7.放課後の寄り道
「リリデアナ!」
リリデアナは、突然自分の名前を呼ばれたことに驚いた。
咄嗟に、ユーリがリリデアナを背に庇う。
「カイル…?」
声の主は、カイルだった。
「リリデアナ、迎えに来ました。もう用事は済みましたか?」
「はい。大丈夫です。ユーリ様、ありがとうございました。また明日」
「まままた明日っ!」
ユーリに手を振り、二人は去っていった。
彼に、淡い期待を抱かせて。
「来たときはリリデアナがいなかったので不安になってしまいました」
ふっと柔らかくカイルが微笑む。
リリデアナは微笑を浮かべ、謝罪を述べた。
「ごめんなさい。ユーリ様に教えられるまで当番を忘れていて。無責任だと思いましたが、カイルとの寄り道が楽しみで仕方なかったんです」
もし、あのままユーリが声をかけてくれなかったら。
リリデアナは他の誰よりも教室を出て、カイルのもとへ行っていただろう。
周りからの評判の為にもそれは避けたかった。
「……そ、そうですか。それならしょうがないですね。しかし、今度からは自分が当番の時は教えてください。相手が誰なのかも」
「はい」
そんな会話をしながら、リリデアナとカイルはヒュルス街へと歩いていった。
今日は護衛も馬車もなしだ。
一応、侯爵家の令嬢と公爵家の令息なのだが、リリデアナは両親に言っても
『そう』としか答えないので基本自由なのだ。カイルは剣の技術も携えているため護衛が要らないらしい。
「どこに行きますか?」
「文具店はどうでしょう?私、カイルにプレゼントしたいんです。入学祝として」
本当はカイルに内緒で購入しようと思ったのだが、やはり本人と一緒に選んだ方がいいだろうと思ったのだ。
「いいですね。私もちょうど、新しい文房具が欲しくなっていたんです」
行く店が決まり、リリデアナとカイルは近場の文具店に入った。
内装はシンプルで、男性でも女性でも入りやすかった。
「カイル、どんなものがいいですか?」
「そうですね…。私はリリデアナの選んでくれたものなら何でも…」
「さっきからそればっかりじゃないですか…」
カイルの先程から続くこの返答にリリデアナは悩んでいた。
これでは選びようがない。
仕方なく、リリデアナはペンケースの売り場へと向かった。
カイルが入学した翌日、リリデアナとカイルは一緒に勉強をしたのだ。
その時に、使い古したペンケースを見た事を思いだした。それは以前リリデアナがカイルへ贈った誕生日プレゼントだった。いつも、使ってくれていたのだと思うと、リリデアナは嬉しくなった。
しかし、あれでは不便だろう。新しいペンケースを買うことに決めた。
「すみません、これをお願いします」
「畏まりました」
会計を済ませ、置いてきてしまったカイルを探す。
少し広い店内は複雑な造りになっていて、やっとカイルを見つけられた。
「カイル、終わりました。出ましょう」
「えっ?終わってしまったのですか?」
「はい。カイルが真剣に選んでくれないので私の独断なのですけれど…」
「ちょっ!?真剣に選んでいるつもりでしたよ」
あれで…?という思いがリリデアナの脳裏を掠めたが、微笑で堪えた。
目に留まった喫茶店に入り、誘導された席へと着く。
リリデアナは、紅茶とチョコレートケーキを。カイルはコーヒーを頼んだ。
注文した後、先程の店で買ったペンケースが入った紙袋と共に、別の物をカイルに渡した。
「な、何故二つなんですか…?」
当然の疑問だった。カイルは彼女が一つしか買い物をしていないとばかり思っていたから。
それは確かにそうなのだが、実はリリデアナには先週から用意したおいたカイルへのプレゼントが別にあった。
「一つはさっきの店で買ったペンケースです。
もう一つは、私の懐中時計と……その………お揃い、でして…。
あっ、いえ、全く同じというわけではないです。私の懐中時計には、カイルとルーシャの瞳と同じ色の…アパタイトと、グリーンアメジストという宝石が散りばめられています。
それで、カイルの懐中時計には、私の瞳と同じ色のシトリンと、アクアマリンがはめられているんです。
デザインは同じだけれど、宝石が違うんです。よかったら、受け取ってもらえないでしょうか」
リリデアナは微笑こそは崩していないが、耳が赤くなっていたので、恥ずかしがっていることが見てとれた。
もちろん、カイルはそれを受け取った。というか、カイルにはリリデアナから贈られたものなら受け取る以外に選択肢はないのだ。
「ありがとうございます。大切にしますね」
「嬉しいです。ふふっ。これで『三人』お揃いですね。」
「三人…?」
「はい。私と、カイル。そして、ルーシャです」
カイルは、リリデアナがそう言った後、少し固まった。
それも、笑顔のまま。
「は、ははっ…。え~っと…。ルーシャもですか。そうですよね。はい、期待しただけ無駄だったのかもしれません…」
どこか遠くを見つめるカイルにリリデアナは首を傾げた。
「気に入りませんでしたか?」
「そういうわけではないんです。凄く、凄く嬉しいですのが……いえ。やはりいいです。大事に使います」
悲しげに笑う彼にどことなくリリデアナは不信感を覚えた。
無理をしているのでは…と。
「カイル、無理だけはしないでくださいね?」
「大丈夫です」
直後、タイミングが良いのか悪いのか、注文の品が運ばれてきた。
甘いものに目がないリリデアナはチョコレートケーキに目を輝かせていた。
それにカイルは苦笑してしまう。
「んっ…。ケーキ……幸せ…」
ケーキを一口頬張ると、リリデアナは頬に手を当てた。
とろりと蕩けるような甘みが口いっぱいに広がる。
お菓子は正義だ。この時ばかりは、リリデアナは何も考えなくて済む。
クラウディオ家のことも。貴族界の息の詰まるようなやり取りも。たまに見てしまう嫌な場面も。
そして、あのニコラスのことも。
「あの、リリデアナ。相談があります」
「なんでしょう?」
リリデアナは嬉々として答えた。カイルが、自分を頼ってくれていることが嬉しかったのだ。
年上として、ここはきっちりと相談にのってあげたい。
「私には、好きな女性がいるのですが…、なかなか異性としては見てもらえないのです。何度アプローチをしたことか。それで、その方に異性として見てもらうにはどうしたら良いのでしょうか」
恋愛に疎いリリデアナは、考えた。
これまで、そういうことを考えたことがなかった。
しかし、これでリリデアナにはわかったことがあった。カイルが次々と縁談を断っている理由。
好きな女性がいるから。やはりヘレンなのだろうか。
彼はヘレンのエスコートをしているから、可愛いヘレンに恋をすることは不思議でもない。
「もっともっと、アプローチをした方が良いのではないでしょうか。相手に異性として見てもらえるような、アプローチを」
そうしたら、あの男タラシのヘレンでも、カイルのことを意識し始めるだろう。
リリデアナはカイルの好きな人はヘレンだと決め付けていた。
「……頑張ります」
「頑張ってください!応援してます」
クスッとリリデアナは笑った。
大好きな家族を応援したい。そんな気持ちでいっぱいだったのだ。