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『僕がいた過去 君が生きる未来。』本編  作者: 結月てでぃ
白銀の少年の嘆く愛の願い

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天上の花

 シルクが亡くなったという話は、瞬く間に国中に知れ渡った。明るく活発な姫が消えてしまったという事実は、国に影を落とした。  目を閉じたまま起きていたエディスは、瞼を持ち上げ、体を起こす。ベッドから下り、いつもの軍服ではなく正装を取り出した。深い黒と青を身にまとったエディスは、荒れたままの室内を見る。

 あれから、シトラスの姿を見ていない。どこに行ってしまったのやら、全ての任務を放棄し、自分と顔を合わすこともなかった。  口に手を当て、小さく咳をした。手を離すと、白い手袋に血が付いている。赤黒いそれに、エディスは眉をひそめた。無感情に血を拭い、手袋をゴミ箱に放り投げる。新しい手袋を引出から取り出し、つけると外に出ていった。

 エディスは、自分一人でも任務を行っていたため、魔力がなかなか溜まらない状態になっている。たびたび血を吐いたり、眩暈を起こしたりしていた。だが、それも構わないと、エディスは先へ先へと歩いていく。

 おごそかな雰囲気の中、悲しみに暮れる人々に混じってエディスが来たのは、聖杯の軍の拠点であるティーンス大聖堂だ。

 今日は、シルクとの別れの日。

 エディスは振りだした霧のような雨に目を細めた。それはエディスを包む様に、微笑むように空から落ちてくる。

 ずっと、一番最初に会った時から好きだった、最愛の妹。どんな時でも明るく笑ってくれていたお前に、救われていた。そう思いながらエディスは大聖堂まで歩いていく。着く頃には、雨羽強く降り注いでいた。

 階段を上がったエディスは、雨粒を払い、中へ入ろうとした。すると、エディスの肩辺りを強く後ろに押す者がいた。おされたエディスはバランスを保っていたが、腹にも強い蹴りを入れられると、激しい水音を立てて地面に尻をつける。誰だ? と思い見てみると、そこには目を怒らせ、歯を噛み締めたまさに鬼の形相といった様相のシトラスが立っていた。

「シト」

「人殺しがなにをしに来た!!」

 大声に、中にいた軍人たちが何事かと振り返る。

「自分を殺したような男に来られたら、シルクが安心して寝られないだろ!?」

「殺してなんかいない!」

 立ちはだかれたエディスは、シトラスの荒み、憎み、自分が死ねばよかったと訴えかけてくる目に、うろたえた。シトラスは見下ろし、帰れと呟く。大きく目を開いたエディスの背中に、おい、と声がかけられた。

「どけ、邪魔だ」

「あ、兄さん。どうぞ、それ蹴って入ってください」

「はあ? 嫌だよ、汚え」

 と言うと、シュウはエディスを避けて入っていく。傘を振るい、近くでおろおろとエディスたちの様子を見ていた神官に向かって投げた。笠についていた雨水を体に受けたエディスは奥歯をギリリと慣らし、爪で石を引っ掻くようにして手を握り締める。

「兄さんで最後ですかね?」

「知らね」

「そうですか」

 無造作に言ったシュウはそのまま歩き去っていき、シトラスは細い金属でできたドアノブをつかみ、扉を押した。

「待っ」

 本当に閉める気か、とエディスが手を伸ばそうとすると、シトラスはまた目尻を上げ――エディスの顔を蹴った。態勢を直したエディスは扉に縋り付くが、無情にも錠の閉まるカチッという音だけが聞こえてくる。

「そんな……」

 呆然とした呟きも、雨にかき消されてしまう。

「待ってくれ、開けてくれ!」

 だが、エディスは扉を拳で叩いた。自国の姫の葬式でこんな姿を晒すのは、いくら軍の人間だけのものといっても、恥でしかない。だが、そんなことには構っていられない。明日も任務が詰まっているため、一般の式には出られないのだ。

「シトラス! お願いだ!」

 強く扉を叩き、声の限り叫ぶが、聞き届けられる気配がない。

「シトラス……お願いだ。俺が悪かった。お前たちを守れなくて、ずっと苦しませて。どんな償いもする。だから、」

 扉に両手と額をつけ、ずるずると立てた膝を下げていく。内心、自分が今更なにを言ってもこの扉は開くことがないのだろう、と思ってはいた。扉は硬く頑丈で、中の状態も分からない。

「だから、せめて一目……顔だけでも」

 お願いだ、と掻き消えそうな声で零す。どうしても、一目だけでいいから自分の妹の死に顔を見ておきたかった。彼女が一体どんな顔で亡くなったのかを知っておきたい。やっと会えた肉親、それも可愛い妹。愛おしくて、幸せになってほしいと願っていた彼女。

 後から来て、横から好きになって、勝手に縋り付いて甘えていた男に、なぜ阻まれなければいけないのか。兄が妹に会いたいと願ってなにが悪い、とエディスは目を強く閉じる。

 すると、ふいに扉が開いた。そのことにエディスは喜色満面の顔で見上げた。だが、上からザバッとなにかが降ってきた。

「い! つぅ……っ」

 それは、大量の塩だった。顔を上げたため、目に入ったエディスは手で覆い、俯く。その頭上に、シトラスの嘲笑が落ちてきた。

「そんな血のしみ込んだ手でシルクを抱く気だったんですか? 気持ち悪い。……お前みたいな人殺しに僕のシルクを会わせるわけないだろ。どれだけシルクを汚せば済むんだ!!」

「……気持ち悪い?」

 涙の滲む目を押さえるエディスは、低く呟いた。

「気持ち悪いのはテメエだろ」

「なんだと?」

「シルクを汚れた目で見ていたのは、お前だ。そのくせ、自分のことばっかり可愛がりやがって、シルクが死んだのは」

「お前だ!! お前のせいだ!!」

 シトラス以外の人に聞こえることのない様に言うエディスを力の限り蹴った。エディスはシトラスの目をじっと見つめたまま、階段を落ちていき、地面に後頭部をぶつける。

「……死ね! お前なんか、死んでしまえ!!」

 薄れゆく意識の中、エディスは泣くように叫ぶシトラスの声を聞いた。

「うるせえ、お前が死ね」

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