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5.三人目の魔女

 早朝、ルリはダブルベッドの落ちそうなぐらい端っこで目を覚ました。


(アラームの魔法より先に起きちゃったか。あんまり眠れなかったな……)


 私はゆっくりと身体の向きを変え、眠れなかった原因を確認する。


(気持ちよさそうに寝てるなあ、こっちの気も知らずに)


 ミルはぐっすり眠っていてすぐに起きそうにない。ミルはスキンシップはしてくるけど、一緒に遊ぶ子と一線を越える事は無いとユウに聞いていて、そうだろうとは思っていた。思ってはいたけれど、一緒のベッドに入ったら成り行きで何かして来るのではと身構えてしまった。なので私は寝る前にそう思ってる事を気取られないように必死だったのだ。結果として何も無かったのだけれど。


『……』


「おはよう、ヘレナ」


 私の意識が覚醒したのに合わせてヘレナが起きてきた。昨日の夜はヘレナも気を利かせて(?)か早めに寝ていたのだが、そんな必要はまるで無かったのにと思う。むしろヘレナが起きていてくれればミルも何もしてこないだろうと安心して眠れたかもしれない。起床予定の時刻よりずっと早いけど、二度寝をする気にもなれず、昨日出来なかった荷物整理をする事にする。


『……』


「確かに気まずかったけど、喧嘩してたわけでも無いし、仲直りって程でも無いよ」


 魔法の薄明りの中、手を動かしながらヘレナと何気ない意志疎通をする。ヘレナはたまに保護者視点で私達を見ていて、余計な心配をしていたりする。まあ、そう思ってくれる人がいる事は嬉しいんだけれど。


「ヘレナの方は大丈夫?ナルーアに攻撃された事を引きずってない?」


『……』


「そう、ならいいんだけど。今後はこういう事もあるかもしれないし、人前に姿を現すのは避けてもいいんだよ」


『……』


 ヘレナは必死に役に立ちたいと伝えてくる。ヘレナにとって使い魔が今の存在意義であり、私達の役に立つ事が願いなのだろう。ヘレナとはいずれ別れる覚悟だけれど、戦いなどで失う事だけは避けたいと思っていた。彼女が満足し、浄化される覚悟が出来るその日までは友人の一人としてヘレナを助けていきたい。

 そんな事を考えながら荷物整理をしていたら出発時間が近付いていた。ミルはまだ寝ていて起きてはこない。


「さて、ミルを起こしてデロリラの町へ行こうか」


 私は気合を入れるように声に出していた。


********


「そんなに急ぐ事は無かっただろ」


 箒で横を飛ぶミルが朝食のパンを口に運びつつ文句を言う。私達は朝の爽やかな空の中、箒の速度を最大にしてデロリラの町を目指していた。


「予定時間は決めてたんだし、それを守るのが普通でしょ。今までは時間に正確だったのに、一緒の部屋になったら急にルーズになったよね?」


「だって、起こしてくれると思ったから……」


「何度も起こしたでしょ。宿の朝食を食べに行こうとも。もう少しだけ、とか、後から行く、とか言ったのはミルでしょ」


 だらしない所があるのは知っていたけど、ここまでダメなのは予想外だった。というか、今までの旅ではそこまで遅れて起きて来なかったので、やっぱり同室にしたのは間違いだったのかもしれない。


「やっぱり宿は別室じゃなきゃダメね」


「どうしてそうなるんだよ。

そうだ、こないだのナルって魔女がもし指輪の対象の魔女だったらどうする?実力はかなりあると思うけど」


 ミルがあからさまに話を変えてくる。が、ここ数日避けていた話題で、ようやく話せるようになったので、私も思考を切り替えた。


「それは無いと思うよ。ナル―アの呼び名は『正義の雷』で、その名の通り広範囲の雷を落とすのが彼女の魔技だから」


「そっか、それなら良かった。ヘレナの事をあんな目で見る奴と仲間になるのはどうかと思ったからな」


「でも、特に彼女の物の見方が間違ってるとも言えない。それこそ7人の魔女、私達を除いて5人の魔女を探した時、彼女みたいな魔女、もしくはもっと邪悪な魔女が居てもおかしくない。もしそうだった場合にどうするかは考えておいた方がいいかも」


