暗闇に負けない光
耳も頭も痛い。そうエディスは思った。中央に帰る途中で血を拭われ、軍服に着替えさせられたエディスは、大きな魔物討伐後、最も手柄を立てた者が乗せられる、二階建ての馬車の上に乗せられていた。二階には屋根がついていないので、風が体に当たってくる。南とは違う、冷たい風が銀の髪を弄ぶ。
無愛想に――というか、心ここにあらずというエディスの様子に、隣に座っている軍人はわざとらしいため息を吐いた。
「もうそろそろで中央につきます。笑顔で手くらい振ってくださいよ」
その言葉に横目で相手を見たが、また前へ視線を戻す。軍人は舌打ちをした。
やがて中央の町へと入り、高くそびえる城と、そのすぐ傍にある五つの棟が見えてきた。
中心街に入ると、それはもう異常だった。中にミシアの送り込んだサクラでもいるのか、おかしなまでに反軍の頭が殺されたことを喜んでいる。不必要なまでの騒ぎだ。
「こんなに喜んでいる人がいるんです」
「どうせアイツの差し金だ」
そっけなく返したエディスに、軍人はもう一度舌打ちをした。
エディスがふと下を見ると、笑わずに、驚きに見開いた目で自分を見つめてきている者がいた。
「――シュウ」
早く、俺の所に帰ってこい。安心させてやるから。電話越しに聞いた、心にじんわりと滲み込むような声が蘇ってくる。そうだ、自分にはしなくてはならないことがあったんだ。舌打ちをしそうになったが、堪えて逆の方向に顔を向ける。
「エディスー!」
だが、その耳に凛々しい少女の声が届いた。
慌てて後ろの方に走っていく。そこから下を見ると、黒の地に赤の線が入った軍服を着た少女が立っていた。
リスティー、と名前を呼ぶことはできなかった。彼女は、俺が殺したことになっている人の娘だ。
だが、当の本人は気にしていないのかなんなのか――足のかかとを地面に打ち付けた後、跳んだ。
「げっ」
リスティーは、ゆっくり進んでいる馬車の上に飛び乗ってきた。そして、エディスを肩に抱えて、また跳んだ。
それに目の端に映っているシュウが目を白黒させたが、隣のシルベリアがすぐさま止める。
「ちょ、お、おいっ」
「黙ってて。行くわよ」
腕の細い女の子に――機械を自分の手で持ち運ぶことが多いので、エディスよりも力があるのかもしれないが――持ち抱えられたエディスは慌てる。
だが、リスティーは追ってくるかもしれない奴の方が気になるらしく、ひたすら前へ走っていく。
「もういいかしらね」
中心街から大分西側に行ったところにある森の中で、リスティーはやっとエディスを下した。
「はーっ、さすがに疲れたわ!」
大きな岩の上におっさんくさくリスティーが座る。それを見てエディスは隣の、湿っていない土の上に腰を下ろす。
「こんな所まで来て、なんかあったらどうするんだよ」
「平気よ」
そう言ってリスティーは手足を伸ばした。
「それにしても、アンタ不運ねえ」
「けど、やったのはミシアの手の奴じゃない」
手を組み、それに唇を当てる。リスティーの目が鋭く細められた。
「黒いマントを羽織った、黄昏色の髪の男ね」
「ああ。――黄昏色の髪だったか?」
「そうよ。あたし見たもの」
そう言い、腰の右側につけていた太めのナイフを抜き、
「これで髪と背を切ってやったから」
もう片方の手で、反対側につけているポーチから髪の毛の入った白い布を取り出した。
「リスティーも会ったのか?」
「会ったわ。捕えなきゃ気がすまないと思ってね。逃げられたけど。でも、かなり深手を負ったはずよ」
「恐ろしい女だな……」
父親を討ち取ったのに、その娘に襲い掛かられ、返り討ちのような状態にされた。
エディスが苦々しい顔をすると、リスティーは当然でしょと鼻を鳴らす。
「あたしは、次の反軍の頭になるわ」
「お前が!?」
「誰に反対されても、なる。だからエディス」
リスティーが自分の方を向いてくる。なので、自分もリスティーの方に向いた。
「次に反軍の頭だって自称してくる奴がいたら、ソイツがあたしとアンタにこんなマネをした奴よ」
「あぶりだしたら、どうしたいんだ」
「理由によるけど、もし自分が反軍の頭になりたいだけじゃないんなら、下で死ぬまで働かせてやるわ」
握り締めた手に指が食い込む様子をエディスは見ていた。
「人を一人殺したんだもの。その分の苦痛は味わって死んでもらわないと……エディス、いいわよね」
どうして俺に訊くんだ、とは思わなかった。
「いいよ。もう、記憶の中の人だから」
黄昏の人といえば、エディスにはたった一人しか思い浮かぶ者がいない。
「カロルを、悪いけど頼むな」
「任せて! しっかり守ってみせるわ」
リスティーは笑顔でドンと叩いた。
「お前、男だなあ……」
それに、エディスはそう言った。
「さ、そうと決まったらあたしも頑張らないと! エディス」
立ち上がったリスティーが、自分の方にも手を差し伸べてくる。
「父さんの命、大切に使ってね」
「ああ」
その手を握り、立ち上がる。尻についた土を左手で払い、右手を前に出す。
「またな」
拳を突き出すと、リスティーは強い力で拳をぶつけてきた。それに痛っと声を上げると、笑いだす。
二人を見下ろす中央の空は、黒々とした夜空だった。




