11.デートをしよう
更新遅れてすみませんでした!
カルシア公爵家での夜会の翌日、リリデアナは家に引きこもっていた。
幸い、今日は学園は休み。
気持ちを切り替えるのにも最適だった。
昨日、カイルには馬車に同伴してもらい、更にはカイルに抱き抱えられて屋敷の、自室まで連れていって貰ったと侍女に聞き、リリデアナの顔が火照ったのは彼女以外知らない。
リリデアナが乗ったのはカイルの家でもあるファレーシー侯爵家の馬車で、ヘレンとは別に帰ってきた。
昨日の失態を思い出して、リリデアナはベッドの上で無意味に体をジタバタさせていた。
うー、と言葉にならない呻き声を上げていたところ、コンコンと歯切れよいノックが聞こえる。
「リリデアナお嬢様…」
この声は、侍女のエルだ。
リリデアナはこの家の使用人全員を把握している。
「はい。どうしましたか?」
「セチル殿下がいらっしゃっています」
セチル殿下という単語にリリデアナは反応した。
『すぐに行く』と返事をし、部屋着から締め付けの緩いドレスに着替える。
長い螺旋階段を下り、客間へと入る。
窓から差し込む光にセチルの真紅の髪が反射していて、神秘的だった。
緑色の瞳は、情熱的で、リリデアナをしっかりと見つめていた。
薄く、形の良い唇はピンク色で陶磁器のような頬は赤みを帯びている。
どこからどう見ても人形のように美しいセチル。
リリデアナは何故このようなセチルが自分なんかに求愛をするのか謎だった。
「ご機嫌麗しゅう。セチル殿下」
「突然ごめんね、リリデアナ嬢」
「いえ、驚きましたが気にしておりません。……どのようなご用件で?」
「デートしよう」
このセチルの言葉に侍女達はほぅ…とため息を吐き、頬を紅潮させていた。
一方、リリデアナは微笑を浮かべたまま固まっていた。
「その………。え?」
「デートしよう?ほら、リリデアナ嬢は僕のことあんまり知らないって言ってたから」
──ど、どうすればいいの…?セチル殿下の思考ぶっ飛び過ぎ!!
助けを求めるように侍女に視線を送るも、『頑張ってください』と返されるだけだった。
「急いで準備をして参ります」
そう言って、リリデアナが立ち上がったその時だった。
「セチル殿下…!」
バンッという音と共にヘレンが入ってきた。
客間にいた全員がその場に固まる。
「これは…ヘレン嬢。どうしたの?」
セチルのくりくりとした大きな瞳が細められる。
誰が見ても、不機嫌だと見て取れるセチルの行動もお構い無しにヘレンは話を続ける。
「私とお話いたしましょう?」
不躾にもセチルに擦り寄り、瞳をうるうると潤ませるヘレン。
リリデアナはそれに嫌悪感を抱いた。
「僕は、リリデアナ嬢とデートするんだ」
『ね?』と首を傾げるセチルには今まで感じられなかった威圧感があり、リリデアナは必死に頭を縦に振る。
「何で…?セチル殿下、騙されているんですよ!お姉様…いえ、その雌豚に!
そいつは誰からも愛されていません!私みたいに可愛くもない。
なのに!何で!?他のどうでもいい令息やおじ様などは愛を囁いてくれるのに!
アルベルト殿下やセチル殿下、ルーシャにカイル、ニコラス様も!私じゃなくて何でそいつなの!?
庶民の癖に!お父様に媚売ってた売女の娘の癖に!」
突然のヘレンの変わりように混乱するも、彼女が自分を貶していることは分かった。
そして、何よりも、実母を侮辱していることに憤りを覚えた。
「ヘレ──」
リリデアナがヘレンに注意を促すよりも先に、セチルが口を開いた。
「あ?どの口が言ってるの?僕は君よりもリリデアナ嬢がいいんだ。
それに、僕は顔で選んでいる訳じゃない。初めは、その美しい容姿に惹かれたけれど、後からはそんなの関係なかった。僕はリリデアナ嬢の人柄に惹かれたんだよ。
確かに、君は社交界でも一、二を争う見目麗しい令嬢なのかもしれないね。でも、気品がない。色んな男に擦り寄っているじゃないか。
リリデアナ嬢には気品があるし、何よりも、知識が豊富で、一生懸命で、可愛い。
他のみんなもそういう思いだから、君よりもリリデアナ嬢を選ぶんじゃないかな?」
淡々とそう告げるセチルの瞳は何の感情も映しておらず、リリデアナは背筋がゾッとした。
「私、殿方に擦り寄ってる記憶なんて…!
あちらの方から勝手に来て困っているんです!」
ボロボロと紫色の瞳から大粒の涙を溢すヘレン。
この事が両親に伝わったらどうなるのだろうかとリリデアナは不安だった。
ヘレンが都合の良いように解釈して話をねじ曲げられてしまったら。
「そう。まぁ、どっちでも良いけれど。行こう、リリデアナ嬢。お忍び用の服は持っているかな?」
「は、はい」
涙を出しているヘレンとは対照的に、にっこりと誰もが息を吐いてしまいそうな蕩ける笑みを浮かべるセチル。
リリデアナはその差に慣れずに曖昧な返事をしてしまう。
「よかった。護衛は連れていくけど、後ろから付いてきてもらうからね。
念には念を入れないと」
瞬間、パンッと乾いた音が部屋に響いた。
リリデアナの視界はセチルの背中で塞がれている。
セチルの透き通るような白い肌には手形の痕が赤く残っていた。
セチルの背中から顔を出すと、涙は引っ込み、眉をつり上げたヘレンがいた。
やはり嘘泣きだったのだと分かるとリリデアナは呆れた。
「ユル、言いたいことは分かるな」
セチルの冷たく、地を這うような声は従者であるユルを呼んだ。
「もちろんです殿下。どういたしましょうか」
「そうだな…。不敬罪として牢に連れていくか?
それとも国外追放?何がいいかな」
リリデアナからはセチルの顔は見えないが、ヘレンや侍女達が震えていることから、相当恐ろしい顔をしているのだろう。
「まずは牢に閉じ込めておいて、それから決めても遅くないんじゃないでしょうか。
ヘレン・クラウディオ様は他にも、リリデアナ様に暴力を振るっているそうですし。
調査によると、悪質な嫌がらせを他の御令嬢にしたり、婚約者のいる御令息と逢瀬を交わしているようですしね」
「それは…。分かった。ここまで来ると手を打たないとね。
ベルシー、牢まで連れていけ」
「はっ!」
騎士の敬礼をしたベルシーと周りの騎士はヘレンの腕を無造作に掴み、客間から出ていった。
「……リリデアナ嬢、ごめんね。デートは無理かも。王宮に戻って父上に報告しないと」
「分かりましたわ。ヘレンのこと、お願い致します」
リリデアナがカーテシーをすると、セチルは苦笑を漏らした。
「いいよ。大丈夫。大事にしてごめん。僕が守るから、大丈夫」
「それだけで十分です。有り難く存じます」
セチルはリリデアナの方へと歩き、左手の甲にキスを落とした。
リリデアナの顔が白から赤へとかわっていく。
ヒュルス王国でのこの行為の意味は、『あなたと結婚したい』、『共に人生を歩みたい』などがあった。
「言ったよ、覚悟しててね?って」
あの時の言葉の意味がようやく分かったリリデアナはパクパクと口を動かすだけだった。
 