 他人の使い魔に突然攻撃してくるのは普通では無いけれど、ゴーストを見た時に身構えて戦おうとするのは間違った行動ではない。死んでしまったハリアルも魔族に魅入られ道を踏み外したし、能力のある魔女はどこか歪になっていてもおかしくない。そうした者が何でも願いが叶う力を手にしたら、碌でも無い事が起るのは目に見えている。


「同じ魔技を持つ魔女が別にいるんならその魔女を仲間にしなければいいだけなんだけどなあ。あたしやルリの魔技は多分今の時代で同じ魔技を持ってる魔女はいなそうだし、そういう特殊な魔技だとどうしようも無いよなあ」


「お金や別の対価で一時的に仲間になってもらう、って割り切れればいいんだけど。7人集まった時にどうなるかも分からないし、出来れば信頼出来る魔女に越した事は無いよね」


「まあ、実際にそういう魔女だった時にはまた考えればいいさ。魔女を集める事だって絶対にやらなくちゃいけない事では無いんだし」


 ミルの前向きさに私は助けられる。私だけじゃどうしても考え込んで、踏み止まってしまうだろう。私も少しずつでも変わっていかなくちゃいけないなと思った。


 休まず飛行を続けた事で昼前にはデロリラの町に到着した。昨日の失敗を踏まえて先に宿に部屋を取りに行き、今度はベッドが二つある一つの部屋に泊る事にする。


「別々の部屋じゃなくてよかったのか?」


「ミルの生活習慣を正す為にしばらく私が注意しようと思う」


「急にどうしたんだ?」


「この機会に今後ミルが1人でもやっていけるように矯正していおいた方がいいかなって」


 宿の部屋に荷物を置きながら、私は半分照れ隠しで、半分本気の回答をする。ミル自体やろうと思えば出来る事をなまけ癖でやらないだけなので、口うるさく注意すればもっとまともになる筈だ。


「まああたしとしてはルリがそれでいいんなら嬉しい位なんだけど」


「言っておくけど、ミルが変な事をしてきたらまた別々の部屋に戻るからね」


「そんな事しないって。多分しないと思う……」


 言葉を濁し困った顔をするミルが可愛くて私は笑うのを堪える。ただ、ふざけてるのもこれ位にしないといけない。


「あんまりゆっくりしてると町からフォイラスさんが出て行くかもしれない。食事の前にデュエルスペースに行こう」


「その事なんだけど、今日もルリが戦うのか?フォイラスっていうのはそれなりの腕のデュエリストなんだろ?あたしが戦った方がよくないかな?」


 ミルが提案してくる。旅の間、ミルにデュエルを任せて、相手が魔技を使うまで手加減する訓練もしていた。ただ、あくまでミルの訓練の為で、基本は強い相手とも私がデュエルしていた。確かにこれまでの相手よりは強いかもしれないが、ここでミルと交替するのは少し悔しかった。


「大丈夫、今回も私が戦う。フォイラスさんの魔技『追従の炎』は高い誘導性のある炎の魔法だって聞いてるし、いざとなれば魔技で盾を作れる私の方がいいと思う」


「でもルリの魔技を使うと天才魔女だってバレて、あたし達が何かの目的で旅をしてるって噂になるかもって話だっただろ」


「もちろんすぐに魔技を使ったりはしないよ。前にも言ったけど、フォイラスの魔技が見られれば勝ち負けに拘る必要だって無いんだし、それなら私にも出来る」


 そういう意味ではフォイラスのデュエルが近くで見られて、魔技を使ってくれれば戦う必要すらない。私もいつの間にか戦って、勝つ前提でどこかで考えていた。


「まあ、そうだったな。でもあんまりルリが無理する必要は無いんだし、たまにはあたしも頼ってくれよ」


「うん、ありがとう」


 ミルの気持ちは嬉しいけど、これは最近芽生えてきた私自身の我儘なのだと思う。あと、強い魔女とのデュエルの経験は私自身の成長に繋がってると実感もしている。強い相手と戦って勝ちたい。そんな気持ちが私にもあるだなんて少し前は思いもしなかった。

 話もひと段落したので、今回もヘレナには留守番をして貰い、ミルとデュエルスペースへと向かった。


 デロリラの町は栄えていて立派な街並みだけれど、ピラトに比べると悪く言えば古臭く、落ち着いた町だった。町には魔女も多くいて、デュエルスペースはミグリの町の倍以上の大きさだ。受付を済ませ、現在行われているデュエル一覧を見てみると丁度フォイラスがデュエルをしているところだった。私とミルはまずはそのデュエルの映像を酒場で眺める事にする。


