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4.再会は最悪でした

「リリデアナ嬢」


リリデアナが学園の庭を歩いていたとき、無駄にいい声が自分を名前を呼ぶ。

くるりとゆっくり振り向くと、そこにはニコラスがいた。


「ご機嫌よう、ニコラス様。どうかいたしましたか?」


「いえ、後ろ姿が見えたもので。……今日は髪はおろしてらっしゃるんですね」


ふふ、とニコラスが柔らかく笑う。冷たい印象を受けるニコラスの顔立ちからは考えられないことだった。


「え、あ、はい。変でしょうか……?」


リリデアナは、少々恥じらいながら白銀の髪をクルクルと指で弄った。

彼女のその様子にニコラスはほぅ…と息を吐いた。


今日、おろしただけにしたのは時間がなかったからだ。

いつも、侍女が来る前に起床するリリデアナ。だから、侍女たちも少し遅めに起こしに行っていた。

……が、リリデアナは昨日アイラに蔵の中にいることを命じられ眠ることが出来なかった。

理由はヘレンが好きな殿方と仲良くしていたから、らしい。


──好きな殿方とって…。誰なんだよ。


ヘレンの好きな殿方。それは、アルベルトか、ルーシャ。

そのくらいの情報しかリリデアナは持っていなかった。しかし、リリデアナは仲良くしている自覚などなかった。ルーシャはともかく、アルベルトと親しく話すことなどなかったのだ。


パーティーでダンスには誘われるものの、ルーシャがそれを拒む。

アルベルトは忌々しげにルーシャを見ると、ダンスは諦め、リリデアナをお茶に誘う。

そこで、政治の話など、ちょっとした世間話をするのだ。


だから、リリデアナにはアルベルトと仲良くしている『自覚』なんてまったく、一ミリもなかったのだ。

周りからどう見えても。


そんな言いがかりをつけられたリリデアナはヘレンをこれまで以上に憎んでいた。


リリデアナが暗い場所が苦手なのを知っていたアイラとヘレンはわざと、蔵にリリデアナを閉じ込めたのだ。

お蔭で寝不足。朝にはベッドに戻れたのだが体が起きることを拒否して中々起きれなかったのだ。

所謂、寝坊。


「いいえ。とても美しいですよ。……本当に…」


「御世辞がお上手ですね。ありがとうございます」


「素直に受け取ってもよろしいんですよ」


「これが私の最大限の素直です」


リリデアナはいつもの微笑を浮かべ、その中に憂いを帯びた表情を見せた。

いつもいつも、ヘレンが、ヘレンの方が可愛い。などと言われたら自信がなくなるのは当然だろう。

ルーシャ達がいくら御世辞を言ってくれたとしても、リリデアナは素直に受けとることが出来なかった。


「……貴女は────」


「えっ………」


ニコラスが何か呟いたが、リリデアナは聞こえなかった。

その直後、ニコラスがリリデアナの柔らかな陶器で出来たかように白く、頬が紅色に染まっている頬に触れた。ニコラスの長く、細い指がリリデアナの頬を堪能するようにゆっくりとなぞる。


「ちょ、ちょ………!?ニコラス様!変な噂が流されてしまいます…!」


いくら人通りの少ない庭とはいえ、誰も通らないとは限らないのだ。

こんな場面を見られてしまったら、リリデアナとニコラスのよからぬ根も葉もない噂が流されることは決まっているのだ。


「俺はリリデアナ嬢とだったらいいんですがねぇ…」


うっとりとした瞳を向けられ、リリデアナはニコラスから目を逸らした。その目が、比喩でもなんでもなく、本当に襲ってきそうな目だったのだ。

まだリリデアナが庶民の時、このような視線を向けられたことがあった。


(嫌だ嫌だ!イヤっ!怖い怖い無理無理無理…!)


あの時の思い出が蘇ってくる。まだ出会って間もない男にリリデアナは連れ去られた。その時、八歳。庶民だったころだ。

怪我をしていたその男をリリデアナは家に連れて行き、介抱していた。

しかし、その男は他の子供よりも美しく、大人びていたリリデアナを独占したくなり、連れ去ったのだ。

連れ去られている途中、商店の店主が声をかけてくれたからよかったのだが、もしあのまま誰にも気付かれずに連れ去られていたらと思うと、リリデアナは吐き気がしそうだった。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。離して離して。何でも…しますから…。うっ…ひっ…」


あの頃の恐ろしさを思いだし、リリデアナは狂乱した。終いには、泣き出してしまった。

淑女としてあるまじき行為であるとは分かっていても、リリデアナにはどうしようも出来なかった。

涙が止まらなかったのだ。


「リ、リリデアナ嬢!?────……リリ!」


「ふぇっ…」


泣いているリリデアナを宥めようと、ニコラスが出した単語にリリデアナは、首を傾げた。

『リリ』、なんて愛称、誰も呼ばなかった。だけど、ただ一人。一人だけいた。


「ニック…?」


「そうだよ、リリ」


ニック。一人だけ、リリデアナの事を愛称で呼んだ人物だった。


「えっえっ…?えっ!?ご、ごめんなさいぃ!!」


突然の事に頭がついていかず、リリデアナはその場から逃げ出した。


(ニコラス様のせいで失態ばかり!!最悪!!それに、ニックだったなんて!)


─────────


リリデアナは顔を真っ赤にさせて、足早に庭とは反対の旧図書室へ駆け込んだ。

ここまで来る途中、何人かの生徒がリリデアナを見たが、彼女には気にしている暇などなかった。

涙の後が残っている顔と、真っ赤になっている顔。いつもの微笑はどこにもない。

そんな顔、誰にも見せられなかった。一番一緒に過ごすルーシャやカイルにも見せたことがない。


「もう、私戻れない……。居場所ない…」


人前で、泣くという行為をしてしまったリリデアナ。


『令嬢は、いつも微笑を浮かべているものなのです。どんな困難にも立ち向かいなさい』


リリデアナが祖母から幾度となく言われた言葉だった。

人前で泣くことなど恥ずかしい。リリデアナは少なくともそう思っていた。

庶民の時だって、裏路地にはいれば恐ろしいこともあるわけで。

そんなんでビャービャー泣いているほど自分は子供ではない、と考えていた。


だが、自分はそこまで強くなかったらしい。

昔を思い出して泣いてしまうなど、弱い。


リリデアナは綺麗に磨がれた爪が掌にくい込むまで、強く、握りしめた。


「……とりあえず。ニックについて思いだそう」


この、旧図書室は、人が来ることは滅多にない。

リリデアナも一年生の半ばごろに見つけた穴場だった。


──ニック…。成長したね…。


ニックとは、リリデアナが庶民の頃会っていた一つ下の男だった。

自分と同じ庶民だと思っていたから、名字があったことなんて知らなかった。

加えて、伯爵家の令息であるということも、リリデアナは知らなかった。


あの、紫色になんとなく見覚えがあったのもそのためかもしれない。

しかし、何年ぶりかの再会は最悪。

ニックが欲にそのままの変態な輩だったのだ。リリデアナは恐怖よりもショックが大きくなってしまった。


(考えればニックも男なんだもん。しょうがないのかな…)


女である自分だってたまに変な妄想などをすると同じように男だってするのだ。

ただ、それが欲望となって行動に移してしまうだけで。


リリデアナはそんな斜め上の方向の解釈をし、旧図書室を後にした。


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