志乃との出会い
「あなたがこの世界にきた意味は必ずあるわ」志乃はそう僕に囁いた。その言葉がなければ、この鏡の中の世界で生きぬいていくことも、元の世界に戻ることも無かっただろう。
そう、僕、笹野健一は16歳の男子校に通うしがない高校生だった。いや、正確には今もそうなのだけれども、あの異質な世界から戻ってきて、大分今この現実世界の見え方が変わってしまったように思う。
3ヶ月前の熱い夏の日、僕は高校生活にも慣れてきて、友達も何人かできたころで、当たり障りのない生活をしていた。そう本当に普通の高校生で、ありていに言えば退屈な毎日を過ごしていた。
そんな夏の放課後、「おーい、今日カラオケいこーぜ!」というそんな友達の誘いに心を動かされたけど、ちょっと一人でぶらつきたい気分でもあった僕は「悪い、今日はちょっと予定があってパス!」といって、わかれて商店街をぶらついていた。
いつもの通り、商店街で本屋やレンタルショップをぶらぶらして、特に何を買うことも無く、帰途につく途中、ふと左手のほうから何か光るものが目に入ったような気がした。左手に顔をむけるとそこはあまり普段入らないような服屋があった。
「(この服屋、あんまり人が入ってないよなー)」と心の中で呟きながら目の錯覚だと思い帰ろうとすると、今度は明らかに強い光が服屋の中から出ている。光に吸い寄せられるように、お店に入ると手前に一枚の鏡があり、この鏡から明らかに異質な、そう、雷のような光が消えたり出たりしていた。
鏡に近づいてみると、普通に僕がそこにいた。そう、それは当たり前のことなのだ。ではさっきの光はいったい何だったのだろう。気になって鏡に触ろうとしたとき、明らかな変化が起きた。
僕自身は鏡の中も相変わらず僕なのだけど、その背景であるはずの服屋が無くなっていた。無くなっていたというのは正確ではなくて、戦場のような何もないところで、変わった服を着た女の子が何かと戦っているようだった。
引き込まれるように女の子とその相手をじっと見てみる。すると、明らかに人間ではないサイズの、そうモンスターが女の子を襲っていて、女の子が杖のようなものを振って応戦している。その杖から雷のようなものが出てモンスターにぶつけているようなのだけど、あまり効いていないのか、モンスターが女の子に迫っている。
振り返ればその時点で明らかにおかしいのだけど、「女の子が危ない!」と感じた僕は、おもわず鏡に手を触れようとした。すると僕の手は鏡を通り越してスルっと鏡の中の世界に入ってしまった。今考えると、そこで立ち止まることはできたように思うのだけど、この異常な状況に僕はもしかしたらある種の憧れがあったのかもしれなくて、また好奇心からかもしれなくて、無意識に体全体が鏡の中に入ってしまった。
「バタン」とそのまま倒れてしまった僕は、「(イテテテテ)」と思いながら、顔を上げて周りの風景をみてみた。するとそこにはやはりモンスターが女の子を襲っていて、女の子が必至に応戦していた。
慌てて立ち上がると、右手に何かを握っている感触があった。見てみるとそれは刀で、もちろん僕は今だかつて刀に触ったことなどないんだけども、刀を持っていた。そして左手には盾、そして服は皮でできた鎧を着ていた。
こんな状況にパニックになっていると、「きゃぁぁぁぁ!」という声が聞こえてきて、女の子がモンスターの攻撃を受けて、跳ね飛ばされていた。「(まずい、助けなきゃ)」とモンスターに向っていった。
モンスターというのは、ゲーム等では見たことがある(というかゲームでしか見る機会なのなかった)のだけど、いざ面と向かうとその迫力にビビッてしまう。目の前のモンスターは人間の1,2倍はあり、熊のような体つきをしている。ただ明らかにケガをしている女の子が目に入って、腹をくくった僕は、必死に刀を振り回してモンスターにぶつかって行った。
すると熊のようなそのモンスターはドスンと仰向けに倒れ、そのまま消えてしまった(その時は全く気が付かなかったのだけど、女の子が相当ダメージを与えていて、あと一歩で倒せるとこだったようだ)。
ホッと胸をなでおろして、女の子のほうを見てみると、何か不機嫌そうな顔をしている。「え、ええと、大丈夫?」と声をかけると、「もー、なんで途中で入ってくるのよ!都合よくお金稼ごうったってそうはいかないんだからね!」と理不尽な返事。