「強いね、フォイラスさん。魔技は使ってた?」


「いや、使うまでも無く倒した感じだ」


 フォイラスは有名なデュエリストなだけあって、この町でも負け知らずらしい。若い女性に人気があるらしく、デュエルにも賭けにも参加しない女性がフォイラスのデュエルを見に来ていた。対戦を挑む者は多く、普通の魔女じゃなかなか相手をして貰えないと併設の酒場で情報が手に入った。


「どうする?このまま魔技を使うまで彼女のデュエルを観戦してくか?」


「それじゃ使わないまま終わるかもしれない。相手をしてくれないなら、相手にしたいと思わせればいいんじゃないかな」


「それって……」


「私の今までのデュエルの成果、見てて」


 私は俄然やる気が出て来ていた。多分ハリアル屋敷での騒動の後、鬱憤が溜まってたんだと思う。体長は万全だし、正直フォイラスの戦い方を見ても何とかなる気がしていた。


(ミルと長く居たから考え方が移ったのかな)


 私はとりあえずミルのせいにして、連続デュエルを開始するのだった。



「勝利、ルミさんです」


 立会人が私の偽名を勝利者として挙げる。これで4連続勝利だ。少し疲れたけど、まだ魔力も気力も十分ある。ミルには相手の魔技を確認して貰ってるけど、今のところ対戦相手に該当者はいない。相手の魔女はそこそこの腕の魔女をミルに選んで貰っていた。どのデュエルも楽勝とは言えないけど、油断しなければ負ける相手では無かった。これだけ戦えばデュエルスペース内でも少しは話題になっているだろう。


「あの、宜しいでしょうか?」


 戦いを終えてデュエルスペースの通路で観戦していたミルと合流したところで背後から声をかけられる。振り返ると神聖教団の修道女のローブを着た若い魔女が立っていた。私達より少し年上だろうか。長く緩やかな金髪にオレンジ色の大きな瞳で優しい笑顔を湛えている。背格好はミル程では無いけど背は高めで、肉付きがよく、ローブの上からでも零れるばかりの大きな胸が見て取れた。少しだけ羨ましいと思ってしまう。

 ナルーアの一件があったので神聖教団の人から声をかけられる事に、私は少しだけ身構える。


「はい、何でしょうか?」


「わたくし、神聖教団の癒し手で、キネル・オイストと申します。ここで怪我人の手当てをしておりますが、連戦でお身体の方は大丈夫でございますか?」


「あ、ありがとうございます。見ての通り傷一つなく大丈夫です」


 癒し手というのは神聖教団で回復魔法を得意とする人達の事で、主に戦場で傷付いた人の手当てをしていると聞く。こういうデュエルスペースがヒーラー(回復魔法を得意とする魔女)を雇うのは珍しくないが、神聖教団から来ている人は初めて見た。


「ぶしつけですが、この町ではお見掛けしない魔女様ですよね。先程までの戦いを見ましても高名な魔女様のような気も致します。もし宜しければお名前を教えて頂けませんでしょうか?」


「いえ、私達は別にそういう者では。私はルミと言います」


「あたしはリルだ」


「『ルミ』さんと『リル』さんですね。何かございましたらいつでもお声をかけて下さい」


 そう言ってキネルと名乗った魔女は去っていった。町の外から来た魔女が4連勝もしたら気になるのは確かかもしれない。


「今のキネルって魔女只者じゃないぞ?」


「え?そうなの?」


 確かに見た目の柔らかさに反してどこか堂々としているとは思ったが、私には普通の神聖教団の魔女に思えた。


「ルミさん、でしたよね。もしかして『愛憐あいれん魔女』様とお知り合いなのですか?」


「ああ、先ほどの。愛憐魔女ってキネルさんの事ですか?」


 声をかけてきたのは先ほどまでデュエルをしていた相手の魔女だった。細身で弱弱しい印象だが、魔法の腕はなかなかだった。


「そうです。神聖教団の癒し手の中でも特に秀でていて、それでいて誰にでも優しく、慈愛に満ちた魔女様で、いつしか愛憐魔女様と皆に呼ばれるようになったのです。ルミさんはお強く、先ほどまで愛憐魔女様と会話をしていたので、もしかしてお二人はお知り合いなのかと」


