白銀の少年の嘆く別人の願いを
「シュウ・ブラッド中尉はいる?」
「今日からブラッド少佐ッスよ」
「えっ、少佐って……」
「二階級特進ッスけど、死んじゃーいねえッスよ」
いつもがら空きの軍兵器開発部の受付になぜか座っていたジェネアスに訊くと、彼はガラス窓の向こうでやれやれと首を横に振る。
「へえ。なんかすっげーの作ったのかな」
なにか活躍をした話なんて聞いたことも見たこともない。首を傾げるエディスとシルクに、ジェネアスは口に苦味を走らせた。
「急になんスよ。あの人、今日からここの部長ッスよ」
「え」
「軍兵器開発部の部長は、あの人に変わったんス」
それはどう考えてもおかしい、とエディスは考えを巡らせる。どうしてシュウの階級が上がったのか、どうして少佐なのに部長を任されたのか。おかしなことだらけだが、その根本的な原因は、もしかして――
「あ、ヤバい。ジェネアス、隠して」
「へっ? いいけど、なんスか?」
受付の扉を開いて中に入れてもらう。シトラスとシルクもエディスに続いて入った。
しゃがんで外から見えないようにしたエディスは、なんスか? という顔をするジェネアスに、しーっと口に手を当てて見せた。
「お疲れ」
「お疲れ様ッスー」
受付を通り抜けたシルベリア。シトラスの頭を押さえながらも壁にベッタリと背中をつけていたエディスは息をふーっと吐き出した。
「シルベリア中佐となにかあったんスか?」
仲良かったじゃないッスかと言うジェネアスに、エディスはちょっとな、と答えて立ち上がる。
「痛いではないか! なにをするのだ、貴様!」
抑えられていた手が離れたシトラスも、すぐさま立ち上がった。ジェネアスは眠たげな目を向け、指を差す。
「この変な喋り方する人、誰ッスか?」
「新しい部下……兼、同室者」
説明をすると、ジェネアスはへえと平らな声で呟いた。
「シトラス・ブラッドだ。お前が」
「あ、いいッスいいッス。興味失せたンで」
「な、なんだと……!?」
顔を真っ赤にするシトラスと、目を大きく開いたジェネアス。険悪な雰囲気になってきた二人に挟まれた状態になったエディスとシルクはため息を吐いた。
「僕は世界で一番ブラッドっていう苗字が嫌いなんス。そんな奴のことなんか、知りたくもないんですよ」
できれば一生黙ってろ、近づくな、という顔をするジェネアスに、シトラスは拳を強く握る。
「なぜ、そんなにも強く我が一族を嫌う」
「言ってもどーせ、覚えてない。時間のム」
「いいから話せ。僕の気が済まん!」
力強く言い放ったシトラスに、ジェネアスは目を丸くしてから、自嘲じみた笑みを唇に浮かべた。
「はあ、まあいいッスけど。アンタ、ストロベリィ・シュガーレットって研究者、知らないッスか?」
「む。ストロベリィ?」
顎にゆるく握った手を当て、その手の肘にもう片方の手の甲を当てたシトラスを見て、ジェネアスはやはりダメかと期待した気持ちを押し込めようとする。
「彼女のチェリーパイは美味しかったな」
だが、シトラスが導き出した答えに顔をほころばせた。
「君は彼女の友人か? 最近見なくなったと思っていたんだが、軍に入ったのか?」
「違うッス」
震える声で短く返したジェネアスに、シトラスは友人ではなかったのか、と呟いた。
「違うッス。ストロベリィは殺されたんだ」
「なんだと?」
「過労死ッス! アイツは、アンタらのために死んだんスよ!!」
それは……と絶句するシトラスに、ジェネアスは肩で息をする。泣きそうな顔をしているジェネアスの手を、シトラスは握った。
「なんッ」
「ありがとう!」
ジェネアスはなにをふざけたことを言っているのかと目を怒らせ、手を離させようとしたが、シトラスは強く握ったまま離さない。
「すまない。すまない! だが、ありがとう……!」
涙を零して償いの言葉を口に出すシトラスを、ジェネアスは不審だという目で見つめた。
「き、気持ち悪い」
ジェネアスが呟いた言葉に、シトラスはピシっという音を立てて固まった。コイツの心、軍に来てから何度壊されたんだろう、とエディスは自分のことを棚に上げてそう思った。
「気持ち悪いってなんですか、気持ち悪いって」
その場にしゃがみ込み、しくしくと顔を覆って泣くシトラスに、流石のジェネアスも悪いと思ったのか、違うッスよ、と声をかける。
「じゃあ、どういう意味なんですか」
「ブラッド家の奴でも謝ることができたことがッス」