「ご、ごめん。でも襲われているみたいだったし、、」と僕が言っている最中に、「違うわよ!別にまだ回復すれば全然戦えたし、問題ないわよ!」と怒ってらっしゃる様子。さらに「あなた、クラスは剣士よね、Lvはどれぐらいなの?ベースキャンプは?」と聞いてくる。
「い、いや、そういわれてもよくわからなくて。。」と僕が言うと、「はぁ?あなた大丈夫?だってここにいるってことはコフィンの洞窟に向かっているか、Lv上げかお金稼ぎのどっちかでしょう?」と女の子が言ってくる。
「いや、僕も不思議なんだけど、鏡の中で君の姿が見えて、襲われているみたいだったので慌てて助けようと思ったら、いつの間にかこんな服を着てて、、、」というと、女の子は「うーん、らちがあかないわねー。新手のナンパなのかしら。。でもまさかこんな所でってことはないだろうし。。」とつぶやいている。
ちょっと気分も落ち着いてきたので、改めて女の子を見てみると、何かそれこそアニメに出てきそうなかわいい感じの顔立ちで、アニメ声で、背も割と小さめて、ドキドキしてしまった。これで口が悪くなければなぁと思っていると、ハッと気づいた感じで女の子は「な、何よ、じーっと見て。何か文句あるわけ?」と言ったあとで、「とにかくあなたの名前を教えて。私な志乃、クラスは魔法使い、サザーランドをベースキャンプにしているわ。チームは組んでなくて今は訳あってソロで動いているの」とまくし立ててくる。
「えーと、僕は笹野健一、堀込町に住んでいて、高校生で、、」というと、また女の子が「はぁ!?何それ、よくわかんないわねー。記憶喪失か何かなのかしら。。」
その後暫くやりとりをしていたが、どうやららちがあかないと感じたのか、志乃は「まー、とにかく別世界から来たってことね。まぁいいわ、とにかく街までは案内してあげるからついてきなさい」といって歩いて行こうとする。
「ちょ、ちょっと待って。できればさっきの剣士とか、Lvとかこの世界のことを教えてほしいんだけど」と僕がいうと、志乃は「もー仕方ないわね、左手のコンソールを開けば一発じゃない」といって僕の左手を指でさしてくる。すると確かに僕の左手にはなにやら腕輪見たいのがついていて、ボタンがある。おそるおそるボタンを押してみると、空中に画面がでてきた。これは確かゲームででてくるコマンドのようなものらしく、そこには、「Player Name:Ken, Lv:12, Gold:1123 rid, Class:Soldier, Base Camp・・・ 」といろいろ表示されている。
志乃は「どれどれ、見せてみなさい」といって覗いてくる。「ふむふむ、LV12かー、思ったよりは高いわねー」なんて呟いている。なにか顔が近くて、ドキドキしていると、志乃はまた、ハッと気づいた感じで、「何見てるのよ!エッチ!」と真っ赤な顔をして言ってきて、それがまたかわいくてドキドキしてしまう。
「と、とにかくあなたは名前はケンで、クラスは剣士、ベースキャンプはゾルギアスね!分かったわ!」と志乃が言った後、一呼吸おいて、「ええ!ゾルギアス!」と大声を出す。「何かあるの?」と僕がきくと、「何かじゃないでしょ!ゾルギアスよ、ゾルギアス。帝王を倒して初めていけると云われる伝説の街で、そこでは全く別の夢の世界とも繋がっているっていう。。。あなた本当に何なの?」
「いや、よくわからないけども」と僕が言うと、志乃は「ほんとに謎ねー、サラッタの集会所で聞いたらわかるのかしら。。」とまたつぶやいている。「志乃さん、サラッタって?」と聞くと、「ここから一番近い街の名前よ。とにかくそこまでは連れて行ってあげるから、あとは頑張んなさい」と志乃はスタスタと歩き始める。仕方がなく志乃についていこうとすると、急に志乃が立ち止まって「言っておくけど”さん”づけはいらないからね!あと丁寧語も禁止!でも友達というわけじゃないから、勘違いはしないでよね!」とまたわかったようなわからないようなことを言ってくる。
「うん、そ、それじゃあ、志乃、よ、よろしく。。」と、普段女の子としゃべり慣れてないせいかしどろもどろでいうと、志乃もまた顔を赤くして、「変な話し方しないでよ!こっちまでなんか照れちゃうじゃない」とまくし立てる。
とにかくサラッタの街に向かうことになったのだけど、サラッタの街で何がまっているのか、そしてなぜ僕は鏡の中の世界に入り込んでしまったのか、そんなことをつらつらと考えながら、一歩を踏み出した。