「いえ、私の怪我を気にしてくれただけで、初対面でした」


「そうでしたか、失礼しました。先ほどの戦いはいい試合でしたね。またデュエルの相手をさせて下さい」


「はい、またやりましょう」


 細身の魔女は深々とお辞儀をして去っていった。


「な、只者じゃ無かっただろ」


「でも、悪い人じゃなさそうだよね」


 神聖教団という事で少し身構えたが、キネルの緩やかな雰囲気は以前持っていた教団のイメージを思い出させてくれた。神聖教団に所属している魔女は本来奉仕の精神を持っていて、一般的なイメージは清く正しい魔女なのだ。ただこの前のナルーアの存在がそれを私の中でそれを覆らせてしまった。


「フォイラスが来たぞ」


 会話をしていると、ミルが表情を変え、小声で教えてくれた。そう仕向けては居たけれど、向こうから来てくれるとは思ってなかった。


「すまないが、ちょっといいかな」


「はい」


 声をかけて来たフォイラスは背もミル並みに高く、茶色の長髪を後ろで縛った凛とした表情の魔女だった。


「ボクはフォイラス・ヨスマリと言って、自分で言うのも何だが少しは名の知れたデュエリストだと思う」


「はい、存じています」


「それなら話は早い。ルミくんと言ったかな、キミの戦いぶりを見て、是非手合わせ願いたいと思ったんだ。勿論連戦で疲れているだろうから、タイミングはキミに合わせるよ」


 流れるようにフォイラスが誘ってくる。少し中性的な物言いが若い女性に人気がある理由なんだろう。ただ、私には少し滑稽に思えてしまう。カッコよさで言うならミルの方がずっとカッコいい。


「まだそこまで疲れていないので、この後すぐで大丈夫ですよ」


「そうかいそうかい。では、早速デュエルをしようじゃないか」


 フォイラスが笑顔で答える。この人も悪い人では無いのではと思った。探している魔女の一人ならいいなとも思う。ミルはそんな私達を厳しい視線で見守っていた。すぐに立会人を名乗り出る魔女が現れ、デュエルスペースの一角でデュエルが始まろうとしている。


「条件はどうしますか?」


「普通にアタック、制限無し、賭け金5MGでどうかな」


「私は問題無いです」


「お二人とも宜しいですか?

では始めましょう。フォイラスさん対ルミさんの試合、開始!」


 立会人の声で試合が始まる。まずはお互い攻撃はせず距離を離した。


 幾度もデュエルをこなし、分かって来たことがある。熟練者同士の戦いは大きな魔力の差が無ければいくつかの駆け引きで決まる。一つは相手のミスを誘う方法。もう一つは相手の虚を突きリズムを崩す方法。そして、もう一つが圧倒的な手数で相手の心を折る方法。今日見たフォイラスの戦い方は三つ目の方法だった。


 フォイラスは一定の距離が離れると怒涛の攻勢に転じた。光弾、氷柱、時間差の爆発、幻覚魔法、炎の壁。身構えていたが、こうも連続で来ると防戦一方に追いやられる。魔技は使わずにシールドや回避で避けているものの、今までのデュエルとはかけ離れていると感じる。が、こちらもやられてばかりはいられない。


(そこっ!)


「おっと、危ない」


 私の仕掛けた土で動きを封じる罠をフォイラスがギリギリで避ける。フォイラスも私の戦い方が防戦に見せかけて、罠や隙を突いての攻撃だと理解しているようだ。デュエリストを名乗るだけあって、攻撃だけではなく、防御も万全という事だ。まだフォイラスは魔技を温存し、使う素振りも見せない。もっと相手に本気を出させなくちゃいけない。


(行くよ!)


 私はフォイラスの魔法を受け切ったタイミングで反撃を開始する。光の槍を複数同時に放つと共に周囲に仕掛けていた魔法も発動させる。反撃を警戒していたフォイラスも受けるのに必死になって攻撃の手が止まった。私はここぞとばかりに連続で魔法を撃つ。相手が魔技を使う前に的を射抜いて勝利してもいいと思うぐらいに。


(今までの戦いに比べれば全然だ)


 火竜や悪魔とも対峙したし、デュエルに関してはシリとの戦いの方が危機感があった。今はデュエルをこなし、色んな魔女の戦い方を見て来た事が大きい。何よりいつも隣に強い魔女がいる。ミルに比べれればフォイラスを凄いとは感じない。


「ここまでやるとは思わなかったよ、お嬢さん」


 そんな事を思っていた瞬間、辺りの空気が変わった。フォイラスのこちらを見る目つきが変わっている。そして魔力の高まりを感じた。


(来る!)


