僕のヒーロー願望はいじめられて歪んだみたいだ。
引き戻された。
現実という地獄に。
ゲームに逃げ込むことすら許されないのか。
そんなことを思いながら跳ね回る心臓をなだめつつ僕は起き上がった。
その時。
チャイムが鳴った。
「はーい」
母さんの声が聞こえる。
まて、待ってくれ。
これは、通報されたということなのか?
いやだ。
捕まりたくない。
まだ、まともに生きていたい。
このまま、青春を牢屋の中で過ごすだなんてごめんだ。
やめてくれ。
やめてくれ……。
「高槻さんのお宅ですか?」
「ええ、そうですけど」
僕は部屋の中で聞き耳をたてる。
そして、僕は逃げる準備を始める。
そういえば、体育館シューズがあったはず。
「お宅の息子さんのことで伺いました」
「えぇ、うちの子が何か……?」
窓の外から地面まではそれほど距離はないはずだ。気をつけて降りればきっと大丈夫だ。
そうだ、クッションになるものを下に落としておこう。
「単刀直入に言います」
僕は窓に手をかけた。
心臓が今まで以上に跳ね上がる。
怖くなんて、ない、さ……。
「はい……」
降りるぞ……。
さん、に、いち。
「あなたの息子さんに殺人の容疑がかかっています」
僕はそのまま庭の方へ飛び降りた。
かなり大きな音がしたはずだが、身体は大丈夫そうだった。
「う、そ……」
母さんの声が強張っていたのがわかった。
僕はそのまま裏口へと逃げていった。
「ということで、高槻 悠河くんは御在宅ですか?」
僕はそのままあてもなく駆け出した。
だが、包囲網は僕の予想を遥かに超えていた。
「いたぞ!!!捕まえろ!!!」
「そ、そんな……」
警察は僕の家からの全てのアクセスを断ち切っていたのだ。
そして、僕はそんなことも知らずにそのうちの一つの検問所へとぶち当たった。
「C1地点から北へ逃走中、至急応援を」
「了解、はさみ込むぞ」
嘘だ、嘘だ、嘘だ!!!
どうしても逃げ切る。逃げ切らなくてはならない。
だってそうだろう。
警察に捕まったら、もうそれで終わりなんだから。
僕は意を決して盾や銃をもった警察官達の方を振り返った。
そして、彼らの動きを注意深く観察する。
いける。
そう思った瞬間身体は動いていた。
「なっ!?」
彼らは盾を使って僕を押し倒そうとする。
だが、それは普通の人間の機動範囲を意識しての構えになっていて、僕のような異常者は考慮に入れられていないようだった。
端的に言おう。僕は彼らを飛び越え、手近にいた一人を地面に叩きつけて意識を奪ったのだ。
「ふふ、ふふふ、あはは。一回使ってみたかった。自分の敵を爽快に倒してみたかった。夢が叶ったぞ。はははっ!」
もう制御は効かなかった。
いじめっ子を殺した時のような一時的な暴走ではない。
自分の衝動に自分がどうしようもなく塗りつぶされる感覚があった。
こいつらをなぎ倒したい。そんなことを考えながら拳銃を持つ警察官を翻弄し、一人一人確実に無力化していった。
「はは、あははは!!!やばい、たのしい!!!」
僕はそのままに今までの理不尽を彼らにぶつけた。
あるものには脳天を砕きにかかった。
あるものには心臓を止めにかかった。
あるものには首を砕きにかかった。
「ははっ、あはは、くはははっっっ!!!もうだめだ。たのしい。これで完全に普通じゃなくなった!!!でももう、どうでもいいや、きゃはっ」
どんな顔をしているのかわからなかった。
ただ、その異形に警察官が二、三歩引くほどには狂気に満ちていたことはわかる。でも。
無理だ。
僕は耐えるだけ耐えた。
どうでもいい。
そう思って、僕は右手を見た。
そこには白色の拳銃が当たり前のように握られていた。
多分、テレポート能力でもあるんだろう。非科学的だが僕はこんなもの持ち出した覚えはないし、そうとしか考えられない。
ただ、ここに銃があることは好都合だった。
「はは、くはははは!かはははっ。あはははははは、がっ……」
僕に躊躇はなかった。
ただこめかみに向けて引き金を引いただけだ。
きっと僕は、そこで死んだんだ。