緑風の少年の嘆く相部屋の願いを
軍の寮に戻ったエディスを待っていたのは、ミシアだった。
「アンタには私服ってもんがないのか」
渋い顔になったエディスに、黒い軍服に身を包んだ上司は穏やかな声を出した。
「俺は今日も仕事だ」
「いつ休んでんだよ、アンタ」
休まねえとバテるぞ、と言いながら近づいたエディスは、その陰に人が隠れていることに気づき、眉をしかめる。
「おい、一般人いれんなよ」
それにミシアは変な笑い声を出しながらニヤけ顔になった。
「コイツは一般人だが一般人じゃねえ」
エディスよりも嫌そうな顔をしている青年の背中を押して前に出す。
「体験入隊をしに来た勇気ある若人だ! よろしくしてやれよ」
「体験?」
なにか言いたげな顔になったエディスに、ミシアが手を前に突き出す。目の前に大きな手を出されたエディスはまばたきをして、
「なんだよ」
と首をすくめながらミシアを見た。
「コイツはお前が面倒を看ろ」
は、と空気のような声がエディスの口から出た。
「なんだって?」
「だから、今日からコイツはお前と一緒の部屋で暮らすことになった」
「俺、一人部屋なんだけど」
「今日から二人部屋だ」
目を丸くして歯をげっと見せるエディスの頭に手を置いてミシアは笑った。
「いいじゃねーか、荷物が多くなるぞー」
「よくねえよ!」
叫んでもミシアは笑うだけで聞いてくれない。ため息を吐いて去っていくミシアを見送ったエディスは、呆然と立っている青年の横を通り抜けようとする。
「待たないか、君!」
だが、その手を青年がつかんだ。
「なんだよ」
「なんだよ、ではない! 先程大佐から聞いただろう。私は」
「長い!」
エディスが腕を引っ張り返すと、青年はよろめいた。
「なっなんだと!?」
「話が長い! 後にしろ!」
「い、一体君は! 君はなんだ!?」
青年がうろたえるのにも構わず、エディスは走り続けた。三階へ上がる途中、青年が足を滑らせるまでは。
「なにっするんですか! アンタバカですか! 脳みそ筋肉でできてるんですか!?」
「……よく動く口だなあ」
「のん気ですか!」
打った鼻と足を押さえる青年に、エディスはしゃーねえなあ、と髪を掻き乱した。
「ほら」
「なんです?」
「手ぇ貸してやっから、立ち上がりな」
青年はエディスを見上げて、それから首を横に振った。エディスは眉をしかめる。
「どうした?」
「どうしたって、足を痛めたんですよ!」
それを聞いたエディスは不安だ、と額に手を当てた。
「おぶってください」
「あ?」
だが、次の言葉でエディスは手を握り締め、
「甘えるな!」
青年の頭を拳で殴った。
「ありえない」
「なにがだ」
エディスの頭に顎と手をのせた青年はそう呟いた。自分よりも背の高い男をおぶったまま六階の廊下を歩いているエディスは素っ気なく返す。
「この私を殴ったことに決まっているだろう!?」
「暴れんな。落とすぞ!」
「ほら、まただ!」
自分に担がれながらも手足をバタつかせる青年に、エディスはまた変な奴だとため息を吐いた。
「この私って言われてもどの私か知らねえし」
「なっ、なんだと!?」
カッと顔を赤くさせた青年に、エディスはそんなに有名な奴なのか? といささか自分の無知ぶりが恥ずかしくなってきた。
「お前はブラッド家も知らないのか!」
だが、その言葉に肩を落としてしまった。
「知ってる」
青年はフンと鼻を鳴らす。
「だったら、態度を改めるんだな」
「いや、知ってるけどどうでもいい」
「ど、どうでもいい……だと……」
がっくりとエディスの髪に額を当てて落ち込む青年を、エディスはほら、と揺らす。
「ここだ。下りろ」
促された青年は不服そうな顔をしながらもエディスの背中から下りる。エディスはズボンのポケットから鍵を取り出し、部屋のドアを開けた。
「あーあ……」
中の様子を見たエディスは肩を下げ、しゃがみこんだ。それに青年はなんだ、と呟きながらエディスの後ろから覗き込む。
「綺麗に掃除してあるじゃないか」
「そういう問題じぇねえよ」
のん気な声を出す青年をエディスは横目で見ながらそう吐き出した。
「じゃあどういう問題なんだ」
「ベッドが二つあるだろ」
「え? あ、ああ。そうだな」
青年は首を傾げてエディスを見下ろす。
「それがどうした」
「どうもこうも、ここは元は一人部屋だったんだよ」
はあ……と気の抜けた声を出す青年にエディスはもういい、と零した。
「入れよ。ここが今日からお前の部屋だ」
親指で部屋の中を差したエディスに、青年はああ、と頷く。
「俺はエディス。お前は?」
だが、そう訊ねられると、青年は馬鹿にしたような笑みを顔に浮かべてはっと息を吐き出した。
「シトラス・ブラッドだ。田舎者」
エディスは目を細め、青年の肩を突いた。すると、青年は後ろによろめき、尻餅をついてしまう。目を白黒させている青年の前で、無情にも部屋のドアが閉められた。
「ちょ、ちょっと! おい、貴様ぁ!?」
青年は悔しさからドアを蹴るが、返事はなかった。