 私は集中して攻撃に備える。ゆっくりとこちらに飛んでくる複数の光球。その背後に強い魔力があるのが分かった。


(まだ私の魔技は使わない!)


 光球に光球をぶつけて消すと、視界内に相手の攻撃が無い事に気付く。フォイラスが魔技を使った事は分かるが、どこから攻撃が来るかが分からない。


(ミルだったら簡単に対応してる筈)


 ミルの魔技の事を思い出す。世界は魔力で満ちていて、その流れをミルは見ている。私にだって魔力の流れは見える。ただ、その感度が低いだけだ。さっきの強力な魔力はどちらに流れていったか、そして、攻撃してくるとしたらどこからか。


(上だ!)


 私は自分の頭上に魔法の的ごと守れるシールドの魔法を張る。その瞬間シールドが破壊された。読みが当たったのだ。


「初弾を防ぐなんて、やっぱり凄いね」


 フォイラスは言いつつ既に魔法を展開させている。魔技が見れたのだから負けても問題は無い。ただ勝ちたいだけならこちらも魔技を使えばいい。でも今の私は魔技を使わずフォイラスに勝ちたいと思っていた。


(行くよ!!)


 私は危険覚悟でフォイラスに向かって魔法で速度を上げて接近していく。自分の目の前にだけシールドを張る。前に進んでいれば魔技の誘導の炎が追って来てもその方向は上や左右ではなく、必ず後ろになる。後ろにだけ集中すれば炎が接近してくるタイミングは読める。そして攻撃を受ける前にフォイラスの的に当てればいい。


「いい思い切りだ」


 フォイラスも移動を始め、こちらを向いて後退しながらも攻撃の手を休めない。でも私はフォイラスに隙が出来る事を知っている。


(そこだ!!)


 デュエルスペースは範囲が決まっていて、そこを出たら負けになる。フォイラスもその範囲は把握していて、後退を続けるにしても左右どちらかに曲がる必要が出てくる。そして曲がる為の微妙な調整の瞬間に隙が出来るのだ。私はそのタイミングに合わせて3発の光の槍を放った。フォイラスがいくら反応が早くても3発とも対応するのは難しい筈だ。


(え?油断した!)


 が、フォイラスも仕掛けをしていた事に直前で気付く。突然目の前に炎の壁が現れ、私は一旦止まるしかなくなった。そして、背後から迫る魔技に即座に対応出来ない。私の的がフォイラスの魔技で破壊されたのを感じた。


(負けたの?)


「試合終了です」


 立会人から試合終了の合図が出る。私もフォイラスも動きを止め、立会人の元へと移動する。攻撃に集中し過ぎて炎の壁に気付かなかったのが私の敗因だろう。でも勝者の名前はまだ呼ばれていない。


「私の目からはほぼ同時にお互いの的が破壊されたように見えました。ですので、判定は監視ゴーレムにしてもらいます」


 デュエルスペースの中央に空を飛んでいる監視ゴーレムから二つの映像が映し出される。一つはフォイラスの頭上の的を、もう一つは私の頭上の的を中心にとらえた映像だ。私の槍がフォイラスに迫り、フォイラスの炎が私に迫る。そこからは映像の速度を遅くして再生される。私の三つの槍は一つは光弾で弾かれ、もう一つはシールドで防がれたが、最後の一本がフォイラスの的に迫っていく。一方フォイラスの炎はある程度距離があったが、私が炎の壁で立ち止まった事で一気に近付いて来る。


(お願い)


 私は祈りながら映像を見守った。徐々に的に近付くそれぞれの攻撃。が、フォイラスの炎が一瞬速度を落とした。追尾型の魔技はその正確性ゆえにきっちりした方向転換の調整をしてしまったようだ。私が立ち止まった際に反射的に少し横にずれたのが原因だろう。そして、その一瞬の差で私の槍が先に的を射抜いていた。


