第2話:怖い事件、優しい友達
私は小鳥の鳴き声で目を覚ました。もう朝だ。
私はうんと背伸びをする。この背中が少し伸びる感じが何だか好きで、朝起きた時はいつもこれをやっている。
隣を見ると、ユカリちゃんはまだ寝ているみたいだった。
私はそっと布団を抜け、洗面所へと向かう。顔を洗って歯磨きを済ませ、服を着替えた。
部屋へ戻るとユカリちゃんの姿が無く、私の体から嫌な汗が出る。私は最悪の事態を考えてしまった。
まさか、また……いなくなってしまったの? また、会えなくなっちゃうの……?
私が不安に思っていると、ユカリちゃんが廊下の向こうからこっちに来ていた。
「サエ? どうしたの?」
「ユカリちゃん!」
私は思わずユカリちゃんに抱きつく。
私が感じていた不安が当たらなかった事にほっとして、だけど何だか寂しくて、少し涙が出ていた。
「サエ……何かあったの?」
「ユカリちゃんがいなくなってて……私……また会えなくなっちゃうんじゃないかって、怖くなって……」
ユカリちゃんは私の背中を撫でてくれた。私が怖がってる時、いつもユカリちゃんは慰めてくれる。私は、そんな優しいユカリちゃんが大好きだった。
「ごめんね……サエの事、悲しませちゃったんだね……」
「う、ううん。大丈夫……用事があったんだよね?」
「……うん。管理人さんから万年筆借りに行ってた」
そう言えばユカリちゃん、万年筆を貸してもらうって言ってたもんね。私が早とちりしちゃっただけだね……。
「ごめん。もう大丈夫だよ」
私はユカリちゃんから離れた。ユカリちゃんには少しでも安心して欲しかったから。
「……そう。何かあったら私に言ってね?」
ユカリちゃんは何だか寂しそうに見えた。私が離れたからかな……?
私達は朝食を済ませるため、食卓へ向かった。
食事を済ませた私達は学校へ向かった。今日は家庭科の調理実習! 初めてでちょっとわくわくする!
「ユカリちゃん。今日の家庭科楽しみだね!」
「ん、そうだね」
学校に着いた私達は、教室に入り、早速準備をした。確か家庭科は3時間目からだ。
1時間目、2時間目を済ませた私はいよいよ迫っている家庭科に心を躍らせていた。
「ユカリちゃん、いよいよだね!」
「ん……そうだね」
ユカリちゃんはいつもと変わらない様子で返事をした。ユカリちゃんはそんなに楽しみじゃないのかな?
私達は荷物を持って家庭科室へ向かった。
3時間目が始まり、私達は初めての調理を開始した。
今日作るメニューはハンバーグだった。私はハンバーグを食べるなんて久しぶりで、ウキウキしてしまう。
でも、ちょっぴり不安なこともある。島田さんと同じ班だ。いじめられたら嫌だなぁ……。
そんな心配をよそに、調理は順調に進んでいった。ユカリちゃんは私達が捏ねたハンバーグを焼いている。
「ユカリちゃん、どう?」
「ん、順調だよ。問題無く焼けてる」
私はお肉が焼ける美味しそうな匂いに、思わずよだれが出そうになる。
それからしばらくして、ハンバーグが焼きあがった。
ユカリちゃんはハンバーグを次々とお皿に盛り付けていく。
すると、ユカリちゃんが私に話しかけてきた。
「サエ、悪いんだけど、この皿を片付けてくれない? ちょっと多めに持ってきちゃったみたいなんだ」
「うん。任せて」
私は余ったお皿を片付けに行く。ユカリちゃんもこういうミスする時あるんだなぁ。いつものしっかりしてるイメージとちょっと違って、何だか可愛い。
私が戻ってくると、ユカリちゃんは既に盛り付け終わっており、班の皆も席に座っていた。
「サエ。こっちおいで」
ユカリちゃんが隣の席を開けておいてくれた。一緒に座れて嬉しい。
私は隣に座ると皆と一緒にいただきますをした。
私はハンバーグを切り、口に運ぶ。……美味しい! 久しぶりに食べたけど、やっぱりハンバーグは美味しい!
私は幸せに包まれていたが、それも長くは続かなかった。
島田さんが突然痙攣しながらその場に倒れこみ、家庭科室は騒ぎに包まれた。
先生が急いで島田さんを保健室に連れて行き、私達はその場に取り残された。
「し、島田さん……どうしたんだろう……」
「……さぁ。具合でも悪かったんじゃない?」
ユカリちゃんは我関せずといった感じでハンバーグを食べていた。何でこんなに落ち着いてるんだろう……。
私がユカリちゃんの方を見ていると、ユカリちゃんと目があった。
「サエ。食べないの?」
「い、いや……何でユカリちゃんはそんな落ち着いてるの?」
「……何でって、私には関係無い人だし。別にどうなろうとどうでもいいから」
本当にどうしちゃったの? 前はもっと優しかったのに……。
しばらく待っていた私達は、戻ってきた先生に家に帰るように言われた。島田さんがどうなったのかは、教えてもらえなかった。
家に着いた私は不安に襲われた。島田さん……大丈夫かな……。
そんな私にユカリちゃんが声を掛けてくる。
「サエ。どうしたの?」
「どうしたのって……あんな事があったら、怖くもなるよ……」
ユカリちゃんが私を抱きしめる。
「大丈夫だよ。サエは優しい子だから、酷い目に会う筈無いよ。何かあったって、私が守るから」
いつもだったら嬉しいユカリちゃんの言葉も、今は何故か、恐ろしくて仕方なかった。私にはある疑惑があったからだ。
もしかしたら、ユカリちゃんが何かしたんじゃ……。そんな事を考えてしまい、私は少し自己嫌悪に陥る。
ユカリちゃんがそんな事する訳無い。こんなに優しい子が酷い事する訳が無い。私は、ユカリちゃんを疑ってしまった自分を恥ずかしく思い、ユカリちゃんを少し抱き締める。
「ごめん……」
「どうしたの?」
「私……ユカリちゃんを疑っちゃった……。ユカリちゃんが、そんな事する訳無いのに……」
「……嬉しいよ。私の事信じてくれて。私はずっと……サエの味方だよ……」
ユカリちゃんの優しさに、涙が出てくる。それと同時に、こんな事で泣いてしまう自分が情けなく感じる。結局私は、あの時と変わってない。昔から、情けない弱虫だ……。
「サエ……夕飯まで、ちょっと寝よっか? 疲れちゃってるんだよ」
「……うん。ちょっと、寝るね……」
私は布団を敷き、横になる。その隣ではユカリちゃんが添い寝してくれて、優しく頭を撫でてくれた。
私はそれが心地良くなって、そのまま眠りに落ちた。