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1、鈴木

内容はフィクションですが、実際の話を参考にしていますので、一部実際の内容と酷似している部分があります。

あくまで推測の域を出ない事なんだけど、今俺達の身に起きている事は因果応報というシステムなんかではなく、言わば何かの皺寄せなんだと思う。

世界がキャッチボールのように成り立っているならこんな複雑で理不尽で、寂しい灰色には俺達は染まらない。

でも皺って、皆皺は寄せたがるものだ。

正確には皺を伸ばそうとするのだけれど、上手く伸びなくてはじに寄ってしまう。

だから1番目立たなくて邪魔にならない所に追いやられるんだけど、追いやられた所は身に覚えがない状況になる。特に責任という言葉が大好きな日本人は必ずそれを押し付ける、自分以外の誰かに。

そうやって皺は更にグチャグチャになって全面がシワシワになってしまう。

それでも誰かがいつも何とかその皺を伸ばし続けている。そんな人はいつも哀しい瞳で笑ってる。


これはそんな瞳を持った俺の友達にまつわる話だ。


東急池上線沿いの石川台駅から京浜東北線沿いの北浦和駅までは1時間半程のリスク追わなければならない。

そのリスクを軽減する為に様々な試みをする。時間は人の数だけ走り続けているのだ。一秒も無駄には出来ない。

読書、音楽鑑賞、思慮にふける、向かいに座ったサラリーマンのトラウザーズの皺の数を数えてみたりもする。それで電車の乗り降りが多い営業マンの辛さを推理して哀れんだりする。

しかしながら、1番効率良くそれでいて現実的なのは、この旅路の目的の為の備えをする事だ。

大学生にダンスレッスンをする。

どうやって電車内でダンスを教える備えをするのかはおいといて、何故大学生にダンスを教える事になった所以を話してみる。

ダンスを教える為に大学へ向かうという事柄は明解だが、それに到までの話は非常にややこしく、とてもとても長い上に運命的ではあるが物語的でもロマンチックでもない。

のであえて必要な所だけかいつまんだあげく、端折ってまとめると、友人の薦め、というのが1番しっくりくる表現だろう。

そして、その友人こそがこの話の主人公足る人物の一人、[鈴木]だ。


鈴木はごく普通の男だ。北浦和の大学を卒業して大手学習塾に就職。しかし、レストランを作るという夢を追いかける為、昨年三年間握っていた塾講師の教鞭を地においた。

普通の生き方こそしているが、彼自身には特出した才が備わっている。

それは話術という才。

彼が話を始めると、そこただ存在する為に存在し姿を表しているごくごく有り触れたつまらない物にでさえも意味を持ち始め、周りを笑いに導いてしまう。彼の口から発っせられる音は言葉という。次元を超えている

最早、ダンスなのだ。

人々に感動を与え、事象を伝える言霊。

しかし、その才能は脆くはかない。少しでも歪みのよう物を与えるだけで、小さな隙間が生まれてしまう。

そうなるとダイヤモンドの様な輝きは瞬時に下水に転がる石ころと化してしまう。

完璧主義の彼は常に完璧である必要があるが、彼が自ら行う事はかなりの高い頻度で失敗に終わる。それだから俺達は同じ歩幅で進めるのだ。


読書に飽きてきた頃、調度赤羽を過ぎた頃だろうか。俺は頭の中でバーレッスンを始める。

まずは腹を凹ませる。胃が痛くなる程に。そしてお尻の出っ張りを引っ込める。

諸々省略し最終的には横から人を見て、つむじから背骨を辿り恥骨を経由し踵までのラインを一本にするのだ。

そこから始まるのがバレエというもの。真っ直ぐ立つ事とそうじゃない事を知る。それがダンスの基本。

それからウォームアップが入り、プリエで、タンジュ…と次第に頭の中でレッスンは進んでいく。フロアに移ったぐらいで与野本町を過ぎ、アダージオで北浦和駅から出てピルエットでバスを待ち、ジュテでバスに乗る。


最後のマネージュを終えた辺りで、バス内で料金を払い、地に降り立つ。我が愛する第二の母校。入学すらしたことないけど。


実際、鈴木は八頭身デザインで出来ており、大人しくしていればそれなりにイケてる男だが、皮肉な話で異様な程の会話力は時にして彼のまともさすらも奪いとってしまう。

一般的な会話表現にしか馴染みのない人間にはそれを発している彼は奇妙な存在に感じるのだろう。因みにまともさで言うならば、俺の方が格段にまともではない。

踊りで人生にレールをひいている人間は皆まともではないのだ。ダンスは金にならない上に金がかかる。

このチョイスはある意味、生きる術を放棄しているんだと思う。だけど、ある意味では人と人の関わり方みたいなお金とは別の生きる術をチョイスしていると感じる事もある。


ダンスは言葉無き会話なのだ。


浦和大学ダンス部は現在総数14名。女性が13名、男性1名。この中には鈴木の彼女はいない。だが好きな人はいる。

コンテンポラリーダンスというのは時に身体的接触が多い事があるので、二種類の性別が揃ってそれが行われると困った現象がよく起こる。


10メートル四方の正方形の部屋でダンス部の部活動は行われる。四つの壁のうち一つの壁のみに鏡が貼られている。バーはスタンドが着いた移動式のものが六本、窓際に寄せられている。空調設備は完璧だ。

鈴木の彼女のいる西千葉大学のダンス部の環境と比べれば、広さの問題点を除けばすこぶる良い環境だ。

特に空調については有り難い。運動がともなう内容は教える際に指導者のコンディションは圧倒的に不利だ。動きっぱなしの生徒とは違いに先生はデモ以外の時は口と頭がメインで動いている。それ故に体感温度の差が激しい。


鈴木は卒業してから数年経つが、その間頻繁にここに出入りしている。愛してるらしい。もちろん特定の人物では無く、この部活をだ。

そう思う。

しかし、彼のよく回る舌も色恋沙汰になるといつも台風程の勢いも、老舗和菓子屋の餡の仕込み程度の回転量に落ちる。シャイなのだ。会話上手な恥ずかしがり屋というのも珍しい。

ともかく彼の女性に対する思いというのは今だ明らかにされていない。


そしてある日、やはり困った事は起きた。

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