「勝者、ルミさんです!」


「「おおーー!!」」


 立会人の言葉と共に周囲に歓声が上がる。ギリギリの勝利だったが、勝てた事は素直に嬉しかった。


「いい試合だったよ、ありがとう」


「こちらこそありがとうございました」


 先ほどの鋭い視線とは打って変わって優しい表情でフォイラスが握手を求めてきた。悔しさを感じさせないのは流石デュエリストなのだと思う。握手を交わし、掛け金を受け取る。


「しかしキミはまだ魔技を温存しているんだね。よっぽど名のある魔女なんじゃないのかな?」


「いえ、私なんかまだまだです」


「負けてしまったしボクはこの町を去るよ。またどこかで会えるといいね」


「はい、またデュエルしましょう」


 フォイラスは爽やかに去っていった。入れ替わりにミルがやって来る。


「残念だけど、彼女も違ったよ」


「うん、戦ってて何となく違うって思った」


 正直途中からその事は忘れてデュエルに夢中になっていた。フォイラスの魔技はデュエルには有効だけど、そこまで強力な魔技では無かった。彼女が有名人なのはフォイラス自身の立ち振る舞いと通常の魔法の才能によるところが大きいのだと分かった。


「連戦でお腹空いただろ。美味しい店を知ってるから食べに行こう」


「うん、そうしよう」


 言われて急に空腹を感じ、食事がとても楽しみになった。私達はデュエルスペースを後にする。


********


「美味しい!」


 私は料理に舌鼓を打つ。ミルに連れられて入った小さな料理屋は落ち着いていて雰囲気も良かった。この店の売りはパスタで、麺の湯で加減も、肉を使ったソースも絶品だった。こういう店を知ってるミルはやっぱり凄いと思う。


「ご馳走様でした」


「美味しかったな」


 満腹になり私は多幸感に包まれる。指輪の対象の魔女は見つからなかったけど、デュエルに勝利し、美味しい物も食べられて今日はとてもいい日だ。


「ルリ、頑張ったな」


「どうしたの、急に」


「いや、今日のデュエルは凄かったなって。今までは冷静で、受け身の戦い方が多かったけど、今日はそこからの切り替えが見ていてとてもよかったから」


「そうかな……ありがとう」


 ミルからストレートに褒められる事はあまりなかったので本気で嬉しかった。自分でもうまく出来たと思う部分もあったので猶更だ。


「今日は移動とデュエルで疲れただろうし、早めに宿に戻ろうか」


「うん、そうだね」


 昨日は遊び回り、今日はデュエル三昧だったので正直宿でゆっくりしたい気分だった。会計を済ますとお店を出て宿屋へと向かう。


『ドンッ!!』


 通りを歩いていると、爆発のような重低音が響いた。そして周りの人達が何か騒がしい。


「見に行ってみよう」


「厄介ごとかもしれないよ?」


 宿に戻るつもりでいたので、私は騒ぎに巻き込まれたくないと素直に思っていた。


「でも、誰か困ってるかもしれないだろ」


「そうだね、分かった。けど不要な手出しはしないでね」


 ミルが野次馬心ではなく、本心で心配してる事は分かっているので、見に行く事にする。騒ぎの中心は大通りの一角で、大きな野次馬の円が出来ていた。そしてその中心にいるのは2人の魔女だ。


「やりやがったな、この野郎!」


「そっちがイカサマしたのが悪いんだろ」


 お互いロッドを構えつつ口汚く口論している。片方の魔女は腕から血を流しているので、先ほど音がした魔法でダメージを負ったようだ。魔女同士の決闘は禁止されてはいない。ただし町に被害を出した場合は町を警備する魔女に掴まり、罰金を払う必要がある。今のところ町に被害は出ていなそうだが、このままではどうなるか分からない。


『魔女同士のいざこざだから関わっちゃダメだからね』


『分かってるよ。でも町や市民に被害が出そうならそうも言ってられないんじゃないか』


『そうだけど、その時も私に相談してから動いてね』


 声に出さず魔法でミルと会話する。仲裁しようとしても恨みを買う事になるので、争いを止めようとする魔女は普通はいない。そのうち町の警備の魔女が来るだろうし、なるべく遠くから見守る方がいい。


