白銀の少年の嘆く主従の願い
「いやあ、素晴らしい!」
「実に便利な能力者を見つけてくれたものだ」
「君は本当に我々を愛してくれている」
口々にそう言う将軍たちの顔を見返したエディスは、仏頂面のままだった。
「これからも尽くしてくれたまえ」
「はい」
すっと頭を下げ、ドアへと向かっていく。ドアを開け、室内から出た。そして、そのまま大会議室の前から立ち去る。
ミシアの執務室がある廊下まで歩いてくると、ドアの前に立っているシルクの姿が目に入ってきた。シルクはエディスに気が付くと、駆け寄ってくる。
「エディス! どうだった!?」
「どうもこうも、最悪だよ」
「最悪?」
頷き、シルクの頭を撫でる。可愛い可愛い、自分の妹。せめてシルクだけでも普通に、幸せに生かしてやりたい。少ない夏の季節に咲く花に似た、彼女には。
「なにもやってねえのに階級が上がった」
え、と言って呆然とするシルクに、エディスは苦笑しながらドアノブを握る。
「シルク、ちょっと待っててな」
「え? うん」
どこまでも素直なシルクは、こんな時も首を縦に振って立ち止まった。その様子がなんだか小さな犬のようで思わず笑ってしまう。
エディスは室内に入っていき、すぐに戻った。そして、シルクの正面に立ち、左手を握る。ドキッとときめいたシルクは照れて顔を赤くさせて、エディスを見る。
ところどころ破れた服から見える素肌や、乱れて落ちた髪が、どことなくストイックな色気を醸し出している年上の少年に、シルクはきゅんきゅんと心を跳ねさせ、見つめる。だが、エディスはそんな乙女の様子には全く気がつかず、室内から持って来た物を手の上にのせた。
「これ……」
綺麗な薄いピンク色の包装紙と、赤いリボンで飾り立てられた小さな箱に、シルクは瞬きをする。
「プレゼント。明日誕生日だろ」
「う、うん!」
「明日はどうにも祝えそうにねえから、今日渡しとく。おめでとう」
そう言われたシルクは、一層嬉しそうに笑った。その笑顔を見て、エディスはやっと生き心地が戻ってきた、と体の中にたまっている嫌な空気を吐き出した。
「開けてみてもいいか?」
「どうぞ」
顔を輝かせているシルクは、リボンをとり、セロテープをはがし、丁寧に綺麗にプレゼントを取り出した。シックなビロードの箱に、シルクはさらに顔を赤くさせて期待に胸を踊らせた。
「……ピアス」
中に入っていたのは、ルビーのついたピアスだった。期待していた物とは違ったが、シンプルながらも高級感の漂うデザインのピアスに、シルクは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう!!」
そして、エディスにごめんちょっと持って! と頼み、折りたたんだ包装紙とリボン、ピアスを手渡す。シルクは今つけている透明のピアスをはずし、代わりに貰ったルビーのピアスを耳につけた。
「な、どう?」
髪をあげて見せてくるのに、エディスはいいんじゃないか、と投げやり勝ちに返す。
「適当だな」
「俺がやった物でどう褒めればいいんだよ……」
ふくれっ面になっているシルクに、後でミシアかシトラスにでも聞け、と言うと、はあいと返ってきた。
「明日パーティーだろ? 今日はもう大丈夫だから、早く帰ってゆっくり休め」
「わかった」
名残惜しそうに見つめるシルクに、な? と優しく笑って見せる。
「じゃあ、今日は先に帰るな」
「気を付けてな」
歯を見せてにかっと笑う姿ん、手を振る。廊下を曲がるのを見送ってから、ミシアの執務室に入った。
「……ミシア」
室内には、暗い空気が漂っていた。
「俺、」
「命令だ、諦めろ」
先に言われてしまったエディスは、ぐっと唇を噛み締める。黙って下を向いたエディスに、ミシアが近づいていく。
「俺は、シトラスのパートナーにはなれない」
「なるしかない。検査で出たんだ」
自分はもう人間じゃない。能力者で、すでにシュウと契約してしまっている。そんな自分が、別の能力者のパートナーになど、なれるんだろうか。
エディスは悩んでいた。もし、シトラスになにかあったらどうしよう、と。
「やってみないと分からない。命令は絶対だ、そうだろ?」
「そうだ、命令は絶対だ。けれど!」
「やるしかない、お前はやってきたんだ」
ミシアがエディスの肩を叩いてから、通り過ぎていく。ドアを開け、そのまま外へと出ていった。
一人、暗い室内に残ったままのエディスは、床にできた窓の形をした光の影を見つめていた。
「エディス! よろしくお願いしますね!」
自分とシトラスの部屋のドアを開けると、待ち構えていたシトラスに満面の笑みを向けられた。面食らったエディスは、あ、ああ……と間抜けな声を出してしまう。
「能力者って、仕える人が必要なんですねえ。ビックリです」
「……ああ、だから人間ではないと見なされるんだ」
エディスがそう言うと、シトラスは顔から笑みを消した。
「お前の戸籍は、今日なくなった」
「知ってます」
だが、すぐに気を取り戻し、眉を下げて笑う。
「知ってます。教えてもらいました」
「シトラス……」
そっと微笑むシトラスは、エディスの手をとった。エディスはそれに体を硬くさせるが、シトラスは穏やかな表情のままだ。
「家柄ではなく、僕を見てくれるあなたで良かった」
そのままエディスの手を引き寄せ、ちゅ、と手の甲にキスをする。伏せられた目が開き、お互いの目が合った。
「僕を導いてください、マスター」
かっと顔を赤くしたエディスは、シトラスの手から自分のそれを引き抜く。
「なっ、なにがマスターだ! こっぱずかしいこと言うな!」
恥ずかしさからドアの方を向くと、シトラスはくすくすと笑い始めた。
「……なんだよ」
笑うな、という意味をこめて言うが、シトラスは笑うのを止めない。
「笑うな」
「はいはい、分かりましたよ」
ひとしきり笑ってからやっと笑いを収めたシトラスは、涙が滲んだ目尻を指で拭った。
「可愛いところもあるんじゃないですか」
ドアの方を向いているエディスの手前で、シトラスは片膝を立てて座る。
「僕を導いてくれますか? エディス様」
エディスは振り向き、シトラスのポーズにぎょっと目を見開いた。
「な、なにや……っ」
慌てるエディスをシトラスは無言で見つめ、手の先を握る。エディスは細い指を引っ張ったり、曲げたりしたが、やがて観念したように頷いた。
「導いてやるから。……離せ」
「分かりました」
最後にきゅっと手を握ってから離す。解放されたエディスは、ほっと息をついた。その様子を楽しそうに見ていたシトラスは、悪い笑みを浮かべる。
「さて、じゃあお風呂入りましょうか」
へ、と呆然と見上げてくるエディスに、シトラスはもう一度同じことを言った。
「傷は治しましたけど、服はボロボロですし、血がこべりついてるじゃないですか。ちゃんと洗わないといけませんよ」
シトラスに背を押され、風呂場に向かって歩いていく。
「僕、これからあなたをサポートしていきますね!」
下着と服を取りたい、と言おうとしていたエディスは、シトラスの明るい笑顔に口をつぐんだ。今だけはいいか、と。
暗い温室で放置されていた若葉が、急に太陽の元に出されたらどうなってしまうのかも、忘れてしまっていた。




