8.カルシア公爵家での夜会 1
「ねぇお姉様!今日は私のアルベルト殿下に近づかないでくださいね!!」
「えっ?」
とある日。ヘレンから放たれた言葉だった。
今日はルーシャの家でもあるカルシア公爵家で夜会が開かれる。
そこには、王太子殿下であるアルベルトとアルベルトの弟君であるセチルが来ることになっている。
その為、多くの令嬢は殺気立っていた。セチルはヘレンと同じくヒューマスト学園の一年生でカイルからもよく話を聞いている。
「あ、の…。大丈夫。近づいてなんかないから」
「嘘!だって、よくアルベルト殿下とお茶してるじゃないですか!」
「それは…」
あれはアルベルトから誘ってきたものだ。
リリデアナは王族からの誘いを断れずにしているだけなのだ。しかし、アルベルトの話は興味深く、また誘ってほしいというのが現状。これでは碌な言い訳もできない。
「ふんっ!もういいですけど。今日は私がアルベルト殿下とお話するんですから!」
それだけを言い残してヘレンは去っていった。リリデアナは溜め息を吐き、自室へと戻った。
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紺色のドレスに身を包むリリデアナ。
このドレスは胸元が開いていて、谷間がチラッと見えるセクシードレスだ。
侍女達にごり押しされてリリデアナは仕方なくこれを着た。
いつもとは違うタイプのドレスがリリデアナの魅力をより際立たせていた。
カイルに贈られた蝶の髪飾りを付ける。
以前、カイルに贈られた髪飾りをヘレンに取られてしまったことを思い出した。カイルに何度も謝り、ヘレンに返してと言ったが返してはくれなかった。
「お姉様、早く行きましょ、う……」
ヘレンがノックもなしにリリデアナの部屋へと入ってくる。
入ってきたのは自分なのに、何故か言葉を失っているようだ。
「ヘレン?」
「……な、何でもないですわ!早く行きましょ!!」
ゴトゴトと馬車に揺られ、カルシア公爵家へと向かう。
大きな屋敷が見え、カルシア公爵家に着いたことを知らせる。
「いってらっしゃいませ」
御者に見送られ屋敷内へと歩を進める。
アルベルトとセチルも来ているようで多くの令嬢に囲まれている。
ヘレンもその輪の中に行ったようで、夜でも輝く金色の髪を靡かせながらそちらへ歩を進めていった。
一人となったリリデアナはテラスに座り、紅茶を啜っていた。
「リリデアナ、ご機嫌よう」
凛とした声が耳朶に届く。
「アリス、ご機嫌よう」
エンパイアタイプのドレスを着ているアリスティアは魔性の笑みを浮かべていた。
「リリデアナはいつもと違うタイプのドレスね。よく似合っているわ」
ふわりとした笑みを浮かべるアリスティアを見て、リリデアナは安堵の息を吐いた。
先程までヘレンが近くにいたせいか無意識に緊張していたようだ。
「ありがとうございます」
「アリスティア嬢、リリデアナ嬢、こんばんは」
雑談をしていると、第二王子のセチルが二人のもとへやって来た。
真紅の髪が風に揺られている。猫っ毛の髪が気持ち良さそうだ。
「ご機嫌麗しゅうセチル殿下」
すっかり板についてしまった挨拶をする。
「そんなに畏まらなくてもいいよ。……リリデアナ嬢、よろしければ僕とダンスを踊ってはいただけませんか」
「光栄です殿下。よろしくお願いいたします」
ホールに入り、中心へとエスコートされる。
セチルの一つ下とは思えない程の大人びた行動にリリデアナは感心していた。
──お手本にしよう。
貴族としての立ち居振舞い。
微笑を崩さない姿勢。学ばなければ。という思いがリリデアナを支配する。
「ねぇ、リリデアナ嬢。兄さんより僕にしない?」
「どういう意味でしょう?」
「リリデアナ嬢は兄さんのこと好きでしょう?」
突然、セチルが突拍子もないことを言ってきた。
思わずセチルの足を踏みそうになる。
「いいえ。尊敬はしていますが、それが恋愛感情かどうかと問われれば違います。第一に、私のような元庶民の侯爵令嬢に王族が務まるとも思えません。そうですね…ヘレンなどはどうでしょうか?少し甘えん坊ですが愛らしいでしょう?見目麗しい王妃がいたら私も嬉しいです」
リリデアナはふと思った。何故自分はヘレンを薦めているのだろう。
少しでも自分の心のなかにヘレンを可愛らしいという気持ちがあるのだろうか。
「……僕は、リリデアナ嬢がいいんだけど」
「そうなのですね。光栄です。しかし、他にもご令嬢はたくさんいます。私よりももっと…っ!?」
リリデアナがその次の言葉を紡ごうとしたとき、腰をグッと引かれた。
その後、頬にキスをされたのだ。
幸い、周りはダンスや話に夢中のようで誰も気付いていないようだった。
「セ、セチル殿下…。どうしたのですか?どこか気分でも…」
必死に微笑を作り、何事もなかったかのように接する。
周りから、変と思われぬように。
「リリデアナ嬢、僕は君みたいに謙遜することも大事だと思うけれど、僕は君じゃないと駄目なんだ」
深い翡翠のような瞳がリリデアナを見つめる。
「その…。時間…」
「時間?」
リリデアナは人生で初めて愛を囁かれた。それが第二王子だということに戸惑いを隠せなかったのだ。
俯き、表情を見せないようにする。
「時間を下さい。私、セチル殿下の事をよく知らないので……。駄目でしょうか」
「……うん。そうだよね。いいよ。じゃあ、僕二年待つよ。リリデアナ嬢が卒業するときに返事をきく。それまで、覚悟しててね?」
「はい…」
覚悟しててね?という意味がよくわからなかったリリデアナはとりあえず、卒業の時の事を考えていた。
そうこうしているうちに、曲が終わり、セチルは去っていった。
その背中を見つめながら、リリデアナは呆然と立っていた。