「そりゃ、人間なんですからそれくらいできますよ」
床に八の字を書くシトラスは、唇を尖らせていて、完全にすねっ子モードに入ってしまった。
「シュウ・ブラッドはしなかった」
「そりゃ、兄さんですから。こっちの間違いだと認めるようなことなんてしないでしょう……え?」
シトラスは八の字を書くのを止めて、顔を上げる。
「アイツは、ストロベリィに事故の原因を押し付けた。ストロベリィはアイツをずっとかばってたっていうのに」
ジェネアスまで泣きだしたため、エディスは呆気にとられて二人を見つめた。だが、シルクは違い、ズボンのポケットから白いハンカチを取り出してジェネアスに無言で差し出す。
「ありがとうッス」
姫からのハンカチを受け取ったジェネアスはそれで涙を拭う。
「ソイツにも貸してやれ」
シルクはシトラスを目で差した。シトラスの涙はすでに止まっていたので本人は不思議そうな顔をした。だが、指を拭えと言われたためにその通りにする。洗って返すと言うシトラスに、シルクは洗わなくていいと言う。
「いつまでも突っ立ってないで入ってきたらどうだ、シュウ」
シトラスから受け取ったハンカチをポケットにしまいながら、扉を開けた。
「兄さん……?」
そこに渋い顔で立っていた緑髪の青年の姿に、シトラスの顔が瞬く間に明るい笑顔に変わっていく。
「生きてたんですね!」
寄ってこようとするシトラスを睨むことで留めさせたシュウは、険しい顔のまま室内に入ってくる。真っ直ぐ自分の元へ向かってくる男の姿に、エディスは危ういものを感じた。
「エディス」
今の自分の名前を呼ばれた瞬間、エディスは右手を上げた。勘通り、シュウはエディスに向かって手を伸ばしてくる。左頬を叩こうとしてくる手を受け止めたエディスに、シュウは舌打ちをして右手をつかんだ。
「なに受け止めてんだよ」
「お前に殴られなきゃなんねえ理由がない」
はあ!? と叫ぶ男に、影がかぶって見える。つい最近見た父の姿、冷たいシルベリアの顔。
「なにもかもお前のせいだろ!」
右手をつかむシュウの手が熱い。かつて愛した人の手とは全く違う。そのことにエディスは気付いてしまった。
「お前がっ」
カチリとエディスの歯が鳴る。見上げるシュウは、まるで知らない人のようだった。
「ただいまー」
シルベリアの普段通りの声が聞こえた時、強く頬を殴られた。腰の入った一撃に気が遠のきかけたが、腕で頭を守り、目を強く閉じる。
エディスが強く叩きつけられたことで受け付けの窓ガラスは割れた。向こう側からやって来ていたシルベリアはその光景に目を見張り、腕に抱えていた魔物の資料を床に置き、駆け寄っていく。荒々しく扉を開けて入ってきたシルベリアは、へたりこんでいるシトラスと、シュウのTシャツの首元を絞めるシルクとジェネアスの横を通り抜けた。
「エディス! エディス!」
ガラスにまみれて床に倒れている銀髪の少年の横に、膝を立ててしゃがむ。
「シルッ、シルベリアさん」
初めて血を見て体がすくんでしまったのか、情けない声を上げるシトラスに、顔を向ける。場の状態にここではどうしようもないと判断したシルベリアは、魔法で窓ガラスを元通りにした。
それから、エディスを抱き上げる。意識がない状態で頭を揺り動かしたくはなかったが、自分はまだ回復魔法は使えない。医療棟はここからは遠いため、シルベリアが抱えて走って行く方が早い。
入ってきた時と同じように横を通り抜けようとするシルベリアの腕をシュウがつかもうとする。
「どこに連れていくんだ!?」
「医療部に決まってるだろ、このアホ!」
シルベリアに怒鳴られたシュウは首をすくめて、手をひっこめた。その姿を睨みつけ、シルベリアはもう一度叫ぶ。
「俺はっ、こんなことされても嬉しくないぞ! ちょっと殴られて反省しろ!」
シルクとジェネアスにすでに殴られてボロボロの様相だったが、そんなことは知るかと室内を出る。
今はなにも言わず、涙さえ流さない腕の中の少年のことが気がかりだった。小さくて、体温が低い。初めて会った時とほぼ変わらない印象の少年の顔を見る。
「……俺は、本当に髪だけだったんだな」
シュウ以外の人間の顔をこんなにもじっくり見たのは初めてだ、とシルベリアは口に笑みを浮かべた。全然似てないじゃないか、とここ数日自分の頭の中を占めていた忌まわしい人物に向かって笑ってみせる。
シルベリアはふっきれたように、走る速度を上げた。




