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第25話:解き放たれた『奇跡』

 アサヒさんが居るという湯屋の前に私達は立っていた。その建物は大通りの一番奥にあり、どこからでも見える様な大きさだった。人々や妖怪達はいつもと同じ様に街を歩き、何事も無い様に暮らしていた。

 アサヒさんはここに居る皆を私が住んでいた現世に解き放とうとしてる。アサヒさんはそれを何も悪い事だとは思ってないんだと思う……それがここに居る皆にとっての事だと……。だけど、もしそんな事になったら大変な事になってしまう。絶対に世界中がパニックになっちゃうし、それこそ戦争にでもなったら人側にも妖怪や神側にも大勢の犠牲者出てしまう。何とかして、止めないと……。

「どうする?」

「……妙だな。いつもなら結界が貼ってある筈だが」

 コトヒラさんは鋏を取り出し、入り口に近付く。

「おい金刀比羅! 危険だ!」

「……大丈夫。そもそも結界が無い」

「え?」

 私達全員で近寄ってみると、入り口には何もおかしな所は無く、その結界というものもどこにも見当たらなかった。

「どういう事? あいつが結界を解くとは思えないんだけど」

「分からない……ただ、跡部が言ってた様に、三瀬川の知り合いが先にここに来てるらしいし、もしかしたらその子が解除してくれたのかもね」

 ユカリちゃんが……。もし、もしそうならもう中に入ってるかもしれない。きっとアサヒさんはユカリちゃんを止めようとする……いや、それだけじゃ済まないかもしれない。ユカリちゃんが殺されちゃうかもしれない……。

「だとしたら危険ですよ! ゆ、ユカリちゃんがもし死んじゃったりしたら……」

 ウエキさんは私の頭を撫でる。

「大丈夫だよ三瀬川ちゃん。私達は旭を倒すためにここに来たんだから。三瀬川ちゃんの友達を傷付けさせたりしない」

「ああ、俺にとってもあいつは知り合いだ。ここで死なれちゃ寝覚めが悪い」

「三瀬川、心配は要らない。ここまで私達が入れたという事は、旭はもう味方が居ない可能性が高い」

 私は皆の言葉に勇気付けられ、心を落ち着かせる。

「そう、ですね。今がチャンスですよね」

「ああ、行くぞ」

 サキモリさんは私達を守る様に先頭に立ち、中へと入っていった。私達もそれに続き、中へと入る。

 湯屋の中は壁も天井も金色に輝いていた。建物の外見も中の構造も和風のものであるにも関わらず、どこもかしこも金色だった。

 何だかちょっと苦手だな……別に金色が苦手な訳じゃないんだけど、ここまで執拗に金色だと嫌な感じがしちゃうな……。

「うわ、悪趣味……」

「ああ、気分が悪くなりそうだな」

 どうやらウエキさんとサキモリさんも同意見だったらしく、嫌そうな目付きで周囲を見渡した。そんな中、コトヒラさんは何かに気付いたらしく、私の右手を掴み、見始めた。

「どしたの金刀比羅ちゃん」

「薄っすらとだが、縁が結ばれ始めてる」

「えっ?」

「黄泉川のものか?」

「いや違う……縁の太さが違う。今にも消えてしまいそうな縁だ……」

 コトヒラさんは私の手から伸びているものと思われる縁を追う様に目線を動かし、近くにあった階段の方を見つめる。階段の前にはボロボロに朽ち果てた壁の様な物が倒れており、その近くには壁に塗ってあったものと思われる金粉が飛び散っていた。もしかしたらこの壁は階段を隠すために置いてあったのかもしれない。

「地下からだ。ここの地下から伸びてる……」

「黄泉川ちゃんじゃないとしたら誰なの?」

 もしかして……由紀さん……? ここに来る前に話し合ったけど、由紀さんを閉じ込めるのは相当な力が無いと無理な筈。そんな由紀さんを閉じ込めるなら、ここしか無いかもしれない。

「もしかしたら由紀さんかも……」

「……その可能性はあるな。お前は前にここに来た時に彼女と会った事があるんだろう?」

「は、はい。由紀さんは『奇跡』の力を持ってるって言ってました。私には見えませんけど、その消えそうな縁を何とか出してるんじゃないかと……」

「跡部、植木、私は先にこれを調べてみるべきだと思う。その由紀とかいうのには会った事が無いが、もしまだ力が残っているなら協力してもらった方がいい」

 ウエキさんは頷く。

「私は三瀬川ちゃんに任せるよ。行きたいんでしょ?」

「は、はい! もし由紀さんなら助けたいですし……」

「三瀬川、俺も行こう」

 二人共私に協力してくれる様だった。私は階段の方へと向く。

「行きましょう……!」

「俺が前に立つ。お前達は後ろに気を付けていろ」

 私達はサキモリさんを先頭に階段を下り、地下へと降りていった。



 数分は降り続けた私達は、ついに地下へと辿り着いた。そこは一階とは違い、一切の装飾がされておらず、寂れた印象を受ける場所だった。足元には床などは無く、外と同じ様に舗装されていない地面だった。まるで地下を直接くり抜いて作ったかの様な場所であり、そんな中で唯一目を引いたのは一つだけある牢屋だけだった。