「あらあら、もしかして揉め事でしょうか?」


 そんな中、1人の魔女が野次馬の円の外から中へと入っていった。そしてその顔には見覚えがある。


『キネル、さん?』


『デュエルスペースにいた魔女だな』


 修道女のローブを着た金髪の魔女がゆっくりと2人に近付いて行く。神聖教団の魔女だとしても、頭に血が上った魔女2人を抑える事は難しいと思う。


「なんだ、てめえは」


「関係無いヤツはこっちに来るな!」


 2人から明らかな敵意がキネルにぶつけれられる。見ている野次馬からは「愛憐魔女様……」と心配そうな声が上がっていた。


「こんな街中で争いごとは駄目ですよ。あら、お怪我をなさっているじゃありませんか。わたくしに見せて頂けませんか?」


 キネルは怯まず2人に満面の笑顔で近付いた。2人は身動きせず、キネルの接近を許す。


「わたくしが治して差し上げます」


 そのままキネルは怪我をした方の魔女の手を取り、回復の魔法で傷を塞いだ。癒し手の実力は噂通りで、傷は一瞬で消えて無くなる。


「ほら、もう痛くないでしょう?」


「あ、ああ、ありがとう」


 治してもらった魔女は冷静さを取り戻したのか、素直に感謝を伝える。


「貴方の方はお怪我無いですか?」


「あたしは、大丈夫だ……」


「そうですか、それは良かったです。お二人とも何があったのかわたくしに話して頂けませんか」


 そうして少し落ち着いた2人の魔女はキネルと会話を始めたのだった。


「さすが愛憐魔女様だ」

「また騒ぎを治めて下さった」


 町の人々がキネルを褒める声が聞こえる。こうした事態は今回が初めてではないらしい。


「凄い魔女だね」


「――見つけた、あの魔女だ」


 ミルが真面目な顔で騒動の中心を見つめている。


「どういう事?」


「彼女が使った魔技が一致したんだ。キネルが探している7人のうちの1人だ」


 ミルから予想外の言葉が出たので私は驚く。私はキネルが魔技を使ったところを見ていない。回復の魔法も普通の魔法だった筈だ。


「魔技って、どの紋様の?」


「どういう魔技かまでは分からなかったけど、色はオレンジ、紋様はハートだ」


 ミルが言っているのだから、本当に一致した色なのだろう。ハートの紋様の魔技は精神系と予測はしていたけど、魅了の魔法のような魔技を私に見えない速さで2人の魔女にかけたのだろうか。それなら状況とは一致する。


「争いを止めたのは魔技の力って事?一応顔見知りだし、騒動が終わったら話しかけてみようか」


「うまく言えないけど、接触するなら警戒した方がいいと思う」


 ミルが真面目な顔で言う。ミルなら先導して話に行きそうだと思っていたので、いつもと逆の立場みたいだと思った。初めて見つけた指輪の対象者なので、慎重に行った方がいいのは確かだと思う。

 そんな事を思っているうちに2人の魔女は和解したようで、キネルに礼を言って去っていった。野次馬達も自然と解散していく。キネルも何事も無かったようにその場から立ち去ろうとしていた。私は急いでキネルの後を追う。


「あの」


「あら、『ルミ』さんに『リル』さん。こんな場所でお会い出来るなんて」


「先ほどの仲裁の様子を見ていました。凄かったです」


「いえ、あのような事は誰にでも出来る事です。どんな争いも話合えば解決出来るのですから」


 キネルはさも当然のように言う。私にはとてもそんな事は言えない。


「それで、もし迷惑でなければキネルさんと少しお話をしたいなって」


「まあ、迷惑だなんて思いませんよ。わたくしもお二人のような若く優秀な魔女様とお話しするのはとてもいい機会だと考えております。それでどういったお話でしょうか?」


「立ち話も何ですから、どこか落ち着いた場所で話をしたいのですが」


「でしたらわたくしどもの教会に誰にも聞かれない部屋を用意出来ますよ。雑談でも悩み事でも、そうした場所の方がよろしいのではないでしょうか?」


 こちらの希望を先回りして用意してくれるような対応で、キネルはとても素晴らしい魔女だと思った。神聖教団のナル―アの悪いイメージが完全に払しょくされていく。


「はい、お言葉に甘えて教会を使わせて頂けるなら是非」


「じゃあ参りましょう。わたくしに付いて来て下さい」


 キネルが先導して歩き出し、私とミルはそれに続く。教会は町の東側の端の方にあるようで、特徴的な建物が見えてくる。


『いい人そうで良かったね』


『そうだな……』


 聞こえないように魔法で会話したが、どうもミルがいつもより大人しい気がする。私もミルも神聖教団の神を信仰はしていないけど、特に嫌っていたりもしない。普通の市民と同程度にありがたい存在だと認識しているぐらいだ。ミルは余計な事を言って失言しないよう気を付けてるのかもと思った。


