春風の舞う屋敷
その三日後、エディスは再び街へと出た。先日行った花屋とは別の店に入り、オレンジ色の花を買った。
それを持って、東南の方へと歩いていく。東に続いているユゥラ川近くにある、薄紫色の花が咲き乱れる丘までバスを乗り継いで行き、そこからは歩きで進んでいく。
蔦の張った壁に囲まれた魔物の住処のような屋敷を仰ぎ、腐りかけてとれた門を開けて入っていく。
中庭にまで進み、キィキィと音を立てる鉄のドアの前でエディスはしゃがんだ。そして、手に持っている花をそこへ置く。
「久しぶり、ドゥー」
亡骸もない廃墟で呟かれた声は、乾いて空へと消えていった。
しばらくの間、目を伏せて手を合わせていたエディスの耳に、鈴のような音が入ってきた。顔を上げたエディスは、微かに聴こえる音の方へと脚を伸ばしていく。
草むらを掻き分け、幼い頃に通った渡り廊下を横に突っ切り、昔よくドゥルースと一緒に遊んだ奥庭にまで出た。すると、そこには人がいた。
カナリアのような声で歌を口ずさみ、長い手足を爪先までピンと伸ばして踊る女。金色の髪に光が揺れる様子が、面白く見えた。
一歩前へ進み出ると、女は口を噤み、手足を下してその場に止まった。大きな目で睨みつけてきた女はとても美しかった。造作だけではなく、生に充ち溢れている者が持つ特有の美しさだ。体内から煌々とした光が放たれている。
「なによ」
だが、口や性格まではそうはいかないのか、カナリアの声は刺々しい。
「アンタ、ここになんの用よ!」
「墓参りだ」
きつい眦の目に怯むことなく、落ち着いた物言いでそう返したエディスに、女ははあ? 眉をしかめる。
「ここ、別に墓地じゃないんですけど」
「いや、墓だ」
エディスは建物を見上げて、
「ここで大勢の人が亡くなった」
と言った。
女はそう、と呟いて、ため息を零す。
「じゃあ、もうここでは踊れないわね。気に入ってたんだけど、邪魔しちゃいけないし」
あーあ、と呟くのに、エディスはいや、と首を振った。
「できたら、踊ってやってほしい」
アンタさえよければ、と言うエディスに、女は目をさらに大きくさせた。
「アンタの踊り、綺麗だった」
そう言うと、女はパッと顔を綻ばせてかけ寄ってくる。
「本当!? 私、綺麗だった!?」
あまり同年代の人と関わることがなかったエディスは、リスティーとは違う勢いの女に、慌てる。
「あ、あんま見たことがないから技術とかはよくわかんねーけど、すげー楽しそうに踊ってたからよ……」
ぎゅっとエディスの手を握り、そうよ! と笑った。
「私、踊ることが大好き!」
そう言って、女はエディスの手を離し、両手を広げたままくるりと回って見せる。薄桃色の服の裾が広がり、足についた砂鈴が優美な音を奏でた。 エディスはぎこちないものの、手を打って合わせていたが、
「ねえ、なにか歌って!」
と言われると、目を丸くした。
「う、歌えって……」
「なんでもいいわ! アンタの声綺麗だから、良い気持ちで踊れそうなのよ!」
無茶な要求にエディスはたじろいだが、早く! と急かされると、躊躇いながらも口を開いた。ただ一つだけ知っている曲。全く別の、音を並べただけのようにも聞こえる歌詞で歌った曲は、かつて愛した人が眠っているはずの場所で朗々と響いた。
「ねえ! もう一回! もう一回でいいから!」
「もう無理だって!」
喉痛ぇし、と首を手で押さえたエディスに、女はもーっ! と頬を膨らませた。
「やっとのってきたところなのにー!」
地団太を踏む女に、リスティーと同等の生命力を感じたエディスは苦笑した。
「アンタ、この辺りに住んでるの?」
「え? いや、城の近く」
女はまた残念そうな声を上げた。エディスがそれに首を傾げると、女は豊かな胸の下に腕をまきつかせて、ニヤリと笑んだ。
「アンタさえよかったらまたここで! って思ったんだけど、無理そうね」
「みたいだな」
女は金色の髪を広げてくるりと回った。それから、太陽のように明るく、力強い笑みをエディスに向けながら口を開く。
「私の名前はデュー・アネスト! いつか、この国一番の踊り子になる女よ! アンタは?」
「デュー……」
その名前に聞き覚えがあったエディスは、数秒考えた後、ハッと息を呑んだ。数日前にビスナルクから聞いた、最後の仲間の名前だ。
「俺は、エディス」
だが、顔にも声にも動揺を見せず、エディスは手を差し出した。
「エディスね。よろしく、エディス!」
デューがその手を握ろうとした瞬間、屋敷の屋根を跳び越えて、熊ほどの大きさをした獅子が二人に跳びかかってきた。
【極北のあっ】
デューの前に出たエディスが魔法を唱え始める。だが、デューはふんっと鼻を鳴らし、手をエディスの肩越しに上げる。
手を獅子の頭と同じ高さになるように調整し、握る。すると、獅子の頭だけが爆発した。頭部を失くした獅子は、血と共に落ちてくる。
エディスは反転し、デューを横抱きにすると、その場を退いた。血肉と共に地面に激突した獅子は、ピクピクと手足を痙攣させた後、動かなくなった。
「あー、ビックリしたあ」
エディスに抱き上げられたままになっているデューは、細い手をエディスの首にかける。
「アンタ、能力者だったのか」
「うんっ。ビックリした?」
「した」
至近距離で微笑むデューに、エディスはやっと納得がいった。
「私は爆発系の能力者よ」
「けれど、軍人じゃあない」
「そっ!」
一体なんで、どうして、と聞きたげな顔をするエディスに、デューはふふっと笑い声をあげる。
「さっき言ったでしょ。私は国一番の踊り子になりたいの。国一番の能力者になんてなりたくない。そんなの、美しくはないわ」
真っ直ぐに道を見て生きる女性。南で見た、活き活きとした輝くような姿に、エディスは思わず笑みを浮かべてしまう。
「そうだな。お前に黒は似合わない」
「でしょ?」
そろそろ下したい、と思っているエディスの頬に、デューは唇を押し当てた。
「私が能力者と知っても普通に接してくれたのはアンタくらいよ。ありがとうね」
そう言うと、デューは身軽に地面に下りた。そしてエディスから離れていく。
「お、おい!?」
「また、いつか会いましょう!」
声をかけるエディスに振り向いたデューは、パッチリとウインクをした。
「エディス大尉!」
その言葉にエディスはえっと声を上げ、立ち止まる。それから、額に手を当てて笑い声を上げた。
「女には敵わねえな!」
デューは、春風のような笑い声をエディスの中に残していった。




