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『僕がいた過去 君が生きる未来。』本編  作者: 結月てでぃ
白銀の少年の嘆く愛の願い

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白銀の少年の嘆く偽物の願い

 寮の玄関ドアを両手で押し開いたエディスは、四階まで階段を駆けあがっていく。自分の所属する治安維持部隊ではなく、軍兵器開発部の方へと走り出す。

 シュウとシルベリアの部屋にたどり着き、そのドアをノックしようとした時、中からシュウの声が聞こえてきた。そろりと音を出さないようにドアを少しだけ開けると、すぐ近くにシルベリアが立っていた。強く握りしめている拳を見てから、エディスはそろそろと顔を上に向ける。

「軍を辞めろって言ってんだよ」

「今更辞められるわけないだろ」

「なんでだ!」

 シルベリアも、向かい合っているシュウもエディスに気づいている様子はなかった。お互いだけを見つめていて、それ以外のものは目に入っていないようだ。

「お前は俺についてきただけだろ。俺とは違う。まだ引き返せるだろ!」

「無理だ」

 なんでだよ、と呟いて下唇を噛んだシュウは俯く。

「……一人で引き返すなんて、無理だ」

「子どもみたいなこと言わねーで、戻ってくれって。置いていけよ」

「今置いてったら、後で取りに帰ってこれないだろ」

 叫ぶでもなく、嘆くでもなく、淡々と会話をする二人から目を離し、ドアを静かに閉める。今度はドアに背を預けて耳を澄ます。

「いつもお前の傍にいて、お前を守っていたいんだ」

「軍にいなくてもできるだろ」

「できない。お前を一人ここに置いて、別の道からなんてことは俺のプライドが許せないんだ。胸を張って、お前の隣にいさせろ」

 その言葉を聞いてエディスは、顔を上げた。窓の四角い枠の中には、雲一つない青空が広がっている。

 どこまでも澄んでいる夏の空を見上げていたエディスは、おもむろに立ち上がり、来た時と同じように走り始めた。




 息を切らして城内に入ると、後ろから声をかけられた。

「ああ、やっぱりエディスでしたか。どこに行くんですか?」

「王の所だ」

 胸を上下させ、顎を伝う汗を手の甲で拭ったエディスの言葉に、レイヴェンは首を傾げさせる。アーマーの一件以来、シュウたちよりもよく話すようになった好青年は、今日も清々しい程の爽やかな笑顔を浮かべている。

「王様の所って、謁見章を持っていない限り、あそこには入れませんよ」

「持ってる」

「ええ!?」

「持ってんだよ」

 エディスはズボンのポケットに手を突っ込み、中から金でできた謁見章を取り出した。革の紐から垂れる満月と黄金の花をモチーフとした画が繊細に描かれている丸い飾りは、確かに王の間の謁見章だ。

