なのか。ただ、思い当たるふしはある。今は藁にもすがりたい気分だ。何かあってもあたし一人なら何とか出来るだろう。
「ルリ、ネル、あたしは頭部を破壊する為に接近する。ネル、浮遊や身体能力向上の魔法をかけてくれ」
「一人で大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だ。2人はさっきと同じようにやって、あたしが飛び出したらすぐに盾を閉じてくれ」
「分かった、けど無茶はしないでね」
「戻って来たら回復しますので、どうか生きて戻って来て下さい」
あたしはブムを睨んで覚悟を決めた。
「開けます!」
「はあっ!!」
2人の気合の入った声が聞こえる。ブムの動きが一瞬止まった。あたしは降り注ぐ毒液を気にせず上空へと飛ぶ。ブムの腕があたしを追ってくる。あたしは半ば強引に腕に体当たりし、ブムの頭付近くまで近付いた。ネルの魔法の腕がいいおかげで致命傷は受けていない。
目の前のぶよぶよとした気持ち悪い頭部の目がこちらを睨んでいる。あたしは全身の魔力を高める。
「はああっ!!!!」
そして凍結の魔法で頭部全体を凍らせた。頭部が凍ってもブムの攻撃の手は止まらず、背中や脚に切り傷が増える。ローブが毒液で染まり、買い替えないとな、という場違いな考えを頭の隅へ追いやる。何とか飛行で致命傷を回避しつつ魔力を再び高める。もしさっきの声が嘘だったら誰を恨めばいいんだろう。だが、信じるしかない。
「これで、どうだ!!!!」
全力の魔力の塊を凍った頭部にぶつける。ブムの頭部はひび割れ、粉々に砕けていく。すると毒液は止まり、浮いていた腕は力が抜けるように地面へと垂れていく。
(やった……)
あたしは全身傷だらけで、何とか地上に着地する。
「ミル!!!!」
「すぐに手当いたします」
目の前のブムは溶けていき、汚い液体が残るだけになった。ルリが自分の手が毒で傷付くのも気にせず、毒まみれのローブを破いて脱がしてくれる。ネルの魔法は結構深かった傷も次々と治してくれた。徐々に気力が戻って来る。あたしは気合を入れ直し、動けるようになったらすぐに立ち上がった。
「まだだ、急がないと」
「ミルは休んでいても……」
「そうです、まだ動かれては」
「いや、もう魔力の高まりを感じる」
あたしは下着姿で魔力が高まっている方へと走り出す。2人もそれに黙って付いてきた。それは半壊した建物の中にあった。近くの魔族を排除すると、巨大な皿のような魔導具が見える。周囲には骨と思われるものが積み上がっていた。
(凄い魔導具だ……)
邪悪ではあるが、その魔力の形は芸術的に感じられた。恐らく生贄と引き換えに魔族を生み出すのだろう。そしてそこから再び何かが生まれようとしている。先ほどのブムを上回る何かが。
『まだ間に合います、それを破壊しなさい……』
再び声が聞こえた。もう疑ってる時間は無い。あたしは魔力を高め、光の刃で皿を真っ二つに割った。すると急速に魔力は失われ、周囲の邪気も薄れていく。
「うまく行ったの?」
「多分、な」
あたしは注意深く周囲を見回す。そしてようやく見つけた。
「そこに居るんだろ。感謝はしているよ。でも、顔を見せてくれたっていいんじゃないかな」
「え、ミル?どうしたの?」
虚空を睨むあたしを横の2人は不思議そうに見つめる。徐々にあたしが見つめている空間が歪んで見える。
「見つかっちゃったかあ。まあ、その眼も少しは使えるようになったみたいね」
上空から可愛らしい少女の声が聞こえてきた。そして空の一部がひび割れ、そこから煌びやかで可愛らしいピンクの衣装を着た幼い少女が舞い降りるのだった。




