白銀の少年の嘆く夜更かしの願いを
「俺、戸締りしてから行くから、先に部屋行っとけ」
二階の右奥の部屋だと教えてもらったエディスは、分かったと言って歩いていく。リビングでうたた寝を打っていたシトラスを起こし、一緒に連れて行く。
「なにしてたんですか、エディス」
「洗濯」
部屋に入ってもまだぼーっとしているシトラスは、きょろきょろと周りを見渡した。エディスも同じように部屋の様子を見る。
「ここで寝るんですか?」
大きなダブルベッドが部屋の左端に置かれていた。その他には、ライトとテーブルと、壁際に小さな棚が置かれてあるだけの、シンプルな寝室だ。
「……多分な」
男三人、ここで寝るのか? とエディスは不安になったが、いざとなれば自分が床で寝ればいい。
「あれっ、これ……エディス?」
「ん?」
壁際の棚の前に立っているシトラスが出した声に、エディスは振り向く。寄っていくと、棚の上に写真立てが置いてあることに気が付いた。
「これ、エディスのご両親ですか?」
見ると、そこには九人の男女が写っている。エディスが知っている人物だった。
「誰なんですかね?」
「……左端は、前元帥のローラ様、その隣はミシアの奥さんで、二人の後ろに立ってるのはミシアだろ。奥さんの隣はビスナルク教官。ミシアんとこで会っただろ?」
「あの強面の女性ですか?」
写真のビスナルク教官は髪も長く、化粧もしていて女性的な要素がある。だが、今は髪も短く切り、化粧も最低限しかしていない。シトラスが疑問に思うのもおかしくはない。
「そう」
へえ、と意外そうな声を出す。エディスにとっても、意外だった。
「他は?」
「その隣は――違うかもしれないけど、多分国王様。後ろは元帥のパートナーのトリエランディアさんで、隣は前王の……エディスさん」
「エディス? あなたと」
「同じ名前なだけだ」
エディスは動揺している気持ちを隠して言葉を返した。そう、この写真にはエディスさんが写っている。その隣には、
「隣の人たちは誰ですか?」
「……さあ」
エディスさんの隣には、薄紫色の髪の女がいる。その後ろには、ひときわ背の高い緑色の髪の男が立っている。女の方は、南の海の中で出会った吸血鬼――シュアラロさん――だ。
「知らない、な」
男の方は、フィンティア家の屋敷で会った、あの魔物だ。長い前髪に隠されていて顔は見えないが、確かにそうだとエディスは確信していた。
この人は、優しい闇。エディスさんを愛していて、ずっと捜している人だ。
「エディ」
「待たせたなー!」
ドアを開け放って入ってきたミシアの両腕に二人は拘束された。
「ミシアさん、この人たちは一体どなたですか?」
「ん? あー……昔の友人だ」
こっそり見上げたミシアは苦笑をして、写真立てを手で伏せた。自分に話すようなことはしてくれないか、とエディスは嘆息した。
「さー! それより、皆で夜更かしするぞー!」
話題を変えたいのか、電気を消したミシアは引きずるようにして二人をベッドの前まで連れて行き、放り投げた。
「あっぶねえな! って、おい! きっつ……!」
ミシアが真ん中を陣取り、エディスは逃がさないためか壁際に追い立てられる。シトラスは落ちないかとミシアにしがみつく。
「夜更かしって、いったいなにをするんですか?」
「そうだなー。恋バナでもするか?」
ミシアの提案に、エディスとシトラスはコイバナ? と不思議そうな声を出す。
「なんだそれ」
「恋バナ。恋の話、だ」
はあ……とくだらないという意味を含んだエディスの呆れた声が、暗い室内に浮かび上がった。
「たとえば、シトラスは今日シルクに惚れただろー? とかだな」
「ほっ!? す、好きになんかなってませんよ!」
馬鹿なこと言わないでください! と必死な様子に、ミシアとエディスは笑い声を上げる。これはどう考えても惚れたに違いない。
「僕より! エディスにはそういう人いないんですか!?」
ムッとしたらしいシトラスが矛先を変えようとしてくる。
「いないな」
「……せめて一人くらいはいるでしょう」
「結婚を約束した人ならいたな」
ほら! とシトラスがしたりと声を高らかに上げた。だが、エディスは口に苦味を漂わせ、
「もう随分前に分かれたきり、会っていない。死んでいるのかもしれないな」
と続けた。
「えっ……」
それに、シトラスは困ったように言葉を詰まらせる。
「昔の話だから、気にするな」
「はあ……あなたって、本当に年下っぽくない人ですねえ」
可愛くない、と付け加えるのに、今度はエディスがムッとした。
「うるせえ。それより、どうなんだよ」
「なにがです?」
「シルクのこと。どう思ってんだよ」
うちの大切な妹に軽い気持ちで手ぇ出したらブッ飛ばす、と思いながら訊ねるエディス。その気持ちを知らないシトラスは、指をもじもじと合わせた。
「最初はビックリしたしまた、けど……結構、あのような女の子も新鮮でいいな、と」
ほお、と低い声を出してしまったエディスにミシアはぶっとふきだした。
「シトラス、シルクはコイツが好きなんだぞ」
「ばっ!」
「え!?」
がばりとシトラスが上半身を起き上がらせる。
「そっ、そうなんですか!?」
「そうそう。コイツのために軍に入隊したようなもんだしなあ」
馬鹿野郎……とエディスは頭を抱えたくなった。そんなことを恋をしたばかりの奴に言うんじゃない、と面倒臭さから顔を手で覆おうとした。
「本当ですか、それ!」
だが、先にシトラスに肩を掴まれてしまう。
「ほ、本当……だ」
事実であることは間違いないので、そのままを伝えると、シトラスは深いため息をついてミシアの胸に頭をのせた。
「そんなの、」
「俺はっ、アイツにそんな気持ちなんか持ったことない!」
冗談じゃない、とエディスは慌てて否定する。違うから! と強く言うが、
「そんなことないでしょう。とても仲良さそうじゃないですか」
と言ってシトラスは信じてくれない。
「本当に、違う。俺は、アイツを妹のように大切にしてやりたいんだよ!! だから、それはない! 絶対にだ!」
「わ、分かりました、よ。そんなにまで言わなくても」
両手を握って強く言うと、シトラスは若干引いた様子で受け入れてくれた。はーっと息を吐いたエディスは、もう一度冗談じゃない、と低く呟く。
二人の様子を真ん中でニヤニヤと笑いながら見守っていたはずのミシアは、腹を抱えて笑っていた。
「……おい、笑い事じゃねえぞオッサン」
これは仕事の日以上に神経が疲れそうだ、とエディスは思った。