「どうして、これを――」

「ああ、まあ、ちょっとした事情でだ。悪ィけど、急いでるからまた今度な!」

 本当悪い! と言って去ろうとするエディスに、レイヴェンはあっと言いながら手を伸ばした。だが手は間に合わず、空を切っただけだった。

 レイヴェンと別れたエディスは、その足で自分の父親のいる部屋まで行く。制止される度に止まり、謁見章を見せた先には、埃一つ見つからない純白の廊下があった。

「こんな、所だっけ……?」

 静まり返った廊下は、数年前に見た時とは変わっているような気がする。

「なんかもっと、暗い所だったような気がすんだけどな」

 変だなと思いながらも歩いていき、右壁の真ん中辺りにある金色のドアの前に立つ。手を軽く握り、堅く閉ざされたドアを二度叩く。唾を飲み込み、待っていると、

「誰だ」

 と声が返ってきた。

 謁見章をドアの真ん中にある丸い穴にはめこみ、手足を揃えて口を開く。

「黒杯の軍っ、治安維持部隊所属エディス大尉です。にゅうしっ」

 言い終る前にドアが内側から開き、中から出てきた腕に抱きしめられる。

「エディス、エディスッ! 余のエディス! よく来たな……!」

 力の限り抱きしめられたエディスは、あまりの力の強さに眉を寄せて目を閉じる。人のものとは思えない力に、体が軋む。

「お、父様?」

 腕の力が緩んだかと思うと、今度は顎に手をあてて上を向かされ、口を塞がれる。

「は、はなっ」

 シルベリアのことを話しにきたはずだった。そのつもりで来た。けれど、これは。

 ついばむ程度だった口づけが深くなっていき、舌を吸われる。息が苦しくなってきたエディスは、王の肩の後ろ辺りの服を引っ張った。

「父様、俺は、エドワードです。あなたの、息子です」

「ああ、分かっている。大丈夫だ」

 本当か? という気持ちと、ほっとした気持ちの両方で見上げたエディスは、落胆に思わずため息をつきそうになる。

「エディスが残してくれた、余だけのエディスだ」

 言葉は通じない。そう悟ったエディスは、この場を離れようと足を後ろに動かそうとした。だが、その前に手首を掴まれる。

「あ……え?」

 そして、父親の足が廊下の奥に向かっていることに気づき、口の端を引き攣らせた。

「そ、そっちは……」

 腕を強く引っ張られるが、エディスは足に力を入れて、踏みとどまる。王は首を反り返してエディスを見る。

「どうした。行くぞ」

「い、嫌です」

「んん?」

 子どもだった時に、入った部屋。その時にこの男にされた行為を、忘れてはいない。もう二度と受けたくはない。

「その部屋は、嫌、です」

 王の腕から逃れようとするが、尋常ではない強さを持った腕を振り払うことができない。細い手首は締め付けられて色を変えている。

 ずるずると引きずられていると、ふいに後ろから引っ張られた。

「ボケッ」

 ごりっと額を抉るように拳を押し当てられたエディスはいてっと声を上げる。手でその部分を押さえながら目を開けると、シルベリアが目を吊り上げて立っていた。

「エディス、行動が迂闊すぎる」

「ご、ごめん」

 腕を引っ張られ、シルベリアの背後に移動された。

「この男はおかしくなってるんだ。今、普通に会えるような奴じゃない」

 エディスにそう言ったシルベリアは王に向き直る。

「なに、子どもにまで手を出そうとしてるんだ」

「それはエディスが余にくれた宝物だ。余だけのエディスだ」

 シルベリアはチッと舌打ちをした。

「それがあれば、もう偽物なんてなくてもいい。北で親子揃って暮らしていいぞ」

「偽物……?」

 妙な単語にエディスが首を傾げると、王はああ、と言って笑う。

「これは、お前の代わりだ」

「俺の?」

 エディスも不思議そうに言葉を零したが、シルベリアは信じられないといった様子で王を凝視している。

「この子どもの、代わり? あの女じゃなくて、男の子どもの代わりに俺を?」

 愕然として王を見るシルベリアの傍から、エディスはそっと離れた。

「嘘だろ……」

 額に指の腹を当て、左目辺りを覆ったシルベリアに、王は本当だ、と断言する。

 シルベリアはしばらく黙って突っ立っていたが、そうか、と呟いた後、手を取り、王のいる方とは逆に歩いていく。

「シッ、シルベリア!」

 王とシルベリアとを交互に見たエディスは、自分の腕を強く引っ張る男の名を呼ぶ。だが、シルベリアは声に反応せず、前へ前へと進んでいく。

 エディスはシルベリアの背中を見て歩いていく。シルベリアの頭を通して見る空は、出てきた時とは打って変わってひどい曇り空だった。

 軍につくと、シルベリアはエディスの手を振り払うようにして離した。

「一週間後に、北に行く。それまで、なるべく俺と会わないようにしてくれ」

 拒絶の言葉にエディスは、シルベリアの胸に当てていた視線を、地面にまで落とす。

「分かった」

「今は、お前の顔を見たくない」

「うん」

 雲だけしかなかった空から、雨が落ちてくる。シルベリアはエディスに一瞥を送ってから、寮の方へと行く。雨の中に輝く極彩色の髪が見えなくなってから、エディスは歩き始めた。最初はゆっくりとだが、雨に濡れて風邪をひくわけにもいかないと、じょじょに足を速めていく。治安維持部隊の棟についた時には、外はバケツをひっくり返したような大雨になっていた。

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