「立派な教会ですね」


「ありがとうございます。ですが、少々老朽化していてお見苦しいかもしれません」


 王都の教会に比べれば小さいが、それでも町の中にある教会としては大きい方だと思う。確かに老朽化して歴史を感じさせるが、白く立派な壁は美しく荘厳な感じがした。正面の扉ではなく、裏に回っていき、教徒が使うと思われる扉をくぐる。魔法の灯りが灯る薄暗い廊下を歩くと、その中の一室に通された。


「お茶を持ってきますのでくつろいでいて下さい」


「いえ、お構いなく」


「お客様にお茶の一つも出さないとわたくしが叱られてしまいます」


 そう言ってキネルは部屋を出ていった。白を基調としたそこそこ広い部屋だった。教団の人が会談などで使う部屋なのか、細長い10人ぐらい並んで座れるテーブルが部屋の中央に置かれ、座り心地がいい立派な椅子が囲んでいた。私とミルはテーブルの端にある席に並んで座りキネルが戻って来るのを待つ。


「ねえ、信用して正直に話していいのかな?」


「どうだろう」


 ミルにしては煮え切らない回答をする。今までのキネルの立ち振る舞い、言動、神聖教団の信徒という立場から私は信用してもいい気がしていた。もし会話の内容に問題があればミルが止めてくれるだろう。


「お待たせいたしました。粗茶なのでお口に合えばいいのですが」


「いえ、いただきます」


 キネルが持ってきた紅茶を飲むといい香りがし、気分がより落ち着く。キネルは私達の正面に座り、優しい笑みを浮かべていた。


「それで、どういったお話をしましょうか、『ルミ』さん、『リル』さん」


「ごめんなさい、ルミというのはデュエルの時の偽名なんです。本当の名前はイルリネ・フルールで、ルリと呼んでもらえれば。そして隣は」


「あたしはミルエール・ナンシで、ミルでいい。名前からバレると思うけど、天才魔女と変態魔女の2人は聞いた事あるんじゃないか?火竜を退治した」


「ああ、お二人はあの魔女様でしたか。勿論知っております。通りでお強いわけですね」


 話をするにも偽名のままでは失礼だと思い、本名を明かした。そしてミルに目配せするとミルが頷く。私は話をする覚悟を決めた。


「火竜退治の後、私達は火竜が集めていた宝の中にある物を見つけました」


 そして私は今までの経緯と指輪の話をキネルにする。キネルはそれを真面目に聞いてくれた。


「――そうでしたか。わたくしの魔技がその指輪の魔力と同じ色でしたのね。ミルさんの魔技でそれが間違いないと確信したのですね」


「あたしは一度見た魔力は覚えてるから、見間違いは無い筈だ」


「そして、それがおとぎ話に聞く『セブンウィッチの秘宝』に導いてくれると予想しているのですね。確かにとても興味深いお話ですわ」


 キネルは馬鹿にする事無く、私達の話を信じてくれたようだ。


「一つだけ質問をしても宜しいでしょうか?」


「はい、どうぞ」


「ルリさんとミルさんは『セブンウィッチの秘宝』を手に入れたとして、どのようなお願いをするか決めていらっしゃるのですか?」


 当然の疑問だろう。何でも願いが叶う秘宝を見つけた時、何を願うのか。それはとても重要な事だ。それが悪事や欲にまみれたものなら神聖教団の者は快く思わないだろう。

 私は今までミルに何を願うかを話していない。私自身特に決めてはいなかった。でも、心の中にはある願いが生まれ始めていた。それをキネルに打ち明けたい気持ちが湧いてくる。


「――私の、願いは……」


「そこまでだっ!!」


 ミルの叫び声が室内に轟いた。隣に座るミルを見ると、その左手に短剣が突き刺さり、血が出ていた。瞬間、頭の中がはっきりし、周囲が今までよりはっきり見えるようになった気がする。


「え?何が起こったの?」


 私は混乱してミルとキネルの顔を交互に見るのだった。


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