「あそこだ。あそこから伸びてる……」

 コトヒラさんは牢屋の方を指差した。どうやらそこから縁が伸びているらしい。

「行ってみるか?」

「は、はい」

 私達はサキモリさんを先頭に牢屋へと近付いた。牢の中はボロボロになった畳が敷いてあり、それ以外には何も置かれていない様だった。しかし、牢の奥の暗がりには薄っすらと人影が見えていた。私は恐る恐る声を出す。

「由紀、さん……?」

 私が発した声を聞いてか、人影はピクリと動き、ゆっくりと這う様にして暗がりから出てきた。

「賽ちゃん……?」

 間違い無かった。見間違える筈が無かった。暗がりから出てきたその人は、かつて私がここに来た時に出会った木船由紀さんその人だった。

「由紀さん! 大丈夫ですか!?」

「あはは……見ての通り、捕まっちゃってるから大丈夫じゃないかな?」

 由紀さんは特に体を痛めたりはしていないらしく、余裕を見せた。

「あなたが、由紀か?」

 コトヒラさんは座っている由紀さんに目線を合わせる様に膝を付く。

「うん。金刀比羅さんだよね? 縁切り神社の」

「知っているんだね」

「勿論。私はここを保持するために作られた訳だしね。誰が住んでるかは知ってるよ」

「そう、か……」

「どうしたのかな?」

「その……あなたがここに閉じ込められてしまったのは、私が原因なんだ。私が旭に頼まれて、あなたと黄昏街の縁を切ってしまったから……」

 由紀さんをそれを聞いても怒る訳でもなく、優しい笑顔を返した。

「そういう事だったんだね。だから上手く能力が使えなくなってたんだ」

「その、すまない、本当に……」

 由紀さんは鉄格子の間から手を伸ばし、コトヒラさんの頭を撫でる。

「謝らなくていいよ。私が早い段階で旭さんの本性に気付くべきだったんだから」

 サキモリさんが口を開く。

「木船、可能であれば力を貸して欲しいんだ」

「跡部君だったよね? 犬見さんと一緒に居た」

「……ああ。それで協力してもらえるか?」

「うん。大丈夫だよ」

 そう言うと由紀さんは私の方を向く。

「賽ちゃん、ちょっと手伝ってもらってもいいかな?」

「は、はい。何でしょうか?」

「あのね、私がいいよって言うまでこの鉄格子を掴んで能力を使って欲しいんだ」

「わ、分かりました」

 私は言われた通りに鉄格子を掴む。すると由紀さんは立ち上がり、ゆっくりと鉄格子に体を押し付け始めた。それと同時に由紀さんの体はジワジワと鉄格子をすり抜け始めた。そして完全にすり抜けた由紀さんはそのまま私を抱き締めた。

「ふぅ……ありがとう……」

「あーえっと……由紀さんだっけ? 今のってどういう……」

「植木さんだよね?」

「あ、うん」

「今のはなるべく少ない能力でここを通り抜ける必要があったって事だよ」

 由紀さんは鉄格子の方を振り返る。

「ここの牢屋には異能の力を弱める力があるんだよ。黄昏街との縁が切れて能力が不安定になっている時にここに閉じ込められたんだ。そのせいで中々元の調子に戻らなくてね……なるべく早く元に戻る様にじっとして体力を温存してたんだよ」

「えっと、ごめん。私そういう能力とか持ってなくてさ、いまいちよく分かんないんだよね」

「賽ちゃんにも能力がある事は知ってるかな?」

「うん、一応ね」

「賽ちゃんの能力は生物、正確には魂を死亡、消滅させる能力なの。ここに使われている鉄格子には旭さんが作った特殊な術式が掛けられてた。さっき賽ちゃんに鉄格子を触ってもらったのは、そこに掛けられてた術式を弱めるためだったんだ」

 私は疑問に感じた事を口にする。

「あの……でもこの鉄格子は生物でも魂でも無いですよね?」

「そうだね、ちょっと難しいかな? 呪術っていうのは、その術者の精神力が重要になってくるの。精神力が強ければ強い程、効力も高くなる。でも逆に、強力な術式を使うにはそれだけ精神力、つまり魂を削らなきゃいけなくなるの」

 そっか……私は鉄格子を触った時に能力を使ったけど、あの時に術式が少し弱まったんだ。由紀さんを封じ込められるって事はそれだけ強力な術式だったけど、私が触ったから効果が少し弱まった、そこで由紀さんが自分の力を使って脱出したんだ。一人じゃ出来なかったんだ、

「それじゃあ……私の能力でその効力を弱めたって事ですか?」

「そうだね。賽ちゃんじゃないと出来なかったよ」

 私は由紀さんからそう言われ、何だか気恥ずかしい気分になる。人から褒めてもらえるなんて中々無い事だったので、反応に困ってしまう。

「それで木船、あいつを止めるのを手伝ってもらえるか?」

「うん、勿論だよ跡部君。多分私が助け出された事はもう気付いてると思うし、行くなら急がなきゃだね」

 由紀さんは私の頭を撫で、優しい笑顔を見せる。

「それじゃあ行こうか」

 私達は由紀さんを連れて急いで階段を上っていった。

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